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黄央高校 戦浄録

天坂コーキ

第5話 思い出は夜の中 12

ミレイの屋敷の客室、慣れていないベッドの上で、キスイはまだ眠れずにいた。

さまざまな思いに悩まされながら、寝返りをうつ。
あの時、いっちゃんは泣いていただろうか、笑っていただろうか。
瞼の裏に浮かんでくる顔は、そのどちらとも言い切れない。

思い出は、美しいものばかりではない。
そして、辛いことばかりでもない。
あの時のあの事件があったからこそ、自分と彼女たちは今こうして友人でいるのだ。

そう思うが、それでもやはり、キスイはいっちゃんを止められなかった自分を許せなかった。

ため息をついて、目を開く。
暗い、部屋の隅へ向けて、手を伸ばす。

今の自分は、あの時とは違う。
今日の学校では、短い時間とはいえ、あの剣の本当の力を使うことができた。
その後も、副作用のようなダルさはまったくない。
今までの鍛錬は無駄ではなかった。

だから、今度こそ………今度こそ、どうするというのだろう。

いっちゃんを助ける?
いっちゃんがいるのはネノクニ。またの名を【黄泉よみの国】。古代日本のあの世・・・だ。つまりキスイがそこに行くためには、死ななくてはならない。

今キスイが死んだら、いっちゃんは怒るだろう。
みんなが悲しまないために、誰も死なないように、いっちゃんは自ら犠牲になったのだ。
それなのに、キスイが勝手にいっちゃんに会いに行ったら、いっちゃんの気持ちを無駄にすることになる。

それなら、どうすればいいのだろう。

同じ過ちを繰り返さない?
そんなの、当たり前だ。その為に、キスイは強くなったのだ。

それでも、今これからを守れたとしても、過去を変えることはできない。

もし、もしも、あの時に戻れるなら。
そんなどうしようもない戯言を繰り返すしかできない自分を、キスイはやはり、許すことができない。

できることなら、今すぐにでもいっちゃんを助けに行きたい。
でも、何もできない。

願いは、叶わない。

胸の中にわだかまるもののせいで、眠気はますます遠ざかるばかりだった。

「キスイ、眠れないのかい?」

背後、もう一つあるベッドから呼びかけられた。
同室のイヅルも、やはり眠れずにいたのようだ。
キスイは何も言わず、振り返りもしない。

そんなキスイの背中へ、イヅルは話しかけた。

砂庭さにわさんに、あのことを話さなかったけど、それでよかったのかい?てっきり僕は、今日それを言うために集まったのかと思ったんだけどね」

「話さない。あの子といっちゃんは、何も関係がない」

「そんな言い方はないだろ?だって砂庭さんは、僕の親戚であり、ミレイちゃんの預かりだ」

キスイは、イヅルに反論できない。なぜならそれは、真実だからだ。

砂庭家は志島しじま家の遠戚。そしてサキの両親は、田舎で舞台つきの大きな家を管理している。
さらにサキ本人は、ミレイの付き人として五光院家に住み込んでいる。
幼いころから付き合いのある、気心の知れた仲であり、2人ともそれを望んだから。
ミレイがサキを守り、サキはミレイを助ける。それが2人の当たり前だから。そしてそうなったのは、6年前のあの日のことがきっかけだった。

「昔からの付き合いだから、キスイも僕の家の決まり事、つまり【おまじない】には詳しいよね?」

キスイはやはり、うなずきもしない。
それでも、否定もしない。

志島家のおまじないには、男の子には女の子の名前を、女の子には男の子の名前をつけるというのもある。
これはやはり、子供を連れ去りにきた神様を混乱させる意味をもつ。
子供を守ろうとする、願いの込められたおまじないだ。
そして魂を守るためなので、仮名につけるのが普通でもある。

「そして、名前のおまじないはまだある」

それはどこの家でも特に意識をせずに考えたりするもの。
名前に、意味と願いを込めて、子供を祝福するというもの。

「砂庭さんのフルネームは、砂庭・石割彦・・・・咲。つまり、砂の庭の石が割れ、花が咲く。生命の誕生、復興の兆し。縁起の悪い言葉を、誕生や繁栄を意味する寿ことほぎへと転換させた名前だ」

