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黄央高校 戦浄録

天坂コーキ

黄央第4話 陰の剣 4

黄央高校、第二体育館。
その中央には祭壇が設置されていた。

祭壇は、白木を正方形に並べて組んだもの。
もし、木材と木材の隙間が開いていたならば、キャンプファイヤーに使われるのかと勘違いしてもおかしくはなかった。

そして、腰の高さに組まれたそれの上には、小物の呪具とともに二つのビデオテープが置いてある。

ひとつはキスイがアマサト先生から預かってきたもの。
ひとつはミレイの屋敷へ送りつけられたもの。

祭壇に乗せられた、うすい木の板の上に、二つのビデオテープは横倒しに並べられていた。

祭壇の前には、巫女装束のコウメが、緊張した面持ちで立っている。
白の羽織に白の袴。白いハチマキを額に巻いて、玉櫛を握っている。

コウメの後方、少し距離を開けて、シウンとキスイが並んで立つ。
こちらは両方とも、下がジャージに上が体操着という、動きやすい格好。

さらにその二人の後ろにイヅルが、同じくジャージと体操着で数珠を構えている。

今回の方陣も、騒音ロッカーを呼び出した時と同じ陣容だ。
四隅に二人ずつ結界手を配置し、片方が結界の設置を、もう片方がその防衛を担当する。

結界手は、今回は全員が浄霊部員だ。
風紀委員を使わない理由としては、結界を深いレベルにしなければいけないために、普段から訓練をつんでいるものが望ましいとシウンが言ったからだ。

イヅルは結界手の先導を任されていて、こちらも若干の緊張が顔に出ている。

無理もない。退魔の専門化がついているとはいえ、彼らはまだ学生なのだ。
扱える結界術について、特にガイドラインは設定されていないものの、深度レベル2以上の結界など、浄霊部員達と言えども使ったことはなかった。

そんな彼らの緊張を読み取ってか、シウンは毅然きぜんとした態度で指示をしていた。

「コウメちゃんの仕事はターゲットの呼び出し、それとターゲットが出てきたら、その力を封じてもらいます。今回のターゲットは出たがりみたいだから、封じ続けるのは大変だと思うけど、できる?」

「はい。全力で止めてみせます!」

シウンの言葉に、コウメは硬い表情でうなずいた。

「イヅル君、呪言はさっき教えた通りよ。できるわね?」

「暗記は得意です。まかせてください」

イヅルもシウンにうなずき返し、手の中で数珠を送り始めた。

「キー君、退魔は私たちでやることになるわ。短期決戦のつもりでいくから、覚悟しててね」

「『退魔』か、了解」

キスイもうなずいて、『悪心切り』を呼び出す呪言を唱え始めた。


結界の四隅、外側に立つ4人は、イヅルから渡された珠を一つずつ手のひらに握っている。

シウンの指導を思い出しながら、イヅルは手の中の数珠に力を込めた。

「『オン・カナウカナウ・サラ・サッタ……』」

イヅルの声が、体育館に響く。

結界手の4人も、それに続いて呪言を唱え始める。

朗々とした呪言が空間に満ちて、線で区切られた内側だけが、その空気を濃密にしてゆく。

体育館に入り込む夕日が、薄くなった気がした。
帰宅する生徒の話し声も、ラジオのなかのように遠く感じる。

カン、と、どこかで音が鳴った。
第一深度レベルの『意識』。
この、四角く区切られた範囲が、目を閉じていても『ある』とわかる。

イヅルの珠に『力』が入っている事がわかるし、残りの珠が、その『力』に同調してをいることがわかる。

カン、と、祭壇の下から音が鳴った。
第二深度レベルの『認識』。
人が、普通に生活している中では会うはずの無いもの。その存在が、わずかに姿を現す。
たとえ見えなくとも、触れずとも、あるものはあるのだ。

中央の祭壇、四角い枠の中。
そこはまるで、深い地の底へと続く穴だ。

ただの祭壇、ただの台だけののはずなのに、深い深い、夜の底がそこにあるのがわかる。
覗き込んだら引き込まれそうな、そんな水底がその穴の中にあるのがわかる。

カン、カン、かん、かん

第三深度レベル『接触』。
それはそこにいる。目で見る必要はない。声を聞くまでもない。

……覗き込む必要すらない……

キスイは首筋を、細いものがくすぐるのを感じた。

(これは、髪の毛か?俺はここまで長くないし、誰の……)

