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黄央高校 戦浄録

天坂コーキ

陽の剣 後編

「おつかいなんてかったるいっスねー。ちゃっちゃとすませちゃいますかー」

ある日の放課後、モモヤは独り言をつぶやきながら保健室へ向かっていた。

今は部活動の時間帯だが、モモヤの所属する浄霊部はちょっと特殊な部活である。
学校内外の霊的騒動の鎮静化を目的としていて、普段はトレーニングや浄化方法を学んだりしている。

今日のモモヤも、いちおう部活動の真っ最中だった。

「誰も見てないっスよねー?ゴーグル装着!それ、ダッシュ!」

かけ声とともに、狭い廊下を恐れることなく走り出す。

「視界クリア、足音なし。オールクリアっス」

コーナーをアウト・イン・アウトでスピードを落とさずに曲がりきる。

「目標エリア確認。近すぎて余裕しゃくしゃくっス」

最後のストレートはトップスピードで駆け抜けた。

「ナイスランディング!コースレコードを塗り替えたっスね」

一人つぶやき、保健室のドアをガラガラと開けた。

「すいませーんっス。包帯とバンソーコ下さーい」

「五月蝿い、そして廊下を走るな」

ドアの向こうから腕が伸び、モモヤの顔面をしっかりと捉えた。

「ギャー!アイアンクロー!」

腕はそのままモモヤを保健室へと引き込み、ドアが音を立てて閉じられた。



「モモヤ、お前は廊下走ってばっかいるのか?」

キスイがあきれ顔で、包帯と絆創膏を棚から勝手に取り出した。

保健教師は、また・・いないようだ。
ある意味保健室の常連であるキスイは、たびたび居なくなる保健教師から、勝手にものを持ち出していいという許可をもらっている。
キスイは簡単な持ち出しメモをさらさらと書いてから、それを机の上に貼り付けた。

「キスイ先輩がどうしてここにいるんスか?また喧嘩両成敗しすぎたんスか?」

モモヤが顔面を押さえながら聞くと、キスイは少し迷ってから言った。

「ちがう、探し物だ。……個人的な頼まれごとのな」

「何、探してるんスか?」

「関係ないだろ。ほら、これ持ってもう戻れよ」

うっとおしそうに言うキスイに対して、モモヤは真面目な顔で言った。

「先輩に、ちょっと頼みたい用件があるんスけど。今いいスか?」

「急ぎか?緊急なら聞いてもいいが」

「緊急っス。まさに今、ヨウケンっていう妖剣が問題起こしているんス」

「は?用件?ギャグか、それ」

「そうじゃなくて妖剣なんス。自分でヨウケンって名乗ってるんスよ」

キスイはちょっと考えて、モモヤを見た。

ヨウケン・・・・と名乗る剣?」

「そうっス。妖剣の用件っス」

「つまらないギャグはやめい」

「あーっ!アイアンクロー!ぎ、ギブギブー!」


キスイはモモヤと並んで廊下を歩きながら話を聞いた。

それによると、ヨウケンと名乗る霊が突如現れ、自身の寄り代でもある剣を振り回しているらしい。
そのヨウケンは剣道場にいて、浄霊部員は彼が外へ出ないように見張っているらしい。

「剣道部員がなんとかするって言ってるんで、ウチは手出しできないんスよ。でもそのヨウケンがなかなか強いし、ちょっと面倒な特性もってて、おかげで怪我人が続出なんス」

モモヤが包帯でジャグリングしながら言った。

「ヨウケンってのは、どんなヤツだ?」

「お坊さんス。ハゲっス」

モモヤがノータイムで返事をする。

「フルネームはもしかして太海坊陽献か?」

「え、たいかいぼう?えー、……覚えてません」

「めんどいな」

「どうしたんスか」

「何でも」

キスイは、マジメな顔で前を向いた。
面倒ではあるが、どうせ簡単に済むとは思ってはいなかった。
昨日のイヤな予感の延長に今日があるのだ。
ならむしろ、向こうから出てきてくれただけありがたいのだろう。

