アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-35 斉天大聖

 爆裂する銃弾が変則的な間隔でターゲットに襲いかかる。
 オレンジ色の火炎と爆風を器用にかわしながら、襲撃者の少女と孫曉燕は互いの武器を交差させた。
 日本刀と棍が衝突を繰り返す度に金属音を打ち鳴らす。

「お主は強者でござるか? それとも弱者でござるか?」
「シャオのこと? シャオは強いよ?」

 嬉しそうに笑いながら飛び跳ねる孫曉燕。元々は警棒程度だった長さの棒だが、先程は何十メートルという長さに見え、そして今は二メートルほどの棍となってアクロバティックに振り回されている。
 足に履いた金色の雲のおかげか空中も自在に飛び回る曉燕だったが、襲撃者の少女も負けてはいない。たとえ空中だろうと空気を蹴って曉燕と互角以上に渡り合っている。

「すごいすごい! シャオについて来れる人が新入生にいたんだね!」

 あっちこっちと戦闘場所を変える二人。

「……チッ」

 オレーシャは魔弾で援護射撃を行っているが、こう動き回られては狙いが定まらない。それに常に近接戦だと曉燕に誤射してしまう可能性があるためやりづらかった。

「孫! たまには距離を取れ! 連携ができない!」
「えー? 別にいいよ。シャオだけで戦るから」

 辛抱ならず怒鳴ったが、曉燕は聞く耳を持たなかった。仕方なくオレーシャは自分の判断で撃つことにする。誤射してしまったらそれは曉燕の責任だ。

「拙者も一対一さしは望むところでござる」
「にしし! わかってるね、辻斬り!」

 体を回転させるようにして振り回された棍を、襲撃者の少女は左手の日本刀で受け流して飛ぶ。すかさず右の日本刀を振り下ろすが、曉燕も人間離れした身軽さで回避した。
 僅かに距離が開く。
 そのタイミングをオレーシャは逃さなかった。爆裂の魔弾を両者の間に撃ち込み、さらに距離を開かせる。

「よし、孫! 二秒動くな!」

 猟銃に魔弾を装填して一気に畳みかけようとするオレーシャだったが――

「伸っびろーっ! 如意棒!」

 やはり自分の戦いに夢中で話を聞かなかった曉燕が棍を前に突き出した。

 ビュン! と。

 空気を裂くような音が鳴り、突きの勢いそのままに曉燕の棍が一瞬で襲撃者の少女へと伸びた。

「むむっ!」

 襲撃者の少女は体を捻って突きをかわす。

「伸縮魔術でござるか」
「伸び縮みだけじゃないよ?」

 曉燕は長大な棍を大回転させる。飛んでかわそうとした襲撃者の少女だったが、細い棒状だった棍が倍々に膨れ上がっていくのを見た。
 飛んだだけでは回避不可能となった巨大な棍を、襲撃者の少女は日本刀をクロスさせて防ぐ。だが巨大化しても速度は衰えなかった一撃に呆気なく薙ぎ払われて建物から落ちて行った。

「如意棒……確か中国の斉天大聖せいてんたいせいの武器だったな。となると、孫の足についた雲は觔斗雲か」

 完全にタイミングを逸したオレーシャが分析を呟く。
 斉天大聖――一般的だと西遊記の主人公である『神仙・孫悟空』の名前がわかりやすいだろう。小説のキャラクターでもあるが、中国では神の一柱として深く信仰されていたりもする。
 孫曉燕はその斉天大聖の伝説にあるいくつかの仙術や妖術を己が魔術として組み入れているらしい。
 言うだけあってかなり強い。本当にオレーシャの援護などいらないのかもしれない。

「甲賀流忍術奥義――〈八方分身ノ術〉」

 オレーシャたちのいる建物の下から声が響く。
 警戒する二人の周囲から、同時に八人の少女が飛び上がってきた。

「分身? 増えたって無駄だよ!」

 曉燕が伸ばした棍を振り回す。しかし、分身は残像ではない。それぞれがオリジナルと同様の身体能力を持って曉燕の棍を簡単にかわした。

《拙者も少々、本気を出させてもらうでござる》

 八人が同時に喋って散開する。アレでも本気ではなかったことにオレーシャは驚愕した。奴は本当に新入生ニルファイトなのか? そんな疑問が頭を過る。

「くっ」

 オレーシャも拡散する魔弾で迎え撃つ。だが前回と同じように一体の分身に炎で溶かされた。そして別の分身が印を結んだかと思えば、放出された大量の水に押し流され、対面の建物の壁を陥没させるほどの勢いで叩きつけられてしまった。
 壁に減り込むような形となったオレーシャは、意識が朦朧とする中――

《木は天へと聳え、天は雷を木に落とす。甲賀流五行忍術――〈召雷樹〉》

 八人の分身が同時に印を結んで唱え、まるで樹木が枝葉を伸ばすように暗天に迸った雷撃が飛燕のごとく空を翔ける孫曉燕を捉えるのを見た。

「なん……という……」

 冗談みたいな強さだ。身体能力や戦闘技術も然ることながら、魔術もかなり強力である。火気に水気それに雷は木気だったか……もしや五行全て扱えるのかもしれない。

「そんな……シャオが負ける……なんて……」

 感電して煙を吹きながら落ちていく曉燕を眺めながら、分身を消した襲撃者の少女は片手を顔の前に置いて瞑目した。

「桑原桑原、でござる」

 そして彼女がどこかへと飛び去って行くのをかろうじて見届け、オレーシャの意識は闇に閉ざされた。

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