アカシック・アーカイブ
FILE-47 破滅の回避策
意識のある者は全員同時に空を見上げた。
「なんですか、アレは?」
「おっきいですー」
「……幽崎か」
視界の大部分を埋め尽くすほど巨大な悪魔の腕が、夜空に出現した空間の歪みから生えていた。現在は肘より前までだが、徐々にこちら側へと這い出て来ている。
「上級なんてものではありませんね。恐らく魔王クラス。今は腕だけとはいえ、とんでもないものが召喚されてしまったようです」
これほどの自体なのに、アレクの口調は落ち着いている。いざとなればフレリアと自分だけでも瞬間転移で脱出するつもりなのだろう。
「幽崎が人を殺していたのはこれのためか」
この魔王級の悪魔を召喚するために、一体何人の命が犠牲になったのだろう。今日だけでも数十人は奴の手にかかっている。
恭弥たちを殺すためにわざわざこれほどの召喚術式を用意していたとは思えない。間違いなく『全知の公文書』を見つけ出すためだ。
学院を滅ぼしてから探そうという腹なのか? もしそうなら彼の魔導書も一緒に破壊してしまいかねない。そんな判断もできないほど幽崎は狂っている……わけではないだろう。
奴はなにか情報を手にしたに違いない。学院など潰しても構わないと思えるほどの、限りなく解答に近い情報を……。
「うわっ!? なんだありゃあ!?」
とそこに、恭弥たちのものではない驚愕の声が聞こえた。気を失っていた土御門たちの目が覚めてしまったようだ。
「黒羽くん、あの、どういう状況なんでしょうか……?」
白愛が今にも泣いてしまいそうな表情で訊ねる。その隣ではルノワがやはり見開いた目で頭上の巨腕を見上げていた。
「我々が寝ている間になにが……?」
「おう、大将! 説明してくれ!」
一から説明している時間はない。アレが動き出したら学院は終わる。いや、下手すればこの世界そのものが破滅しかねない。
それまでにどうにか対策を考える必要がある。
「アレも悪魔でござろう。幽崎・F・クリストファー。拙者に妙なものを取り憑かせたあの者が召喚したに相違ない」
黙る恭弥に代わって答えたのは、もう一人の辻斬り犯である忍者の少女だった。彼女は魔術を封印する手錠が嵌められたままだ。
「まだ完全召喚には至ってなさそうだけど、僕はすぐにでもこの学院から離脱することを勧める。まあ、そんな時間はないかもしれないけどね」
なんとか上体を起こして地べたに胡坐を掻くグラツィアーノ。上級悪魔に負わされたダメージで立つこともままならない彼はやや諦め気味だった。
と――
「う……ん……」
フレリアに膝枕をされていたレティシアが呻いた。瞼が痙攣し、ゆっくりと持ち上げられる。
「あ、レティちゃんも気がついたみたいですー」
「あれ? フレリアさん? なんでここに? 恭弥? あたし、斬られて……」
次第に意識が覚醒していく彼女は、仰向けの状態だと真っ先に見えてしまう『それ』に二秒ほど沈黙した。
「――ってぎゃあああああああああっ!? なななななによあれぇえっ!? 悪魔なの!? でかいってもんじゃないわよ!?」
「レティちゃん落ち着いてくださいー。でもそんなに叫べるなら大丈夫そうですねー」
飛び起きて暴れそうになるレティシアをフレリアがどうにか抑えた。あんなのを見てパニックにならない方がおかしい。白愛なんて無意味なのに大幣を天に向かって我武者羅に振り回しているくらいだ。
這い出ていた腕が肩口辺りでピタリと止まる。
「ふむ、どうやら召喚が終わったようです」
見上げながら片眼鏡の位置を直したアレクが、レティシアの胴に腕を巻きつけているフレリアを向いた。
「お嬢様、すぐに避難いたします。私に掴まってください」