キスイは、できるだけ前向きに結論づけた。

「入り口空いてら。俺、ちゃんと閉めたはずっスけど。てかあれは?」

開け放たれた剣道場の入り口からは、入り口に背を向けた小柄な少年と、その足元に倒れているゴツイ体育教師の姿が見えた。
体育教師は完全な剣道装備だが、対する少年はワイシャツと制服の黒ズボン、手には竹刀。
そしてベルトには一振りの刀を帯びていた。

「先輩、急ぎましょう」

キスイとモモヤは、剣道場に踏み入った。
入り口からは見えなかったが、壁際に剣道部員達がうなだれて座っていた。

二人に気がついた少年がゆっくり振り向いた。

「やれやれ、また新手が来やがったか」

言葉とは裏腹に、喜びの色を隠そうとしないその顔は、紛れもなく二人がよく知った顔だった。
やさしかった少年の顔が、攻撃的な笑みをたたえて邪悪に歪んでいる。
キスイにとっては後輩、モモヤにとってはクラスメイトであるトキが、別人の顔で立っていた。

「トッキー!お前!」

モモヤは息を呑むが、キスイは、トキの顔と腰の刀を確認して納得したような顔をしている。
トキは刀をベルトから引き抜くと、倒れたままの体育教師を見下ろした。

「今度はこいつの体を借りるか。このガキは見た目どおり貧弱でいかん」

ほら握れ、とトキが刀を鞘ごと体育教師の手にねじ込んだ。
とたん、体育教師は目を見開いて起き上がった。
反対にトキは、膝から崩れるように倒れる。

「トッキー!!」

モモヤはトキに駆け寄った。
キスイは起き上がった体育教師と正面から向かい合った。
どうやらあの刀が『依り代』であり、その所持者の意識を乗っ取っているようだ。
キスイが聞いたとおりのようだ。

「あんたに一つ確認したい事がある」

体育教師をのっとったソレは、肩や首をまわしている。

「あんたの名前、太海坊陽献たいかいぼうようけんだな」

体育教師は満面の笑みを作った。

「いかにも」

そう、刀は言った。

喧嘩屋けんかや』太海坊陽献。

江戸時代末期に生まれる。三度の飯よりケンカが大好き。その果てには『かつ流』などどいう、ふざけた名前の流派を拓いたという。
破戒僧おきてやぶりであり、破壊僧こわしやでもある元僧職。

「おんし、わしを知っとったようだな」

にやりと不敵に笑う体育教師ヨウケンに向けて、キスイは首を横に振った。

「昨日知ったばかりだよ」

そう言いながらポケットからケータイを取り出す。
とりあえず見つけたことをあの人・・・に報告し、どうするかを聞かなくてはならない。

(聞く必要もないだろうけどな。いちおう、ね)

ヨウケンを視界の端に入れながらケータイを操作していたため、キスイはもう一人の動きに気づくのが遅れてしまった。
ケータイを耳に当てる時になってようやく彼に気がついたが、それはすでに遅すぎた。

「ヨウケン、隙ありーーー!!」

モモヤが叫びながら、ヨウケンに背後から飛び掛った。
が、ヨウケンはまるでモモヤが見えているかのように、上体をそらすだけでコブシを避けてしまった。

「モモヤ!ダメだ!」

キスイが叫んだ時にはすでに、モモヤは剣道場の壁まで吹き飛ばされていた。

「気合を入れながら不意打ちとは、基本がなってねえのぉ」

ヨウケンはじぶんを帯にとめ、竹刀をかついでモモヤに歩み寄った。

「いってぇ、くそ」

モモヤは仰向けになったまま、顔に手を当てた。
殴られたところがジンジン痛むが、血は出ていないようだ。
剣道部員たちが遠巻きからモモヤのことを、心配そうな目で見ている。

