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黄央高校 戦浄録

天坂コーキ

第6話 若き二人の行き帰り 25

スサと雅楽団に別れを告げたキスイとサキは、土の中を穿たれた隧道ずいどうを進んでいた。
入り口は、2人が隧道に入った後でまた塞いでもらえるように、スサに頼んである。

湿った土の匂いのする隧道は暗いが、どこからともなく蛍が集まってきて、2人の進む先を照らしている。
ふらふら揺れるホタルの光に導かれるようにして、下りの続く暗い道を歩く。

長く何処までも続く道。2人並んで歩きながら、色々と話をした。

サキはいっちゃんの魂魄との融合のせいで、記憶に多少の混乱があるようだ。それを、また分裂しないように、話をしながら修正して補強する意味もあった。

「さすがに小中は別だったけど、高校はみんなが揃ってよかったと思うよ」

「そうですね。キスイ君が頑張ってくれたからですね」

「え?ミレイが、サキを連れて黄金原こがねはらまで来たからだろ?俺は大して苦労してない」

「ミレイさんからは、キスイ君が黄金原中央に入るために猛勉強したって聞きましたよ。ミレイさんの家から通える範囲でご両親から許されたのが黄央だけだからって、それをキスイ君に話したら、偏差値上げるために別人みたいになってたとか」

「そ、そんなことねぇよ。大したことなかったさ。うん、確かにけっこう勉強したが、そんなものすごい頑張らなきゃならなかったって思われるのは心外だな」

キスイは強がるが、実は本当に猛勉強をしたからこそ、黄央に入ることができたのだ。
小学校時代にミレイ達と知り合い、中学時代はそれぞれ別々の学校に通っていた。それでも魂の一部を失ったサキのこともあり、小まめに連絡を取り合っていたのだ。
だからこそ、ミレイが、キスイとイヅルの両方が通える範囲内の高校を受験するという話も聞けた。

それまで、運動はすごく得意だが勉強はそこそこの悪ガキでしかなかったキスイは、黄央を受けたいと担任教師に相談すると、無理だと一言で切り捨てられた。

キスイがミレイから話を聞いたのは、2年の始めである。彼女は中学1年の時から4人が集まれる場所を探し、1年かけて親を説得したのだ。
ミレイが中学時代に通っていたのは格式の高い女学院だったので、キスイは当然高校も同じようなところへ行くものだと思っていた。しかしミレイは親に反抗し、情報を集め、説得して勝利を勝ち取ったのだ。

ミレイがそれだけ頑張ったのに、自分の力不足で彼女の努力を無駄にするわけにはいかない。
キスイもまた教師に頭を下げて心を入れ替えると約束し、自分が黄央に入るために必要なことを教わった。
また、両親にも頭を下げて、学習塾へ通う金も出してもらった。

運動と、ケンカと、剣道にしか興味を示していなかった悪ガキが、突如猛勉強を始めたのである。
それは周囲から見れば確かに、人が変わったようにしか見えなかっただろう。

しかしキスイにとっては、勉強も運動も全ては同列だった。
『何があっても自分に負けない』
師匠からの薫陶くんとうを受け、さらにマンガを読んで感動した結果見出した、彼なりの信条である。

ミレイの努力を無駄にすることも、サキに――いっちゃんに――押し付けた過去から逃げることも、キスイにしてみれば、それは自分に負けたことになる。
親や教師に頭を下げることは何でもない。他人に負けることは仕方がない。それは相手が自分より強いからだ。
しかし、自分より強い訳がない自分自身に負けるのは、とても許せることではなかった。

最初はそのような、負けず嫌いな動機ではあったが、勉強をするうちにその中にも楽しさがあることを見つけた。
生活態度が改まり成績も上がったことで、周囲の対応も優しいものに変わった。新しい友達も増えた。

考える癖がついたことで、予想し、予測することができるようになり、運動、剣道の成果も上がった。(この時、成長幅が大きかった分、運動部方向への関心が一気に高まった)