その言葉でアレクに掴まったのはフレリアだけではなかった。レティシアに土御門、白愛にルノワまでちゃっかり執事服を摘まんでいた。
アレクはにこやかに微笑んだ。
「……申し訳ありませんが、私が一度に転移できる人数は自分を除いて一人です。どいてください。さもなくば、力づくでどかしますよ?」
「いいじゃんケチ!?」
「あんたオレらを見捨てる気か!?」
レティシアと土御門がギャーギャーと喚く中、こちらの事情などお構いなしに悪魔の巨腕が振り被られる。
「……」
その様子を、恭弥はずっと黙って見詰めていた。
助かる方法なら見つかった。
アレクの瞬間転移ではない。あの腕自体をどうにかする方法だ。ただ、成功率は天文学的に低いと予想される。
それでも、黙って殺されるくらいなら試した方がいいだろう。
「土御門、俺の体を預かってくれ」
「お、おう? どうする気だ、大将?」
恭弥は急いで土御門の傍に駆け寄ると――
「奴と融合して止められるかやってみる」
「「「はぁ!?」」」
誰もが驚愕するようなことを口にした。
本来、精魂融合は精霊などの超常的な存在と合体し、変身または超人的な能力を得るガンドの術式。現実世界に実体化していようとも、悪魔の本質も霊体である。
融合は理論上可能だ。そもそも悪魔自身が人に憑依できる。
相手が強大過ぎて取り込まれる未来しか見えないが、そこをどうにか制御して逆に乗っ取り屈服させられるかが勝負になる。
「黒羽様一人の霊魂でどうにかできるとも思えませんが?」
「やらなくたってどの道死ぬ。他に方法があるならお前が試せ」
既に悪魔の腕は振り上げられている。可能性が少しでもあるならそれに賭ける。
「だ、ダメよ恭弥!?」
「黒羽くん!?」
レティシアと白愛が悲痛な叫びを上げる中、幽体離脱した恭弥は振り下ろされた巨拳に向かって突撃した。
「なんですか、アレは?」
「おっきいですー」
「……幽崎か」
視界の大部分を埋め尽くすほど巨大な悪魔の腕が、夜空に出現した空間の歪みから生えていた。現在は肘より前までだが、徐々にこちら側へと這い出て来ている。
「上級なんてものではありませんね。恐らく魔王クラス。今は腕だけとはいえ、とんでもないものが召喚されてしまったようです」
これほどの自体なのに、アレクの口調は落ち着いている。いざとなればフレリアと自分だけでも瞬間転移で脱出するつもりなのだろう。
「幽崎が人を殺していたのはこれのためか」
この魔王級の悪魔を召喚するために、一体何人の命が犠牲になったのだろう。今日だけでも数十人は奴の手にかかっている。
恭弥たちを殺すためにわざわざこれほどの召喚術式を用意していたとは思えない。間違いなく『全知の公文書』を見つけ出すためだ。
学院を滅ぼしてから探そうという腹なのか? もしそうなら彼の魔導書も一緒に破壊してしまいかねない。そんな判断もできないほど幽崎は狂っている……わけではないだろう。
奴はなにか情報を手にしたに違いない。学院など潰しても構わないと思えるほどの、限りなく解答に近い情報を……。
「うわっ!? なんだありゃあ!?」
とそこに、恭弥たちのものではない驚愕の声が聞こえた。気を失っていた土御門たちの目が覚めてしまったようだ。
「黒羽くん、あの、どういう状況なんでしょうか……?」
白愛が今にも泣いてしまいそうな表情で訊ねる。その隣ではルノワがやはり見開いた目で頭上の巨腕を見上げていた。
「我々が寝ている間になにが……?」
「おう、大将! 説明してくれ!」
一から説明している時間はない。アレが動き出したら学院は終わる。いや、下手すればこの世界そのものが破滅しかねない。
それまでにどうにか対策を考える必要がある。
