アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-51 事件のその後

「ダッハハハハハッ! そりゃ大変だったな大将!」

 飲み物を買って来るという重要任務パシリで遅れてやってきた土御門清正は、頭にバナナの皮を乗せた恭弥から事情を聞くなり大爆笑した。

「でも気持ちはわかるぜ。うん。まさか悪魔を褐色美幼女にして手元に置くとは流石大将だ! つかうらやましいッ!! いくら魔術があってもそういうのは漫画かアニメの世界だと思ってたぜ!! 大将じゃなくたってやってみたくなるってもんだ!! なあなあ、アルちゃんオレとも契約……ハッ」

「……」
「……」

 土御門は背後から女子二人の炎すら凍りつかせそうな視線を受けてビクリと肩を震わせた。学習能力がないと言うよりは、こういう習性のイキモノなのかもしれない。

「九条さん、塩漬けにコツってあるのかしら?」
「そうですね。塩は段々と下に流れ落ちてしまうので、一番上にたくさん塗るといいです」
「じゃあ頭ね。頭にぶっかけましょう」
「わかりました」
「わからないで!? 塩分が!? 塩分が頭に染みるから!?」

 頭から大量の塩を被って真っ白になる土御門にはここが病院だということを思い出してほしい。ここが個室で他の患者の迷惑になることはなさそうなのが救いだった。

「わしにはかけぬのか? 神道の娘よ。わしは悪魔じゃぞ?」

 そんな彼らの様子を背の低い箪笥に腰かけて眺めていたアル=シャイターンは、リンゴを丸齧りしながら愉快そうに表情をニヤけていた。ちなみに今は全裸ではなく、魔力から生成したと思しき漆黒のドレスを纏っている。

「えっと……」

 悪魔の王という超常的存在から問いかけられた白愛は、困ったように眉をハの字にしてレティシアと顔を見合わせた。

「いくら悪魔だと言っても、小さな女の子ですので……」
「なんか、気が引けるわね」

 確かに土御門と比べたら抵抗を感じてしまうことは恭弥も認める。女で子供という容姿は少しでも良心のある人間にはとても効果的だ。

「ククッ、なるほどのう。この見た目はいろいろと便利そうじゃ」

 それを理解してしまった魔王は自分の身体を見渡してニマリと笑った。今後もその姿で現れるだろうことが確定してしまった瞬間である。
 だが――

「ですが、もしあなたが黒羽くんや他の誰かを食べようとするなら、容赦はしません」

 白愛は困惑しながらも、強い意思を瞳と言葉に乗せてアル=シャイターンに清めの塩を包んだ紙を突きつけた。ニヤけていたアル=シャイターンは、そんな白愛の態度にすっと笑みを消す。

「案ずるな。契約が満了するまでこやつの魂を喰らうことはないし、契約している間は契約者の許可なしに他の魂を喰らうことは制約上できぬ」

 アル=シャイターンの表情からしてその言葉は真実だろう。無論、恭弥はそんな馬鹿げたことを承諾するつもりはない。
 白愛はほっと息を吐いた。

「よかった……と言っていいのでしょうか?」
「じゃからのう、こうして」

 アル=シャイターンはひょいっと箪笥から降りると、ベッドに座る恭弥の膝の上に飛び乗った。恭弥と向かい合う体勢で。

「おい」

 呆れた声を出す恭弥に、アル=シャイターンはゆっくりと顔を近づけていく。チョコレート色の肌の整った顔がドアップで恭弥の視界を埋め尽くしていく。
 そして唇と唇が重ね合いそうになり――

「なななななッ!?」
「ちょっとあんた!? 恭弥から離れなさいよ!?」

 白愛とレティシアが強引にアル=シャイターンを恭弥から引き剥がした。アル=シャイターンはなにが楽しいのかステップを踏んで二人から離れた。

「それじゃそれじゃ。嫉妬、憤怒、憎悪。わしの前では遠慮なく負の感情を曝け出すがよい。先程も味わったが、汝らのそれは至極美味じゃ」

 ペロリと舌なめずりをしたアル=シャイターンに、白愛とレティシアの二人は同時に首の下から込み上げるように顔を真っ赤にした。

「べ、別に嫉妬とかしてないわよ!? 恭弥が変態罪で捕まらないか心配しただけなんだから!?」
「そうです! 怒ってるわけじゃありません!」
「ほうほう? ならば、今わしが喰った感情はなんじゃろうな?」
「うぐっ」
「そ、それは……」