イヅルの言葉に、キスイはうなずいた。

「そう、あの子が、サキこそが、いっちゃんだ。あの日俺が弱かったせいで、助けられなかったいっちゃんの真名だ」

キスイは体を起こすと、イヅルの方へ向き直る。

「イヅル。俺はどうすればよかった?あの子に本当のことを言うべきだったのか?そんなこと言えるわけないじゃないか。君のおかげで俺は助かった。いっちゃんが犠牲になったから、俺がここに戻ってこれた。俺のためにありがとうだなんて、言えるわけないじゃないか。俺が勝手にスサの力を手に入れて、俺が弱かったから、それを制御できなかったんだ。それなのに、そのツケをいっちゃんに背負わせてしまった。俺が犠牲になればよかったのに」

キスイは声をしぼり出すようにして言った。
そして、ベッドへ拳を叩き付ける。
ミレイとサキのいる部屋は離れているし、防音もしっかりしているので、例え叫んでも届くことはないだろう。
それでもキスイは、今の話がサキに聞こえることを恐れていた。

「なあ、イヅル。あの子は、サキは俺のことを怒るかな?いっちゃんを犠牲にして戻ってきた俺を。今も、のうのうと高校生活を送っている俺を。過去がないのは俺のせいだと、親と一緒に暮らせないのは俺のせいだと怒るかな?」

キスイの問いかけに、イヅルも身を起こして答える。

「大丈夫。砂庭さんは、……サキちゃんはそんなことしないよ。いっちゃんと同じで、みんなで一緒いることを喜んでくれてるよ。それに、両親とも時々会っているし、大丈夫」

「そうだ。サキが、砂庭が今は幸せそうでよかった。俺はいっちゃんは助けられなかったけれど、もう二度と、誰も犠牲にさせない。俺たちだけじゃない。クラスメイトも、友達も、学校のみんなも、みんな、俺がこの力で守る」

キスイは拳を握りしめて誓う。

イヅルはそれを見て、悲しそうに笑った。

「キスイ、君だけじゃない。僕もなにもできなかったんだ。僕があの時いっしょにいれば、あるいは、もっとしっかりしていれば、君たちを止められた。あんなことになる前に、なんとかできたんだ」

「それは違う。俺が花火に誘ったせいだ」

「いいや、僕がしっかりしてなかったからだよ」

暗闇のなかで、2人は向かい合う。
キスイは、親友の真剣な気配を感じて、呼吸を落ち着ける。

誰もが、自分自身を悪いと言う。
誰もが、君は悪くないと言う。
ならばそれは、どちらも真実なのだ。
自分の罪は自分持ちではあるが、相手の罪をわずかでも受け持つことができれば、その分相手も軽くなるだろう。
そして自分の罪も、この親友になら、力を貸してもらってもいいかもしれない。

「そうか、俺だけのせいじゃないのか」

「そうだよ。キスイだけのせいじゃない。それに、最初に『犠牲になるな』って言ったのはいっちゃんなのに、自分が真っ先に犠牲になったんだろ?一番悪いのは、いっちゃんじゃないか」

「……ホントだな。いっちゃんも、けっこう自分勝手だったよな」

「そうだよ。だから、キスイだけが悪いんじゃない。僕も、ミレイも、いっちゃんもちょっとずつ悪いんだ。だから一人で背負い込むなよ。僕もミレイも手伝う。もちろん、浄霊部も手伝ってもらうし、風紀委員にも力を貸してもらう」

「そうだな。学校のみんなで、俺たちの学校を守っていこう」

「そうだよ。一人でダメなら、みんなで頑張ればいいんだ」

イヅルの言葉に、キスイは気が抜けたように笑った。

「これからもみんなを守るためには、ゆっくり休むことも必要だよ。だから僕はもう寝る。お先に」

イヅルはそう言うと、横になって布団をかぶった。

キスイは苦笑いしながら、仰向けに倒れ込む。

「ありがとな」

キスイのつぶやきに、寝言かわからない返事が返ってきた。

みんなで、みんなを守る。

キスイはその言葉を噛みしめながら、ゆっくりと目を閉じた。




第五話 思い出は夜の中 ~了~

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