フィアちゃんとボーパルががんばる短編集始めました
魔法少女フィア 最終章 始めました
「必殺!『ラビットバースト』!です!」
「バ、バカな!!この俺様が!!こんな小娘相手に負けるなど!!グワアアアアアアアアアアア!!」
フィアの108の必殺技の1つラビットバーストを喰らった魔人が体内で爆発したチカラに魔力の殆どを吹き飛ばされ、体中の穴という穴から煙を吹き出して倒れていきます。
ふっ、ボーパルちゃんと契約してからもうすぐ一年。チカラの制御力も総量も圧倒的に増えたフィアを相手に魔人四天王だかなんだか知りませんけど単独の魔人が勝てる訳がないのです!
・・・本当に何で順番に出てきたんでしょう?それも弱い順に。こっちは助かりましたけど、一斉に来ればまだ勝機はあったのに。
・・・まぁいいです。魔人が何を考えているのかなんて魔人じゃないフィアには分かりません。さっさと封印して家に帰りましょう。
何を隠そう今日はフィアの誕生日なのです!それに今日パーティが終ったら、お母さんがフィアに大事な話があると言っていました。
いつになく真剣な表情をしていたのでちょっと怖かったです。なんの話でしょうか?実はフィアのお父さんはお父さんじゃ無かったのでしょうか?髪の色的にありえそうです。でも身長的にお母さんとは血が繋がっていそうなのでフィア的には問題ありません。
「ボーパルちゃーん!終わりましたよー!出てきてくださいです!」
すっかり廃墟と化した街でボーパルちゃんを呼びます。
最近の魔人は強力なのが多いせいで周りへの被害も大きくなっているのです。いったい誰が直すと思っているんですか。
まったく困ったものです。
「・・・フィアの言う通りなの。これで終ったの」
「はい。終りました。早く封印していろいろと戻して帰りましょう。ジュエルを貸して下さい・・・ボーパルちゃん?」
「・・・最終目標値にはまだまだだけど、呼び水としてならこれだけあれば十分足りるの。・・・『封印』」
ボーパルちゃんがいつものジュエルを掲げると魔人を封印しています。あれ?
「ボーパルちゃんも封印が使えたんですか?」
「フィアちゃんに封印を教えたのはあたちなの。あたちが使えても何も不思議はないの。あたち達はこの世界に顕現しているだけでチカラを消費するから普段は使いたくなかっただけなの」
「そうだったんですか。あれ?じゃあどうして今日は封印を使ったんですか?」
「もう、チカラの温存を考える必要が無くなったからなの。フィアちゃん。今までありがとうなの」
「ボーパルちゃん?」
突然お別れみたいな事を言い出すボーパルちゃんに不思議に思って、お顔を覗き込むとボーパルちゃんがさっと顔を伏せてフィアから距離を取ります。
「どうして・・・」
「『イセノギ、マドマ、イタイダワ、ノルエミニ、クヤク、アガトッコ、スマノヨ、ジウヨシ、ウホマ』!なの!」
ボーパルちゃんが変身の呪文を唱えます。いつもとは違う詠唱でしたがフィアには分かります。あれは間違いなく変身の呪文です。
「え?ボーパルちゃんが変身?」
ボーパルちゃんが変身の呪文を唱え終わると悪意を吸い続けて漆黒に染まったジュエルがドクンと脈打ちボーパルちゃんの体に吸い込まれていきます。
「正確には変身とはちょっと違うの。まぁ細かいシステムを説明してもこの世界の人じゃ理解できないと思うの」
ジュエルがボーパルちゃんの体に完全に吸い込まれるとボーパルちゃんの雪のように白かった体に無数のヘビがのたくった様な黒い線が刺青のように現れます。そしてその刺青からは次から次へと溢れるように黒いドロドロとした魔力が出ているのが視えます。
「魔法少女化の制御に使っていたチカラも返してもらうの」
ボーパルちゃんがそういうとフィアは変身が強制的に解除されて変身前の私服姿に戻ります。
変身中の全能感の反動で体と心が重くなり、何もしたくなくなりますがそう言ってもいられません。
「・・・ボーパルちゃん?いったい、どういうことですか?ボーパルちゃんに何があったんですか?フィアに話してくれればいくらでも力になるです」
「・・・貸してた眼も返してもらうの。これで終わりなの」
ボーパルちゃんがそういうとフィアの眼には魔力が視えなくなり。魔力を発し続けていた刺青はただの模様にしか見えなくなりました。
・・・あっさり。とてもあっさりフィアは無力化されてしまいました。
この一年いっぱい訓練してチカラの使い方も戦い方もボーパルちゃんに教わって。たまには負けることもあるけれど出会った魔人は全部最後には倒して。封印して。助けて。
強くなったと思っていました。誰にも負けないと思っていました。
でもそれは勘違いでした。
魔人がどこにいるのか。どんな攻撃をしようとしているのかをいつも教えてくれる眼が無ければ。絶対無敵の魔法少女になれなければ。
世界はこんなにも広く、恐ろしい。
そして勝手にもうフィアのものだと思い込んでいたそれらのチカラが借り物でしかないことを思い出しました。
「・・・どうして、ですか」
