シャッフルワールド!!
代章 ネクロス・ゼフォン(1)
空気が変わった。
突然爆発したように発生した魔力の圧力が叩きつけるように僕――『柩の魔王』ネクロス・ゼフォンに降りかかってくる。
絶大的で絶対的で絶望的な魔力。思わず背筋が凍ったよ。この僕がたとえ一瞬でも恐怖を感じたことなんて、片手の指で数えるほどもないんだけどなぁ。
正体は見えている。
「なに? なんなのさこの魔力は? 君は一体なにをしたんだ?」
さっきまで向こうでボロ屑のように転がっていた男――確か白峰零児とかいう名前の弱い人間――が僕を怯えさせるほどの魔力を放って立ち上がっているんだ。
これが笑わずにはいられない。
「アハッ、それが僕の花嫁から奪った魔力ってわけかい? 凄いね! まさかここまで圧倒的だったなんて思ってなかったよ!」
僕はミシリと『それ』を踏みつけている足に力を込める。こちらも崩れそうなほどボロボロに――僕がボロボロに痛めつけたかつての〝魔帝〟の娘は、苦しげな呻き声を漏らして吐血した。
せっかくこれからもっともっともっと痛めつけて心を壊してしまおうと思っていたのに、とんだ邪魔が入ったよ。でも、〝魔帝〟の力を引き出せたって意味なら僕の花嫁もちょっとは役に立ってくれたってことかな?
僕は〝魔帝〟の娘を蹴り除ける。邪魔だ。
「その力は君のような弱い人間が持つべきものじゃない。〝魔帝〟の魔力はこの僕が振るってこそ相応し――」
目の前に拳が出現した。
奴が、この僕でも捉えられないほど一瞬で間合いを詰めたのだ。
避けられない。
「ぐあぁあッ!?」
顔面をぶん殴られて僕は吹っ飛んだ。この僕が、人間ごときに殴られた。しかも、痛い……だと?
「き、貴様――ッ!?」
上げた顔を、僕の顔を、既に目の前で立っていた奴は思いっ切り蹴り上げやがった。血反吐を吐き、空中に打ち上げられた僕だが、このままやられっぱなしになってやるほど親切じゃないよ!
「――〈冥王の大戦斧〉!!」
呼びかけ、僕の魔王武具である大戦斧を手元に引き寄せる。大戦斧の重みが加わり、一気に重力加速して奴の頭上へと死の刃を振り下ろす。
「調子に乗るなよ人間がッ!!」
衝撃が壁を吹き飛ばし、床を陥没させる。さっきまでのあいつだったらこの一撃で肉片も残らず爆ぜ飛んでいただろうね。
だけど――肉を斬り潰した手応えはなかった。
代わりに、物凄い硬い金属の壁でも叩いたかのような衝撃に手が痺れた。
「最高位の魔王がこの程度か?」
奴は、僕の〈冥王の大戦斧〉を刀一本で受け止めていたんだ。しかも、その口元には憎たらしいことに余裕の笑みを貼りつけている。
「それとも笑いを取りに来てんのか? だったら失敗だぜ。こんな程度じゃ面白くもなんともねえ」
「……君、誰? さっきまでの人間とは違うよね?」
体は同一人物だが、纏っている空気が百八十度違う。触れれば刺される。触れられれば壊される。そんな他者に対する危うさが押し隠しもせず滲み出ているんだ。
それにこいつ……もう立つこともままならないくらい叩きのめしたはずなのに、完全に回復しているよ。魔力の影響だろうね。
「俺を人間と認識しているなら改めろ」
刀で大戦斧が弾かれる。あの刀は奴の能力で作っているようだけど、今までのものより魔力の密度と質が圧倒的に上だ。
「俺は魔王。今、この場で誕生した新たなる魔王だ」
