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FILE-56 甲賀の末裔
天井の板を強引に外して飛び降りてきた少女に、恭弥たちは数歩下がって警戒の視線を集中させた。
「なんでここに辻斬り犯がいるのよ!? てかなんで天井から出てくるのよ忍者じゃないんだから!?」
「いや、忍者だろ」
真っ先に叫んだレティシアは混乱している様子だった。甲賀流の忍術を扱う少女は、こと戦闘においては特待生以上の実力者だ。ここで暴れられては一溜りもない。
少女はこちらの警戒など意にも介さないというように、口元を隠していたマフラーの位置を直した。
それから全員を見回し、最後に視線を恭弥に向けて口を開く。
「拙者、名を甲賀静流と申す。近江国の隠れ里より、理由あって魔術学院に入学した甲賀流忍者の末裔でござる」
なにをするかと思いきや、普通に自己紹介をしてきた。
拍子抜け、とまでは行かないが、高まっていた場の緊張が幾何か和らいだ空気になる。
「オウミノクニ? それってどこですかー?」
「えーと、確か滋賀県だっけか?」
「甲賀って……伊賀流と並ぶ物凄く有名な忍者の一派ですよね?」
「忍者が有名ってどうなの?」
「レティシア嬢、そこはツッコミを入れないことがお約束かと存じます」
少女――甲賀静流の自己紹介を聞いた探偵部の面々は、それぞれ顔を見合しながら思うことを口にしていた。
「だいたいあんた、学院警察に捕まってたんじゃないの?」
「取引をしたでござる。釈放される代わりに、拙者の忍術を学院に提供したのでござる」
「え? そんなことしてよかったのですか?」
白愛が軽く驚いた表情で問う。忍者に限らず魔術師が自分の手の内を明かすなどそう簡単にあっていいことではない。最も、ここは魔術学院であるため磨き上げた魔術を後世に伝えようとする魔術師は少なくないが……。
静流は瞑目すると顔の横で人差し指を立て、それを前後に振りながら記憶を思い出すように言葉を紡ぐ。
「父上が仰っていたでござる。『もし敵に捕まった時、取引が可能であれば、お主が口にできる術ならばなんでも教えて構わん』と」
「あ、よかったんですね……」
(忍者って案外口が軽いのかしら?)
ここは本当に拍子抜けだった。エルナからも呆れた声で念話が届くほどだ。しかし、いくら親が子に生き延びるためにそうしろと言ったとしても得心がいかない。下手すれば一族の崩壊に繋がる案件だ。
静流は続ける。
「こうも仰っていたでござる。『お主は術式を感覚的な独自の理論で使役しておる故、どうせ他言したところで甲賀流皆伝の儂でも理解できん』と」
「うん、理解したわ。要は天才だけど馬鹿だったのねこの子」
「ふふん、でござる」
「褒めてないわよ?」
腰に手をあてて自慢げに胸を張る静流にレティシアは両目を平たくするのだった。
「だが、それならそれで釈放には至らないと思うが?」
喋った件には一応納得することにしても、術式の理論を説明された側が納得するはずがない。馬鹿にされたと思うのが普通だ。
「先生方に教えたら難しい顔をしてどこかに行ったでござるよ?」
「どう説明したんだ?」
「そうでござるね。例えば口から火を吐く忍術だと、こう五行の火気を㌫㌶㌍㌫㍊㍍㌻㌫と口元に集めて㌘㍍㌫㌍㌶㌍㌫㍊㍍って感じに㌶㌍㌫㍊㍍㌶㌍㌫㍊㍍と㌍㌫㍊㍍㌍㌫の間に――」
「やめろ。もういい」
恭弥は突発的な頭痛を覚えて頭を押さえた。
「やばいぞ大将、日本語なのに理解できなかった」
「……難解な暗号だと思われたんだな」
解読法も聞き出そうとしたはずだが、この調子だとそれも暗号に聞こえたに違いない。恐らく学院側は今頃メモやら録音やらした理論の説明を必死に解読しようと試みているだろう。それが暗号でもなんでもないと知らずに。
「もういいわ。そこにはツッコまないことにするから。それより、さっきあたしたちに協力したいって言ったわね。どういうことよ?」
