アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-55 学院警察署にて

 学院警察署――刑事部捜査一課。

「先輩、本当にあの辻斬り犯を釈放してもよかったのですか?」

 自分の執務机で捜査資料を整理していたルノワ・クロードに、コーヒーを淹れてくれた部下の女子生徒が不満そうな表情で訊ねてきた。
 ルノワは資料を整理している手を止めずに答える。

「彼女は正確には辻斬り犯ではない。本人は人を襲っているというより、勝負を仕掛けているという認識だった」

 ソーサーに置かれたカップを手に取り、ブラックのまま一口啜る。口いっぱいに広がるインスタントコーヒーの苦みが疲弊してきた脳を活性化させる。やはりコーヒーはブラックが一番だということを再認識しつつ、ルノワは資料整理を再開した。

「それに、彼女に倒された生徒のほとんどが軽傷で済んでいるからな」
「ですが」
「ああ、罪は罪だ。そこは彼女もきちんと理解してくれたようでね。今日、打ち負かした生徒全員の下をわざわざ訪れて謝罪していたよ」
「謝罪で済むものではないと思いますが」
「無論、独房で一日程度では許されるはずがない。だが、彼女の釈放は学院上層部の決定だ。なにせ忍術は珍しいからな」

 そこまで言うと、女子生徒はルノワの言葉の意味に気づいてハッとした。

「まさか、取引したってことですか!?」

 信じられない様子の女子生徒にルノワは首肯する。

「彼女の扱う術式を全て開示することが釈放の条件だった。彼女はそれを呑んだよ」

 表の世界にあるような司法取引とは少し違う。ここは知を探求する総合魔術学院だ。犯罪者から新たな知識を得る代わりに減刑するなんてことがまかり通ってしまう。

「……あの、仮にも忍者ですよね?」
「皆まで言うな。気持ちはわかる」

 忍者とはもっと秘密主義だとルノワも勝手にイメージしていた。いや、そもそも魔術師という存在自体が秘密主義者の典型だ。普通、こんな取引など応じるはずがない。

「だが、彼女としては秘術を明かしてでもやらねばならないことがあったのだろう」
「やらねばならないこと?」

 ルノワは見送りの際に彼女と交わした言葉を思い出しながら、堅物そうな表情を少しだけ緩めた。

「自分を打ち負かした相手――黒羽恭弥に会うことだ」

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