「違うね。確かに人間が魔王化することはある。だけど君のそれは〝魔帝〟という強大無比の魔力が人間の器に宿っているだけだ。それを受け止め切っている君の器には感服するよ。でも、そんなものを『魔王』だなんて僕は認めない!!」
僕が死者たちの無念から降誕したように、魔王とは概念や想念の化生だ。人間から変化する場合も同じ。器から溢れるほどの負の感情が爆発した時に存在そのものが変質する。だが、奴の肉体はまだ人間だ。それだけは断言できる。
それなのに『魔王』だなんて笑える冗談だね。
僕はあの思い上がり野郎に手を翳した。
「――消し飛べ」
魔力砲。
魔王が持つ絶大な魔力を純粋な攻撃力として撃ち出す技。シンプルだが、それ故に威力・速度・範囲の全てにおいて最高水準を誇る。調整もしやすい。
「ハハハ、そうだ。せっかくだからもっと足掻いてみろ!」
あいつは避けようとしない。それどころか右手の刀を迫る魔力砲へと突き出した。
刃の表面に魔力砲が接触した瞬間、くるっと一瞬で手首を捻るのが見えた。そしてたったそれだけで、水の流れを変えるようにあっさりと魔力砲が横に逸れた。
「馬鹿な!? 僕の魔力砲を刀一本で受け流しただと!?」
あり得ない。でも現実に僕の魔力砲は奴を掠りもしなかった。次空艦の壁を貫き、その向こうに見える山々を円形に抉っただけだった。
「消し飛べ、などと言っておきながら加減しただろう? なにせお前は俺の魔力が欲しいからな。だが、俺は別にお前などいらない」
奴が凶悪な顔をして刀の切っ先を僕に向ける。魔力が刀に流れ込んで集約する。
「――壊してやるよ」
刀身に串刺すような形で鈍色の魔法陣が幾重にも展開した。
魔力砲? いや、ただの魔力砲じゃない。放出されたそれは純粋な魔力じゃなくて、無数の剣の形を成した集合体が奔流となって射出されている。一本一本に破格の魔力量が圧縮された超威力の一撃だ。
「チィイイイッ!?」
僕は咄嗟に魔力障壁を展開した。剣は魔力の塊なのに連続で耳障りな金属音が鳴り響く。剣が衝突する度に僕の魔力がごっそりと削られていくのがわかる。
パリン!! 障壁が砕けた。同時に僕は横に飛んで剣の奔流をかわす。床を二回転して蹴り、一鼓動もしない内に奴の懐に切迫する。
「自惚れるな雑魚がッ!!」
横薙ぎに大戦斧を振るう。奴は左手に刀を生成して受け止めた。けどもう僕も加減しない。大戦斧の重みで刀を押しのけ、そのまま回転してさらに斬りつける。
刀と斧が数瞬の内に何百、何千、何万と打ち合った。
大気が焦げるほどの火花が散り、音の衝撃だけでも部屋が崩壊していく。
「アハハ! 受けてばっかりだけど大丈夫かい? さっきの威勢はどこに行ったのさ?」
大上段から大戦斧を振り落とす。奴はバックステップで避けた。大戦斧を叩きつけた床が砕けて散弾となって前方に飛ぶ。奴は刀を縦横無尽に振るってその全てを叩き落とした。
その隙に僕は魔力砲を撃った。奴も一瞬遅れて例の剣の魔力砲を放つ。
相殺。
太陽が転移してきたような光と熱量が部屋で荒れ狂う。いや、もはや部屋などない。壁も天井も全てが吹っ飛んで実に見晴らしがよくなってしまったよ。まあ、〈異端の教理〉を使ってるから灰色の味気ない景色だけど。
「ほらほら、休みなんてないよ!」
大戦斧を頭上で振り回す。発生した斬撃の竜巻が奴に躍りかかる。
「休み? まだお互い準備運動だろう?」
奴は右手の刀を両刃の大剣へと変換。その刃に魔力を乗せ、たった一振りで竜巻を消し飛ばした。
そこへ――
「アハッ」
