アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-17 Dual Combo

 駆けつけた恭弥は尻餅をついた白愛とボロボロになって倒れている土御門を見た。

「生きてるか、土御門?」
「おうよ」

 それだけ返事すると、土御門は倒れたままニカリと無理矢理にはにかんだ。無事じゃないが致命傷でもないことに安堵し、恭弥はたった今〈フィンの一撃〉で吹き飛ばした下級悪魔に向き直る。
 距離があったため一撃で仕留めるには至らなかったようだが、それでもダメージは大きかったらしく、悪魔は苦しそうに触手をうねらせもがいていた。

 その単眼が明確な殺意を抱いて恭弥を睨む。
 恭弥は人差し指を構える。この距離ならば確実にトドメをさせるだろう。
 だが――

「恭弥、ここはあたしに任せて」

 追いついてきたレティシアが恭弥の翳した腕を強引に下げさせた。

「なにを?」
「さっきのがあたしの実力だと思われるのが癪なだけよ」

 解せないといった顔をする恭弥にレティシアは自信満々に言う。

「あたしがちょろっと本気出せば、あんな悪魔の一匹や二匹なんてどうってこともないんだから!」

 カードの束を握ったレティシアが腕を水平に振るった。それだけで大量のカードが空中に設置され、まるで恒星の周囲を公転する惑星のように自律的に彼女の周りを回り始める。

「あたしはカード単品だけでも魔術は使えるけど、複数枚を組み合わせることでより強力な術式を展開することだってできるの」

 レティシアは意識を集中させるように瞑目し、両腕を大きく広げる。

「最初から見て選んでもいいけど、こうやってランダムに選んだ方が威力や効果が増す」
「でも、それだと欲しい術式が使えないこともあるんじゃないですか?」

 白愛が疑問を口にした。レティシアは「誰?」とでもいうように眉を寄せたが、すぐに集中を取り戻して得意げに言う。

「大丈夫よ」

 カッ! と開目する。

「なんたって今日の運勢は絶好調! あたしの引き運舐めんじゃないわよ!」

 言い放ってからレティシアは周りを飛んでいるカードを両手で一枚ずつ掴み取った。

「ほら来た! 『THE MOON』――『月』の逆位置。不安・不運の解消。危機の回避。偽りを見抜き、悪しき事柄を打ち破る力とならん!」

 まず右手のカードを見て詠唱文のように言葉を紡ぎ――

「『JUDGEMENT』――『審判』の正位置。解放。復活。心機一転。正しき者を救済せし公平なる裁きを!」
 続いて左手のカードを見て同じように唱えた。

 すると、『月』と『審判』のタロットカードがレティシアの手を離れて上空へと昇った。周囲を回っていたカードは彼女の手元に戻り、『月』と『審判』のカードが輝くと同時にようやくダメージが回復して動けるようになったらしい下級悪魔の頭上に青白い魔法陣が出現した。

 燐光のごとく淡く輝く魔法陣から、一条の光の柱が悪魔へと降り注ぐ。

 まるで天の裁き。
 新聞部の部室で彼女が撃っていた魔力光とは桁違いの火力は、単眼を見開いて断末魔を上げる悪魔の体を焼き尽くすまで数秒とかからなかった。

 レティシアはくるっとその場で一回転すると――

「どう、恭弥? これがあたしの実力よ。ふふん、感想なら受け付けるわ」

 鼻が伸びていきそうな勢いで控え目な胸を張った。

「思ったことを言えばいいのか?」
「ええ、いくらでも褒め称えていいのよ?」
「確かにレベルの高い魔術だったが……正直、この場合は過剰過ぎて無駄だな。術式構築までの時間もかかり過ぎている。相手が弱っていたからいいが、そうじゃなければ死んでいた。それに威力や効果を上げるにしても運頼りというのは安定性に欠ける。他にも――」
「厳しいわ!? 涼しい顔してもんの凄く厳しいダメ出しされたわ!?」

 愕然と叫ぶレティシア。これ以上構ってもいられないので恭弥は無視して下級悪魔のいた場所へと走る。

 そこには予想通り、ランドルフ・ダルトンの時と同じく一人の男子生徒が倒れていた。
 首に指をあてる…………脈はある。息もしている。だが、状態はランドルフよりも酷い。今から治療を行っても助かるかどうかわからなかった。
 当然だろう。悪魔の生贄にされたのだ。ランドルフは肉体的にも精神的にも魔術的にも鍛え上げられていたからまだ助かる見込みはあった。

「嘘、人が……」
「大将、こりゃあ……」

 白愛と、どうにか歩けるようになったらしい土御門が倒れている男子生徒を見て顔を顰めた。二人の後ろからやってきたレティシアも、先程までの調子に乗っていた態度を引っ込めて蒼白している。

「ねえ、死んでるの?」
「いや、ギリギリだ」
「もしかして……あたしのせい……?」

 そう口にしたレティシアの声は酷く震えていた。
 恭弥に言われたように威力が過剰だったせいか。時間をかけ過ぎたせいか。あるいはその両方か。とにかく自分が真面目にやらなかったから人が一人死にかけている。
 彼女は、きっとそう思っている。
 が――

「違う。恐らく生贄にされた時点で、対価として悪魔に生命力の大部分を奪われていたんだろう」

 そう言うと恭弥は男子生徒に指を差した。すると、心なしか男子生徒の顔色が少しよくなったような気がした。

「なにをしたの?」
「ガンドは指を差すことで相手の体調を崩す。逆に体調をよくすることだってできなくもない。怪我や病気が治るわけじゃないから、気休めにしかならないが……」

 恭弥は立ち上がると、不安そうに眉をハの字にしているレティシアを向いた。

「きっと助かる。お前がこいつを救ったんだ」

(恭弥の言う通りね)

 唐突に頭の中に声が響いた。
 男子生徒のすぐ脇にカラスの姿に変身している魔術師――エルナ・ヴァナディースが舞い降りる。

(彼をこんなにしたのは幽崎・F・クリストファー。あなたじゃないわ)
「エルナ……」

 エルナが男子生徒を見ながら優しい声音で告げると、レティシアはほっとしたようなまだ釈然としていないような複雑な表情をした。

「あの、黒羽くん、カラスが……」
「こいつ、死体を啄みに来たのか! ほらまだ死んでないからあっち行け!」

 エルナの声が聞こえていない土御門が男子生徒に寄りつくカラスを足で乱暴に追っ払おうとした。エルナは土御門の蹴りをかわしてその頭へと飛び移る。鍵爪がグサリと刺さっていた。

「痛ででででなんだ今度はオレを食う気かこのカラス!?」
(そんなわけないでしょ!? 恭弥、誰よこの頭の悪そうなチャラ男は!?)
「えっ……?」
「は……?」

 今叫んだエルナの念話は、白愛と土御門にもしっかりと聞こえていた。

「カラスが喋りましたぁああああっ!?」
「カラスが喋ったぁああああああっ!?」

 幽霊でも見たかのように顔を見合わせて叫び合う白愛と土御門。そんな念話初心者の二人を見て恭弥とレティシアは諦めたようにやれやれと肩を竦めた。

「これは、もう隠せないわね」
「説明するしかないな。どうせだ。二人にも協力してもらおう。悪いが、聞いたら拒否はできないからな」

 そう提案した恭弥に、絶賛混乱中の二人は頭に疑問符を浮かべてきょとんとした。

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