アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-115 裏切り者

 荒野エリアと隣接する森林エリアの入口に、紅の九尾狐が宙を駆けるようにして舞い降りた。着地と同時に獣の姿は青白い炎に包まれ、くすんだ赤毛の女性へと変化する。
 フレリア・ルイ・コンスタンが現われたことによるどさくさに紛れて撤退した九十九である。

「まさか、地面を掘って移動してたなんて……まったくあの娘はホンマに行動がイレギュラーすぎるえ」

 そのフレリアが穿った地面のトンネルに飛び込む選択肢も意表は突けそうだったが、いつ崩れるかわからない上に逃げ道が制限される。しばらく身を隠すなら森がベストだろう。
 それに暗い地中よりも緑溢れる自然に囲まれている方がいい。心が安らぐ。狐憑きだからという理由もあるだろうが、九十九は幼少期を樹海で過ごしたからだ。
 物心つく前に親に捨てられた……らしい。死にかけていたところに狐が取り憑き、幼いながらも樹海という弱肉強食の世界を生き延びることができたのだ。
 だからこそ、九十九は自然を破壊する科学文明が嫌いだ。自然回帰を理念とする〈ルア・ノーバ〉に入ったのも必然であり、世界から科学文明を滅ぼすために『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を狙っている。

「まあ、あの娘には悪いけど、あてらが勝つために利用させてもらうえ」

 九十九は肩で息をしながらもう少し奥へと進む。遠くからはフレリアとチーム『シークレット・シックス』が戦闘していると思われる爆音が連続していた。

「……学生思うても、油断はできへんなぁ」

 直接的ダメージはないが、立て続いた戦闘で思いのほか消耗している。第五階生の上位や第六階生にもなればもはやプロと遜色もない。『学生』と見下した言い方をしているが、年齢で言えば九十九もそう変わらないのだと思い知った。

「まあ、あてより強い奴がぎょーさんおってもどうでもええ」

 九十九の使命は頂点を極めることではない。『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を手にするために利用できるものは全て利用する。

 そう、たとえそれが敵であっても。
 九十九は懐から小型の通信機を取り出した。

「フレリア・ルイ・コンスタンの居場所がわかったえ」

 通信機に向かって呼びかける。
 だが、反応はなかった。

「あん?」

 ジジジ、とノイズだけが小さく聞こえる。

「なんや? 繋がらんえ……戦闘中? まさかチーム『探偵部』と? いや、ぶつかるにはまだ早い気ぃもするけど」

 両チームの位置はかなり離れていた。恐らく今はどちらも南側に進行中。ぶつかることはないはずだ。

「うんうん、祓魔師たちは〈地獄図書館ヘルライブラリ〉の司書君が禁書指定の幻術結界で足止めしてるからねぇ」

「――ッ!?」

 背後からの声に九十九は反射的に振り返った。地表に飛び出た巨大な木の根の上――そこに瞼を閉じた漢服の男が佇んでいた。

「もう北西の森林エリアは僕の『目』も入り込めない密閉地帯になっているよ。あの通信用宝貝パオペイが残っていれば状況も把握できたんだけどねぇ。他の仕掛けなんて一切してないのに壊すなんて、まったく酷い酷い」

 男――王虞淵はやれやれと言った様子で肩を竦める。その様子に、九十九は冷や汗を掻きつつ、ようやく重くなった口を開いて声を絞り出した。

ワンはん……なんでここにおるんえ?」

 身構えつつ、問う。
 王虞淵は唇を斜に歪め――

「そりゃあ、そろそろ裏切り者を始末しようと思ったからだねぇ」

 その一言で、九十九は言い逃れできないことを悟った。

「……いつから気ぃついて?」
「疑いは最初から。君が徒党を組もうと僕に提案してきた時からさ。確信に変わったのは図ったように僕の邸へワイアット・カーラの軍勢が襲撃してきた時。この僕から隠れて通信するなら、もう少し賢くやるべきだったねぇ」
「その『目』の宝貝か。こりゃミスったわぁ」

 学院に潜入している中で最も組織力があると判断して声をかけた〈蘯漾〉の首領だったが、やはりこの男は曲者だった。念のためワイアット・カーラの関係者との遣り取りは結界を張ってから行っていたが、あの程度では奴の『目』は欺けなかったということか。
 早々に潰しておきたかった。できれば最初の襲撃で。

「だったらなぜ、すぐに始末しなかったんえ?」
「君がワイアット・カーラに取り入ることで『全知書』に近づこうとした理由と基本は同じだねぇ。利用できるなら敵でもスパイでも利用する。君こそ、利用できそうだとはいえ、なぜワイアットの犬に成り下がろうと思ったのかな?」
「『全知書』を狙う連中を差し出せば『創世の議事録ジェネシス・レコード』を閲覧させてもらえる。そういう取引だったえ」
「うんうん、まあ、そんなところだろうねぇ」

 なにがおかしいのか王虞淵はクスクスと嗤っている。九十九とてワイアットが素直に閲覧させてくれるとは思っていない。用済みになれば処分されるとわかっている。
 ただ、近づくことはできる。近づければ奪い取れる。そのチャンスを掴むという意味では大会優勝を目標としている王虞淵たちと同じだろう。九十九はより確実性のある方を選択しただけに過ぎない。
 王虞淵が木の根から飛び降りる。

「さて、僕らが全滅するまで身を隠すつもりだったのだろう? だからもう――君に利用価値はない」
「チッ!」

 一斉に空中に『目』が開くと同時に、九十九は真横に飛んだ。一瞬遅れて無数の光線がさっきまで立っていた地面を蜂の巣に変える。
 九十九の頭に狐耳が飛び出し、九本の尻尾が腰から生える。

「そっちがその気ぃなら、あても容赦はせんえ!」
「うん、抵抗されると面倒だねぇ」

 光線と狐火が衝突し、森林に爆音と爆炎が広がった。

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