僕は〈冥王の大戦斧〉を、振り回した回転力をそのまま加えて投擲した。まともに喰らえば人間なんてミンチだよ。
「面白い」
奴はニヤリと笑って軽く飛び上がると、大戦斧の回転の中心に蹴りを叩き込んだ。大戦斧は床に減り込んで回転を止める。奴はそれを掴み取ると僕に向かって放り投げた。
ぐちゃ。
脇腹が抉られた。
「……本当に、むかつくよ」
血どころか軽く臓器もはみ出しちゃった脇腹に手を当て、魔力を流し込む。傷は時間が巻き戻るように再生した。
「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく!! あーもういいよ。君、死ねよ」
パチンと指を鳴らし、周囲に百を超える棺桶を出現させる。それらすべてが僕の魔力の通り道。蓋が開かれれば死の閃光が敵を滅する。
だけど、そんなんじゃあいつは殺せないだろうね。
僕は奴が空中に浮かぶ無数の棺桶から繰り出される閃光を防いでいる間に、紛れ込ませるように別の役割を持つ一つの棺桶を設置する。そこに、僕自身が入る。
次に出た場所は――奴の背後だ。
ザクッ!
「なん……」
肉を貫く音は、僕が奴の背中を叩き切った音じゃない。
僕の両足の脹脛。そこに、空中に生成された刀が突き刺さり、貫通していた。
「前の俺は自分が触れていないと武具を維持できなかったようだが、それは単純に魔力のコントロールが下手糞なだけだ。今の俺ならこんな程度の技術、造作もない」
奴が膝をついた僕を見ている。見下す目で嘲笑っている。
腹が立つ。煮え繰り返る。僕を見下せる存在なんていやしないんだ。僕は〝魔帝〟となり、全ての魔王の頂点に立つ。こんなエセ魔王になんて倒されていいはずがない!
だから、この勝負は僕の勝ちだ。
「かはっ……?」
見ろ、奴がついに吐血したぞ。不思議そうな顔をしているね。魔王なら効かないとでも思っていたのかな?
「君、〈冥王の大戦斧〉の瘴気を気にせず戦ってたよね? この瘴気が効かないのは死者か、死の概念から生まれた存在だけ。つまり僕は平気でも、君はダメだ」
「ああ、ちょっと遊び過ぎたか?」
また空中から刀が生える。僕の心臓を貫くつもりだ。けど、僕は棺桶を召喚して間に割り込ませ、楯とした。
その棺桶が開く。
這い出て来たのは僕がいつか壊した世界の英雄だ。もちろん、ゾンビだけどね。
「そうだね。遊び過ぎは僕ら魔王の悪い癖だ。ああ、ごめん、君はエセ魔王だった」
無数の棺桶から無数のゾンビが這い出てくる。こんな雑魚で奴を倒せるとは思えないけど、奴の主攻撃は生成される武器だ。魔力を乗せて消し飛ばすことはできるだろうけど、基本的になんの効果もない。そういう物理攻撃はゾンビには効きにくいのさ。
「さあ、あの弱かった時と同じ絶望を僕に見せてくれ! アハハハハハッ!」
両腕を広げて爆笑してやった僕の――両隣。
どっかの国の将軍を名乗っていた二人のゾンビが、黒いなにかに呑まれて消失した。
「……へ?」
笑いが止まる。思わず目を見開いて、僕は奴を――奴の周囲の空間を注視する
「言っただろう? まだ準備運動。遊び過ぎだって」
そこには、僕の呼び出したゾンビの倍数はあるだろう、多種雑多な形状の刀剣が生成されていた。
それだけじゃない。
ボワッと。
空中に出現した無数の刃全てが、黒々と燃える炎を纏ったんだ。
「黒き……劫火……」
放心した僕を嘲笑うように、一斉に射出された黒炎纏う刀剣の群れがゾンビたちを一掃した。