警戒しながら問い質すレティシアに、静流は「おお、そうであった」と思い出すと恭弥に向き直った。
「黒羽恭弥殿、拙者は拙者を打ち負かしたお主にお願いがあって参上仕ったでござる」
一瞬、全員が沈黙した。
「なんだなんだ? お礼参りか?」
「……」
土御門の予想を皆が思ったことだろう。
再戦――強者を求めていた甲賀静流が、自分に敗北を与えた相手に勝利したいと願うことに不思議はない。
寧ろそれ以外に考えられなかったが――
「拙者を弟子にしてほしいでござる!」
甲賀静流は腰の日本刀を抜刀したりはせず、片膝をついて頭を下げた。
「……………………………………………………………………………………は?」
咄嗟に身構えていた恭弥は、身構えた姿勢のまま硬直していた。彼女がなにを言ったのかよくわからない。
デシとは、まさか『弟子』のことではないはずだと思いたい。
「師匠の目的は弟子の目的。故に拙者も協力したいのでござる」
残念ながら『弟子』だった。
表情には出さないが、なんと返せばいいか戸惑う恭弥の代わりにエルナが念話を飛ばした。
(意味がわからないのだけれど、詳しく聞かせてくれるかしら?)
「ネズミが喋ったでござる!?」
どうやら静流も念話に耐性がないらしい。というか、忍者が動物が喋った程度で驚いていいものなのか甚だ疑問である。
レティシアがいろいろ諦めたように息を吐いた。
「それはいいから、あんたの事情を聞かせなさい。じゃないと夜な夜な人を襲っていたような危険人物を信用するわけにはいかないわ」
「むう……」
危険人物扱いされて不服そうに眉を顰める静流。実際に何人も病院送りにしているのだから間違ってはいない。
「アレは勝負のつもりだったでござるが……承知いたした」
渋々と言った様子で承諾すると、静流は自分が学院に入学することになった経緯を語り始めた。
「なんでここに辻斬り犯がいるのよ!? てかなんで天井から出てくるのよ忍者じゃないんだから!?」
「いや、忍者だろ」
真っ先に叫んだレティシアは混乱している様子だった。甲賀流の忍術を扱う少女は、こと戦闘においては特待生以上の実力者だ。ここで暴れられては一溜りもない。
少女はこちらの警戒など意にも介さないというように、口元を隠していたマフラーの位置を直した。
それから全員を見回し、最後に視線を恭弥に向けて口を開く。
「拙者、名を甲賀静流と申す。近江国の隠れ里より、理由あって魔術学院に入学した甲賀流忍者の末裔でござる」
なにをするかと思いきや、普通に自己紹介をしてきた。
拍子抜け、とまでは行かないが、高まっていた場の緊張が幾何か和らいだ空気になる。
「オウミノクニ? それってどこですかー?」
「えーと、確か滋賀県だっけか?」
「甲賀って……伊賀流と並ぶ物凄く有名な忍者の一派ですよね?」
「忍者が有名ってどうなの?」
「レティシア嬢、そこはツッコミを入れないことがお約束かと存じます」
少女――甲賀静流の自己紹介を聞いた探偵部の面々は、それぞれ顔を見合しながら思うことを口にしていた。
「だいたいあんた、学院警察に捕まってたんじゃないの?」
「取引をしたでござる。釈放される代わりに、拙者の忍術を学院に提供したのでござる」
「え? そんなことしてよかったのですか?」
白愛が軽く驚いた表情で問う。忍者に限らず魔術師が自分の手の内を明かすなどそう簡単にあっていいことではない。最も、ここは魔術学院であるため磨き上げた魔術を後世に伝えようとする魔術師は少なくないが……。
静流は瞑目すると顔の横で人差し指を立て、それを前後に振りながら記憶を思い出すように言葉を紡ぐ。
「父上が仰っていたでござる。『もし敵に捕まった時、取引が可能であれば、お主が口にできる術ならばなんでも教えて構わん』と」
「あ、よかったんですね……」
(忍者って案外口が軽いのかしら?)