「どうしてもこうしてもないの。見たまま。聞いたままが全てなの。あたちは最初からフィアちゃんの仲間なんかじゃなかったの。魔のチカラを操る者。魔物なの。あたちはあたち達の目的のためにフィアちゃんに近づいて。目的を達成したから離れるの。見捨てるの。それだけなの」
「・・・どうして」
「あたちはこれからあたち達の目的の為に、この世界を破壊するの。フィアちゃんは役に立ったからあたち達の邪魔をしなければ見逃してあげるの。おまけでユウとママも見逃してあげてもいいの」
「・・・」
「それじゃあバイバイなの。もう二度と会わないことを祈っているの」
言うだけ言うとボーパルちゃんは空を蹴ってあっという間に豆粒程のサイズになったかと思うと見えなくなってしまいました。
フィアはボーパルちゃんの言った事の半分も分かりませんでした。
それでも分かったことはあります。
ボーパルちゃんがフィアをずっと騙して利用してきたこと。
フィアが魔法少女としてのチカラを失ったこと。
ボーパルちゃんが世界を壊そうとしていること。
どうして。どうして。どうして。
変身の反動でいつもよりも回転の鈍いフィアの頭は同じことをグルグルと考え続けます。
どうして、ボーパルちゃんはそんなに悲しいことを言うのでしょう。
どうして、ボーパルちゃんはあんなに毎日楽しそうだったのに世界を破壊するなんて怖いことを言うのでしょう。
どうして、ボーパルちゃんは・・・今にも泣き出しそうな程悲しい顔をしていたのでしょう。
何度問いかけても答えは出ないままフィアはフラフラとお家へと帰っていきました。
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「フィア!心配したんだぞ!今までどこに居たんだ!」
「・・・ご、ごめんなさいです」
考え事をしながらゆっくりとお家へと帰ると家の前に出ていたお兄ちゃんにいきなり怒られました。
今日何かお兄ちゃんと約束していたのでしょうか。思い出せません。
「いや、フィアが無事ならそれでいいんだ。怒鳴って悪かったな・・・それじゃぁ行くか」
「・・・?どこに行くのですか」
やっぱりどこかにお出かけする約束をしていたのでしょうか。全く思い出せません。
はぁ。やっぱりフィアはダメダメな子ですね。
「どこって・・・警報が聞こえていなかったのか?ていうか今も鳴ってるじゃん」
「・・・そういえば何か聞こえていた気もします」
今も聞こえてくる警報に耳を傾けると、大きな災害が発生したので近くの避難所に避難するようアナウンスしています。
大きな災害・・・ボーパルちゃんの事でしょうか。そういえば時々何かが爆発するような大きな音も聞こえていたような気がします。
・・・はぁ。そんな事にも気がつけないなんて本当にフィアはダメな子です。これではボーパルちゃんに見放されても当然です・・・
「・・・ぐす」
「うおい!?そんな泣くほど俺怖かったか!?怖かったかも!ともかく早く避難しよう?な?ほら。手、繋いでやるからさ。行くぞ」
「・・・はい」
フィアはお兄ちゃんに手を引かれてもと来た道を戻っていきます。
家の近くの避難所はいくつかありますがフィアの学校に向かっているみたいです。家からそれなりに近いのもありますがフィアの友達が避難しているかも知れないと思ったのでしょう。
それぐらいは言葉にしなくてもお兄ちゃんの表情と繋いだ手から伝わってくる温かさで分かります。家族ですから。
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「・・・ッ!」
「お、っと。どうしたフィア?」
お兄ちゃんと手を繋いでやってきたフィアの学校。でも学校の敷地に入ろうとしたお兄ちゃんの手を引いてフィアは止まります。
「・・・なんだか嫌な気配がします。あそこには入りたくないです」
「・・・と、言われてもなぁ。今から別の避難所に移動するのも・・・」
校舎から。もっと言えば避難した人たちが集まっているであろう体育館から非常に嫌な気配がします。
どよんと淀んだような。それでいてムカムカと激しいような嫌な気配。
フィアはこの気配に心当たりがあります。この一年嫌というほど触れてきたこの嫌な気配の正体は。
「・・・魔力」
「え?なんだって?」
そうです。魔力です。この纏わりついてくるような嫌な気配は魔人になりかけの人が出す独特の気配。
でもおかしいです。フィアはボーパルちゃんにチカラを返してしまったのでココに残っているのはタダの人間のフィアなのに。
「・・・いや、違います」
「お~い。フィアさんや~い戻っておいで~」
頭の中でカチリとスイッチが切り替わった感覚がします。魔法少女化の反動が終わり自己否定と自己嫌悪のループから抜け出したフィアはボーパルちゃんの言葉を必至に思い出します。
「・・・フィアが返したのは魔法少女化維持のためにボーパルちゃんが使っていたチカラと眼。つまり・・・」
「・・・お~い・・・無視は流石のお兄ちゃんもさびしいぞ~・・・」
フィア自身のチカラは失われていない?