キスイが振り返ろうとした時、はっきりと殺気を感じて飛びのいた。
首筋にわずかに、するどい風が当たった。

腰から心剣を抜き放ち、二撃目が来るかと身構えたが、目の前で木刀を構えていたのはシウンだった。

「俺の首のところに、なにかいた?」

「まだよ、まだ出ていない、けど、首だけで振り返っちゃダメ」

気にしたら負けだから、と意味ありげなことを言って、シウンは祭壇へと向き直った。

深度レベル3の結界の中では、空気そのものまで強く意識してしまう。“抵抗のすごく少ない水中”とでも思えるほど、空気の流れが気になってしまう。
そんな結界の中で、空気が、大きく動いた。

祭壇から、冷気が溢れるよう流れ出してくる。

千住が足を鳴らして、祭壇に立ちはだかった。

シキよ、御身の御名はギン!現世の井戸イドに刻まれしタマシイに、御身を捧げるを許したまヘ」

祝詞とともに、コウメは襟元から布を取りだした。
いや、あれは布ではない。ビーズで編まれたタペストリだ。

青い枠の中に、銀というより透明に近い色で、一匹の魚が描かれている。

「ギンよ、泳げ!」

コウメは、大きく手を振るように、ビーズを繋ぐ糸を引き抜いた。

散るかと思えたタペストリは、魚の形だけその場に残して、枠は空間へ漂いだした。

ギンはゆっくりと空中を泳ぎ始め、祭壇へと向かった。

クラい電位に繋がれしモノよ、ソコは狭くてさむかろう。ここは儚くぬるいぞ」

コウメの祝詞に合わせて、ギンは祭壇の上を旋回していた。
それがいきなり、何かに掴まれたかのように動きを止めた。
ギンは、尾の辺りを掴むそれから逃れようともがくが、しっかと握られているようで、びくともしない。

ついには頭も掴まれたようで、動きがちいさくなり、そして、腹部を形づくるビーズの並びがくずれた。

くしゃり くしゃり

ビーズ同士がこすれる音。

結界として固定された空間に、緩慢な音が響く。

くしゃり くしゃり

魚の頭の部分がくずれ

くしゃり くしゃり

少しずつギンの体が短く削られてゆき

くしゃりくしゃり

最後に尾までが飲み込まれた。

見えない何かに租借されたビーズは、一度あつまった後ゆっくりと広がり、形をとり始めた。

それは、まるでCG作成の1段階。白い点のみで構成された『人形ひとがた』だ。

人型は祭壇の上に、上半身だけが乗っていた。
そしてその腕が、祭壇の板を荒々しく払いのける。

呪具やビデオテープが、音を立てて床に落ちた。

コウメが小さく悲鳴を上げて後ずさると、その声が聞こえたかのように、人型が振り向いた。

板が落とされた祭壇は、まるで木枠に囲まれた井戸だった。
深い深い深遠へと繋がる井戸。

そこから、人型が足を持ち上げてずるり・・・と這い出てきた。

祭壇から出ると、人型は床にヒザをついた。
まるで重力の存在に、たった今気づいたかのように。

うずくまる人型から目が離せないコウメの背後から、シウンの声が飛んだ。

「コウメちゃん、今よ!」

「あ、はい!『電位デンイの鎖よ!御身のコンはそこにあり!その身をもってハクを成せ!』」

祭壇に置いてあったビデオテープに、何かがすごい勢いで当たった。

キスイが目を凝らすと、それは青いビーズの玉のように見えた。

いくつもいくつも、はぜるような音が連続して鳴り渡り、ついにビデオテープのケースに穴が開いた。
その穴から、黒いテープが甲高い摩擦音を響かせて、空中へと舞い上がる。

魚の枠を構成していた青いビーズが、次々とテープを引き出していく。

舞い上がったテープは人型へと向かい、束縛するように巻きついていった。

足先から頭へ、そして黒髪のように長く垂れ下がる。
ミイラのように、人の体の線がなめらかに示され、その首の後ろにビデオテープのケースが、イビツな突起として埋もれていた。

