アカシック・アーカイブ
FILE-73 レティシア・ファーレンホルスト
レティシア・ファーレンホルストが両親と最後に会話したのは、今から丁度一年前のことだった。
それも直接顔を合わせたわけではなく、テレビ電話での一報だった。
『レティ、驚け。パパたちは大変な発見をしてしまった!』
父親はとても高揚していて、まるで歳が二十も三十も若返ったようにはしゃいでいた。
「大変な発見? 新しい占術でも編み出したの?」
『そういうのとは違うわ。占術なんかよりもっと凄い。未来を知ることができるかもしれないの』
母親も父親同様に興奮していた。二人とも総合魔術学院で教師をしているというのに、その感動を娘にどう伝えたらいいかうまく言葉が出ない様子だ。
「未来って……なによ、結局占術じゃない」
そのくらいならレティシアにだってできる。
『占術はあくまで未来の可能性を示すものよ。私たちが見つけたのはね、現在過去未来の確定されたあらゆる知識を知る方法なの』
「馬鹿馬鹿しいわ。アカシック・レコードにでも接続できるようになったわけ?」
レティシアは鼻で笑った。とんだ妄想だと思った。学院の研究室に籠りっ切りで、ファーレンホルストの家には滅多に帰らないし連絡もしない両親だ。研究のし過ぎでついに幻覚でも見えたのかもしれない。悪い意味で魔術師らし過ぎる二人には、現当主の祖父も頭を抱えていた。
それでも、レティシア自身は両親のことを愛している。両親もレティシアを愛しているだろう。
だが、長年娘を放ったらかしにしているため不信感が積り、レティシアは十歳の頃からやや反抗期気味になっていた。
『アカシック・レコードか……うん、近い! いや、まさにその通りかもしれないな!』
「は?」
父親に指を差されて『正解』と言われ、レティシアは虚を突かれた。
『「全知の公文書」という魔導書が学院のどこかに存在しているんだ。夢物語じゃないぞ。最奥学区で見つけた確かな筋の情報だ。恐らく学院の創立者たちが作った物だろう。今は失われたとされているが、基本的に魔導書の破壊は不可能だ。全知書は必ずある!』
魔導書とはそれ自体が強力な魔力と結界を作り出し半永久的に守られている。処分することができるとすれば、それは魔導書を書いた本人だけだ。
『いいか、レティ。全知書が見つかれば世界は一変する。今世界が抱えている数々の問題が解決するかもしれないんだ! ファーレンホルストで所有しても構わないが、それでは世界にとって損失だ! パパたちはこれを公表しようと思う!』
『時期が来ればあなたにも手伝ってもらうことになるかもしれないわ』
母親の言葉を聞いた途端、レティシアの心臓がトクンと跳ねた。
手伝ってもらう。
それはつまり。
時が来れば、レティシアは両親と一緒に暮らせるようになるということだ。
「ま、まあ、ママたちがどうしてもって言うなら手伝ってあげてもいいわよ」
『全知の公文書』なんてどうでもいい。また昔みたいに家族が揃うのなら、レティシアはファーレンホルストの家を飛び出したって構わない。
そう思っていた。
そう祈っていた。
そう願っていた。
けれど――
両親はもう二度と、レティシアに連絡をしてくることはなかった。
☆★☆
「あたしが知ってるのは、パパたちが『全知の公文書』のことを知って、それを世間に公開した後で行方不明になったってことだけよ」
明け方、コンスタン邸に帰還した恭弥たちは、眠らずに待ってくれていたレティシアたちに調査結果の情報共有を行った。
当然、オズウェルが最後に教えてくれた情報についても包み隠さず話した。レティシアが肯定したことでその情報が真実だということもわかった。
「もう隠す意味なんてないから言うけど、あたしのバックにはなにもないわ。一人で学院に来て、一人で『全知の公文書』を探すつもりだったの」
それについてなら恭弥はとっくに感づいていた。レティシアはなにかの組織の命令で動いている感じではなかったからだ。
「じゃあレティシアさんは、行方不明になったご両親を見つけるために『全知の公文書』を……?」
「そんなところよ。探してる最中に判明すればよし。そうじゃなかったら全知に頼るってわけ」
「まだ生きている可能性があると思っているのか?」
恭弥ははっきりと残酷なことを訊く。デリカシーに欠けると言われそうだが、レティシアがいもしない両親の幻想に捉われているのならこの先が不安になる。
レティシアは首を横に振った。
「半々、いえ、もう絶望的かしら。学院の歴史を聞くまではもしかしたらって思ってたけど、もうとっくに消されている可能性の方が高いわね。だけど、何度占っても結果は判定不能だったわ。だからはっきりするまでは生きてるって信じたい」
両親が既に死亡している場合の覚悟はできている。レティシアの空色の瞳は幻想など見ていなかった。
(もしもの話だけれど……最悪の結果だったらどうするつもり? 学院に復讐でもする?)