「・・・ふぁめひふぇひふはふぃふぁふぁひほうでふ (試してみる価値はありそうです)」
「おー、フィアのほっぺはムニムニだなぁ。柔らかくて良く伸びる。びよーん」
「・・・まふぉう。ふふんへんふぁい (魔装。部分展開)」
「うにょ~ん。うにょ~ん。うにょ~、ぶべら!」
やっぱりそうです。部分展開は問題なく出来ました。ついでに妹のほっぺたを無許可に弄り回すゴミいちゃんも始末できました。
「うん。やっぱりツッコミがあってこそのフィアだな!うんうん。・・・で?答えは見つかったのか?」
壁に突き刺さっていた頭を引っこ抜いたお兄ちゃんがサムズアップしながらフィアに近づいてきたので今度は蹴り飛ばしてやろうかと思いましたが急に鋭い眼差しに変わってフィアに問いかけてきたのでタイミングを逃してしまいました。まったく。お兄ちゃんはまったく。
「・・・友達を、迎えに行ってきます」
「今、街中は危険だぞ」
「・・・それでもです」
「怪我をするかもしれないし最悪死んじゃうかもしれないぞ」
「・・・それでも。です」
「・・・」
お兄ちゃんは静かに目を瞑って何かを考えているようです。
フィアの事を心配してここまで連れてきてくれたお兄ちゃんには悪いですが、フィアはボーパルちゃんのところに向かいます。
今行かないとボーパルちゃんとはこのまま本当にお別れになってしまう気がします。そんなのは嫌です。
「・・・お母さんに、フィアは他の避難所に避難したと伝えてください。ごめんなさい。お兄ちゃんに止められてもフィアは」
「俺は・・さ。可愛い妹にいつも、お兄ちゃんはねぼすけです。って言われるんだ」
「・・・?お兄ちゃん?」
フィアの言葉を途中で遮ったお兄ちゃんが突然フィアに背を向けて関係ないことを言い出します。
「だからさ。きっと今も夢を見てるんだよ。フィアと一緒にいる夢だ」
「・・・お兄ちゃん・・・」
「あー、もうそろそろ夢から覚めそうだ。起きたらフィアを探しに行かないとなー」
「・・・ありがとうございます」
フィアもお兄ちゃんに背を向けて走り出します。目的地は分かりやすいです。今も爆発音が響き、街が崩壊しているその中心地。そこにボーパルちゃんはいるはずです。
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「・・・はぁ。まったく。いつの間にか大きくなっちゃって。子供の成長は早いなぁ」
「なーに、子供の成長を見守ってしんみりする親みたいな顔してるんだよ、お兄ちゃん。フィアちゃんはお前と3つしか変わらないだろ?あとお前達兄妹は誰が見ても小さいからな」
「うっさい。腹パンするぞ・・・はぁ~ぁ。と。さて、それじゃあ、ここからまいりますかね」
「付き合うぜ親友」
「こういうときだけ親友にアピールするなよな。・・・まぁ、助かるけどさ」
「ツンデレ乙!ゴフッ!!」
「ほら、そんな所でうずくまってないで早く行くぞ。時間ないんだぞ」
「いや、これはお前が・・・はぁ。もういい。行くか」
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「アハハハハハハハハ!脆い!脆すぎるの!そんな所に隠れてもムダムダムダムダなの!ホラホラもっと恐怖するの!絶望するの!」
「・・・ボーパルちゃん!」
フィアが追いついた先ではボーパルちゃんが高笑いしつつキック一発で大きなビルを倒していました。
「ん~?誰かと思ったらフィアちゃんなの。迷子になって紛れ込んじゃったの?まったくうっかりさんなの。お帰りはあちらなの」
「・・・ボーパルちゃん。一緒に帰りましょう。フィアはこのままお別れなんて嫌です」
次々とビルを蹴り壊していたボーパルちゃんがフィアに気付いて帰るように言いますが、ここで帰る訳には行きません。フィアは何としてもボーパルちゃんを連れて帰るのです。
「・・・分かっていない様だからもう一度言うの。フィアちゃんとあたちは敵になったの。痛い目を見たくなければ今すぐ帰るの!」
ボーパルちゃんが手を凪ぐと地面に黒い水溜りが広がっていきその水溜りがズゾゾゾゾゾと盛り上がるとおっきな黒いクマさんになりました。
「ガアアアアアアアア!!」
「ラースベアー・・・ううん。ダークベアーとでも名づけるの。魔力が少ないからオリジナルにはかなり劣るけど、魔法少女化も出来ないフィアじゃ絶対勝てないの」
