アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-110 霧の森

 ファリス・カーラは違和感を覚えていた。
 彼女たちのチームは砂漠を迂回する必要などなく、森を直進して南へと向かっていたのだが、どうも先程から同じ場所をぐるぐると回っているように思えてならない。
 時間的、移動した距離的にはまだ森の中にいても問題はない。だが、そろそろ中央エリアの湖が見えて来るはずだ。

「……妙だ」

 森には霧が立ち込めているが、視界が阻害されるほどではない。この程度で方向感覚が狂うなどあり得ないだろう。

「同意。結界系の魔術の作動が疑われます」
「どっかの誰かがロロたちを罠に嵌める気ですか?」
「わ~な~♪ 命知らずな野郎は~♪ 望み通り血肉を引き裂き天への供物にしてやるぜ~♪ それがおれのジャスティスファーッ!!」
「黙れです!? 敵に居場所がバレちまうです!?」

 他の三人も異変には気づいていたようだ。そうなるとファリスの気のせいではない。確実になにかの力が働いている。

「いや、これが結界だとすればとっくに我々の位置は知られているだろう。全員、周りに注意を――」

 言いかけたその時、目に見える速度で霧が濃くなっていった。視界を真っ白に埋め尽くす濃霧に毒はないようだが、その奥からのっそりと巨大な影が接近してくるのが見えた。
 人型だが、優に三メートルはある巨体だった。筋肉質な上半身に蝙蝠のような翼、頭部には水牛のごとく太い角が生え、全体的に黒い体色をしている。
 正体は問うまでもない。

「悪魔だと?」

 近くに幽崎・F・クリストファーがいるのだろうか。だとすれば結界を張った術者は奴が召喚した悪魔の可能性が高い。
 しかし、そう判断するのは早計だ。

「ズズズズズズゥ~♪ お~れ~の~前に現れやがった悪魔ちゃんめ~♪ いま~斬り刻んで~やるか~らそこを動くなイェアァアッ!!」
「待て、ディオン!?」

 ただでさえ高いテンションをさらに跳ね上げたディオンが悪魔に向かって飛びかかった。ファリスの静止の声も届かず、彼は濃霧の中に消えていく。

「発見。甲賀静流に王虞淵、次は仕留めます」

 と、後ろから地面を蹴る音。嫌な予感を覚えて振り向けば、ベッティーナがディオンとは反対方向に駆け去っていくところだった。

「戻れ! ベッティーナ!」

 やはり声は届かない。彼女が突進していく先には何者かの人影が複数揺らめいていた。それらは甲賀静流や王虞淵、さらには黒羽恭弥や九十九と言った目下の敵たちの姿をしていた。
 彼らが合流して襲撃してきた、とは思わない。そうなると非常に厄介ではあるが、ベッティーナが向かう先に不自然なほど戦力が集中し過ぎている。

「まずい」

 敵の狙いが読めてきた。このままファリスたちが散らばってしまえば状況は最悪だ。

「ロロ! 貴様はディオンを追――」

 ファリスはまだ残っていたロロに指示を出そうとしたが、彼女はツギハギだらけの人形を抱いたまま一点を凝視していた。
 ファリスも視線をそちらにやると、霧の向こうに一人の少女が立っていた。ストロベリーブロンドの長髪を白いリボンでツーサイドアップに結っている。おっとりと微笑むその姿は、霧に阻まれることなくハッキリと視認できた。

 その時点で不自然極まりない。
 だのに、ロロは頭に血が上ったように表情を怒りに染めてぬいぐるみを巨大化させた。

「見つけたですよ!! そんなところで呑気に笑ってやがんじゃねえです!! フレリア・ルイ・コンスタン!!」

 止める間などなかった。
 元より、今の彼女たちにファリスの声は聞こえないのだ。ディオンも、ベッティーナも、ロロも、それぞれが別の方向に姿を消してしまった。

「くっ」

 軽く目眩がする。自分ではない別のなにかが視界を、聴覚を、五感の全てを塗り替えていくような感覚に襲われる。

 そして、目の前。
 霧の中に、男性と思われるシルエットが浮かび上がった。術者かと思ったが、違う。あの男は、奴は、国際祓魔協会の聖王騎士パラディンであるファリス・カーラ自らが学院に入学してまで追ってくることになった――

「……いや」

 奴は確かにこちら側の世界に来ているが、このような場所にいるはずがない。

「幻惑だ」

 それも恐らく、対象者が最も渇望している敵の幻を出現させ、それに全意識を強制的に集中させてしまう類の強力な術だ。
 手足が動かない。いや、動くには動くが、眼前の敵と戦うことだけにしか命令を聞こうとしない。幻だと理解してもなお、ファリスの意識は次第に奴のことだけしか考えられなくなっていく。

 だから、舌を噛んだ。

 頭がハッキリし、重たい枷が外れたように手足が軽くなる。幻術を解除するには、こうやって自ら痛みを与えることが最も効果的だ。
 散り散りになったロロたちを探したいところだが――

「まずは、術者を始末する!」

 他人の意識から生まれた幻も視認できてしまうレベルの幻術。そこらの学生に使えるわけがない。
 今、生き残っている参加者の中でこのような幻術を得意とする術者は……一人だ。

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