ここは本当に拍子抜けだった。エルナからも呆れた声で念話が届くほどだ。しかし、いくら親が子に生き延びるためにそうしろと言ったとしても得心がいかない。下手すれば一族の崩壊に繋がる案件だ。
静流は続ける。
「こうも仰っていたでござる。『お主は術式を感覚的な独自の理論で使役しておる故、どうせ他言したところで甲賀流皆伝の儂でも理解できん』と」
「うん、理解したわ。要は天才だけど馬鹿だったのねこの子」
「ふふん、でござる」
「褒めてないわよ?」
腰に手をあてて自慢げに胸を張る静流にレティシアは両目を平たくするのだった。
「だが、それならそれで釈放には至らないと思うが?」
喋った件には一応納得することにしても、術式の理論を説明された側が納得するはずがない。馬鹿にされたと思うのが普通だ。
「先生方に教えたら難しい顔をしてどこかに行ったでござるよ?」
「どう説明したんだ?」
「そうでござるね。例えば口から火を吐く忍術だと、こう五行の火気を㌫㌶㌍㌫㍊㍍㌻㌫と口元に集めて㌘㍍㌫㌍㌶㌍㌫㍊㍍って感じに㌶㌍㌫㍊㍍㌶㌍㌫㍊㍍と㌍㌫㍊㍍㌍㌫の間に――」
「やめろ。もういい」
恭弥は突発的な頭痛を覚えて頭を押さえた。
「やばいぞ大将、日本語なのに理解できなかった」
「……難解な暗号だと思われたんだな」
解読法も聞き出そうとしたはずだが、この調子だとそれも暗号に聞こえたに違いない。恐らく学院側は今頃メモやら録音やらした理論の説明を必死に解読しようと試みているだろう。それが暗号でもなんでもないと知らずに。
「もういいわ。そこにはツッコまないことにするから。それより、さっきあたしたちに協力したいって言ったわね。どういうことよ?」
警戒しながら問い質すレティシアに、静流は「おお、そうであった」と思い出すと恭弥に向き直った。
「黒羽恭弥殿、拙者は拙者を打ち負かしたお主にお願いがあって参上仕ったでござる」
一瞬、全員が沈黙した。
「なんだなんだ? お礼参りか?」
「……」
土御門の予想を皆が思ったことだろう。
再戦――強者を求めていた甲賀静流が、自分に敗北を与えた相手に勝利したいと願うことに不思議はない。
寧ろそれ以外に考えられなかったが――
「拙者を弟子にしてほしいでござる!」
甲賀静流は腰の日本刀を抜刀したりはせず、片膝をついて頭を下げた。
「……………………………………………………………………………………は?」
咄嗟に身構えていた恭弥は、身構えた姿勢のまま硬直していた。彼女がなにを言ったのかよくわからない。
デシとは、まさか『弟子』のことではないはずだと思いたい。
「師匠の目的は弟子の目的。故に拙者も協力したいのでござる」
残念ながら『弟子』だった。
表情には出さないが、なんと返せばいいか戸惑う恭弥の代わりにエルナが念話を飛ばした。
(意味がわからないのだけれど、詳しく聞かせてくれるかしら?)
「ネズミが喋ったでござる!?」
どうやら静流も念話に耐性がないらしい。というか、忍者が動物が喋った程度で驚いていいものなのか甚だ疑問である。
レティシアがいろいろ諦めたように息を吐いた。
「それはいいから、あんたの事情を聞かせなさい。じゃないと夜な夜な人を襲っていたような危険人物を信用するわけにはいかないわ」
「むう……」
危険人物扱いされて不服そうに眉を顰める静流。実際に何人も病院送りにしているのだから間違ってはいない。
「アレは勝負のつもりだったでござるが……承知いたした」
渋々と言った様子で承諾すると、静流は自分が学院に入学することになった経緯を語り始めた。
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