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FILE-102 歌う祓魔師
中央エリア――南西の湖畔。
「なんじゃなんじゃ。汝ら九人も寄ってたかってその程度かや?」
アル=シャイターンは周りに倒れている生徒たちに凶悪な嘲笑を向けた。恭弥たちの襲撃で他の三チームが壊滅したことを悟った彼らは、『逃げる』という選択をせず『同盟』の交渉を行っていたのだ。そして締結間際にアル=シャイターンに突撃され、連携も機能しないままあっさり全滅したのだった。
正直言って、物足りない。
未成熟な魔術師が何人集まろうが悪魔の王たるアル=シャイターンの敵ではない。たとえ片腕分の力しかなかろうと、彼ら程度ならば蟻以下の存在だ。
契約さえしていなければ魂を喰らって物足りなさを埋めるところであるが……アル=シャイターンの最優先事項は契約者の願いを叶えること。多少の不満は我慢しよう。
「石は十五個。収穫としてはまあまあかのう。――いや」
アル=シャイターンは口の端を吊り上げ、森の奥の闇を見据える。
「ククッ、もう少し狩れるようじゃ」
刹那、森の奥から月光をギラリと反射する刃が飛んできた。アル=シャイターンは虫を払うように腕を振ってそれを弾く。掠り傷すらつかなかったが、触れてみて違和感を覚えた。
刃の正体は銀製の短剣。悪魔に効果的なダメージを与えられる祓魔の聖具だ。
「悪魔の~♪ 臭い~♪ くせぇくせぇ~♪ 穢れの気配~♪」
音程もなにもない、めちゃくちゃな歌が聞こえた。
「おれの~祓魔の力で~♪ キレイキレイしてやるぜ~♪」
ガサリ、となにかが飛び出す物音。
周囲ではなく、頭上。一本の木の中から、両腕に鉤爪のような武器を装着した少年が飛び出してきたのだ。目元が隠れるほど伸ばした灰色の前髪に、好戦的に吊り上がった唇。猫のような危なげない挙動でアル=シャイターンへと落下してくる。
「見覚えはない祓魔師じゃの」
アル=シャイターンの足下から禍々しい魔力が幾本もの触手となって天へと伸びた。踊りかかって対象を縊り殺す触手はしかし、銀の一閃で容易く切断された。
「おれが仕留める~♪ 悪魔の血は~♪ 何色だ~♪」
鉤爪が突き出される。だが、アル=シャイターンは避けない。その銀の刃を素手で掴み取り、ニィと悪魔的に嗤って打ち返すように祓魔師を蹴り飛ばした。
祓魔師の少年は身軽にも空中で身を捻って体勢を整え、木を蹴ってアル=シャイターンの目の前に音もなく着地した。
「おれは~ディオン・エルガー~♪ 悪魔の王の~名前を聞こう~♪」
「そこまで知っておるなら言う必要もなかろう?」
アル=シャイターンは軽く大地を踏みつける。
ゴァン!! と地面が爆発した。
「おおっ~と♪」
隆起し爆散する地面からディオンと名乗った祓魔師は飛び退いた。アル=シャイターンはその場を一歩も動かず、ジャンプして空中にいる敵を指差した。
瞬間、ドス黒い魔力の奔流が指先から放出された。
「我が主のようなガンドではないがの」
多少は〈フィンの一撃〉を真似たところもあるが、指を差すという行為は力の方向性を決める上でもわかりやすいというだけだ。
純黒の魔力は生命という生命を貪り喰らう。触れてもいないのに余波だけで周囲の木々が枯れ始めた。人間がまともに喰らって無事では済まない。
「これはやばい~♪ やばいから~♪ 邪を斬り祓え――〈無傷の聖剣〉♪」
ディオンの両手の鉤爪が白く輝いたかと思うと、アル=シャイターンの魔力流は彼だけを避けるように二つに割れ、やがて霧散した。
「……ほう」
アル=シャイターンは感嘆する。なにかしら対処はされると思っていたが、まさか無傷で防がれるとは意外だった。
――これは、なかなか面白いのう。
エッケザックス――ドイツの英雄叙事詩に登場する聖剣の名だ。巨人エッケが女王ゼーブルクから依頼を受けた際に与えられた武具の一つであり、数々の戦を無傷で戦い抜いたとされている。
よもや本物ではないだろうが、あの鉤爪には対悪魔の特攻以外にも『無傷で戦い抜いた』という伝承を魔術に昇華し編み込んでいるようだ。
「余裕~♪ 余裕~♪ その余裕~♪ 一体いつまで持つのでしょうか♪」
ディオンが着地と同時に地面を蹴る。コンマ数秒で切迫されたアル=シャイターンだったが――振るわれた〈無傷の聖剣〉に斬り刻まれることはなかった。
コンマ数秒など、遅い。
