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黄央高校 戦浄録

天坂コーキ

第6話 若き二人の行き帰り 20

蜘蛛の糸のように細い道を、サキを抱えてキスイが走る。
月も星もないのっぺりとした暗い空の下、篝火で照らし出された道がくねりながら続いている。
道の両側には森が広がり、その向こうには得体の知れない何かが隠れ潜んでいるかもしれない。
キスイの背後からは、ヨモツイクサを従えたヨモツシコメが追ってくる。道から外れ、森の中にもはみ出しているが、一番早いのはやはり整った道を走る者達だろう。キスイとの差は徐々に狭まっていて、このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。

サキはキスイの肩越しにそれを見ると、片手で制服のポケットから、手帳と筆ペンを取り出した。
器用にも、キスイに腕をまわしたまま、空白のページに何かを書き込んでいく。不安定な状態ゆえに数度書き直したが、それでもかなりの速度で、絵柄のような複雑な文字群を白いページに描きこんだ。
そしてそれを手帳から破り取ると、追ってくる軍勢へ向かって弾いて飛ばした。

飛ばされた紙は真っ直ぐ進み、しかしすぐに力尽きて落ちた。地面へ接触したそれは、土の中へ溶け込むように沈んだ。数秒して、紙が沈んだ場所から泉のように白米があふれてきた。
白米はさらさらと音を立てて山になってゆく。
目の前に突如現れた白米の山に、先頭を走っていたイクサは警戒するように道の脇へ寄った。
しかし白米の山はどんどん大きくなり、しまいには細い道を埋め尽くすほどの山になる。
白米の山に近づいたイクサ達は、それがただの白米だとわかると、我先にと白米の山へと群がった。

白米の山はイクサ達に埋め尽くされ、あっという間に見えなくなる。さらにその後ろでも、地面に転がる一粒さえも見逃すまいと、新たなイクサが次々と群がり、山を大くしていた。
追いついたシコメがイクサ達を叩き、追いかけるよう指示を出すが、イクサの手から白米が零れ落ちたのを見て、そのシコメもまた白米を求めて山へと取りついた。

「今の、何をやったんだ?」

白米の山に群がるイクサ達を引き離しながら、キスイは目の前で微笑むサキへと聞く。

「大したことではないです。お供え物の白米が大量に余っていたのを思い出したので、いい加減古くなったまま放っておくのも勿体なかったので、放出するように伝言しただけです」

「お供え物って、根の国への捧げものってこと?」

「そうですよ。代理管理者をやってましたから、このくらいわけないですよ」

腕の中でドヤ顔するサキ。しかしキスイは、代理管理者という言葉に罪悪感を感じてしまう。

「……ごめんな」

「キスイ君が謝る必要ないですよ。確かにここは暇すぎて、なんにでも手を出してましたから。それにあのお米は、本当に使い道がなくて困っていたものですから。死蔵しておくよりかは、誰かのためになったほうがいいに決まってます。私も色々できて、それはそれでいい経験になりましたから」

サキは必死に取り繕うが、キスイはますます罪悪感が募っていった。
やることが少ない暗い場所で、いっちゃんにとって楽しみと呼べそうな変化のあることは、仕事しかなかったのだろう。思えばキスイと最初に会った時から、いっちゃんは家のしきたりを教え込まれ、自由のほとんどない生活をしていた。だからこそ自分はいっちゃんに楽しい遊びを教えようとしていたのに、結果として、さらに辛い場所へと追いやってしまった。自分はなんて愚かだったのだろう。

追跡するイクサ達を引き離し、かなり余裕ができたせいで、キスイの思考は若干突っ走っていた。置いて行ってしまったことと、助けるまでに時間がかかったこと。いっちゃんが無事に戻り、サキとして普通に復活したことで安心し、しかしそれらを大きな引け目に感じていた。その結果、キスイは真面目な顔をサキに向けて宣言した。

「いっちゃん、向こうへ戻ったら、いっぱい遊ぼう。俺がいろんな所へ連れてってやる。もちろん、みんなも一緒に」

「え?は、はい」

急な展開に、サキは先ほど注意したはずの名前の呼び間違えを、怒ることも忘れてうなずく。

「今度こそ、花火をしよう。夏だし、ちょうどいいだろ?学校の校庭を使って打ち上げ花火とかさ。みんなで花火を持ち寄れば、かなり派手なのができるだろうな」

「……それはいい考えですね。とっても楽しみです」

サキは笑って、キスイの胸に顔を押し付けた。
キスイはあの時の約束を憶えていたし、それを叶えようとしている。昔から、自分で決めたことは強引にでも実行しようとする性格だった。あの日と同じように、自分を退屈な場所から連れ出そうとしれ暮れている。
サキは、いっちゃんはそのことがとても嬉しく、自然と涙がこみ上げてくるのを感じていた。

『おおおおおおーーーん!』

魂を震え上がらせるような遠吠えが突如響き渡り、地面がドンドンと強く揺さぶられる。
二人が慌てて振り返ると、小さく見えるイクサ達の山を吹き飛ばして、泥の巨人が猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。

『おおん怨おーーーーーーーーーーーーーーー!』

言葉にならない声を上げて、巨人はどんどん二人へと迫ってくる。
キスイは必死でスピードを上げるが、道はまだまだ続いている。
サキも何かしなければと頭を働かせるが、手立ては何も浮かばず、振り落とされないようにしがみつくことしかできなかった。

山道は走っても走っても終わりは見えず、泥の巨人はもう二人のすぐ近くまで迫っていた。

キスイはすでに振り返る余裕もなく、背後から聞こえてくる地に響くような声と振動から少しでも逃れようと、足を動かし続けることしかできなかった。

サキはキスイの肩越しに見上げると、すぐ後ろまで追いつた巨人が、その右腕を振り上げたのが見えた。
それを伝えよう口を開きかけた時、森の奥から光とともに、大きな影が飛び出してきた。

甲高いブレーキ音とともに、それは二人と巨人の間に割って入る。
突如現れた乱入者に巨人はたたらを踏み、ほんのわずかな時間だけ動きを止めた。
その間に、乱入してきたそれは、飛び出してきたのとは反対の森へと飛び込んでいった。

「今のは、何ですか?」

サキが恐る恐る顔を上げると、キスイはそれ・・が飛び込んでいった森を見つめて言う。

「あれは、ハッキリとは見えなかったけど、俺の見間違いじゃなければ、恐らく……」

キスイのつぶやきに応えるように、木々のすぐ向こう側に、二つの光が現れた。そしてその中から、からかうような声が飛んできた。

「いよう継承者殿。なかなか楽しそうなことになっとるのう。とりあえず森の中へいや。そっちじゃとまたすぐに追いつかれるわい」

あちこち壊れたコンボイトラックに乗った、イツクシマが笑っていた。

イツクシマの言葉に従い、キスイはサキを庇いながら森へと飛び込んだ。
木々を躱しながら走るキスイの前に、コンテナを積んでいない状態のコンボイトラックが走り出る。すると木々がトラックを避けるように左右に分かれた。
キスイは驚きながらも、トラックの背後にある足場に飛び乗った。
サキを優しく立たせてから、乱れた息を整える。運転席へ続く窓を見れば、イツクシマがニヤリと笑って親指を立ててきた。

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