エルナが言葉を選びつつ問う。レティシアは少し考えるように瞑目し、やがてなにかを諦めたような弱々しい声で答えた。
「そうね……そこまでするつもりはないわ。パパとママは禁忌に触れたの。そうなったって仕方のないことをしでかした。だから、あたしはどんな結果でも受け入れるわ」
口ではそう言っているが、少し涙ぐみそうだった彼女の表情からは心が納得していない様子が丸わかりだった。納得しているのなら同じ禁忌に触れることなどないはずだ。
――つまらんのう。そこは復讐心に駆られてもらわんとわしが美味しくないのじゃ。
恭弥の中で話を聞いていたらしいアル=シャイターンが不満そうにぼやいた。
――じゃが、汝よりは人間として強いのかもしれぬな。
黙れ、と恭弥は心の声で一喝する。恭弥の家族の死は理不尽なものだった。そうなってもおかしくない原因があったわけではないのだ。こればかりは解き明かして叩き潰さなければ恭弥の気が晴れない。
いくらガンドで制御しようと消えることのない心だ。
――それもまた人間じゃ。汝はまだ人間じゃ。わしは汝の方が好きじゃよ。
それっきりアル=シャイターンの声は聞こえなくなった。悪魔に好かれたって嬉しくもなんともない。
「あーもう! 暗い! 重い! あたしのことはもういいでしょ! それよりなんだっけ? そうそう、創立魔道祭のことについて話しましょう!」
沈んだ空気を跳ね除けるようにレティシアが空元気に叫んだ。これ以上掘り返す気は恭弥にはないし、それは周りも同じだろう。
「そうだな。レティシアちゃんを問い詰めたってなーんも意味ねえしな」
「清正殿は学院警察を上手く撒けたでござるか? これより先の話は、もし尾けられてたらまずいでござろう?」
「お? 静流ちゃんオレっちの華麗なる武勇伝聞きたい? 聞きたいよね? よーし話すぞアレは大将たちと別れてすぐのことで――」
なんかやたらと泥まみれになっていた土御門が得意気に語り始めた。
その時――
「できましたー!」
勢いよくリビングの扉が開け放たれ、ストロベリーブロンドの少女が達成感溢れる笑顔で入ってきた。彼女の後ろから執事服の青年も続いてくる。
フレリア・ルイ・コンスタンはマンホールほどの大きさをした金属板を両手で抱えていた。金属板にはルーン文字がびっしりと刻まれており、中央には緑色に輝く宝石らしき物体が埋め込まれている。
「空間制御系のルーンを刻んだ錬金装置ですー。試作品ですけど、精霊さんの力を増幅させることができると思いますー」
その錬金装置をテーブルの上にゴトリと置く。その音だけでとてつもない重量感があったのだが……フレリアの細腕で普通に持ち上げられる程度ではあるまい。
黒猫のエルナがテーブルに飛び乗って錬金装置を検分する。
(凄いわね。まさか一晩で作り上げるなんて)
「えへへ、設計が少し大変でしたー。もう朝だったんですねー。どうりで眠くなってむにゃむにゃすやぁ……」
「寝た!?」
喋りながらテーブルに突っ伏したフレリアにレティシアがぎょっとする。完全に寝落ちた主人を、アレクがやれやれと言いたげな苦笑でお姫様抱っこする。
「皆さんもお疲れでしょう。打ち合わせは一度お休みになられてからの方がよろしいかと存じます」
そう提案してくるアレクに、今からまさに今後の会議を始めようとしていたレティシアは一瞬だけ唇を尖らし――
「そうね……今の気分だと全然頭回んないし、そうしましょう」
「賛成です。安心したら、私も眠くなってきました」
ふわ、と白愛も小さく欠伸した。これから寮に戻るのも大変なので、とりあえず全員コンスタン邸で休むことになった。
「……あの、オレの武勇伝は?」
「それでしたら土御門様が永眠なされた後でお聞きしましょう」
「聞く気ねえし!?」
話の腰をバッキバキに折られた土御門だけが納得いかない様子だった。
それも直接顔を合わせたわけではなく、テレビ電話での一報だった。
『レティ、驚け。パパたちは大変な発見をしてしまった!』
父親はとても高揚していて、まるで歳が二十も三十も若返ったようにはしゃいでいた。
「大変な発見? 新しい占術でも編み出したの?」
『そういうのとは違うわ。占術なんかよりもっと凄い。未来を知ることができるかもしれないの』