突然爆発したように発生した魔力の圧力が叩きつけるように僕――『柩の魔王』ネクロス・ゼフォンに降りかかってくる。
絶大的で絶対的で絶望的な魔力。思わず背筋が凍ったよ。この僕がたとえ一瞬でも恐怖を感じたことなんて、片手の指で数えるほどもないんだけどなぁ。
正体は見えている。
「なに? なんなのさこの魔力は? 君は一体なにをしたんだ?」
さっきまで向こうでボロ屑のように転がっていた男――確か白峰零児とかいう名前の弱い人間――が僕を怯えさせるほどの魔力を放って立ち上がっているんだ。
これが笑わずにはいられない。
「アハッ、それが僕の花嫁から奪った魔力ってわけかい? 凄いね! まさかここまで圧倒的だったなんて思ってなかったよ!」
僕はミシリと『それ』を踏みつけている足に力を込める。こちらも崩れそうなほどボロボロに――僕がボロボロに痛めつけたかつての〝魔帝〟の娘は、苦しげな呻き声を漏らして吐血した。
せっかくこれからもっともっともっと痛めつけて心を壊してしまおうと思っていたのに、とんだ邪魔が入ったよ。でも、〝魔帝〟の力を引き出せたって意味なら僕の花嫁もちょっとは役に立ってくれたってことかな?
僕は〝魔帝〟の娘を蹴り除ける。邪魔だ。
「その力は君のような弱い人間が持つべきものじゃない。〝魔帝〟の魔力はこの僕が振るってこそ相応し――」
目の前に拳が出現した。
奴が、この僕でも捉えられないほど一瞬で間合いを詰めたのだ。
避けられない。
「ぐあぁあッ!?」
顔面をぶん殴られて僕は吹っ飛んだ。この僕が、人間ごときに殴られた。しかも、痛い……だと?
「き、貴様――ッ!?」
上げた顔を、僕の顔を、既に目の前で立っていた奴は思いっ切り蹴り上げやがった。血反吐を吐き、空中に打ち上げられた僕だが、このままやられっぱなしになってやるほど親切じゃないよ!
「――〈冥王の大戦斧〉!!」
呼びかけ、僕の魔王武具である大戦斧を手元に引き寄せる。大戦斧の重みが加わり、一気に重力加速して奴の頭上へと死の刃を振り下ろす。
「調子に乗るなよ人間がッ!!」
衝撃が壁を吹き飛ばし、床を陥没させる。さっきまでのあいつだったらこの一撃で肉片も残らず爆ぜ飛んでいただろうね。
だけど――肉を斬り潰した手応えはなかった。
代わりに、物凄い硬い金属の壁でも叩いたかのような衝撃に手が痺れた。
「最高位の魔王がこの程度か?」
奴は、僕の〈冥王の大戦斧〉を刀一本で受け止めていたんだ。しかも、その口元には憎たらしいことに余裕の笑みを貼りつけている。
「それとも笑いを取りに来てんのか? だったら失敗だぜ。こんな程度じゃ面白くもなんともねえ」
「……君、誰? さっきまでの人間とは違うよね?」
体は同一人物だが、纏っている空気が百八十度違う。触れれば刺される。触れられれば壊される。そんな他者に対する危うさが押し隠しもせず滲み出ているんだ。
それにこいつ……もう立つこともままならないくらい叩きのめしたはずなのに、完全に回復しているよ。魔力の影響だろうね。
「俺を人間と認識しているなら改めろ」
刀で大戦斧が弾かれる。あの刀は奴の能力で作っているようだけど、今までのものより魔力の密度と質が圧倒的に上だ。
「俺は魔王。今、この場で誕生した新たなる魔王だ」
「違うね。確かに人間が魔王化することはある。だけど君のそれは〝魔帝〟という強大無比の魔力が人間の器に宿っているだけだ。それを受け止め切っている君の器には感服するよ。でも、そんなものを『魔王』だなんて僕は認めない!!」