そして何より、友達との約束に近づけていることが実感できたのが、一番大きかった。

時間は瞬く間に過ぎたことが、キスイがそれを楽しんでいたことの何よりの証明だろう。そしてキスイは無事に黄央高校に合格したのだ。

「勉強って、面白いところを見つけられれば後は楽なんだよ。嫌だっていう思い込みで逃げてばかりだと、全然面白くないんだ。だから、面白いところもあるって気づかせてくれたミレイ達には、けっこう感謝してるんだぜ」

「へぇ、そうだったんですね」

サキはおかしそうに笑った。
キスイは少し気恥ずかしくなって、強引に話を変えようとする。

「あそうだ、ところでさっきから聞こうと思ってたんだけど。……結局、どうして出口があそこにあるってわかったんだ?」

「千曳の大岩が、イザナミ様の依代の前にあったことですか?」

「そう、それ。出口がなんであんな所にあったのか、サキは知ってたみたいだけど……」

「いえ、私も知りませんでした」

「え?」

サキの平然とした言葉に、キスイは思わず聞き返す。

「知りませんでしたけど、あることはわかってたんです」

「えっと、それはどういう意味なんだ?」

頭に疑問符を浮かべながら聞き返すと、サキは視線を斜め上に向けながら語り出した。

「古事記に、イザナギの黄泉返りのお話があるんです」

イザナギが、イザナミを連れ戻そうと黄泉の国へ向かった話。
国生みの神イザナギが黄泉(あの世)から脱出する際、いくつもの食べ物を生み出して難をしのいだ。
そして、出口に生えていた桃の木によって、黄泉の国から帰ることができた。
つまり、

「つまり、出口のそばには桃の木があるんです。そこまで思い出したら、後は簡単でした。イザナミ様が出口までの道をループさせたことで、あの場所が出口の直前のまま固定されていたので、桃の木さえ生やせば、出口の方から現れてくれるってことですから」

「それは、つまりどういうことなんだよ」

「ええと、私達を閉じ込めるため、イザナミ様が道を閉じたのは分かりますよね?」

イツクシマの運転したトラックに乗っている時、後方にいた筈の泥の巨人を追い越したことを思い出す。

「ああ、進んでも進んでも、また同じ場所に戻ってたな」

「あれは、出口にたどり着かせないように、『出口の直前』を永遠に繰り返すよう空間を閉じていたんです。そこで、私が出口の目印である桃の木を生やしました。『出口の直前』に、『出口の目印』があるんです。つまりそこに出口があることになりますよね?」

「あ、えーと……」

キスイは額に指を押し当てながら、サキの説明を必死に理解しようと努力した。

「つまり……ダムで川がせき止められたけど、それを開いたから出られたってことか?ダムの中でグルグル回ってしまっていたから、ダムに穴を開けて脱出したっていうみたいな?」

「うーん、不穏当な例えですが、間違ってはいないと思いますよ」

キスイは不条理なものを感じたが、首を振ってその感覚を振り払う。
ここは異界なのだ。何が起こっても不思議ではない。
そもそも、自分は冥府へ行って、死者と戦って来たのだ。これ以上の不条理は存在しないだろう。

無駄に思い悩むことをすっぱりと諦め、キスイはサキを見た。
とりあえず確かなことがひとつだけある。それは過去の因縁にケリを着け、サキを――いっちゃんを――無事に助け出すことができた、ということだ。

それだけで十分だと1人で納得していると、サキがキスイの視線に気がついたようだった。

――――――――

サキが何かと思いながら見返すと、キスイは手を差し出した。
最初は分からなかったが、すぐにそれに思い至った。

サキは微笑むと、俯きがちにその手を掴んだ。

キスイはサキの手を離さぬようにしっかりとつかみ、サキもまた両手でその手を握った。

二人は、暗く狭い道を寄り添って歩いていった。

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