自分とディオンを中心に巨大な魔法陣が展開された。
「自ら火に飛び込むとは馬鹿な虫よのう!」
「その馬鹿な虫に~♪ お前は殺される」
「――なにッ!?」
アル=シャイターンはディオンの正気を疑った。普通なら護身のために回避しようとするはずだが、ディオンは躊躇わずアル=シャイターンに刃を振り翳す。
それが遅いということも知っているだろうに。
黒い爆発が湖の形を変えた。
噴煙が風に流される。
「かはっ」
血を吐いたのは、アル=シャイターンだった。
腹には銀の鉤爪が突き刺さり、貫通している。そしてその鉤爪を装着していた少年は――無傷でそこに立っていた。
「なるほどのう、そういうことじゃったか」
アル=シャイターンは自ら体を引いて刃を抜く。血が噴き出したが、ものの数秒で傷口は塞がった。
先程の魔力流の時も同じだ。
「その聖剣を持つ汝自身が『無傷』の恩恵を受けているわけじゃな」
楽しそうに、愉しそうに、娯しそうに、アル=シャイターンは笑う。久々に大暴れしても問題なさそうな敵が現れた。これが楽しくないわけがない。
「いえ~す♪ おれは無敵~♪ 無敵のディオン~♪ 悪魔の血の色~♪ 暗くてわかんね♪」
「じゃが、完全ではあるまい?」
問うが、ディオンはニヤリと口元に笑みを浮かべただけで答えない。
代わりに答えたのは別の声だった。
「ヒャハハ! その通り! 結局そいつの無敵はたったの一瞬だけだぜ」
森の中からなにかが突撃してくる。
「――ッ!?」
それは人の倍ほどの大きさをしたカマキリだった。瞬速で薙ぎ払われた鎌をディオンは鉤爪で弾き、続く二撃目を無傷化で防ぎ――三撃目、カマキリの死角から飛び出した白い金髪の少年が毒蛇を巻いた拳で殴りつけた。
毒蛇の悪魔が肩口に噛みついたままディオンは吹き飛び、数十メートルも転がって湖に落ちた。
アル=シャイターンは不愉快そうに眉を吊り上げ、ディオンをぶん殴った少年――幽崎・F・クリストファーを睨む。
「……小僧、邪魔をするでない。喰らうぞ?」
「てめぇこそ手ぇ出すな、アル=シャイターン。あの狂人野郎は俺の獲物だ」
どの口が『狂人』などとほざくか、とアル=シャイターンは言いかけたが、よく考えたら自分も含めて狂人しかこの場にはいなかった。
「なんじゃなんじゃ。汝ら九人も寄ってたかってその程度かや?」
アル=シャイターンは周りに倒れている生徒たちに凶悪な嘲笑を向けた。恭弥たちの襲撃で他の三チームが壊滅したことを悟った彼らは、『逃げる』という選択をせず『同盟』の交渉を行っていたのだ。そして締結間際にアル=シャイターンに突撃され、連携も機能しないままあっさり全滅したのだった。
正直言って、物足りない。
未成熟な魔術師が何人集まろうが悪魔の王たるアル=シャイターンの敵ではない。たとえ片腕分の力しかなかろうと、彼ら程度ならば蟻以下の存在だ。
契約さえしていなければ魂を喰らって物足りなさを埋めるところであるが……アル=シャイターンの最優先事項は契約者の願いを叶えること。多少の不満は我慢しよう。
「石は十五個。収穫としてはまあまあかのう。――いや」
アル=シャイターンは口の端を吊り上げ、森の奥の闇を見据える。
「ククッ、もう少し狩れるようじゃ」
刹那、森の奥から月光をギラリと反射する刃が飛んできた。アル=シャイターンは虫を払うように腕を振ってそれを弾く。掠り傷すらつかなかったが、触れてみて違和感を覚えた。
刃の正体は銀製の短剣。悪魔に効果的なダメージを与えられる祓魔の聖具だ。
「悪魔の~♪ 臭い~♪ くせぇくせぇ~♪ 穢れの気配~♪」
音程もなにもない、めちゃくちゃな歌が聞こえた。
「おれの~祓魔の力で~♪ キレイキレイしてやるぜ~♪」
ガサリ、となにかが飛び出す物音。
周囲ではなく、頭上。一本の木の中から、両腕に鉤爪のような武器を装着した少年が飛び出してきたのだ。目元が隠れるほど伸ばした灰色の前髪に、好戦的に吊り上がった唇。猫のような危なげない挙動でアル=シャイターンへと落下してくる。
「見覚えはない祓魔師じゃの」
アル=シャイターンの足下から禍々しい魔力が幾本もの触手となって天へと伸びた。踊りかかって対象を縊り殺す触手はしかし、銀の一閃で容易く切断された。
「おれが仕留める~♪ 悪魔の血は~♪ 何色だ~♪」
鉤爪が突き出される。だが、アル=シャイターンは避けない。その銀の刃を素手で掴み取り、ニィと悪魔的に嗤って打ち返すように祓魔師を蹴り飛ばした。
