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FILE-122 獄炎剣
「オラオラオラオラァアッ!!」
ヘルフリートが乱雑に大刀を振り回す度、地を這う獄炎が唸りを上げて襲いかかる。その猛攻を恭弥は彼の周囲を走りながら外させ、合間にガンドを撃っては応戦する。
「ほらほらどうしたそんなもんか? 効かねえぞ!!」
物理的な攻撃も精神的な攻撃も、ヘルフリートの周囲で燃え上がる炎によって阻まれてしまう。温度や熱量の問題ではなく、そういう性質の炎を魔術によって生み出しているのだ。
地獄の炎。
仏教の焦熱地獄など、数多の宗教において罪人を様々な角度から燃やし浄化するための炎だ。精神を燃やしたり肉体の内側から燃やしたり、水のような流体の炎だったり、生物のような炎だったりなどいくつもの性質・形状が存在する。ヘルフリートは恐らくあの大刀を媒介として現世にそれらの一部を顕現させているのだろう。
遠距離からの攻撃は通じない。
かといって、近づけば確実に炎に呑み込まれる。霊体になったとしても同じだ。
――やはり厄介なのは天使のフィールドか。
これだけの大火力をそう連発などできるはずがない。すぐにガス欠になってもおかしくないのだが、ヘルフリートにその兆候は見られない。この場が天使術による要塞化となっている影響だ。
――なにをしている、幽崎。
天使は自分に任せろと言った幽崎は今、鏡のドームに閉じ込められている。静流は空中で爆発に呑まれ、レティシアも苦戦しているようだ。
戦況はよろしくない。ある程度敵の力も知れたため、一度退くというのも手だろう。
と――
「逃げるなどとつまらぬ選択はするでないぞ、我が主よ」
その考えを否定するように恭弥の中から飛び出したチョコレート色の少女が、迫り来る地獄の炎を片手で受け止めて握り消した。
「アル=シャイターン……起きていたかのか」
恭弥の中で眠っていた悪魔の王は、一つ軽い伸びをして楽しそうに口の端を吊り上げた。
「今起きたのじゃ。いい感じに戦いの熱を感じてのう」
「あぁ? おい、なんだそのガキは? てめえが召喚したのか?」
ヘルフリートは突然現れた自分と似たような笑みで似たようなことを言う少女に訝しげな視線を送った。
「召喚とは違うのう。わしとこの者は運命共同体といったところじゃ」
「まあ、なんだっていいさ。戦場に立って戦えるなら女子供だろうと戦士だ。次は加減しねえぞ!」
正体を知る恭弥たちとはまた違った意味で見た目に惑わされず、ヘルフリートは容赦なく先程の倍の火力を秘めた業火を撃ち放つ。だがやはり、アル=シャイターンはそれを片手で軽く虫でも払うかのように掻き消した。
「俺の地獄の炎を……ただのガキじゃねえにしても何者だ?」
「クカカ、これが地獄の炎じゃと? 笑わせるでない。まあ、所詮は人間が扱える範囲。悪魔の王たるわしを燃やすにはちと温すぎるぞ」
火傷一つ負っていない手をハラハラと振るアル=シャイターン。ヘルフリートはそんな少女の言葉に目を僅かに見開いて恭弥を睨んだ。
「悪魔の王? どういうことだ? てめえ、ガンド使いじゃなかったのかよ?」
「いろいろあって憑かれてるんだ。気にするな」
「迷惑そうに言うでないわ、お兄ちゃんよ」
悪戯心満載の笑みで『お兄ちゃん』と口調も可愛らしく言われたら、いかに鉄仮面の恭弥とて未だに慣れず渋い表情になるのだった。
「……いや、お前、悪魔だかなんだか知らねえが、ガキになんて呼ばせてんだ?」
「……俺が呼ばせてるわけじゃない。気にするな」
ヘルフリートはちょっと引いていた。また風評被害が増えた気がする。
「まあいい。戦場には関係ねえ話だったな。ただ、俺の獄炎剣がこんなもんだと思われてんのは気に入らねえ」
「――ッ!?」
ヘルフリートの魔力がさらに跳ね上がる。大刀に纏う地獄の炎が二倍三倍と強さを増していく。
