アカシック・アーカイブ
FILE-117 脱落
南南東の森。
戦場を観察していたグラツィアーノは、状況の変化を好機と捉えてすっくと立ち上がった。
「出よう。今なら上級生を引きずり落とせる」
チーム『特待生』のリーダーの決断に、メンバー全員が無言で頷きを返した。
☆★☆
フレデリック・ブラウンは焦りを覚えつつも、冷静に状況を把握していた。
単騎であれほど厄介だったフレリア・ルイ・コンスタンの仲間が現れた。敵チームの中では恐らくフレリアが一番強い……などという油断はしない。
この時点で生き残っていること自体が強者の証である。
それも全員。一人も欠けることなく。
「チャンスは今ですね」
眼鏡の位置を直し、フレデリックは胡坐を組んで瞑想に入る。〈メルカバー瞑想術〉により生み出された『神の戦車』は、その砲台の照準をフレリアへと合わせる。
彼女は今、自分のチームメイトの方を向いている。
隙だらけだった。
「チームの勝利のために、あなたが仲間と共に戦う展開だけは避けさせてもらいます」
戦車の砲口が容赦なく火を噴く。
☆★☆
逸早く気がついたのは恭弥だった。
「フレリア!?」
恭弥たちとフレリアにはまだ少しばかり距離がある。今から〈フィンの一撃〉を放ったところで間に合わない。
敵の一人が戦車から放った砲弾はフレリアへと飛んでいる。手加減はない。直撃コースだ。
「あっ」
気づいたフレリアが〈ブラクテアート〉を投げた。錬金術用ではなく、ルーン魔術で力場を生成して砲弾を防ぐつもりだろう。
バチリ、と電撃が弾けるような音。
ルーン魔術の力場と激突した砲弾が青白いプラズマを放つ。
拮抗は二秒となかった。
「弱すぎましたね~」
のんびりした声で呟くフレリアだが、敗れたのはルーン魔術の力場だった。
ガラスの砕けるような音と共に、砲弾は瞬時にバックステップをしたフレリアの足元へと着弾した。
爆発。フレリアの体が宙に投げ出される。
同時に飛び散った無数の破片がフレリアの服を切り裂き、胸ポケットに隠していた魔力結晶が零れ落ちる。先程アレックスから奪った分と、フレリアが元々持っていた分だ。
「結晶が!?」
流石のフレリアも焦ったのか、空中を吹っ飛びながら魔力結晶に手を伸ばす。届きそうで届かない、そんな距離。
だが、敵が回収を許すはずもない。既に戦車から次弾が発射され、二つの魔力結晶を正確に貫いて砕き割った。
「フレリアさん!?」
「フレリア殿!?」
「チッ、油断しやがって」
唐突な展開に皆が驚愕する中、恭弥だけが走っていた。魔力結晶を奪われたのであれば、三分だが取り戻す猶予はある。その間に仲間から結晶をもらうことで延命もできる。しかし、破壊されてしまえば瞬時に転送が始まってしまうのだ。
落ちきたフレリアを恭弥は受け止める。すぐに魔力結晶を渡せば助かるかと思ったが、フレリアの転送はすでに半分以上も進行していた。
「あははー。すみません、やられちゃいましたー」
恭弥の腕の中で消えかけているフレリアが、申し訳なさそうに笑った。
「あとは、よろしくお願いしますねー」
暢気な表情とは裏腹に、言葉の端々から悔しさが滲み出ていた。
「ああ」
恭弥は了解の意味を込めて頷いた。フレリアは最後に安心したようににっこりと微笑むと、恭弥の腕の中から完全に消失した。
恭弥は敵の五人に視線を向ける。仇討ちというわけではない。負けられないのはどの戦いでも同じだ。だが、仲間を倒されていい気分はしない。仲間を失う痛みを恭弥は誰よりも知っている。
この戦いだけは、手を抜くわけにはいかなくなった。
「フレデリック」
瞑想を解いて戦車の中から出てきた眼鏡の青年に、大刀を地面に突き刺した青年が振り向かずに言う。
「不意打ちは卑怯だとでも、ヘルフリート?」
「いや、よくやった。戦場で隙を見せる方が悪い」
好戦的に笑うヘルフリートと恭弥の目が合う。僅かな沈黙。その中で一体どれほどの駆け引きがあったのかは、本人たちにすら把握できない。
「てめえら、こっからも油断すんじゃねえぞ」
「数では不利になったが、負けるわけにはいかない」
互いに仲間に呼びかける。それぞれが魔術戦の構えを取る。
この場は既に敵の陣地。ルーンで要塞化の術式を編めるフレリアが脱落したのは正直、かなり痛い。一度退くことも視野には入れつつ、恭弥は拳銃の形にした人差し指を敵チームに向ける。