祓魔師の少年は身軽にも空中で身を捻って体勢を整え、木を蹴ってアル=シャイターンの目の前に音もなく着地した。
「おれは~ディオン・エルガー~♪ 悪魔の王の~名前を聞こう~♪」
「そこまで知っておるなら言う必要もなかろう?」
アル=シャイターンは軽く大地を踏みつける。
ゴァン!! と地面が爆発した。
「おおっ~と♪」
隆起し爆散する地面からディオンと名乗った祓魔師は飛び退いた。アル=シャイターンはその場を一歩も動かず、ジャンプして空中にいる敵を指差した。
瞬間、ドス黒い魔力の奔流が指先から放出された。
「我が主のようなガンドではないがの」
多少は〈フィンの一撃〉を真似たところもあるが、指を差すという行為は力の方向性を決める上でもわかりやすいというだけだ。
純黒の魔力は生命という生命を貪り喰らう。触れてもいないのに余波だけで周囲の木々が枯れ始めた。人間がまともに喰らって無事では済まない。
「これはやばい~♪ やばいから~♪ 邪を斬り祓え――〈無傷の聖剣〉♪」
ディオンの両手の鉤爪が白く輝いたかと思うと、アル=シャイターンの魔力流は彼だけを避けるように二つに割れ、やがて霧散した。
「……ほう」
アル=シャイターンは感嘆する。なにかしら対処はされると思っていたが、まさか無傷で防がれるとは意外だった。
――これは、なかなか面白いのう。
エッケザックス――ドイツの英雄叙事詩に登場する聖剣の名だ。巨人エッケが女王ゼーブルクから依頼を受けた際に与えられた武具の一つであり、数々の戦を無傷で戦い抜いたとされている。
よもや本物ではないだろうが、あの鉤爪には対悪魔の特攻以外にも『無傷で戦い抜いた』という伝承を魔術に昇華し編み込んでいるようだ。
「余裕~♪ 余裕~♪ その余裕~♪ 一体いつまで持つのでしょうか♪」
ディオンが着地と同時に地面を蹴る。コンマ数秒で切迫されたアル=シャイターンだったが――振るわれた〈無傷の聖剣〉に斬り刻まれることはなかった。
コンマ数秒など、遅い。
自分とディオンを中心に巨大な魔法陣が展開された。
「自ら火に飛び込むとは馬鹿な虫よのう!」
「その馬鹿な虫に~♪ お前は殺される」
「――なにッ!?」
アル=シャイターンはディオンの正気を疑った。普通なら護身のために回避しようとするはずだが、ディオンは躊躇わずアル=シャイターンに刃を振り翳す。
それが遅いということも知っているだろうに。
黒い爆発が湖の形を変えた。
噴煙が風に流される。
「かはっ」
血を吐いたのは、アル=シャイターンだった。
腹には銀の鉤爪が突き刺さり、貫通している。そしてその鉤爪を装着していた少年は――無傷でそこに立っていた。
「なるほどのう、そういうことじゃったか」
アル=シャイターンは自ら体を引いて刃を抜く。血が噴き出したが、ものの数秒で傷口は塞がった。
先程の魔力流の時も同じだ。
「その聖剣を持つ汝自身が『無傷』の恩恵を受けているわけじゃな」
楽しそうに、愉しそうに、娯しそうに、アル=シャイターンは笑う。久々に大暴れしても問題なさそうな敵が現れた。これが楽しくないわけがない。
「いえ~す♪ おれは無敵~♪ 無敵のディオン~♪ 悪魔の血の色~♪ 暗くてわかんね♪」
「じゃが、完全ではあるまい?」
問うが、ディオンはニヤリと口元に笑みを浮かべただけで答えない。
代わりに答えたのは別の声だった。
「ヒャハハ! その通り! 結局そいつの無敵はたったの一瞬だけだぜ」
森の中からなにかが突撃してくる。
「――ッ!?」
それは人の倍ほどの大きさをしたカマキリだった。瞬速で薙ぎ払われた鎌をディオンは鉤爪で弾き、続く二撃目を無傷化で防ぎ――三撃目、カマキリの死角から飛び出した白い金髪の少年が毒蛇を巻いた拳で殴りつけた。
毒蛇の悪魔が肩口に噛みついたままディオンは吹き飛び、数十メートルも転がって湖に落ちた。
アル=シャイターンは不愉快そうに眉を吊り上げ、ディオンをぶん殴った少年――幽崎・F・クリストファーを睨む。
「……小僧、邪魔をするでない。喰らうぞ?」
「てめぇこそ手ぇ出すな、アル=シャイターン。あの狂人野郎は俺の獲物だ」
どの口が『狂人』などとほざくか、とアル=シャイターンは言いかけたが、よく考えたら自分も含めて狂人しかこの場にはいなかった。
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