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FILE-101 湖畔の戦い
中央エリア――東の湖畔。
そこに陣取っていた敵チームに夜襲をかけた黒羽恭弥は、闇に紛れてまずは見張りをしていた男子生徒二人の意識を刈り取った。
気絶した二人から魔力結晶を回収する。その時に見覚えのある腕章が目に入った。
――学院警察か。
敵は敵だが、本命の敵の一つだった。一応まじめに大会に参加していたらしく、二人とも二つずつ魔力結晶を持っていた。どこかのチームと戦って倒した証左だ。
「襲撃!? 襲撃だ!?」
流石にこれ以上の隠密活動は不可能だった。そもそも見張りもテントを張っている陣地から目の届く距離だったわけで、多少の物音がしただけで気づかれてしまうのは必然だ。
「お前は探偵部の黒ば――」
それ以上は言わせずに懐に入り込み、恭弥は握った拳で強烈な一撃を腹部に叩き込んだ。男子生徒はくの字に曲がり、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
この場に陣取っていたのは四人。残り一人は――
「――森は怒っている」
詠唱のような言葉が聞こえた。
焚火の前で木製の長弓を構えている大柄な男子生徒がいた。恐らく彼がこの学院警察チームのリーダーだ。
みしみしと張り詰められた弓から三本の矢が射出される。ただの矢ではない。全体に霊気を纏わせたそれは、空中で豹の姿に変化して恭弥に襲いかかった。
豹は恭弥が纏う霊体のオーラと同質な存在――精霊だ。
「アフリカ系――狩猟採集民の魔術だな」
世界そのものとの一体感が強いアフリカ系狩猟採集民は、あらゆるものが魂を持ち、自分のことをよく知り気にかけてくれているという思想がある。彼らが友だと考える森はあらゆる生と死の源。その怒りに触れれば、森は豹を送り込んだり木を倒したりして人間を殺害するとされる。
彼はその豹精霊を使役している。精霊は普通の人間には目視できないが――
「見えていればなんのことはない」
恭弥は指を差す。飛びかかる豹精霊と男子生徒が一直線になるように。
ガンド魔術――〈フィンの一撃〉。
物理的威力の呪いが不可視の衝撃波となって奔る。地面を抉り、豹精霊を消し飛ばし、術者の男子生徒を紙切れのように吹き飛ばした。
「くっ……一時は協力した関係だろうが、お前たちを勝たせるわけにはいかん!」
長弓は真ん中から捻じ切られるように折れていたが、それでも彼は倒れたまま術式を発動させる。
左の森からは倒木が、右の湖からは水柱が同時に恭弥を挟撃してくる。これほどの自然を操れるのなら大したものだ。
だが、所詮は学生の程度。いろいろと粗さが目立つ。恭弥はそれらを全て掻い潜って接近し、軽めの〈フィンの一撃〉を放って男子生徒を気絶させた。
「……」
恭弥は神経を研ぎ澄ませて周囲を探る。五人目がいないことを警戒すべきだろうが、既に退場しているにせよ合流できていないにせよ、近くに人の気配は感じない。
これで恭弥の任務は達成である。
「ええい、つまらぬ! なぜわしを使わんのだ我が主お兄ちゃんめ!」
と、恭弥の体からチョコレート肌の少女がぬっとすり抜けるように飛び出してきた。不満そうに唇を尖らせる悪魔の王――アル=シャイターンは、本来霊体である体を具象・物質化させて両の足でしっかりと地面を踏み締めた。
「わかっているだろう? この程度の相手にお前の力は過剰だ」
「過剰なら加減すればよかろう? 問題はわしが面白いか面白くないかじゃ!」
お兄ちゃんは悪魔の気持ちをわかってないのう、とか言いながらやれやれと首を振るアル=シャイターン。やがて湖の先に視線を留め、ペロリと舌なめずりをした。
「確か、まだ二つほどチームが残っておったな?」
「待て、なにをする気だ?」
「ククッ、お兄ちゃんの仕事を減らしてやろうと言っておるのじゃ。こちらの戦闘には流石に気づいておるからの。もたもたしておると逃げられてしまうのじゃ」
当初から残り二チームに気づかれるのは計画の内だった。こちらの人数が少ない以上、逃げられることもやむを得ないと考えていた。そもそもすぐに倒す必要性はないのだ。