「ほら、起きや。ケンカってモンを教えたる」

大またでどんどん歩いてきたヨウケンは、遠慮無しに踏みつけようとしてくる。

モモヤが体を回転させて移動すると、さっきまで頭のあった位置に、ヨウケンの足の裏が勢い良く叩きつけられた。

ダン、ダン、ダン、と音を立てて追ってくる足を、転がってよけつづける。
5回転したところで、腕をつっぱり体を跳ね上げ、畳の上に立った。

そこに、構える間もなく後ろ回し蹴りが飛んできた。
とっさに後ろによけようとしたが、そこは道場の壁。
逃げようのない攻撃に、とっさに腕で頭をかばった。

モモヤは再び畳の上を飛ばされた。
頭への直撃はなんとか避けたが、ガードした左腕の感覚がトンでしまっている。
それでもなんとか、膝立ちの姿勢にまで体を起こした。

「ほらほら、反撃してい。これはケンカじゃ」

楽しさを隠しきれないという声で、ヨウケンは笑っていた。

「ケンカなら……なんでもアリだよな!」

右手を一振りし、袖に隠していた銀玉鉄砲をヨウケンに向ける。
ヨウケンは、それが何か気がついたようだ。軽薄なニヤニヤ笑いから一転して、猛獣が敵を前にしたような、獰猛な笑みを浮かべた。
そして、モモヤの視界から消えた。

「そこまでだ!」

キスイの大声で、モモヤは我に返った。
ヨウケンは目の前にはおらず、すでにモモヤの右、銃を持った手首を右手でつかみ、左の掌底を肘に当てていた。

右肘を壊し、銃を奪う。

次の一瞬でそれができてしまう状態だった。

「モモヤ」

「先輩、俺、」

「モモヤ、下がれ」

「…………」

「モモヤ!!」

「は、はい」

モモヤは銃を手放した。
ヨウケンはそれを拾い上げると、無造作に背後へ放った。

歯を食いしばりながらそれを見ているモモヤの肩をつかんで、キスイは言った。

「トキを保健室へ連れていってやれ」

「でも……ハイ……わかりました」

不承不承うなずくと、ヨウケンをにらみつけながらも気を失っているトキへと向かう。
あとは振り返らずに、トキを背負って出て行った。

「よう、次はおんしが相手か?」

「そうだ……でもな」

モモヤを見送ったキスイはヨウケンに背を向け、壁に立てかけてある竹刀を取った。

「ケンカじゃなく、剣道で勝負だ」

キスイとヨウケン、防具を装備した両者は向かい合った。
キスイは鋭い目つきで、ヨウケンは不敵な笑みを浮かべて、両者は視線を交わす。

そして、互いに一礼し、構える。
審判役は、剣道部の主将がやることになった。

「始め!」

開始とほぼ同時に、ヨウケンの竹刀がキスイに向かって振り下ろされる。
キスイはこれを予測していたかのように危なげなく受け流した。

面と面がぶつかりそうな距離で、ヨウケンは笑う。

「そこそこやるようじゃの」
「それほどでも」

キスイは冷淡に応じ、引こうとするヨウケンの竹刀に吸い付くように前進した。

突き放そうとしてくるヨウケンに竹刀を合わせて動かし、大きな動きをさせないようにする。
そして、ヨウケンの竹刀が下をむいたのを見ると、キスイは一気に動いた。

自分の竹刀でヨウケンの竹刀を上から押さえ込み、右ひじを左腕にそえて、それを固定する。
空いた右手で『悪心切り』を抜き払い、ヨウケンの首元に突きつけた。

「突き、だ」

審判はなにが起こったのか分からないようにポカンとしていた。
アゴをのけぞらせたヨウケンが、うめくように言う。

「……貴様きさん、剣道で勝負とか言っておったじゃろが」

「二刀流の流派もあるだろ。それに、そういうあんたの左手はどうなんだ」

キスイは、ヨウケンの腰に視線を送る。
ヨウケンが腰に差した刀は、すでに鯉口が切られていた。

「ははは、バレちゃ仕方ねぇのお!」

ヨウケンは右手の竹刀一本でキスイごとはね跳ばすと、竹刀を横に投げ捨てた。
そして、体勢を立て直すキスイを見ながら、ゆうゆうと刀を抜き払う。

「ああ、一本目はお主の勝ちでいいぞ」

ヨウケンはそう言いながら、刀を大上段に構えた。

「次はちょっとだけ本気をだしちゃる。ちゃんとワシについて来いや」

「3本目はない。妖刀ヨウケン、お前の慢心を、切断する」

キスイも竹刀を脇へ置いて、悪心切りを正眼せいがんに構えた。

「ガキが!やってみろや!」

怒号と共に、ヨウケンが突進する。

キスイも応じるように、身を低くした。

振り下ろされる刀の速度は、竹刀の時の比ではない。
キスイはヨウケンの気迫に押されたかのように、半歩下がった。

斬撃の瞬間のさなか、ヨウケンはわらう。
所詮しょせんは真剣を知らないガキだと。
引くことにより初撃をかわせたとしても、それ以降に続く打ち合いに耐えられる体勢ではなくなった。

