アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-49 在り処

 上空から都市を押し潰さんと迫っていた悪魔の腕が消失した。
 悪魔の王――アル=シャイターンの精神世界に入り込み、屈服させることこそ叶わなかったものの、契約を交わすことはできた。恭弥の体感では何分も経過していたように思えたが、実際はほんの一瞬だったらしい。
 急いで肉体に戻る。霊感のある白愛だけが恭弥の様子をずっと目で追っていた。

「……」

 瞼を開き、空気を吸い込み、吐き出す。弛緩剤でも打たれたかのようなとてつもない脱力感が襲って来る。ということは、精魂融合状態ではないようだ。

 では、アル=シャイターンはどこへ行ったのか?
 魔界に帰ったのか? それとも恭弥の中にいるのか?
 今は考えないでおく。正直、そんな気力もない。

「うおおおっ! すげえぜ大将!? マジでやりやがった!?」

 どうにか自分の足で立ち上がると、体を支えてくれていた土御門が感動したようなテンションで大声を上げた。
 その声で恭弥の生還に気づいた全員が注目する。
 まずアレクが白い手袋を嵌めた手でぽすぽすと拍手した。

「これは驚きです。逆に喰われてしまうものとばかり思っておりました。ここは素直に賞賛しておきましょう」
「やってみないとわからないことってあるんですねー。わたしはキョーヤを見直しました」

 フレリアは相も変わらずのんびりした調子で恭弥を褒めた。今思えば彼女はアル=シャイターンが召喚された時も全く変わらなかった。腕を見ても「おっきいですー」と暢気過ぎる感想を漏らしていたくらいだ。とんでもない大物である。

「黒羽くん、体は大丈夫ですか?」
「そうよ! あんなのと融合したんでしょ? 絶対なんか後遺症があるわよ! あたしの姿は見える? 声は聞こえてる?」

 白愛とレティシアが心配そうな顔をして恭弥に駆け寄ってきた。二人は恭弥の体をぺたぺた触ったり目の前で手をヒラヒラさせたりし始める。それでなにが確認できるのかは置いておき……恭弥自身、肉体の疲労と精神の摩耗以外には特に違和感を覚えない。
 自力で立っているし、歩けもする。

「とりあえず問題はない。そもそも融合したわけじゃないからな」

 そう判断する。後々なにがあるかわかったものではないが、とにかく今が大丈夫なら安心させるためにもそう告げるしかない。

「ん? 待てよ大将、融合せずにどうやって止めたってんだ?」
「契約した」
「なるほど契約か。流石大しょ――――――――は?」

 流れで納得しようとした土御門だったが、言葉の途中でその意味を理解したらしく素っ頓狂な声を出した。
 レティシアが戦慄く。

「契約……って、悪魔と契約したの!? なにやってんのよ!? それ最後に魂食べられちゃうやつじゃない!?」
「えっ!? じゃ、じゃあすぐに清めないと!?」

 慌てて大幣と塩を取り出す白愛には申し訳ないが、彼女の力でどうにかできる存在ではない。下手に刺激してまた暴れられても困る。

「今はいい。それより、幽崎に動きはないか?」

 アル=シャイターンによる学院の破壊に失敗したのだ。数日かけた仕掛けを台無しにされた奴がどう動くのか予測できない。
 恭弥との戦闘でかなりのダメージを負っているはずだが、素直に退いてくれる性格ではなさそうなので警戒が必要である。

「そもそもどこにいるのかわかりませんね。あの時、あなたが確実に仕留めておけばこういうことにはならなかったのですが」
「……それについては返す言葉もないな」

 アレクの言う通り、恭弥は最後の最後で手を抜いた。容赦したわけではない。そういう感情はあの時オフにしていた。
 恭弥が幽崎を生かしたのは、単純に奴からは情報を吐き出させた方が合理的だと判断したからに過ぎない。アレでまだ動けたことは完全に計算外だった。

「黒羽恭弥、悪魔の腕は消えたが……危機は本当に回避できたのか?」

 と、少し離れた位置にいたルノワがこちらに歩み寄りながら疑念の残る表情で訊ねてきた。

「どういう意味よ? 恭弥がいなかったらあたしたち今頃ぺしゃんこになってるわよ。回避できたに決まってるでしょ」
「これ以上なにかあってたまるかってんだ」

 レティシアと土御門が口々に言うと、ルノワは立ち止り――天を仰いだ。


「ならば、アレはなんだ・・・・・・?」


 言われるままに全員が空を見上げる。

「「「「――ッ!?」」」」

 そして、全員が驚愕した。

        ☆★☆

 冥府の門が開き、先程まで魔王アル=シャイターンの片腕が召喚されていた空間。
 そこにはもう腕はなく、門も閉じていたが――

 まるで代わりだとでも言うように、腕があった空間にポッカリと穴が開いていた。

 穴の奥の景色は、闇ではない。
 どこかの遺跡のような古めかしい石壁と石畳に囲まれた、祭壇らしき建造物が見えた。

 その景色を見ている誰もが息を呑み込んだだろう。どこともしれない空間に存在する遺跡と祭壇は、筆舌に尽し難い神秘さと不気味さを孕んで見る者の意識を釘づけにする。
 行って調べてみれば魔術界だけでなく表の世界にとっても歴史的な、世界的な大発見になることは間違いないと思われる。

 だが、重要なのはそこではない。


 その祭壇の天辺には、薄く淡い光に包まれた一冊の本が静かに浮遊していたのだ。


 本は開かれており、奇妙にも独りでにゆっくりとページが捲られていく――。

        ☆★☆

 そして――
 幽崎・F・クリストファーは、建物の屋根から空間に開いた穴を見上げて口の端を裂くように笑った。

「見ぃ~つけたぁ♪」

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