アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-127 冷めやらぬ熱

 万物を焼き尽くす業火と物理的威力を持つ呪いが激突した。
 拮抗する前に業火を無数の数字が纏い、跡形もなく霧散させる。障害を取り払われた〈フィンの一撃〉がヘルフリートへと迫り、大刀の一振りで弾かれて炎上。一瞬で燃え尽きた。

「あっちになんかすげえ魔竜とか出て来やがるし、フレデリックのメガネはやられちまうし、アレックスもさっきちょいと危なかったし……はっはーっ! やっべーな!」

 興奮冷めやらぬ様子で好戦的に笑うヘルフリート。劣勢に立たされているのになにがそんなに楽しいのか、戦闘狂の考えは恭弥には理解できない。理解したくもない。
 それは共に戦っているグラツィアーノも同意見らしい。

「仲間を倒されて、なぜそう笑っていられるんだい?」
「メガネのことか? あーまあ……なんだ。ありゃあいつの油断が招いた結果だ。戦場での死は全て自己責任だろう? まあ、死んだわけじゃねえからってのもあるわな」

 熱血のようでいて戦いに関しては意外とドライなヘルフリート。本人も言っているが、本当の殺し合いではないからこその余裕なのかもしれない。
 こちらは遊びではないのだが、それを押しつけるつもりはない。
 遊びだからと手を抜くような相手でもない。

「グラツィアーノ、奴の炎はどこまで消せる?」
「火力が半端ないからね。それに魔術ごと燃やす炎だ。大技が来れば打ち消し切れないだろう」
「一瞬でも隙が作れればいい」
「損な役だね」
「変わるか?」
「いいや、適材適所だ」

 数秘術――それもグラツィアーノの特技は解析と無効化だ。攻撃手段がないわけではないだろうが、速度と火力は恭弥が担当した方がいい。

「作戦会議は終わりか? いいぜ、そっちから来いよ。それとも俺から行った方が都合いいか?」

 戦闘を最大限楽しむためだろう、ヘルフリートは大刀を肩に担いで律儀にも恭弥たちの会話が終わるのを待っていた。余裕は見せているが、油断はしていない。恭弥たちがなにを仕掛けてこようと打ち破って勝利する。そんな強者の意思が伝わってくる。

 ならば、その言葉と態度には甘えておこう。
〈精魂融合〉――下半身に憑依させたカンガルーの脚力を使い、一跳びで恭弥はヘルフリートとの距離を詰める。

「へえ」

 口の端を吊り上げてヘルフリートは大刀で応戦する。横薙ぎに振るわれたそれを恭弥は高く跳躍してかわし、上半身に憑依させた〈湖の騎士ランスロット〉の大剣を叩きつける。
 ヘルフリートは即座に大刀を割り込ませて防ぐ。
 魔剣と霊剣の衝突。熱を孕んだ衝撃波が荒野を駆け抜ける。

「〈地獄の業火〉は、亡者を燃やす炎だ」

 大刀に赤い炎が灯る。

「させるとでも?」

 途端、大刀に数字の羅列が纏わりつき、燃え上がりかけた炎が一気に鎮静する。グラツィアーノの数秘術だ。
 ヘルフリートは舌打ちした。

「チッ、あっちの金髪野郎がうぜえな。こちとら気持ちよく戦いてえってのによ」

 大刀を片手で持ち直し、ヘルフリートは遠く離れたグラツィアーノに左手を翳す。赤い魔法陣がその手を中心に展開される。

「消せるもんなら、消してみやがれ!」

 特大の熱光線が魔法陣から放射される。〈地獄の業火〉ではない。魔剣があるから炎を扱えるわけではなく、彼自身が炎熱系魔術の専門家のようだ。
 空気が焼ける。触れてもいないのに地面が焦げ溶ける。
 かなりの威力だ。

「これは無理だ。間に合わない」

 数秘術で解析を試みようとしたグラツィアーノだったが、即座に術式を停止させて横に飛んだ。熱光線は威力を落とすことなく飛び続け、その向こうで戦っていたアレックスの鼻先を掠めた。

「ワオアッ!? なんてデンジャラス!? ヘルフリート!? 気をつけてくだサーイ!?」
「悪ぃ。でも今のお前なら直撃くらっても軽く火傷する程度だろ」

 片手を顔の前に立てて謝るヘルフリートに、恭弥は背後の死角へと回り込んで仕掛ける。人差し指を背中にあて、ゼロ距離からの〈フィンの一撃〉を叩き込む。
 先程よりも威力を上げた。並みの魔術師なら殺しかねない一撃を、しかしヘルフリートは直感で身を捻って避けた。

「それだけは、何発も受けちゃやべえからな」

 ヘルフリートは捻った勢いで遠心力を乗せ、燃える大刀を袈裟に降り下ろす。恭弥はバックステップでかわし、大刀を降り切ったタイミングで再び地面を蹴って肉薄する。

「グラツィアーノ!」
「了解」

 ヘルフリートの足元から数字が大蛇のごとく絡みつく。

「こんなもん、破るのに一秒もいらねえな」
「充分だ」

 数字が弾け飛ぶと同時に、恭弥はヘルフリートの腹に拳を叩き込んだ。

「はっ……なかなかいいもん持ってやがるが、鍛え方がまだまだ足りねえな」

 恭弥の拳撃ではヘルフリートの鋼の腹筋を打ち破るには至らなかったようだが、そこは狙いとは関係ない。

「うぷっ……なっ、てめえ」

 唐突に、ヘルフリートは口を押さえて片膝をついた。

「拳に、ガンドの呪いを乗せやがったな……」
「お前を弱らせないまま倒すことはできそうにないからな」

 これも常人なら呼吸もままならない威力の呪いを打ち込んだ。いくら規格外の第六階生でもすぐに復帰は難しいはずだ。
 そういう意味で、恭弥はあの黒人生徒とは相性最悪だろう。
 相手がヘルフリートでよかったと言えなくもない。