本来は一人一チーム撃破して撤退する予定だった。しかし、それではこのアル=シャイターンは納得しないだろう。いい加減に暴れ足りないストレスが爆発して面倒なことになっても困る。
ここは恭弥が折れることにした。
「……わかった。だが」
「殺すな、じゃろ? わかっておるわい。失格になどなっては汝の願いを叶えられぬからのう。では、ちょっと行ってくるのじゃ」
軽薄に手を振った途端、アル=シャイターンはチョコレート色の竜巻と化して湖を猛スピードで直進していった。
向こうのチームがせめて苦痛なく退場することを願う恭弥だった。
「……幽崎たちも終わったか?」
遠くから微かに聞こえていた爆撃音が止んでいる。ひとまずアル=シャイターンは放置し、恭弥は一時的な拠点に撤退しようと踵を返した。
そこで人の気配が降ってきた。
「あーっ!? やっぱりやられてた!? 私たちが狙ってたチームを!?」
「ちょっと待って! ここにいたのって学院警察のチームだったんでしょ? 彼一人で殲滅したっていうの!?」
「むむむ、強敵ね」
「どうせ不意を突いたからよ! 一人だったら囲んで終わりよ!」
空から四人の姦しい声。見上げると、星空を背景に四人の少女たちが近未来的な長杖に跨って浮かんでいた。全員がアニメキャラのようなド派手でフリフリな衣装を着込んでいる。
どこかで見覚えがあるようなないような……と恭弥が僅かに眉を顰めている間に四人は降下してきた。
「そうね。学院警察と戦って消耗してないわけないわ」
「リーダーはいないけど、私たち『コスプレ部』の敵じゃない!」
「一気に畳みかけるわよ!」
「ラジャラジャー!」
思い出した。大会開始直後に幽崎が仕留めた少女と似ている。恐らく彼女のチームメイトたちだろう。
報復に来た、というわけではない。ただ単に獲物を横取りした恭弥を叩き潰そうとしている様子だ。
「逃げられると思わないことね!」
四人が恭弥を囲んで杖を翳す。魔力が杖の先端に集中して強烈に輝き始めた。
その時――
「『THE STAR』――『星』の正位置。希望。理想。奇跡。先を見据え、我が道を照らす標とならん!」
唱えるような声と共に、森の中から恭弥たちの上空に複数のカードが飛び出した。カードは星の輝きを纏い――
「「「「えっ?」」」」
声を揃えてポカンとするコスプレ部員たちの頭上へとその光を降り注いだ。
悲鳴が重なり、四人は同時に焦げ臭い煙を噴いて倒れた。ピクピクと痙攣しているから死んではいないだろう。
「ふふん、いつから彼が一人だと思っていたのかしら?」
森の中から自慢げに自慢できない胸を張って金髪の少女が歩み出てきた。今日一日合流できなかった恭弥のチームメイト――レティシア・ファーレンホルストだ。
偽物でも幻術でもない。彼女は本物だ。
「やっと会えたわ、恭弥」
「レティシア、無事でよかった」
僅かに青い瞳を潤ませて微笑むレティシアに恭弥も安心した。彼女も術者としては高レベルだ。そこまで心配する必要はなかったが、それでもやはり仲間が危険な状況というのは恭弥といえど不安を掻き立てる。いや、一度仲間を失った恭弥だからこそ、なのかもしれない。
「よくここがわかったな?」
「『目』が教えてくれたのよ」
「『目』だと?」
レティシアがなにを言っているのか恭弥にはピンと来なかった。どうやら理解できていないのは当人も同じようで、混乱した様子のまま状況を説明してくれた。
「あたしもよくわかんないけど、森の中に隠れてたらいきなり『目』としか言えない気持ち悪い変なのが現れたの。敵かと思って攻撃しようとしたらなんか映像を見せてくれて、そこに戦ってる恭弥たちが映ってたってわけ」
「……その『目』はどうなった?」
「いつの間にか消えていたわ。たぶん、敵じゃなかったのね」
だいたい予想はできる。今は敵ではないが、エルナが調べてくれた中で『目』に関する術式――いや、宝貝を使用する術者が一人だけいた。奴は恐らく今この瞬間もどこかで様子を眺めているに違いない。
とりあえず心の中だけで感謝しておこう。
「甲賀と幽崎もそろそろ敵チームを撃破して戻る頃だ。合流するぞ」
「うん、わかったわ」
レティシアはどこか嬉しそうに頷くと、踵を返した恭弥の横に並んだ。