「アレも悪魔でござろう。幽崎・F・クリストファー。拙者に妙なものを取り憑かせたあの者が召喚したに相違ない」
黙る恭弥に代わって答えたのは、もう一人の辻斬り犯である忍者の少女だった。彼女は魔術を封印する手錠が嵌められたままだ。
「まだ完全召喚には至ってなさそうだけど、僕はすぐにでもこの学院から離脱することを勧める。まあ、そんな時間はないかもしれないけどね」
なんとか上体を起こして地べたに胡坐を掻くグラツィアーノ。上級悪魔に負わされたダメージで立つこともままならない彼はやや諦め気味だった。
と――
「う……ん……」
フレリアに膝枕をされていたレティシアが呻いた。瞼が痙攣し、ゆっくりと持ち上げられる。
「あ、レティちゃんも気がついたみたいですー」
「あれ? フレリアさん? なんでここに? 恭弥? あたし、斬られて……」
次第に意識が覚醒していく彼女は、仰向けの状態だと真っ先に見えてしまう『それ』に二秒ほど沈黙した。
「――ってぎゃあああああああああっ!? なななななによあれぇえっ!? 悪魔なの!? でかいってもんじゃないわよ!?」
「レティちゃん落ち着いてくださいー。でもそんなに叫べるなら大丈夫そうですねー」
飛び起きて暴れそうになるレティシアをフレリアがどうにか抑えた。あんなのを見てパニックにならない方がおかしい。白愛なんて無意味なのに大幣を天に向かって我武者羅に振り回しているくらいだ。
這い出ていた腕が肩口辺りでピタリと止まる。
「ふむ、どうやら召喚が終わったようです」
見上げながら片眼鏡の位置を直したアレクが、レティシアの胴に腕を巻きつけているフレリアを向いた。
「お嬢様、すぐに避難いたします。私に掴まってください」
その言葉でアレクに掴まったのはフレリアだけではなかった。レティシアに土御門、白愛にルノワまでちゃっかり執事服を摘まんでいた。
アレクはにこやかに微笑んだ。
「……申し訳ありませんが、私が一度に転移できる人数は自分を除いて一人です。どいてください。さもなくば、力づくでどかしますよ?」
「いいじゃんケチ!?」
「あんたオレらを見捨てる気か!?」
レティシアと土御門がギャーギャーと喚く中、こちらの事情などお構いなしに悪魔の巨腕が振り被られる。
「……」
その様子を、恭弥はずっと黙って見詰めていた。
助かる方法なら見つかった。
アレクの瞬間転移ではない。あの腕自体をどうにかする方法だ。ただ、成功率は天文学的に低いと予想される。
それでも、黙って殺されるくらいなら試した方がいいだろう。
「土御門、俺の体を預かってくれ」
「お、おう? どうする気だ、大将?」
恭弥は急いで土御門の傍に駆け寄ると――
「奴と融合して止められるかやってみる」
「「「はぁ!?」」」
誰もが驚愕するようなことを口にした。
本来、精魂融合は精霊などの超常的な存在と合体し、変身または超人的な能力を得るガンドの術式。現実世界に実体化していようとも、悪魔の本質も霊体である。
融合は理論上可能だ。そもそも悪魔自身が人に憑依できる。
相手が強大過ぎて取り込まれる未来しか見えないが、そこをどうにか制御して逆に乗っ取り屈服させられるかが勝負になる。
「黒羽様一人の霊魂でどうにかできるとも思えませんが?」
「やらなくたってどの道死ぬ。他に方法があるならお前が試せ」
既に悪魔の腕は振り上げられている。可能性が少しでもあるならそれに賭ける。
「だ、ダメよ恭弥!?」
「黒羽くん!?」
レティシアと白愛が悲痛な叫びを上げる中、幽体離脱した恭弥は振り下ろされた巨拳に向かって突撃した。
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