アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-91 チーム『特待生』

 場所は北東。岩山エリアに近い森の中。
 大会に参加している第三階生プラクティカスの青年は必死な形相で道なき道を駆けていた。
 なにかから逃げるように。捕まったら終わりだとでも言うように。

「くそっ、なんでだ!? あいつらなんでなんだ!?」

 悪態が漏れる。開始地点に味方が誰もいなかったことには戸惑ったが、それはどこのチームも同じだ。青年は捜索系の魔術を得意としている。仲間との合流は時間の問題だった。
 そう思っていた。
 ついさっきまでは。
 消音魔術の施された一発の魔弾・・が彼の足を撃ち抜いた。

「あがっ!?」

 悲鳴を上げて地面を転がる。慌てて撃ち抜かれたと思った足を見ると、血も流れていなければ弾痕もない。ただ麻痺したように感覚が消滅しており、もはやその足で地面に立つことはできないと悟った。
 鬱蒼と繁った森の中で的確に獲物の足を狙撃した腕は感嘆物だが、彼には敵を賞賛するような余裕などない。

 複数の足音が近づいてくる。彼は動けない。もう詰んでいる。
 せめて一矢報いようと思い風系統の射出魔術を発動させるが――それは敵に届く前に打ち消されたように力なく霧散してしまった。

「えっ……」

 唖然としたのも一瞬、這ってでも逃げようとした彼の前方を炎の壁が塞いだ。そしてトドメと言わんばかりに頭上から筋肉質な大男と小柄な少女が降ってくる。完全に囲まれてしまった。

「無駄な抵抗はするだけ時間の無駄だと思わないかい?」

 森の奥から金髪の美少年と魔女帽子を被った少女が現れる。その辺の木にはコサック帽の女も隠れているはずだ。

「冗談じゃないっ!?」

 青年は思わず叫んだ。

「お前ら、なんで!?」

 参加者たちはフィールドの各地にランダムで転送されたはずだ。なのに、青年を襲ってきたこのチームだけはなぜか最初から五人全員が揃っていた。

「簡単な話さ。大会が始まってから戦い始めた君たちが遅かっただけのこと」

 金髪の美少年が冷徹に告げる。
 グラツィアーノ・カプア。特待生ジェレーターとはいえ、入学して間もない新入生に手も足も出なかった。どれほど己惚れて大会に参加していたのか思い知らされた。
 よく見れば、他の連中も新入生の特待生ジェレーターたちだ。

「悪いな」

 大男――ランドルフ・ダルトンが青年を羽交い絞めにして持ち上げる。すると小柄な少女――孫曉燕が素早く魔力結晶を探し出して奪い取った。



「ぶー、つまんない。これじゃシャオたちが弱い者イジメしてるみたいじゃん」

 青年が魔力結晶喪失によって発動する転移魔術で強制送還されたのを見届けると、曉燕が不満そうに唇を尖らせた。正義感の強いランドルフも人間狩りのようなやり方をあまり面白く思っていないようだ。

「この大会はどう考えても正々堂々の部類じゃない。ボクたちは五人揃ってスタートを切れた。そのアドバンテージを生かして初日から攻勢に出るのは王道だね」

 魔女の帽子と黒マントの少女――ユーフェミア・マグナンティが淡々とした口調で諭すように言う。
 グラツィアーノが爽やかに微笑んだ。

「まあ、僕たちはどこかの誰かさんたちみたいに優勝が狙いで出場したわけではないからね。ただ自分たちがどこまでやれるのか。この大会でどこまで成長できるのか。そういった腕試しの意味合いが強い。集団で一人を嬲るような真似が気に入らないのもわかるよ」

 どこかの誰かとはグラツィアーノからしてみれば言わずもがなだが、その辺の事情とは無関係の四人は疑問符を浮かべるだけだった。

 グラツィアーノたちがバラバラに転送されなかった理由――それは大会開始直前、参加チケットの術式を数秘術で解析したからだ。
 座標移動先に到達する前に必ずある一点を通過するような仕組みに気づいたグラツィアーノは、チームメイト全員の術式をその中継地点を逸れるように書き換えた。だから誰も散り散りになることはなく、誤差はあったが全員が近くに転送されたのだ

「おい、ボクは優勝したいぞ。あの賞金があればどれほど研究が進むか」
「俺も思うところはあっても異論はない。これはそういうゲームだ。出場したからには優勝を目指す。当然だろう」
「シャオだって勝ちたいよ!」

 仲間たちがそれぞれの思いを口にした。グラツィアーノもできれば優勝して『創世の議事録ジェネシス・レコード』とやらの閲覧権を手に入れたいと思っている。
 誰か一人でもこのやり方に断固反対ならチームは違う意味でバラバラだっただろう。

「全員注意しろ! 敵だ!」

 どこかの木の中に身を潜めているオレーシャが鋭い声で警告する。
 そして、発砲。
 消音魔術の利いた狙撃が敵を捉える。
 キィン! 打ち弾いたような金属音が斜め上空から聞こえた。

「やはりあの気配は曉燕殿たちでござったか!」

 口元を隠したロングマフラーをはためかせ、両手に日本刀を握ったポニーテールの少女がムササビのように跳躍してきた。

「アハッ! ござるんだ!」
「これは少々、面倒なのが釣れてしまったようだね」
「いいじゃないか。早速リベンジできる。流石に三度目は負けられないね!」
「誰だ?」

 四人が見上げてそれぞれの反応をする。曉燕とユーフェミアは歓迎するように好戦的な笑みを浮かべ、彼女を知らないランドルフは眉を顰めていた。

 甲賀静流。

 探偵部のチームで出場していたのは知っていたが、これほど早く遭遇する可能性は低いとグラツィアーノは考えていた。
 彼女は特待生ジェレーターではないが、実力はオレーシャとユーフェミアと曉燕が三人纏めて戦っても勝利できなかったと聞いた。チームワークなど皆無だった頃だからとも言えるが、五対一で確実に勝てる相手とは言い難い。勝てたとしても、始まったばかりで壊滅的なダメージを受けることは必至だろう。
 かと言って、こちらが有利なこの状況で退くという選択も愚策。黒羽恭弥たちと合流してしまえばそれこそ手に負えない。
 曉燕とユーフェミアはやる気だ。

「全員戦闘態勢! ただし、いつでも撤退できるように!」

 グラツィアーノは大きく後ろに跳んで数字を纏った。司令塔として全体を俯瞰し解析する。

 勝利の好機を逃さないために。
 あるいは退き際を見極めるために――。

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