アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-86 創立魔道祭開幕

 生徒会、学院警察、そして祓魔師たちによる中国マフィア〈蘯漾トウヨウ〉の豪邸襲撃から数日が経過した。

 彼らが再び襲撃してくることはなかった。こちら側の戦力は大幅に減らされてしまったが、向こうの主戦力である祓魔師たちの実力を知れたことは大きい。恭弥たちは傷を癒し、来る創立魔道祭の大会に向けて各々の魔術をより洗練させていた。

 次は遅れを取らないように。
 誰の犠牲も出さないように。
 確実に優勝を掴み、『創世の議事録ジェネシス・レコード』の閲覧権を手に入れる。
 そうすれば、目的である『全知の公文書アカシック・アーカイブ』への到達もずっと近づくはずだ。

 そして――創立魔道祭の開催日。
 恭弥たちは探偵部の部室である旧学棟に集合していた。

「準備は万端って感じだな。どうだ大将、自信はあるか?」
「さあな。自信があってもなくても、勝つだけだ」
「自信満々じゃねえか」

 土御門が苦笑する。恭弥は負けるつもりなど微塵もないが、相手は聖王騎士の称号を持つ祓魔師だ。先日での戦いでも思い知ったが、百パーセント勝てる相手という保証はない。
 それに――

「今回はわしもたっぷり寝たからの。我が主がわしの力を使わずとも、勝手に暴れてやるのじゃ。ククク」

 チョコレート色の肌をした幼女が妖艶に足を組んで机に腰かけた。この妙にやる気になっている悪魔の王――アル=シャイターンの制御だけで力尽きないようにしなければ、と思うと今から頭が痛い恭弥である。
 白愛が壁掛けの時計を見る。

「そろそろ始まる時間ですけど、大会の会場にはまだ行かなくてもいいのですか?」
「どこにいてもいいらしいわ。この魔術印の刻まれた参加チケットを持っていれば勝手に転送してくれるそうよ」

 レティシアがカードを摘まむように一枚の護符を取り出した。護符には複雑な魔法陣が書かれており、時間が近づいてきたからか薄ぼんやりと輝いている。

「幽崎の野郎が来てねえけど、別にここにいなきゃならねえってわけじゃないのな」
「そういうこと。罠の可能性も疑ってみたけど、妙な術式は仕込まれてなかったわ」

 あのチケットは今朝、参加者の自宅に直接注意事項と共に配達されていた。白愛たちが知らなかったのも無理はない。

「転送はランダムではなく、規則的な座標移動のようです」

 アレクが片眼鏡の位置を治しながら口を開く。

「この場に集まっている皆様は問題ありませんが、離れている幽崎様は転送先の座標が遠くなってしまう可能性はありますね。どうやら参加する他のチームもだいたい一ヶ所に固まっているようです」
「離れ離れになると不利ですからねー。はむはむ」
「お嬢様、その手に持っている物は?」
「チョコバナナですー」
「……いつの間に」

 片手で持てる限界のチョコバナナを幸せそうに頬張るフレリアに、アレクは諦めたような溜息をついた。これから数日間戦場で過ごすのだ。今回は買い食いを見逃すことにしたのだろう。

「まあ、別にいいわよ。ここに幽崎がいたって不愉快になるだけでしょ」

 肩を竦めるレティシア。本人が訊いたら逆にテンション上げてもっと嫌悪されるようなことを言ってきそうだが……本当にいなくてよかった。

「ハッ! チーム戦ということは……」

 部屋の隅で日本刀を手入れしていた静流がバッと顔を上げた。「どうしたんですか?」と一番近くにいた白愛が眉を顰めて訊ねると――

「よく考えたらこの大会で拙者は師匠と戦えないでござる!?」
「そこに今気づくとは、やるわね静流さん」
「今まではなんだと思っていたんだ……」

 がっかりと肩を落とした静流は、恐らく大会=『みんなで勝負』という認識だけだったのだろう。

「むう……師匠と勝負できないのは残念でござるが、あの祓魔師の者とはもう一度手合わせしたいでござるな」
「できれば会いたくないわよ。でも、あのちみっ子は今度会ったらとっちめてやるわ!」

 先日の戦いで彼女たちにも因縁の相手ができたようだ。レティシアなんかは次こそ勝つために部室に顔も出さずカードマジックの研究をしていたくらいだ。

 と、部屋の窓に一羽のカラスが舞い降りて来た。

(状況がはっきりしたわ)

 カラス――エルナ・ヴァナディースは、今朝から大会参加者たちの情報を収集するために都市中を飛び回っていたのだ。

(大会に参加するチームは全部で二十四。そのうち、学院警察で編成されたチームが三。ワイアット・カーラの息がかかっていると思われるチームが五。近衛隊の祓魔師チームは一チームだけだったわ)

 敵は合計九チーム。一般参加も敵と言えば敵だが、警戒の優先度は低い。それより祓魔師が一チームだけということは、ワイアットの近衛隊はファリスたちだけということか。

「俺たちの方は?」
(先日の襲撃で生き残っていたのは五チームだけよ。私たちと〈蘯漾トウヨウ〉と〈ルア・ノーバ〉、秘密結社〈グリモワール〉に〈地獄図書館ヘルライブラリ〉の司書を入れた混成チーム、それと〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉ね)
「〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉は棄権したので、味方は四チームだけですか……」

 白愛が表情を暗くする。〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉は子供ばかりだし、三人しかいなかった。白愛と土御門を加えれば参加可能人数に達するが、それは流石に認められない。

(向こうもどういうわけか生徒会は出場しないようね。残りは一般参加のチームだと思うけれど、そちらも油断しない方がいいわ)
「無関係のチームが優勝しちゃったら困りますもんねー。ぱくぱく」
「お嬢様、それは?」
「フライドポテトですー」
「……どこから」

 外はお祭り騒ぎでそこら中に露店も出ている。一体フレリアはアレクの目を盗んでどれだけ買い食いしたのかもう計り知れなかった。

「あたしたちもなにか食べよっか。せっかくのお祭りだし」
「そうですね。私、買ってきます」

 そうして恭弥たちも白愛が近場の露店で買ってきたジャンクフードで腹ごしらえをすると、参加チケットの護符が強い輝きを放ち始めた。

「時間ね」

 レティシアが席を立つ。釣られるように恭弥たちも荷物を持って立ち上がった。

「みなさん、頑張ってくださいね」
「負けて帰ってくんじゃねえぞ」
「それではお嬢様、また後程。くれぐれも無茶はしないようにお願い致します」

 三人の見送りの言葉を受け止め、恭弥たちは護符を手前に翳す。光はさらに強くなり、既に恭弥たちを覆い隠すほどの光量になっていた。

「行くぞ」

 恭弥が一言告げ、大会に参加する探偵部五人は大会の会場へと転送された。

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