「・・・このクマさんを倒せたらフィアと一緒に帰ってくれますか」
「ハッ!そんな事してもボーパルには何の得もないの!そもそもコレぐらいに勝てない様な人とは話をする気にもならないの」
「・・・分かりました。あのクマさんを倒してボーパルちゃんに話を聞いてもらいます」
「ガアアアアアアアアアア!!」
「・・・魔装。部分展開」
半物質化した光の粒状のチカラを全身に纏い身体能力を向上させてクマさんと対峙します。
「ガアアアアア!」
クマさんはその大きな体に見合わない俊敏な動きでフィアとの間合いを一息に詰めてきます。
「・・・っ!」
「ガアアアアアアア!!」
目を強化してクマさんの動きを何とか追ってチカラの殆どを注ぎ込んだ両手でギリギリクマさんの繰り出す連撃をはたいて、逸らして凌ぎます。
「アハハハ!だから言ったの!魔法少女にもなれないようじゃ、あたちどころかダークベアーにも勝てはしないの!」
「・・・っ、んの!」
「ガアア」
一瞬。フィアは左腕に纏わせていたチカラを足腰に移動させ無理やりにクマさんを弾き飛ばします。
今のフィアはチカラの殆どを目と両手に集めているためそれ以外の場所は普通の状態よりも少しマシ程度でしかありません。あのクマさんの大きな手で叩かれたら一発でぺしゃんこです。
「ガアアアアアアア!!」
常に全力でチカラを放出しているのにそれを一点に集中してやっと釣り合う程の圧倒的な基礎スペックの違い。それにフィアのチカラも無限ではありませんので部分展開も長くは持ちません。故にフィアは短期決戦でクマさんを仕留めなければなりません。
「・・・っ!」
クマさんがフィアの事を取るに足らない相手だと考えているのは分かっていました。だからおそらく次の攻撃も何の捻りもない突進!
「ガアアア!」
目にチカラを集めギリギリのタイミングでクルリと回って避けます。服が少し持っていかれましたが問題ありません。
そのまま回転して回転の力も加えて。
「『ラビットソード』!」
「ガアアアアアアアアアアア!!」
決まりました・・・考えうる限り最高の状況で決まりました。この一年の修行の成果でフィアは極短時間だけ変身をしなくてもラビットソードを出せるようになっていたのです。
半物質のラビットソードに体内から魔力を断ち切られればいくらあの大きなクマさんでも・・・
ゾクリ。と背筋が震えました。
目です。切られたクマがフィアを見ているのです。冷たい。冷たい目です。
マズイです。急いで防御を。まにあわ
「ガアアア!!」
「・・・!ん、がはっ」
全身から黒いオーラを立ち上らせ、さっきまでとは比べるまでも無いほどの圧倒的な速度で振り返ったクマさんが右手で掬うようにフィアの体を打ちつけます。フィアはポーンとボールの様に吹き飛びまだ形を保っていた建物に突っ込んで止まりました。
痛いです。泣きそうです。
そういえばまともに怪我をしたのは久しぶりです。痛みってこんな感覚でした。
「・・・アハッ。最後の攻防はちょっと惜しかったの。でもやっぱり魔法少女じゃないフィアの攻撃力じゃダークベアーのHPを削りきることなんで出来はしないの。・・・ダークベアー。もういいの。フィアちゃんはここに放っておくことにするの。そこで蹲りながらフィアちゃんが守りたかったこの街が壊れていく様子を見てるといいの」
「ガア」
「・・・待って・・・ボーパル、ちゃ」
フィアにトドメをさそうと近づいてきていたクマさんをボーパルちゃんが止めて、そのままクマさんを従えて去っていきます。
待って。ダメです。行っちゃダメです。まだボーパルとお話したいことがいっぱいあるのに。一緒に帰ると誓ったのに。
でもクマさんの攻撃で今にもバラバラになりそうなフィアの体は全然いうことを聞いてくれなくてそのままドサリと前のめりに倒れてしまいました。
「・・・人間って本当にバカな生き物なの。ちょっとしたことで簡単に世界全部を呪うようになるくせに世界全部を助けようって考える人はほんの一握りしかいないの。そりゃあ世界に魔人が溢れても何にもおかしくないの」
「・・・」
「フィアちゃんはこの世界のために戦えるの?あたちが圧倒的なチカラを持っているのは感じているはずなの。変身したフィアちゃんよりも何倍も何十倍も強いチカラなの。そんなあたちに立ち向かえるの?命を賭けて戦えるの?