 言い返す言葉が思いつかず口を噤む白愛とレティシア。ニヤニヤと詰め寄るアル=シャイターンを恐れるように二人はたじろいだ。

「遊ぶな」
「うぎゃっ!?」

 恭弥の手刀がアル=シャイターンの頭部にクリティカルヒットした。

「き、貴様、悪魔の王たるわしの頭をよくも……」

 頭を押さえて恭弥に振り返ったアル=シャイターンは涙目だった。彼女の頭にある角みたいな髪飾りからバチバチと軽く電流が奔る。どうやらアレは本物の角らしい。

「これ以上引っ掻き回されても面倒だ。もう戻れ」
「このわしに命令かや?」

 そのまま数秒、恭弥はアル=シャイターンと睨み合う。
 やがてアル=シャイターンは根負けしたように肩を竦めた。

「まあ、よいわ。食事もしたし眠とうなったきた。わしはしばし寝る。用があるなら起こせ」

 ふわぁ、と大きな欠伸をすると、アル=シャイターンの姿がすーっと半透明になった。そして重力が消えたようにふわりと浮き上がると、恭弥の胸の中へと飛び込んで消えた。

「恭弥も妙な奴に憑かれたわね……」
「あの、本当に大丈夫なのですか?」
「なんならオレの実家に頼んで祓ってやってもいいぞ?」

 三者三様に心配そうな声をかけてくる。土御門の実家は陰陽師の最高峰だ。あるいは魔王クラスの悪魔を祓えるかもしれないが――

「いや、今はいい。あいつの力が必要になる時が来るかもしれないからな。それよりそっちこそ大丈夫なのか? 昨日の戦闘で怪我しただろ?」

 幽崎・F・クリストファーとの戦いは熾烈だった。恭弥は精神的な消耗だけで済んでいるが、三人は上級悪魔の攻撃を受けていたはずだ。

「私と土御門くんは打撲程度だったので、検査だけで済みました」
「あたしはあの時死にかけてたけど、恭弥とフレリアさんのおかげでこの通りピンピンしてるわ」

 恭弥よりフレリアの功績の方が大きい。まさか錬金術をあのように使って治療するとは思わなかった。
 とにかく、三人とも入院するほどではないことがわかって安心した。
 そうなると別のことが気になってくる。

「俺が気を失った後、なにか進展はあったか?」
「なにもないわね。あの時見えた遺跡みたいなところにもどうやって行けばいいのか見当もつかないし」

 例の空間の穴はすぐに閉じてしまった。あれからまだ一日と経っていないのだから、なにも判明していないことは仕方ないだろう。そう簡単に調べられることでもない。
 恐らく顕現したアル=シャイターンの力が影響して開いたのだと思われる。だからと言って、今恭弥の中で眠る彼女(?)にもう一度同じことをさせるわけにもいかない。この件はひとまず保留だ。

「辻斬り犯はどうなった?」
「女の子の方は学院警察に連行されていました」
「幽崎については指名手配中だとさ。大将への疑いはもう完全に晴れたようだ」
「そうか」

 幽崎がまだ野放しになっているのなら辻斬りは続行される可能性がある。また魔王クラスの悪魔を呼び出されては敵わない。学院警察だけに任せず、恭弥の方でもそれとなく捜索することにしよう。

「あ、そうだ。ルノワ警部から一言預かってるわ。『学院警察を代表して、今回の危機を救ってくれたことに深く感謝する』だそうよ。まったく、そのくらい自分で言いに来なさいよね」
「学院警察の方も今は忙しいですから」

 事後処理と幽崎の捜索でてんやわんやになっていることは容易に想像がつく。

「さてと、言うことは言ったし、あたしたちはこれで帰るわね。恭弥も今日には退院できるんじゃないかしら?」
「そうだな」

 気だるさは残っているものの、身体にこれといった異常はない。悪魔を宿したとは思えないくらい普通だった。

「探偵部の活動も明日から再開よ。サボったら厳しい罰が待ってるからそのつもりでね」
「そんじゃ大将、また明日な」
「お大事に」

 三人が病室を出ていくと、今までが冗談だったかのように静かになる。
 そこに少しばかりの物寂しさを感じてしまう程度には学院生活に慣れてしまったらしく、恭弥はそんな自分に苦笑するのだった。

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