母親も父親同様に興奮していた。二人とも総合魔術学院で教師をしているというのに、その感動を娘にどう伝えたらいいかうまく言葉が出ない様子だ。
「未来って……なによ、結局占術じゃない」
そのくらいならレティシアにだってできる。
『占術はあくまで未来の可能性を示すものよ。私たちが見つけたのはね、現在過去未来の確定されたあらゆる知識を知る方法なの』
「馬鹿馬鹿しいわ。アカシック・レコードにでも接続できるようになったわけ?」
レティシアは鼻で笑った。とんだ妄想だと思った。学院の研究室に籠りっ切りで、ファーレンホルストの家には滅多に帰らないし連絡もしない両親だ。研究のし過ぎでついに幻覚でも見えたのかもしれない。悪い意味で魔術師らし過ぎる二人には、現当主の祖父も頭を抱えていた。
それでも、レティシア自身は両親のことを愛している。両親もレティシアを愛しているだろう。
だが、長年娘を放ったらかしにしているため不信感が積り、レティシアは十歳の頃からやや反抗期気味になっていた。
『アカシック・レコードか……うん、近い! いや、まさにその通りかもしれないな!』
「は?」
父親に指を差されて『正解』と言われ、レティシアは虚を突かれた。
『「全知の公文書」という魔導書が学院のどこかに存在しているんだ。夢物語じゃないぞ。最奥学区で見つけた確かな筋の情報だ。恐らく学院の創立者たちが作った物だろう。今は失われたとされているが、基本的に魔導書の破壊は不可能だ。全知書は必ずある!』
魔導書とはそれ自体が強力な魔力と結界を作り出し半永久的に守られている。処分することができるとすれば、それは魔導書を書いた本人だけだ。
『いいか、レティ。全知書が見つかれば世界は一変する。今世界が抱えている数々の問題が解決するかもしれないんだ! ファーレンホルストで所有しても構わないが、それでは世界にとって損失だ! パパたちはこれを公表しようと思う!』
『時期が来ればあなたにも手伝ってもらうことになるかもしれないわ』
母親の言葉を聞いた途端、レティシアの心臓がトクンと跳ねた。
手伝ってもらう。
それはつまり。
時が来れば、レティシアは両親と一緒に暮らせるようになるということだ。
「ま、まあ、ママたちがどうしてもって言うなら手伝ってあげてもいいわよ」
『全知の公文書』なんてどうでもいい。また昔みたいに家族が揃うのなら、レティシアはファーレンホルストの家を飛び出したって構わない。
そう思っていた。
そう祈っていた。
そう願っていた。
けれど――
両親はもう二度と、レティシアに連絡をしてくることはなかった。
☆★☆
「あたしが知ってるのは、パパたちが『全知の公文書』のことを知って、それを世間に公開した後で行方不明になったってことだけよ」
明け方、コンスタン邸に帰還した恭弥たちは、眠らずに待ってくれていたレティシアたちに調査結果の情報共有を行った。
当然、オズウェルが最後に教えてくれた情報についても包み隠さず話した。レティシアが肯定したことでその情報が真実だということもわかった。
「もう隠す意味なんてないから言うけど、あたしのバックにはなにもないわ。一人で学院に来て、一人で『全知の公文書』を探すつもりだったの」
それについてなら恭弥はとっくに感づいていた。レティシアはなにかの組織の命令で動いている感じではなかったからだ。
「じゃあレティシアさんは、行方不明になったご両親を見つけるために『全知の公文書』を……?」
「そんなところよ。探してる最中に判明すればよし。そうじゃなかったら全知に頼るってわけ」
「まだ生きている可能性があると思っているのか?」
恭弥ははっきりと残酷なことを訊く。デリカシーに欠けると言われそうだが、レティシアがいもしない両親の幻想に捉われているのならこの先が不安になる。
レティシアは首を横に振った。
「半々、いえ、もう絶望的かしら。学院の歴史を聞くまではもしかしたらって思ってたけど、もうとっくに消されている可能性の方が高いわね。だけど、何度占っても結果は判定不能だったわ。だからはっきりするまでは生きてるって信じたい」
両親が既に死亡している場合の覚悟はできている。レティシアの空色の瞳は幻想など見ていなかった。
(もしもの話だけれど……最悪の結果だったらどうするつもり? 学院に復讐でもする?)