今度の戦いは今までのお遊びとは違うの。命が保障された。怪我をすることも無い状況での用意された魔人とのじゃれあいとは違うの。
ルールも、命の保障も無い。殺し合いなの。
今もフィアちゃんはすごい痛みを感じているはずなの。あたちの邪魔をするっていう事はその何倍もの痛みを伴う愚かな行動なの。
・・・フィアちゃんはそれでもあたちと。あたち達と戦うの?今ならまだ見逃してあげるの。なんならサービスで怪我を治してあげてもいいの。あたちとの記憶を消してあげてもいいの。
どうするの?
あたちの事なんてすっぱりわすれてユウとママとずっと一緒に暮らすの?
それとも・・・見ず知らずのたくさんの人を助けるため。なんて偽善のためにすごく痛い思いをした上で死ぬの?
・・・選ぶの。最後の選択なの」
倒れたフィアを空中に立って見下ろすボーパルちゃんが問いかけます。言葉は突き放すように。フィアの心を折ろうとしているように聞こえますが。フィアには分ります。分ってしまいます。だって。フィアとボーパルちゃんは・・・
「・・・ふぃ、アは・・・ごほっごほ!」
「・・・」
冷たい地面に倒れこむ体が急にポカポカと温かくなったと思ったらスゥーと体の痛みが引いて行きました。立ち上がる事はムリそうですがボーパルちゃんとお話することぐらいはできそうです。
「・・・フィアは。知らない人の為に命を賭けて戦う事は無理そうです。痛みがどんな感覚だったのかもそこのクマさんのおかげでさっき思い出しました。今だって怖くて怖くて。泣きそうで。すぐに逃げだしたいです。でも・・・」
「アハッ。当然なの。フィアは人間として正しい選択をしたの。人間は皆そうなの。他人よりも自分の身が一番大事なの。だから最後の最後で自分の心を正義で塗りつぶす事が出来ないの。だからあたち達の補助無しじゃ魔法少女になることすら出来ないの。心を悪意で塗りつぶす事はとても簡単なのに、なの。アハハ!おかしいの!」
「でも!!」
突然大声を出したフィアをボーパルちゃんがビックリした目で見つめてきます。ああ、そういえば変身してない時にこんなに大きな声をだしたのは久しぶりです。でも。これは伝えなければなりません。
「知らない人の為に戦うのは無理そうです。痛くて怖くて泣きそうで、今すぐ逃げたいです。でも。それでも。フィアは戦います」
「・・・どうして。と聞いてみるの」
「ボーパルちゃんの事が大好きだから。大切な・・・大切なフィアの家族だから」
家族だから。家族だから助けたい。家族だから辛いときは一緒にいてあげたい。
「ッ!ふざけるな、なの!誰もそんな事望んでないの!!」
「知ってます。ボーパルちゃんはやさしいですから。だからフィアを戦いから遠ざけようとしてくれたんですよね。今だってこうしてフィアの傷を治してくれて。心を痛めながらフィアとお話してくれてます。本当はあのクマさんを倒さないとお話してくれない約束だったのに、です」
「それは・・・単なる気まぐれなの。地面に這い蹲る元パートナーが余りにも惨めだったから慈悲をくれてやっただけなの」
「じゃあどうして、ボーパルちゃんは泣いているのですか」
「泣いて・・・なんていないの。モンスターには、あたち達にはそんな機能は無いの!」
「それでも分ります。家族ですから」
「・・・」
フィアが笑って言うとボーパルちゃんは下を向いて黙り込んでしまいました。
ボーパルちゃんはあの路地で変身したときからずっと泣いていました。フィアにはそれが分るのです。
ボーパルちゃんはとても辛くて苦しくて。でもそれを誰にも言わずに言えずに自分の中に閉じ込めて。フィアを巻き込まない様にフィアに嫌われようとして。
相談もしないで勝手にこんな事をしたボーパルちゃんには後でお説教が必要ですね。
そのためにも。・・・今度はフィアが勝手にやらせてもらう番です。
「・・・だとしたら、なんだって言うの。仮にフィアちゃんの言うとおりだったとしてもあたちはもう止まれないの。止まるつもりもないの。
そしてフィアちゃんにあたちを止めるチカラも無いの」
「・・・ボーパルちゃん。確かにフィアは世界を救う為だとか。見ず知らずの人のを助ける為だとかそんな事の為に戦う事はできません。ですけど・・・泣いている家族の傍にいてあげたい。その為ならば・・・戦えます」
「ッ!そんな。そんなちっぽけな正義で人が戦える訳が無いの!立ち上がれる訳が無いの!」
「・・・戦えます。立ち上がれます」
