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黄央高校 戦浄録

天坂コーキ

第6話 若き二人の行き帰り 19

薄暗い山中を走る細い道が、松明に照らし出されている。それはまるで、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸のようにも見えた。どうやらここは山の上にあるようで、道は緩やかな下り坂になっている。
キスイはそんな細い道を、サキを抱えて走っていた。膝と肩を下から支える、いわゆる【お姫様抱っこ】という形だ。
先ほどまでは俵担ぎで運んでいたのだが、情緒がないと怒られて、現在の状態になったのだった。
この状態で相手を安定して運ぶには、運ばれる側の協力も重要になる。つまり、サキもまたキスイの首へと腕を回し、しっかりと自分からしがみついていた。

そんな状態でも、それなりのスピードで走っているキスイの後方で、木材が破られる轟音が響いた。

「キスイ君、アイツが出てきましたよ」

「そうみたいだな。さて、どうしようか」

道はカーブの多い下り坂で、ただでさえバランスの危うい今の状態では、スピードを上げることが難しい。しかし二人の後方には、泥の巨人が四つん這いで姿を現した。

「待つのですよ、継承者殿!貴方はこの根の国にいるべき御人。現世うつしよへ返すわけにはいきません」

巨人の頭から生えた大蛇が、声を張り上げる。キスイは振り返りもせず、それに答えた。

「嫌だね!もう俺がここにいる意味はほとんど無いんだろ」

「そうよ!私とキスイ君は向こうに戻って、みんなで幸せに暮らすんだから。それでめでたしめでたしなんだから、邪魔しないで」

サキの言葉に大蛇が反論しようとしたが、何かを言う前に巨人の中へと引き込まれた。そして大蛇が生えていた顔の穴の奥から、この世のものとは思えない――そこは実際、あの世ではあるが――唸り声が響いて来た。

『ゆるさぬぞ。それは、わらわが、ゆるしはせぬ』

「何だ!?物凄い恨みのこもった気配向けられてるけど、俺ってなんかヤバいことしたか?」

『いざなぎ、わらわからはにげだして、なのに、べつのおんなは、つれかえるのかえ?にくし、にくしや、いざなぎ』

「キスイ君の事を言ってるわけじゃないみたいですけど?」

「イザナギだと勘違いしているっつーわけか。冥府にいる女に会いに来たっていうシチュエーションは、確かに似てはいるけどな」

「話しても分かってくれなさそうですね。あ、兵士たちが出てきましたよ」

サキの言う通り、根の国の兵隊【ヨモツイクサ】達が、細い道の両側からわらわらと這い出してきた。
骨と皮だけの体に鎧をまとった姿の他に、まるで埴輪の戦士のような、のっぺりとした皮膚を持つ者も多数混じっている。
泥の巨人はその場で根を張ったように動かなくなり、顔に空いたうろからは、風の抜けるような音が響いている。

「サキ、しっかりと捕まってろよ」

「はい!」

キスイはサキを左腕だけで抱え上げると、右手を自分の背中へとまわす。

「切り払え、悪神祓あしはらい!」

何もない場所から大刀を抜き払うと、キスイは起き上がりつつあるヨモツイクサの一体へと突き進んだ。そして走る勢いのまま悪神祓いを突き出す。
悪神祓いは真っ直ぐヨモツイクサへと迫り、身を守ろうと掲げられた腕ごと、その頭蓋を貫いた。
キスイが大刀を一振りして、串刺しにしたイクサを払い除ける。そして今度は振った大刀を軸に半回転し、近づいてくる別なイクサを切り上げた。
急な動きにサキが小さく悲鳴を上げるが、キスイは足を止めずに進む。
キスイが進むたびに大刀がひらめき、イクサの骨が、泥が、武具が宙を舞って地に落ちた。

道を塞ぐイクサは多数いるが、キスイは多勢など物ともせずに走っていった。

「キスイ君、ちょっと腕が辛くなってきたんですけど」

「もうちょっと頑張れ」

キスイが右腕で大刀を握っている分、サキが自力でしがみつかなければならない。
普段は事務方ばっかりやっている生徒会書記の女子には、少々つらい状況ではあった。

「ダメ、もう、無理です」

「なら、ちょっと早いが仕方ないか」

サキの切実な声を聞いて、キスイは立ち止まると大刀を真っ直ぐ上に掲げる。走って乱れた呼吸を整えると、その刀身についたイクサ達の魂が、大刀を覆うように広がった。
キスイの目の前に続く道の上にも、まだまだ沢山のヨモツイクサが待ち構えている。そしてそれらを指し示すように、大刀を真っ直ぐ振り下ろした。