「悪魔の王だろうが焼き尽くしてやんよ!!」
大上段から燃える大刀を地面に叩きつける。溢れ出た炎が視界いっぱいに広がり、波濤となって恭弥たちへと押し寄せる。
「我が主よ、炎はわしが抑えてやるのじゃ。その間に術者を討つがよい」
「わかった。頼む」
アル=シャイターンは両腕を大きく広げ、その小さな体で炎の津波を受け止めた。力負けしているのかじりじりと後ろに下がっていくが、その表情から余裕は失われていない。
「フン! 温い温い!」
「チッ、俺だけの魔力じゃ足りねえか。おいガブリエラ! 力をもらうぜ!」
ヘルフリートが叫ぶや否や、彼の足下からとてつもない量のエネルギーが吸い上げられていく。
「まさか、今まで自分だけの力であの火力を連発していたのか?」
だとすれば驚きだ。魔力量だけで言えば魔導師クラスだろう。いや、だからこそあの魔剣を扱えていると考えた方が納得できる。
二発目、三発目と撃つ度に火力の上がっていく炎が幾重にも重なってアル=シャイターンを押し始めてきた。
流石のアル=シャイターンも、その表情から余裕が消えた。
「ほう、これは、少しはマズイやもしれぬのう……」
「ハッハーッ! そのまま呑まれちまえ!」
「さて、それは叶わぬよ」
今まで受け止めるだけだったアル=シャイターンが魔力を放出する。悪魔らしい禍々しい魔力は彼女の平坦な胸の前で収束し――轟ッ!! と闇色の光線となって地獄の炎を吹き飛ばした。
「なんだと!?」
「今じゃ! 我が主よ!」
光線を紙一重でかわしたヘルフリートへと恭弥は瞬時に接敵した。炎を生み出す暇など与えず、人差し指からこの一瞬で可能な限りの最大出力をぶっ放す。
「これで終われ」
指先から放たれた物理的威力のある呪い――〈フィンの一撃〉がヘルフリートを弾き飛ばす。吐血し、宙で弧を描き、ヘルフリートは何十メートルも地面を転がった。
死にはしない。仮に意識があったとしても、あれではしばらくは呪いで指先一つ動かすこともできないだろう。
「……ッ」
と、アル=シャイターンが膝をついた。
先程の余裕な表情からは一変し、冷や汗を掻いたその顔色はあまりよくない。
「すまぬな、我が主。意外と消耗してしもうたのじゃ。祓魔師どもとの決着もあるでな、また少し眠るとする」
「ああ、助かった」
頷くと、アル=シャイターンはゆっくりと目を閉じて恭弥の中へと戻っていった。一部分の力しかないとはいえ、悪魔の王をここまで消耗させるとは相当だ。天使のフィールドがなくても、一対一で戦えば恭弥では勝てなかったかもしれない。
「まだだな。まだまだ、だ」
ゾクリ、と。
悪寒を感じて恭弥は弾かれたようにヘルフリートが転がって行った方角を見る。するとそこには大刀を杖にしてゆらりと立ち上がるヘルフリートの姿があった。
「どうした? 俺は立ってるぜ。手ぇ抜いて倒せると思ってたっつうなら、舐めてんじゃねえぞコラァ!!」
苛立ちを孕んだ怒号が響く。冗談ではない。恭弥は死なないまでも確実に意識を刈り取れるだろう威力で撃った。アレクや幽崎でもさっきの一撃には堪えられなかったはずだ。
それをヘルフリートは『手を抜いている』と感じた。
「なんてタフな奴だ」
彼を倒すにはもう殺すつもりで撃たないといけないのか。
「らぁあッ!!」
獄炎が押し寄せる。やはりダメージはあったようで、威力はアル=シャイターンを消耗させた時の十分の一もない。
だが、それでも恭弥を焼き尽くすには過剰すぎる火力だ。
「苦戦しているようだね、黒羽恭弥」
恭弥が回避行動を取ろうとした瞬間、炎が唐突に数字の羅列に包まれて雲散霧消した。
「……今のは」
数秘術だ。
それにあの声は聞き覚えがある。
「グラツィアーノか?」
恭弥の斜め後ろに立つ気配。
そこでは数字を纏った金髪の美男子が人懐こい爽やかな笑顔を浮かべていた。
「僕らも加勢しよう。どうだい? 新入生同士、ここは手を組まないか?」