エルナが言葉を選びつつ問う。レティシアは少し考えるように瞑目し、やがてなにかを諦めたような弱々しい声で答えた。
「そうね……そこまでするつもりはないわ。パパとママは禁忌に触れたの。そうなったって仕方のないことをしでかした。だから、あたしはどんな結果でも受け入れるわ」
口ではそう言っているが、少し涙ぐみそうだった彼女の表情からは心が納得していない様子が丸わかりだった。納得しているのなら同じ禁忌に触れることなどないはずだ。
――つまらんのう。そこは復讐心に駆られてもらわんとわしが美味しくないのじゃ。
恭弥の中で話を聞いていたらしいアル=シャイターンが不満そうにぼやいた。
――じゃが、汝よりは人間として強いのかもしれぬな。
黙れ、と恭弥は心の声で一喝する。恭弥の家族の死は理不尽なものだった。そうなってもおかしくない原因があったわけではないのだ。こればかりは解き明かして叩き潰さなければ恭弥の気が晴れない。
いくらガンドで制御しようと消えることのない心だ。
――それもまた人間じゃ。汝はまだ人間じゃ。わしは汝の方が好きじゃよ。
それっきりアル=シャイターンの声は聞こえなくなった。悪魔に好かれたって嬉しくもなんともない。
「あーもう! 暗い! 重い! あたしのことはもういいでしょ! それよりなんだっけ? そうそう、創立魔道祭のことについて話しましょう!」
沈んだ空気を跳ね除けるようにレティシアが空元気に叫んだ。これ以上掘り返す気は恭弥にはないし、それは周りも同じだろう。
「そうだな。レティシアちゃんを問い詰めたってなーんも意味ねえしな」
「清正殿は学院警察を上手く撒けたでござるか? これより先の話は、もし尾けられてたらまずいでござろう?」
「お? 静流ちゃんオレっちの華麗なる武勇伝聞きたい? 聞きたいよね? よーし話すぞアレは大将たちと別れてすぐのことで――」
なんかやたらと泥まみれになっていた土御門が得意気に語り始めた。
その時――
「できましたー!」
勢いよくリビングの扉が開け放たれ、ストロベリーブロンドの少女が達成感溢れる笑顔で入ってきた。彼女の後ろから執事服の青年も続いてくる。
フレリア・ルイ・コンスタンはマンホールほどの大きさをした金属板を両手で抱えていた。金属板にはルーン文字がびっしりと刻まれており、中央には緑色に輝く宝石らしき物体が埋め込まれている。
「空間制御系のルーンを刻んだ錬金装置ですー。試作品ですけど、精霊さんの力を増幅させることができると思いますー」
その錬金装置をテーブルの上にゴトリと置く。その音だけでとてつもない重量感があったのだが……フレリアの細腕で普通に持ち上げられる程度ではあるまい。
黒猫のエルナがテーブルに飛び乗って錬金装置を検分する。
(凄いわね。まさか一晩で作り上げるなんて)
「えへへ、設計が少し大変でしたー。もう朝だったんですねー。どうりで眠くなってむにゃむにゃすやぁ……」
「寝た!?」
喋りながらテーブルに突っ伏したフレリアにレティシアがぎょっとする。完全に寝落ちた主人を、アレクがやれやれと言いたげな苦笑でお姫様抱っこする。
「皆さんもお疲れでしょう。打ち合わせは一度お休みになられてからの方がよろしいかと存じます」
そう提案してくるアレクに、今からまさに今後の会議を始めようとしていたレティシアは一瞬だけ唇を尖らし――
「そうね……今の気分だと全然頭回んないし、そうしましょう」
「賛成です。安心したら、私も眠くなってきました」
ふわ、と白愛も小さく欠伸した。これから寮に戻るのも大変なので、とりあえず全員コンスタン邸で休むことになった。
「……あの、オレの武勇伝は?」
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