手足にぐっと力をいれます。まだまだボロボロで力を込めるとジクジクと痛みますが、ボーパルちゃんとお話している間に大分回復したようで立つぐらいなら何とかできそうです。
「・・・ボーパルちゃん。確かにフィアが戦う理由はボーパルちゃんから見れば酷くちっぽけな物かも知れません。実際恐怖で竦む心から必至で集めたなけなしの勇気です。でも・・・」
フラフラと立ち上がるフィアの胸から零れる様に光の粒が生まれます。そしてその粒は1つまた1つと次々生まれるとフィアを包むように、守る様に辺りに浮かんでいきます。
「・・・なけなしの勇気だって勇気です。ボーパルちゃん・・・人はそんなちっぽけな理由にこそ命を張れる。不器用な生き物なんです」
「!~~~~」
ボーパルちゃんがまだ何か言っていますがフィアの耳には届きません。フィアの頭には新しく組み上げられたチカラある言葉が早く唱えろと暴れまわっています。
「・・・『ネヨイイ、モテミツ、イテツノ、モウドウオ、ノツケツネパツヤ』!」
カッとフィアの周りを囲うように漂っていた光の粒が弾けると辺りを白く染めながら光が天へと昇っていきます。どこまでもどこまでものぼって行く光の柱はやがて収束し、その中心。フィアへと吸い込まれる様に消えていきます。
「何が・・・何が起こったの!」
「『ラビットラピット』『ラビットソード』です!」
「後ろ!?」
ボーパルちゃんが眩んだ目をコシコシしている間に後ろに回りこんでダークベアーを一刀両断にします。
「魔装、完全展開 大変身!魔法少女フィア。ここに参上です!」
「ガアァ・・・」
クルッと回ってポーズ!
背景は崩れ落ちるクマさんで完璧です。今日のフィアもカッコカワイイです!
「フィアちゃん・・・その格好は・・・」
「さぁ、ボーパルちゃん。これで邪魔者は居なくなったのです。ボーパルちゃんを引きずってでも連れ帰って今日はお尻ペンペンの刑です。それが終わったら二人で頭を下げに行くです。なーに壊れた物も怪我した人も魔法でパパッとなおせばきっと皆ゆるしてくれるです」
ラビットソードの先端をボーパルちゃんに突きつけるフィアの格好はいつもの魔法少女姿とはちょっと違います。いつもよりももっとフリフリでもっとカワイイです。キラキラしてます。
「フン。たかが魔法少女になれたぐらいでいい気になってるんじゃないの。あたちの方が圧倒的に強い事実は何も変わってないの!『ラビットファイア』なの!」
「『ラビットファイア』です!」
空を飛んで距離を取るボーパルちゃんとフィアの間で無数に分かれたラビットファイアがぶつかり合い。花火の様に爆発します。
「ッ!」
いつもの変身よりも強いオーバーチェンジのおかげで威力が底上げされているフィアの魔法ですがボーパルちゃんの魔法の方が数も質も高くいくつもの炎のうさぎさんが弾幕を抜けてフィアに降り注いできます。
「ほらほら!さっきまでの威勢はどうしたの!どんどんいくの!『ラビットウィンド』!」
「!『ラビットシールド』!」
地上を走って逃げるフィアの元にボーパルちゃんが次の魔法を打ってきます。ラビットウィンドはうさぎさんの様に速い不可視の弾丸です。さっきみたいに打ち落とすのは難しいのでラビットシールドで持ちこたえます。
「アハ!防いでるだけじゃ勝てないの!『ラビットバースト』!」
ラビットバーストは内部破壊技です。打撃を与えた地点よりも少し離れたポイントからチカラを放出する魔法。それをボーパルちゃんはラビットシールドを蹴って発動することでシールドの後ろにいるフィアに直接攻撃をするために使ってきたのです。
「ッ!『ラビットステップ』!」
ボーパルちゃんも使っているラビットステップは空中を蹴る事が出来る魔法です。ただし空中に留まっている間はチカラを使い続けるので長いこと空中に居続けることは出来ませんし他の魔法の発動の妨げにもなるので余り使いたくはありませんでした。
「・・・安易に空中に逃げるのは止める様に何度も言って来たの。コレはちょっとお仕置きが必要なの。『ラビットサークル』」
次にボーパルちゃんが唱えた魔法はフィアには初見の魔法です。空を蹴るフィアを囲むようにフィアの周りを球状に魔力で出来たウサギ沢山のうさぎさんが出現します。
「からの、『エンチェントオール』なの」
ボーパルちゃんがそう言った瞬間黒一色だったうさぎさん達に色が付きました。
あるうさぎさんは真っ赤に燃え上がり、あるうさぎさんはバチバチと弾ける黄色い稲妻になり、あるうさぎさんは冷たい水色の氷になりました。虹色だったり、金ピカに光っているのもいます。
「終わりなの」