僕が死者たちの無念から降誕したように、魔王とは概念や想念の化生だ。人間から変化する場合も同じ。器から溢れるほどの負の感情が爆発した時に存在そのものが変質する。だが、奴の肉体はまだ人間だ。それだけは断言できる。
それなのに『魔王』だなんて笑える冗談だね。
僕はあの思い上がり野郎に手を翳した。
「――消し飛べ」
魔力砲。
魔王が持つ絶大な魔力を純粋な攻撃力として撃ち出す技。シンプルだが、それ故に威力・速度・範囲の全てにおいて最高水準を誇る。調整もしやすい。
「ハハハ、そうだ。せっかくだからもっと足掻いてみろ!」
あいつは避けようとしない。それどころか右手の刀を迫る魔力砲へと突き出した。
刃の表面に魔力砲が接触した瞬間、くるっと一瞬で手首を捻るのが見えた。そしてたったそれだけで、水の流れを変えるようにあっさりと魔力砲が横に逸れた。
「馬鹿な!? 僕の魔力砲を刀一本で受け流しただと!?」
あり得ない。でも現実に僕の魔力砲は奴を掠りもしなかった。次空艦の壁を貫き、その向こうに見える山々を円形に抉っただけだった。
「消し飛べ、などと言っておきながら加減しただろう? なにせお前は俺の魔力が欲しいからな。だが、俺は別にお前などいらない」
奴が凶悪な顔をして刀の切っ先を僕に向ける。魔力が刀に流れ込んで集約する。
「――壊してやるよ」
刀身に串刺すような形で鈍色の魔法陣が幾重にも展開した。
魔力砲? いや、ただの魔力砲じゃない。放出されたそれは純粋な魔力じゃなくて、無数の剣の形を成した集合体が奔流となって射出されている。一本一本に破格の魔力量が圧縮された超威力の一撃だ。
「チィイイイッ!?」
僕は咄嗟に魔力障壁を展開した。剣は魔力の塊なのに連続で耳障りな金属音が鳴り響く。剣が衝突する度に僕の魔力がごっそりと削られていくのがわかる。
パリン!! 障壁が砕けた。同時に僕は横に飛んで剣の奔流をかわす。床を二回転して蹴り、一鼓動もしない内に奴の懐に切迫する。
「自惚れるな雑魚がッ!!」
横薙ぎに大戦斧を振るう。奴は左手に刀を生成して受け止めた。けどもう僕も加減しない。大戦斧の重みで刀を押しのけ、そのまま回転してさらに斬りつける。
刀と斧が数瞬の内に何百、何千、何万と打ち合った。
大気が焦げるほどの火花が散り、音の衝撃だけでも部屋が崩壊していく。
「アハハ! 受けてばっかりだけど大丈夫かい? さっきの威勢はどこに行ったのさ?」
大上段から大戦斧を振り落とす。奴はバックステップで避けた。大戦斧を叩きつけた床が砕けて散弾となって前方に飛ぶ。奴は刀を縦横無尽に振るってその全てを叩き落とした。
その隙に僕は魔力砲を撃った。奴も一瞬遅れて例の剣の魔力砲を放つ。
相殺。
太陽が転移してきたような光と熱量が部屋で荒れ狂う。いや、もはや部屋などない。壁も天井も全てが吹っ飛んで実に見晴らしがよくなってしまったよ。まあ、〈異端の教理〉を使ってるから灰色の味気ない景色だけど。
「ほらほら、休みなんてないよ!」
大戦斧を頭上で振り回す。発生した斬撃の竜巻が奴に躍りかかる。
「休み? まだお互い準備運動だろう?」
奴は右手の刀を両刃の大剣へと変換。その刃に魔力を乗せ、たった一振りで竜巻を消し飛ばした。
そこへ――
「アハッ」
僕は〈冥王の大戦斧〉を、振り回した回転力をそのまま加えて投擲した。まともに喰らえば人間なんてミンチだよ。
「面白い」