ヘルフリートが乱雑に大刀を振り回す度、地を這う獄炎が唸りを上げて襲いかかる。その猛攻を恭弥は彼の周囲を走りながら外させ、合間にガンドを撃っては応戦する。
「ほらほらどうしたそんなもんか? 効かねえぞ!!」
物理的な攻撃も精神的な攻撃も、ヘルフリートの周囲で燃え上がる炎によって阻まれてしまう。温度や熱量の問題ではなく、そういう性質の炎を魔術によって生み出しているのだ。
地獄の炎。
仏教の焦熱地獄など、数多の宗教において罪人を様々な角度から燃やし浄化するための炎だ。精神を燃やしたり肉体の内側から燃やしたり、水のような流体の炎だったり、生物のような炎だったりなどいくつもの性質・形状が存在する。ヘルフリートは恐らくあの大刀を媒介として現世にそれらの一部を顕現させているのだろう。
遠距離からの攻撃は通じない。
かといって、近づけば確実に炎に呑み込まれる。霊体になったとしても同じだ。
――やはり厄介なのは天使のフィールドか。
これだけの大火力をそう連発などできるはずがない。すぐにガス欠になってもおかしくないのだが、ヘルフリートにその兆候は見られない。この場が天使術による要塞化となっている影響だ。
――なにをしている、幽崎。
天使は自分に任せろと言った幽崎は今、鏡のドームに閉じ込められている。静流は空中で爆発に呑まれ、レティシアも苦戦しているようだ。
戦況はよろしくない。ある程度敵の力も知れたため、一度退くというのも手だろう。
と――
「逃げるなどとつまらぬ選択はするでないぞ、我が主よ」
その考えを否定するように恭弥の中から飛び出したチョコレート色の少女が、迫り来る地獄の炎を片手で受け止めて握り消した。
「アル=シャイターン……起きていたかのか」
恭弥の中で眠っていた悪魔の王は、一つ軽い伸びをして楽しそうに口の端を吊り上げた。
「今起きたのじゃ。いい感じに戦いの熱を感じてのう」
「あぁ? おい、なんだそのガキは? てめえが召喚したのか?」
ヘルフリートは突然現れた自分と似たような笑みで似たようなことを言う少女に訝しげな視線を送った。
「召喚とは違うのう。わしとこの者は運命共同体といったところじゃ」
「まあ、なんだっていいさ。戦場に立って戦えるなら女子供だろうと戦士だ。次は加減しねえぞ!」
正体を知る恭弥たちとはまた違った意味で見た目に惑わされず、ヘルフリートは容赦なく先程の倍の火力を秘めた業火を撃ち放つ。だがやはり、アル=シャイターンはそれを片手で軽く虫でも払うかのように掻き消した。
「俺の地獄の炎を……ただのガキじゃねえにしても何者だ?」
「クカカ、これが地獄の炎じゃと? 笑わせるでない。まあ、所詮は人間が扱える範囲。悪魔の王たるわしを燃やすにはちと温すぎるぞ」
火傷一つ負っていない手をハラハラと振るアル=シャイターン。ヘルフリートはそんな少女の言葉に目を僅かに見開いて恭弥を睨んだ。
「悪魔の王? どういうことだ? てめえ、ガンド使いじゃなかったのかよ?」
「いろいろあって憑かれてるんだ。気にするな」
「迷惑そうに言うでないわ、お兄ちゃんよ」
悪戯心満載の笑みで『お兄ちゃん』と口調も可愛らしく言われたら、いかに鉄仮面の恭弥とて未だに慣れず渋い表情になるのだった。
「……いや、お前、悪魔だかなんだか知らねえが、ガキになんて呼ばせてんだ?」
「……俺が呼ばせてるわけじゃない。気にするな」
ヘルフリートはちょっと引いていた。また風評被害が増えた気がする。
「まあいい。戦場には関係ねえ話だったな。ただ、俺の獄炎剣がこんなもんだと思われてんのは気に入らねえ」
「――ッ!?」
ヘルフリートの魔力がさらに跳ね上がる。大刀に纏う地獄の炎が二倍三倍と強さを増していく。
「悪魔の王だろうが焼き尽くしてやんよ!!」
大上段から燃える大刀を地面に叩きつける。溢れ出た炎が視界いっぱいに広がり、波濤となって恭弥たちへと押し寄せる。