そこに陣取っていた敵チームに夜襲をかけた黒羽恭弥は、闇に紛れてまずは見張りをしていた男子生徒二人の意識を刈り取った。
気絶した二人から魔力結晶を回収する。その時に見覚えのある腕章が目に入った。
――学院警察か。
敵は敵だが、本命の敵の一つだった。一応まじめに大会に参加していたらしく、二人とも二つずつ魔力結晶を持っていた。どこかのチームと戦って倒した証左だ。
「襲撃!? 襲撃だ!?」
流石にこれ以上の隠密活動は不可能だった。そもそも見張りもテントを張っている陣地から目の届く距離だったわけで、多少の物音がしただけで気づかれてしまうのは必然だ。
「お前は探偵部の黒ば――」
それ以上は言わせずに懐に入り込み、恭弥は握った拳で強烈な一撃を腹部に叩き込んだ。男子生徒はくの字に曲がり、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
この場に陣取っていたのは四人。残り一人は――
「――森は怒っている」
詠唱のような言葉が聞こえた。
焚火の前で木製の長弓を構えている大柄な男子生徒がいた。恐らく彼がこの学院警察チームのリーダーだ。
みしみしと張り詰められた弓から三本の矢が射出される。ただの矢ではない。全体に霊気を纏わせたそれは、空中で豹の姿に変化して恭弥に襲いかかった。
豹は恭弥が纏う霊体のオーラと同質な存在――精霊だ。
「アフリカ系――狩猟採集民の魔術だな」
世界そのものとの一体感が強いアフリカ系狩猟採集民は、あらゆるものが魂を持ち、自分のことをよく知り気にかけてくれているという思想がある。彼らが友だと考える森はあらゆる生と死の源。その怒りに触れれば、森は豹を送り込んだり木を倒したりして人間を殺害するとされる。
彼はその豹精霊を使役している。精霊は普通の人間には目視できないが――
「見えていればなんのことはない」
恭弥は指を差す。飛びかかる豹精霊と男子生徒が一直線になるように。
ガンド魔術――〈フィンの一撃〉。
物理的威力の呪いが不可視の衝撃波となって奔る。地面を抉り、豹精霊を消し飛ばし、術者の男子生徒を紙切れのように吹き飛ばした。
「くっ……一時は協力した関係だろうが、お前たちを勝たせるわけにはいかん!」
長弓は真ん中から捻じ切られるように折れていたが、それでも彼は倒れたまま術式を発動させる。
左の森からは倒木が、右の湖からは水柱が同時に恭弥を挟撃してくる。これほどの自然を操れるのなら大したものだ。
だが、所詮は学生の程度。いろいろと粗さが目立つ。恭弥はそれらを全て掻い潜って接近し、軽めの〈フィンの一撃〉を放って男子生徒を気絶させた。
「……」
恭弥は神経を研ぎ澄ませて周囲を探る。五人目がいないことを警戒すべきだろうが、既に退場しているにせよ合流できていないにせよ、近くに人の気配は感じない。
これで恭弥の任務は達成である。
「ええい、つまらぬ! なぜわしを使わんのだ我が主お兄ちゃんめ!」
と、恭弥の体からチョコレート肌の少女がぬっとすり抜けるように飛び出してきた。不満そうに唇を尖らせる悪魔の王――アル=シャイターンは、本来霊体である体を具象・物質化させて両の足でしっかりと地面を踏み締めた。
「わかっているだろう? この程度の相手にお前の力は過剰だ」
「過剰なら加減すればよかろう? 問題はわしが面白いか面白くないかじゃ!」
お兄ちゃんは悪魔の気持ちをわかってないのう、とか言いながらやれやれと首を振るアル=シャイターン。やがて湖の先に視線を留め、ペロリと舌なめずりをした。
「確か、まだ二つほどチームが残っておったな?」
「待て、なにをする気だ?」
「ククッ、お兄ちゃんの仕事を減らしてやろうと言っておるのじゃ。こちらの戦闘には流石に気づいておるからの。もたもたしておると逃げられてしまうのじゃ」
当初から残り二チームに気づかれるのは計画の内だった。こちらの人数が少ない以上、逃げられることもやむを得ないと考えていた。そもそもすぐに倒す必要性はないのだ。
本来は一人一チーム撃破して撤退する予定だった。しかし、それではこのアル=シャイターンは納得しないだろう。いい加減に暴れ足りないストレスが爆発して面倒なことになっても困る。