奴はニヤリと笑って軽く飛び上がると、大戦斧の回転の中心に蹴りを叩き込んだ。大戦斧は床に減り込んで回転を止める。奴はそれを掴み取ると僕に向かって放り投げた。
ぐちゃ。
脇腹が抉られた。
「……本当に、むかつくよ」
血どころか軽く臓器もはみ出しちゃった脇腹に手を当て、魔力を流し込む。傷は時間が巻き戻るように再生した。
「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく!! あーもういいよ。君、死ねよ」
パチンと指を鳴らし、周囲に百を超える棺桶を出現させる。それらすべてが僕の魔力の通り道。蓋が開かれれば死の閃光が敵を滅する。
だけど、そんなんじゃあいつは殺せないだろうね。
僕は奴が空中に浮かぶ無数の棺桶から繰り出される閃光を防いでいる間に、紛れ込ませるように別の役割を持つ一つの棺桶を設置する。そこに、僕自身が入る。
次に出た場所は――奴の背後だ。
ザクッ!
「なん……」
肉を貫く音は、僕が奴の背中を叩き切った音じゃない。
僕の両足の脹脛。そこに、空中に生成された刀が突き刺さり、貫通していた。
「前の俺は自分が触れていないと武具を維持できなかったようだが、それは単純に魔力のコントロールが下手糞なだけだ。今の俺ならこんな程度の技術、造作もない」
奴が膝をついた僕を見ている。見下す目で嘲笑っている。
腹が立つ。煮え繰り返る。僕を見下せる存在なんていやしないんだ。僕は〝魔帝〟となり、全ての魔王の頂点に立つ。こんなエセ魔王になんて倒されていいはずがない!
だから、この勝負は僕の勝ちだ。
「かはっ……?」
見ろ、奴がついに吐血したぞ。不思議そうな顔をしているね。魔王なら効かないとでも思っていたのかな?
「君、〈冥王の大戦斧〉の瘴気を気にせず戦ってたよね? この瘴気が効かないのは死者か、死の概念から生まれた存在だけ。つまり僕は平気でも、君はダメだ」
「ああ、ちょっと遊び過ぎたか?」
また空中から刀が生える。僕の心臓を貫くつもりだ。けど、僕は棺桶を召喚して間に割り込ませ、楯とした。
その棺桶が開く。
這い出て来たのは僕がいつか壊した世界の英雄だ。もちろん、ゾンビだけどね。
「そうだね。遊び過ぎは僕ら魔王の悪い癖だ。ああ、ごめん、君はエセ魔王だった」
無数の棺桶から無数のゾンビが這い出てくる。こんな雑魚で奴を倒せるとは思えないけど、奴の主攻撃は生成される武器だ。魔力を乗せて消し飛ばすことはできるだろうけど、基本的になんの効果もない。そういう物理攻撃はゾンビには効きにくいのさ。
「さあ、あの弱かった時と同じ絶望を僕に見せてくれ! アハハハハハッ!」
両腕を広げて爆笑してやった僕の――両隣。
どっかの国の将軍を名乗っていた二人のゾンビが、黒いなにかに呑まれて消失した。
「……へ?」
笑いが止まる。思わず目を見開いて、僕は奴を――奴の周囲の空間を注視する
「言っただろう? まだ準備運動。遊び過ぎだって」
そこには、僕の呼び出したゾンビの倍数はあるだろう、多種雑多な形状の刀剣が生成されていた。
それだけじゃない。
ボワッと。
空中に出現した無数の刃全てが、黒々と燃える炎を纏ったんだ。
「黒き……劫火……」
放心した僕を嘲笑うように、一斉に射出された黒炎纏う刀剣の群れがゾンビたちを一掃した。
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