「我が主よ、炎はわしが抑えてやるのじゃ。その間に術者を討つがよい」
「わかった。頼む」
アル=シャイターンは両腕を大きく広げ、その小さな体で炎の津波を受け止めた。力負けしているのかじりじりと後ろに下がっていくが、その表情から余裕は失われていない。
「フン! 温い温い!」
「チッ、俺だけの魔力じゃ足りねえか。おいガブリエラ! 力をもらうぜ!」
ヘルフリートが叫ぶや否や、彼の足下からとてつもない量のエネルギーが吸い上げられていく。
「まさか、今まで自分だけの力であの火力を連発していたのか?」
だとすれば驚きだ。魔力量だけで言えば魔導師クラスだろう。いや、だからこそあの魔剣を扱えていると考えた方が納得できる。
二発目、三発目と撃つ度に火力の上がっていく炎が幾重にも重なってアル=シャイターンを押し始めてきた。
流石のアル=シャイターンも、その表情から余裕が消えた。
「ほう、これは、少しはマズイやもしれぬのう……」
「ハッハーッ! そのまま呑まれちまえ!」
「さて、それは叶わぬよ」
今まで受け止めるだけだったアル=シャイターンが魔力を放出する。悪魔らしい禍々しい魔力は彼女の平坦な胸の前で収束し――轟ッ!! と闇色の光線となって地獄の炎を吹き飛ばした。
「なんだと!?」
「今じゃ! 我が主よ!」
光線を紙一重でかわしたヘルフリートへと恭弥は瞬時に接敵した。炎を生み出す暇など与えず、人差し指からこの一瞬で可能な限りの最大出力をぶっ放す。
「これで終われ」
指先から放たれた物理的威力のある呪い――〈フィンの一撃〉がヘルフリートを弾き飛ばす。吐血し、宙で弧を描き、ヘルフリートは何十メートルも地面を転がった。
死にはしない。仮に意識があったとしても、あれではしばらくは呪いで指先一つ動かすこともできないだろう。
「……ッ」
と、アル=シャイターンが膝をついた。
先程の余裕な表情からは一変し、冷や汗を掻いたその顔色はあまりよくない。
「すまぬな、我が主。意外と消耗してしもうたのじゃ。祓魔師どもとの決着もあるでな、また少し眠るとする」
「ああ、助かった」
頷くと、アル=シャイターンはゆっくりと目を閉じて恭弥の中へと戻っていった。一部分の力しかないとはいえ、悪魔の王をここまで消耗させるとは相当だ。天使のフィールドがなくても、一対一で戦えば恭弥では勝てなかったかもしれない。
「まだだな。まだまだ、だ」
ゾクリ、と。
悪寒を感じて恭弥は弾かれたようにヘルフリートが転がって行った方角を見る。するとそこには大刀を杖にしてゆらりと立ち上がるヘルフリートの姿があった。
「どうした? 俺は立ってるぜ。手ぇ抜いて倒せると思ってたっつうなら、舐めてんじゃねえぞコラァ!!」
苛立ちを孕んだ怒号が響く。冗談ではない。恭弥は死なないまでも確実に意識を刈り取れるだろう威力で撃った。アレクや幽崎でもさっきの一撃には堪えられなかったはずだ。
それをヘルフリートは『手を抜いている』と感じた。
「なんてタフな奴だ」
彼を倒すにはもう殺すつもりで撃たないといけないのか。
「らぁあッ!!」
獄炎が押し寄せる。やはりダメージはあったようで、威力はアル=シャイターンを消耗させた時の十分の一もない。
だが、それでも恭弥を焼き尽くすには過剰すぎる火力だ。
「苦戦しているようだね、黒羽恭弥」
恭弥が回避行動を取ろうとした瞬間、炎が唐突に数字の羅列に包まれて雲散霧消した。
「……今のは」
数秘術だ。
それにあの声は聞き覚えがある。
「グラツィアーノか?」
恭弥の斜め後ろに立つ気配。
そこでは数字を纏った金髪の美男子が人懐こい爽やかな笑顔を浮かべていた。
「僕らも加勢しよう。どうだい? 新入生同士、ここは手を組まないか?」
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