「次は意識を飛ばす。悪く思うな?」

 恭弥は人差し指をヘルフリートの額にあてる。するとヘルフリートの口元が微かにニヤリと歪んだ。

「いけない!? 離れろ黒羽恭弥!?」
「――ッ!?」

 グラツィアーノに警告されるまでもなく恭弥も気づいて飛び退った。大刀を杖にし、片膝をついたヘルフリートの周囲から蒸気が立ち昇っている。

「体の気分的には胸くそ悪ぃが、てめえの戦い方は別に嫌いじゃねえぜ。不意を打とうが毒を盛ろうがこっちの動きを制限させようが、戦場で生き残って勝つためなら手段を選ぶ必要はねえからな」

 ゆらりと、ヘルフリートは立ち上がった。大刀に身を預ける形だが、それでも立てる状態ではなかったはずだ。

「だから俺も、そろそろ遊びを終わらせて勝ちに行こうと思う」

 ヘルフリートの周囲が、爆ぜた。
 大刀を通じて地中に展開されていたらしい〈地獄の業火〉が噴き出したのだ。業火は恭弥を退け、ヘルフリートの身を飲み込んで高く高く炎上する。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 業火の中から雄叫びが轟く。火山の噴火にも匹敵する凄まじい熱量だが、ヘルフリートの声は静まらない。それどころか彼の魔力があり得ない速度で膨張していく。

 炎が爆散する。
 火炎の魔人がそこにいた。恭弥の呪いを燃やし尽くしたらしいヘルフリートが、鎧のように赤い炎を纏って立っていたのだ。

「あっちぃ……どうだ? 俺の炎はまだまだ冷めねえぞ?」

 喋るだけで思わず顔を覆いたくなるほどの熱が飛ぶ。歩くだけで地面が赤熱する。迂闊に近づけば普通の人間など一瞬で蒸発するだろう。
 そのヘルフリートの全身を数字が覆う。
 が、その夥しい数字の羅列は一瞬で灰化し空気に散った。

「困ったね。解析すらさせてくれないのか」

 グラツィアーノは冷や汗を流していた。纏う炎を解除できないとなると、最低でも肉弾戦は不可能である。

「さて、こっからはマジで地獄だぜ? うっかりぶっ殺しちまうかもしれねえからな、降参するなら今のうち……ん? あぁ?」

 言葉の途中でヘルフリートが眉を顰めた。
 一瞬遅れて恭弥たちも気づく。今までこの辺り一帯に満ちていた聖なる気が突然消え去ったのだ。
 つまり、ガブリエラ・レンフィールドが維持していた要塞化――〈大天使の加護〉がなくなったことを意味する。

「地獄地獄地獄地獄地獄。おいおい、本当の地獄を知らねぇお坊ちゃんが軽々しくなにをほざいてやがんだぁ?」

 影が落ちる。
 見上げると、黒い悪魔のドラゴンが人工太陽を背にして浮遊していた。

「圧倒的な力で蹂躙するのが地獄か? ヒャハハハ! 笑わせんな雑魚が! 地獄を謳うならもっとえげつねぇことくらいやってみせろよ。つまらなすぎて欠伸が出るぜぇ?」

 魔竜の頭部に立つ幽崎が凶悪な笑みでヘルフリートを見下している。背中にはランドルフとオレーシャが振り落とされないよう必死にしがみついていた。
 そして――
 魔竜が両手に掴んでいるのは、意識を失いぐったりとした第六階生の女子生徒が二人。
 ガブリエラ・レンフィールドとクラウディア・トレモンティだ。

「……すまない、ヘルフリート」

 かろうじて意識の残っていたクラウディアが弱々しい声で囁き、それが最後の力だったのかカクンと頭を垂れた。今度こそ気を失ったようだ。

「チッ……アレの相手はあの二人にゃ無茶だったか」

 魔竜を見上げて舌打ちするヘルフリート。仲間が必要以上にこっ酷くやられている様を見せつけられては、流石の彼も思うところがあるのだろう。

「師匠! 加勢するでござる!」
「いや少しは休みなよ!? あのメガネ先輩とあれだけ戦って消耗してないわけないだろう!?」

 上空からさらに静流とユーフェミアも降り立ってきた。

「どうやら、意外と早く形勢逆転したようだが?」

 恭弥は言外にまだ戦うかとヘルフリートに問うた。赤い炎纏うヘルフリートは、しかしこの場に集まった全員を見回して楽しそうに笑った。

「構わねえさ。まとめて俺が燃やせば済む問題だ。その魔竜とも、メガネをやりやがった嬢ちゃんたちとも戦ってみたかったところだからな!」

 炎は消えず、より熱く燃え上がる。
 その時だった。

「ノォオオオオオオオ!? どうなっているデース!?」
「ちょっと!? えっ!? なんでコレ!? どういうこと!?」

 まだ戦っていたはずのレティシアたちが、なにやら驚愕の悲鳴を上げながらこちらに向かって全力で逃げていた。

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