ここは恭弥が折れることにした。
「……わかった。だが」
「殺すな、じゃろ? わかっておるわい。失格になどなっては汝の願いを叶えられぬからのう。では、ちょっと行ってくるのじゃ」
軽薄に手を振った途端、アル=シャイターンはチョコレート色の竜巻と化して湖を猛スピードで直進していった。
向こうのチームがせめて苦痛なく退場することを願う恭弥だった。
「……幽崎たちも終わったか?」
遠くから微かに聞こえていた爆撃音が止んでいる。ひとまずアル=シャイターンは放置し、恭弥は一時的な拠点に撤退しようと踵を返した。
そこで人の気配が降ってきた。
「あーっ!? やっぱりやられてた!? 私たちが狙ってたチームを!?」
「ちょっと待って! ここにいたのって学院警察のチームだったんでしょ? 彼一人で殲滅したっていうの!?」
「むむむ、強敵ね」
「どうせ不意を突いたからよ! 一人だったら囲んで終わりよ!」
空から四人の姦しい声。見上げると、星空を背景に四人の少女たちが近未来的な長杖に跨って浮かんでいた。全員がアニメキャラのようなド派手でフリフリな衣装を着込んでいる。
どこかで見覚えがあるようなないような……と恭弥が僅かに眉を顰めている間に四人は降下してきた。
「そうね。学院警察と戦って消耗してないわけないわ」
「リーダーはいないけど、私たち『コスプレ部』の敵じゃない!」
「一気に畳みかけるわよ!」
「ラジャラジャー!」
思い出した。大会開始直後に幽崎が仕留めた少女と似ている。恐らく彼女のチームメイトたちだろう。
報復に来た、というわけではない。ただ単に獲物を横取りした恭弥を叩き潰そうとしている様子だ。
「逃げられると思わないことね!」
四人が恭弥を囲んで杖を翳す。魔力が杖の先端に集中して強烈に輝き始めた。
その時――
「『THE STAR』――『星』の正位置。希望。理想。奇跡。先を見据え、我が道を照らす標とならん!」
唱えるような声と共に、森の中から恭弥たちの上空に複数のカードが飛び出した。カードは星の輝きを纏い――
「「「「えっ?」」」」
声を揃えてポカンとするコスプレ部員たちの頭上へとその光を降り注いだ。
悲鳴が重なり、四人は同時に焦げ臭い煙を噴いて倒れた。ピクピクと痙攣しているから死んではいないだろう。
「ふふん、いつから彼が一人だと思っていたのかしら?」
森の中から自慢げに自慢できない胸を張って金髪の少女が歩み出てきた。今日一日合流できなかった恭弥のチームメイト――レティシア・ファーレンホルストだ。
偽物でも幻術でもない。彼女は本物だ。
「やっと会えたわ、恭弥」
「レティシア、無事でよかった」
僅かに青い瞳を潤ませて微笑むレティシアに恭弥も安心した。彼女も術者としては高レベルだ。そこまで心配する必要はなかったが、それでもやはり仲間が危険な状況というのは恭弥といえど不安を掻き立てる。いや、一度仲間を失った恭弥だからこそ、なのかもしれない。
「よくここがわかったな?」
「『目』が教えてくれたのよ」
「『目』だと?」
レティシアがなにを言っているのか恭弥にはピンと来なかった。どうやら理解できていないのは当人も同じようで、混乱した様子のまま状況を説明してくれた。
「あたしもよくわかんないけど、森の中に隠れてたらいきなり『目』としか言えない気持ち悪い変なのが現れたの。敵かと思って攻撃しようとしたらなんか映像を見せてくれて、そこに戦ってる恭弥たちが映ってたってわけ」
「……その『目』はどうなった?」
「いつの間にか消えていたわ。たぶん、敵じゃなかったのね」
だいたい予想はできる。今は敵ではないが、エルナが調べてくれた中で『目』に関する術式――いや、宝貝を使用する術者が一人だけいた。奴は恐らく今この瞬間もどこかで様子を眺めているに違いない。
とりあえず心の中だけで感謝しておこう。
「甲賀と幽崎もそろそろ敵チームを撃破して戻る頃だ。合流するぞ」
「うん、わかったわ」
レティシアはどこか嬉しそうに頷くと、踵を返した恭弥の横に並んだ。
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