ボーパルちゃんが掲げた手を振り下ろすと色とりどりのうさぎさんがフィアに殺到します。
フィアは・・・
「『ラビットジャンプ』です」
ボーパルちゃんの真後ろに出現しました。
今組み立てた新しい魔法。ラビットジャンプは目視できる範囲内に転移できる魔法です。でも、ほんの数メートルの距離を飛ぶのに長めの詠唱と多くのチカラを消費するので余り使えません。歩いた方が速いです。
でも・・・
「こうして隙を突くには持って来いです!ボーパルちゃん。捕まえ、ガッ!!!」
ドカン!!といつかの繰り返しの様に吹き飛んだフィアがビルに激突し・・・貫通して更に後ろの建物にぶつかってやっと止まります。
「な、なにが・・・おきたのです」
いえ、既にフィアはその問いかけの答えを持っています。何故ならフィアには見えていたから。
ボーパルちゃんが魔法少女のフィアにも反応できないような速度で振り返り回し蹴りをフィアのお腹に打ち込んだのを。
「・・・そういえばフィアちゃんには言ってなかったの。あたちは・・・魔法戦よりも肉弾戦の方が得意なの。というか魔法は殆ど使えないの。ご主人様の方針で速度と筋力に特化したのがあたちなの。魔法はミズキちゃんの担当なの」
「うそ・・・じゃ、無いですね」
フィアよりも圧倒的に強い魔法を使うのにそれでも魔法が苦手だというボーパルちゃん。嘘だと思いたいですけどさっきのあの動きを見ればそれが嘘じゃないことが分ります。あれだけ速く、強力なカウンターをしておいてボーパルちゃんの動きにはまだまだ余裕がありました。
「本当なの。でも魔法少女のフィアちゃんへのトドメは魔法を使ってあげるの。もう見逃してあげることは出来ないけどせめて安らかに逝くの」
そういうとボーパルちゃんはフィアが貫通したビルの上に立ち、さらにその上に大きなうさぎさんの形にチカラを圧縮していきます。
魔力で出来た黒いうさぎさんではありません。フィアが使っているチカラで形作られたうさぎさんは白く輝き新しく作られた太陽の様にフィアを照らします。
「・・・っ!・・・くっ!」
フィアではアレを防ぐことは出来ません。ラビットジャンプは詠唱の時間が無く。なんとか逃げようとしますが、うまく体に力が入りません。変身前のダメージの蓄積もありここに来てついに体が動かなくなったのです。魔法少女のチカラがあるので少し休めば回復しますが今はその少しの時間がフィアにはありません。
「・・・これで本当に終わりなの。フィアちゃん・・・おやすみなの」
ボーパルちゃんが手を振り下ろすと空から隕石が振ってくるようにチカラの塊が落ちてきてフィアの視界を真っ白に塗りつぶします。
これで終わり。今のフィアにアレに対抗する術はなく跡形もなく消滅するのを待つしかありません。
ああ、ボーパルちゃんと。皆と。もっと一緒に遊びたかったです・・・
・・・ ・・・ ・・・
・・・ ・・・
・・・ 
「・・・?」
しかし覚悟していた終わりはやってきませんでした。フィアは死ぬのがどんな感じなのかは想像でしか分かりませんが。手の感覚も足の感覚も体中の痛みも感じるのでフィアはまだ生きているのでしょうか。
「ひゅ~。ナイスッタイッミングッ!間一髪ってやつだな!流石俺。ヒーローは遅れてやってくるってやつだな!」
光が収まり徐々に色を取り戻すフィアの世界で地面に座り込むフィアの前には黒いマントをたなびかせるフィアと同じぐらいの小さな人が立っていました。
そしてフィアはその人の声に、後姿に見覚えがあります。
「・・・お兄ちゃん?」
「おう。フィアの大好きな祐お兄ちゃんだ。今度は寝坊せずに間に合ったみたいだな!」
フィアに振り向いてにひひと笑うのはやっぱりいつもと同じお兄ちゃんです。そのお兄ちゃんが着ている服からは白い魔力が溢れだしていてお兄ちゃんが魔法少女化しているのが分ります。
「・・・ユウ。なの。フン。カワイイ妹の危機に変身に成功したの?でもたかが成り立ての魔法使いが1人増えた所で状況は何も変わらないの」
「まぁ、そう慌てるなよ、うさぎさん。それにあんた勘違いしてるぜ」
突然のお兄ちゃんの登場に頭の中が疑問でいっぱいになるフィアの視界の隅。度重なる衝撃で脆くなっていたビルの一部が崩れフィアたちの真上へと落ちてきます。座り込んでおにいちゃんを見上げているフィアからでもギリギリ見える位置。当然お兄ちゃんからは見えません。
「!危ない!おにいちゃ・・・」
「『マルチシールド』」
お兄ちゃんが手を上に翳して呪文を唱えると5枚のお星様の形をしたシールドが生まれ。4枚を犠牲にして瓦礫の勢いを殺し。斜めに展開した最後のシールドで瓦礫の落下先をフィアたちの真横に変えてしまいました。