そして何より、こちらの刃に自らの刃を合わせようとしている。
自らのつるぎを割られるのが怖いのか。

恐れは敗北を呼び込む。

ゆるんだにぎりでこちらに合わせようとも、刀にひびひとつ入れることもできないだろう。

初撃これで剣を弾き飛ばして、終わりしまいじゃ)

刃と刃が漸近し、ヨウケンは勝利を確信する。
しかし、刀は剣を素通りし、畳へと刃先をめり込ませた。

「はあ?」

想像通りにいかなかった現実をヨウケンが理解する間もなく、キスイの悪心切りが、ヨウケンの刀と手に振り下ろされた。

小手こて!」

暗くなりつつある校門の前。
待ち構えていた従姉妹のシウンが、キスイに手を振った。

ひと気がなくとも誰に見られているか分からない。
キスイは慌ててそこに駆け寄る。

「姉さん、家で待っててくれればよかったのに」

「いやいや、かわいい弟分を褒めてあげようと思ってね。ごくろう様でした」

「子供じゃないんだから、やめてよ」

キスイは、頭をなでようとしてくるシウンの手を払いのける。

「それと、コレ。いちおう仮止めはしてあるけど、後でちゃんとした封印しといてよね」

鞘と柄を特殊な紐で固められた妖刀『陽献ヨウケン』をシウンへ差し出した。

「ありがと。それにしても、憑依体とはいえ江戸時代の喧嘩屋に勝てるなんて、お姉ちゃんは鼻が高いよ」

「先生のおかげです。それにコイツは、剣よりも素手のほうが強いと思うよ」

「そうだよ。勝流の真価は無手むてにあるの」

「え?」

「江戸町最強の喧嘩屋、勝小吉かつこきち。三度のメシよりケンカが好きで、江戸の道場すべてを三度破った。その強さに魅かれて、ついて回ってたのがヨウケンなの。指導されたわけじゃなく、実戦で身に着けた技だからね、刀よりかこぶしの方が使う機会は多いでしょうね」

「そんなこと聞いてなかったんだけど」

「うん、言ってなかったよ?でもお姉ちゃん、キー君なら大丈夫ってしんじてた」

キスイは思わず、額に手を当てうつむいた。
それには全くかまわずに、シウンは刀を掲げて観察する。

「刀にキズもついてないみたいだね。ちょっと大人しいのが気になるんだけど」

「悪心切りは、物理的なものは切れないよ。それと、今回は憑依先とのリンクを強制的に断ち切ったから、そのショックがデカイんだと思う」

「案外、キー君に負けたショックの方が大きいのかもね」

そんな繊細なヤツには見えなかったけどな、と、キスイは思った。

「じゃあキー君」

シウンが笑顔で呼びかける。

「なに?姉さん」

「これを生徒会長さんに渡してきて」

今しがた渡した刀を差し出されて、キスイは戸惑った。

「はぁ?シウン姉さんの仕事だったんじゃないの!?」

「仕事だよ。この剣をここに運ぶように頼まれてたの。だから小包で先に送ってあったの。うっかりものの教員が取り憑かれたって聞いてちょっと焦ったけど、キー君がいてくれて助かったわ」

まったく、この人は。
キスイは内心ため息をつきつつも、刀をしっかりと受け取った。

「じゃあこれは預かるから。もう仕事は終わりだよね?これ以上俺を巻き込まないでよ」

校舎に戻ろうとするキスイの背中に、シウンの声が飛んだ。

「キー君、明日からよろしくねー」

「あしたから・・ってなにが?」

「臨時の教師って名目で、ここに来ることになったから。ちゃんと『先生』って呼んでね」

「聞いてないんだけど」

どうやらキスイのイヤな予感は、まだまだ終わりそうにないようだ。

陽の剣~了~

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