「ブブ……おもい……ブッ……からだ……」

喉の部分のテープが震え、ひどくかすれた女の声を発した。

「参の珠術じゅじゅつ依り代縛りよりしろしばり!現世に固定しちゃいましたよ!」

覚悟しなさい!とコウメは見栄を切った。

「ブブ……みにくい……ブブッ……みないで」

テープの女が顔を覆ってうつむくと、髪の毛のようなビデオテープが大きく広がった。
それは意思を持っているように一斉にコウメへと襲い掛かる。

「えっ?」

突然のことに棒立ちだったコウメは、あっという間にビデオテープの髪の毛に包み込まれた。

コウメの四肢に、首に、ビデオテープがきつく巻きついている。

「千住!」

出遅れた!とキスイは歯噛みする。

慣れないレベルでの展開だなんて、言い訳にもならない。
悪心切りあしきりなら、物体こそ切れないが、テープに憑いた意思は切れるはずだ。

キスイがコウメへ駆け寄ろうとした時、その向こうにいるテープの女が大きく悶えた。

「……ああ!こっちを見ないで!」

テープ女の声がはっきり聞こえ、瞬間、首筋に氷を当てられたような悪寒が走った。
キスイは急ブレーキをかけ、後ろを振ろうとしたところで、鋭い声が飛んでくる。

「キスイ!」

シウンの、警告の声。
キスイは先ほど言われたことを思い出す。

(首だけで振り返ってはダメ)

これも呪いの一部だというのなら、目の前のテープ女から、目を離してはいけない。

じくじくと首筋に当たり続ける悪寒と戦いながら、キスイはゆっくりとテープ女に近づく。

「お願い。こんな私を見ないでぇ……」

顔を手で覆うようにうつむくが、コウメを縛るテープはむしろきつくなっているようだ。

キスイはテープの女を視界から外さないようにして、コウメへと伸びているビデオテープへと悪心切りを振り下ろした。

キスイが刃を通したところから先、コウメに巻きついた部分のビデオテープから、黒い煙のようなものが出て行ったように見えた。
そして、古くなって弾力を失ったかのようにボロボロとはがれ落ちる。

「キスイ君……ありがと」

小さく咳き込みながら、コウメが言う。

「お前の仕事は終わりだよ。次は俺の出番だ」

キスイがテープの女を正面に見据えて構える。

「私を……見るなぁ!」

テープの女が叫ぶと、黒い煙のようなものが辺りに立ち込めた。
テープの女がその煙を吸い込むと、より大量のテープが繰り出され、その背後に広がった。

「あの煙みたいなの、いったい何なの?」

「あれは、みんなの負の感情だよ」

コウメのつぶやきに答えたのは、後方にいたイヅルだった。

「恐怖とか、後悔とか、怨恨とか。あの呪いのビデオを見たみんなの負の感情が、結界の外から流れ込んでくるのを感じる」

「結界の外側から!?」

「さすがに深度レベル3で出てきただけのことはあるよ。結びつきがすごく強力になってる」

イヅルが視線をシウンに向けると、シウンはうなずきを返した。

「キスイ、今ならアイツを倒すだけで、みんなを救えるはずだ」

「それが狙いだったのか。わかった、まかせろ」

キスイは悪心切りを構え直すと、距離を測るように少しずつテープの女に近づいていく。

「……見ないで……消して……いなくなってよ」

黒テープのはためく音が聞こえる。
器であるテープが、女の精神を縛りつけている。

「……私なんていなくなればいい……見えなくなればいいい……見たくないんでしょう?いなかったことにしたいんでしょう?」

テープの女に集まる黒い煙が、どんどん濃度を増してゆく。

「……消えてやるわよ……いなくなってやるわよ!……でも、私はずっとあなたたちのことを見ていてやるからね……忘れないわ!」

テープの女の首筋からは、次々とビデオテープが吐き出されている。
まるで黒い煙がテープになっているようで、その量は明らかに、ビデオテープ2本分を越えている。

「あなたたちが忘れても……私は忘れないわ……見ていてやるから……あなたたちのことを……あなたたちのすることを……ずっとずっと……死んでも見ていてあげるわぁ!」

ビデオテープは空間を埋め尽くすように漂いはじめ、キスイの視界からテープの女の姿を覆い隠した。

キスイの首筋に当たる悪寒が、急激に強くなる。

(後ろにいるのか?たった今まで目の前にいたのに。いや、これは奴の呪いのせいだ。振り返ってはダメだ)

目の前を漂うテープに切りつける。
切りつけた周囲は崩れて消えるが、ビデオテープのヴェールは厚く、向こうを見通すことはできなかった。

「くそったれ!ソッコーで切る!」

テープの女がいたはずの方向へ、道を切り開きながら進む。
しかし、切っても切ってもビデオテープの向こうは見えず、テープの女にはたどりつかない。

すぐ近くに人の気配を感じ、その方向へと悪心切りを向ける。
そこには、結界手2人の驚いた顔があった。

「なっ!端まで来てただと!?」

慌てて体ごと振り返るが、そこはやはり、ビデオテープのヴェールに覆われて何も見えなかった。

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