撃ち出された不可視の衝撃波が、開戦の合図となった。
戦場を観察していたグラツィアーノは、状況の変化を好機と捉えてすっくと立ち上がった。
「出よう。今なら上級生を引きずり落とせる」
チーム『特待生』のリーダーの決断に、メンバー全員が無言で頷きを返した。
☆★☆
フレデリック・ブラウンは焦りを覚えつつも、冷静に状況を把握していた。
単騎であれほど厄介だったフレリア・ルイ・コンスタンの仲間が現れた。敵チームの中では恐らくフレリアが一番強い……などという油断はしない。
この時点で生き残っていること自体が強者の証である。
それも全員。一人も欠けることなく。
「チャンスは今ですね」
眼鏡の位置を直し、フレデリックは胡坐を組んで瞑想に入る。〈メルカバー瞑想術〉により生み出された『神の戦車』は、その砲台の照準をフレリアへと合わせる。
彼女は今、自分のチームメイトの方を向いている。
隙だらけだった。
「チームの勝利のために、あなたが仲間と共に戦う展開だけは避けさせてもらいます」
戦車の砲口が容赦なく火を噴く。
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逸早く気がついたのは恭弥だった。
「フレリア!?」
恭弥たちとフレリアにはまだ少しばかり距離がある。今から〈フィンの一撃〉を放ったところで間に合わない。
敵の一人が戦車から放った砲弾はフレリアへと飛んでいる。手加減はない。直撃コースだ。
「あっ」
気づいたフレリアが〈ブラクテアート〉を投げた。錬金術用ではなく、ルーン魔術で力場を生成して砲弾を防ぐつもりだろう。
バチリ、と電撃が弾けるような音。
ルーン魔術の力場と激突した砲弾が青白いプラズマを放つ。
拮抗は二秒となかった。
「弱すぎましたね~」
のんびりした声で呟くフレリアだが、敗れたのはルーン魔術の力場だった。
ガラスの砕けるような音と共に、砲弾は瞬時にバックステップをしたフレリアの足元へと着弾した。
爆発。フレリアの体が宙に投げ出される。
同時に飛び散った無数の破片がフレリアの服を切り裂き、胸ポケットに隠していた魔力結晶が零れ落ちる。先程アレックスから奪った分と、フレリアが元々持っていた分だ。
「結晶が!?」
流石のフレリアも焦ったのか、空中を吹っ飛びながら魔力結晶に手を伸ばす。届きそうで届かない、そんな距離。
だが、敵が回収を許すはずもない。既に戦車から次弾が発射され、二つの魔力結晶を正確に貫いて砕き割った。
「フレリアさん!?」
「フレリア殿!?」
「チッ、油断しやがって」
唐突な展開に皆が驚愕する中、恭弥だけが走っていた。魔力結晶を奪われたのであれば、三分だが取り戻す猶予はある。その間に仲間から結晶をもらうことで延命もできる。しかし、破壊されてしまえば瞬時に転送が始まってしまうのだ。
落ちきたフレリアを恭弥は受け止める。すぐに魔力結晶を渡せば助かるかと思ったが、フレリアの転送はすでに半分以上も進行していた。
「あははー。すみません、やられちゃいましたー」
恭弥の腕の中で消えかけているフレリアが、申し訳なさそうに笑った。
「あとは、よろしくお願いしますねー」
暢気な表情とは裏腹に、言葉の端々から悔しさが滲み出ていた。
「ああ」
恭弥は了解の意味を込めて頷いた。フレリアは最後に安心したようににっこりと微笑むと、恭弥の腕の中から完全に消失した。
恭弥は敵の五人に視線を向ける。仇討ちというわけではない。負けられないのはどの戦いでも同じだ。だが、仲間を倒されていい気分はしない。仲間を失う痛みを恭弥は誰よりも知っている。
この戦いだけは、手を抜くわけにはいかなくなった。
「フレデリック」
瞑想を解いて戦車の中から出てきた眼鏡の青年に、大刀を地面に突き刺した青年が振り向かずに言う。
「不意打ちは卑怯だとでも、ヘルフリート?」
「いや、よくやった。戦場で隙を見せる方が悪い」
好戦的に笑うヘルフリートと恭弥の目が合う。僅かな沈黙。その中で一体どれほどの駆け引きがあったのかは、本人たちにすら把握できない。
「てめえら、こっからも油断すんじゃねえぞ」
「数では不利になったが、負けるわけにはいかない」
互いに仲間に呼びかける。それぞれが魔術戦の構えを取る。
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