「切り開け、草薙くさなぎ!」

大刀が振り下ろされる軌道に沿って、赤い炎が走り出る。炎は道を塞ぐヨモツイクサを次々と飲み込みながら、瞬く間に坂を下って行った。
道に溢れていたヨモツイクサはことごとく、踊るように身をくねらせながら倒れていった。そして灰のように、乾いた砂のようにサラサラと崩れて消えていく。

「……ふぅ。道の先にいるヤツラは全部燃やせたかな」

つぶやくキスイの手の中で、悪神祓いの大刀もまた薄れて消えた。

「もう、大丈夫?」

「あ、大丈夫。よく頑張ったな」

必死さを通り越して、涙交じりなサキの声。キスイはすぐに右腕でサキを支え直した。
サキはキスイの首から腕を離し、胸の前でグーパーしながら両手を確かめた。

「今のでしばらくは剣を出せなくなった。これからは両手で支えるから安定はすると思うけど、やばくなったら思いっきり走るから、覚悟しておいてくれよ」

「うん。今度ヤバくなったら、私がなんとかしますよ」

サキは再びキスイの首に手を回して言った。
障害がなくなったことで少しホッとしたキスイだが、今の状態を改めて認識してしまい、わずかにサキから顔を背けた。

「どうかしました?」

「いや、なんでもない」

「なんでもなくはなさそうですけど?」

キスイは頬を押され、サキの方へ顔を向けさせられた。
同じ学校で二年間ともに過ごしてきた女子を、お姫様抱っこして暗い山道を歩いている。彼女は昔からの幼馴染であり、また、ただの後輩でもあった。
松明という揺らめく明かりのせいで、目の前の少女の雰囲気までもが、揺らめいて見える。昔と今との気配を行ったり来たりし、果ては大人の女性のような色気まで……。

『おおおおおおーーーん。クサナギだと?スサノオまでが、わらわのじゃまをいたすのか。にくし、にくしや』

はるか後方から響いてきた声に、二人はハッとして振り返った。

『ゆるさぬぞ、逃がさぬぞ。わらわから、はなれてゆくなど、がまんできぬ。われをおいてかないでたもうぉぉぉーーー』

再び聞こえた吠え声は、今度はほら貝の音のように重く響きわたる。それに答えるように、二人の背後にヨモツイクサとヨモツシコメが次々と姿を現した。

「まったく!しつこいなあオイ!」

文句を言いながら駆け出すキスイの腕の中で、サキが後方を見ながらつぶやいた。

「私、あの気持ちがわかります。大好きな人と一緒に行けない悲しさとか、悔しさとか。それを憎いと思ってしまう、自分の醜さとか。この私に戻る前の私と同じだから」

「……そっか。それで、アイツをなんとかできると思う?」

走り続けるキスイが聞くと、サキは少し考えてから、首を左右に振った。

「私は肉体からだが生きていたから戻れたんです。でもあの人は、もうそれが無い。どんなに願っても、現世に帰ることは無理です」

キスイには後ろから響いて来る低い声が、泣き声のように聞こえていた。
あれは恐らく、かつての国生みの女神【イザナミノミコト】。
彼女は死んだ後、夫であるイザギミノミコトが迎えに来た時、すでにその肉体は腐ってしまっていた。それを隠すこともできず、直す前にイザナギにその腐りかけた醜い姿を見られて絶望した。

今のあの姿は、その腐った肉体までも失った、魂だけの存在なのだろう。泥の巨人をかりそめの器として使っているのに違いない。
いっちゃんもまたあの巨人に繋がっていた。だから恐らく、あの時はイザナミに影響を受けていたのだろう。
そう考えると、改めて、サキの体が腐る前にたどり着くことが出来てよかったと思った。キスイは内心で、黒服の男、エンドマークへと感謝した。

「本当に、俺は間に合ってよかったよ」

思わずそうつぶやくと、首に巻かれた腕の力がちょっとだけ強くなった。

「私も。すぐに助けに来てくれて、本当にありがとうございました」

「まだだよ。お礼はここを脱出してからだ。ちょっととばすから、しっかりつかまってろよ」

「はいっ!」

キスイはサキを抱える腕に力を込めると、スピードを上げて走り出した。

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