今の魔法。フィアのラビットシールドの半分以下ぐらいしかチカラを消費していません。魔法少女になったばかりのはずのお兄ちゃんがどうしてそんな緻密な制御ができるのでしょうか。
「まず1つ。俺の戦力を見誤っている。イメージすればイメージしたとおりに発動する魔法。そして自信に満ち溢れ、何でも出来るような気にさせる変身の副作用。この二つが揃った状況ならばな!俺達日本の男子高校生は異世界人にだって勝つことが出来る!」
「ハッ!笑わせるの。戦える人が1人から2人になったところで何が変わると言うの!あたちに勝てない事実はなにも変わらないの!」
「2つ目がそれだ。お前さん・・・いつから俺が1人だと錯覚していた?」
お兄ちゃんがそう言った途端にバアアアアアアアアンと何かが爆発したような音が鳴り響きます。
いえ。音ではありません。伝わってくるこの波動はチカラが爆発したものです。それと同時に空へと光の柱が屹立していきます。始めはすごく近くから。次に少し離れた所から。そして町中のいたるところから。
1つ、2つと上がっていた柱が最終的に数え切れない程の数になり。変身した人たちがこちらへと向かってきているのもチカラの流れで分ります。
「さあて。うさぎさん。第二ラウンドの開始といこうか!!」
そう言うとお兄ちゃんは宙に佇むボーパルちゃんへと弾丸の様に飛んでいきます。ボーパルちゃんの迎撃用の魔法を軽やかにかわすその飛行方法は空中に足場を作ってそこを蹴って移動するフィアやボーパルちゃんの飛び方よりも滑らかで自然なものに見えます。
「どうして・・・」
「祐が戦う理由か?それはフィアちゃんと同じじゃないのかな?」
半ば無意識に呟いたフィアの独り言に答えたのはさっきまでこの場に居なかったはずの人です。
「・・・タクさん?」
「ああそうだ。久しぶりだね」
地面に座り込むフィアに手を貸してくれたタクさんの後ろには続々と人が集まってきています。空を飛んでくる人。地上を走ってくる人。中には瞬間移動の様に突然沸いて出てくる人もいました。
「それともさっきの問いはここに集まってくる人に対してだったのかな?それなら・・・ちょっとおせっかいな人達が居てね。ここでの戦いを町中の人に見せて回った人がいたんだ。フィアちゃんの戦う姿を。心を。町中の人が目にして。そして思い出したんだ」
「思い出した・・・?」
「ああそうさ。俺は・・・一年ぐらい前だったかな。黒い感情に心が塗りつぶされて。どうしようも無くなって。どうすることも出来なくて・・・そんな時にね。声が聞こえたんだ。光が見えたんだ。あの時は夢でも見ていたのかと思っていたけどそうじゃなかった。今なら分る。あの時俺を助けてくれたのはフィアちゃんだった。ありがとう。・・・お礼。ずいぶん遅くなっちゃたけどな」
そう言ってフィアを助け起こしたのとは反対の手でタクさんは自分の頬を掻いて照れている様でした。
魔人化したときの記憶が戻ってる?どうして・・・
「俺もだ!先週おかしくなったときにキミに助けてもらった!」
「俺も・・・俺も覚えてるぞ!クソッ!なんで忘れていたんだこんな大事なこと・・・」
「私も!」
「ボクもだ!」
「I'll be back」
「俺達が困っていた時に助けてもらったんだ。今度はこっちが助けてあげる番だろ!」
「ああ!こんな小さな子にばっかり背負わせる訳にはいかないからな!俺達OTONAに任せておけ!!」
「みんな・・・」
今も町中からどんどん集まってくるこの街の住人たちは見覚えがある人ばかりです。皆変身をしている。その心を強い正義の心で満たした立派な魔法少女達です。
「ま、嬢ちゃんのおせっかいも意味が無いものじゃ無かったって訳だな」
「当然。私達もそれに救われてこの場に立っていられるわけですしね」
「一銀行員として借りは利子をつけてキッチリ変えさせてもらいますよ。倍返しです」
「・・・手伝う・・・御礼」
「あなた達は・・・」
フィアとボーパルちゃんの間に壁になるように降り立った他の魔法少女達と比べても強いチカラを放つ4人の人達。その人達もフィアには見覚えがありました。
姿形は大分変わりましたが・・・いえ元に戻ったのですね。あの人達は・・・
「魔人四天王」
「ガハッ!ちょ、ちょっと待とうか嬢ちゃん。あの頃はちょーと俺らも調子のってた訳で。出来ればその呼び名は封印してもらえると・・・」
「てめーらいつまで談笑してんだ!!俺1人でこの化け物を押さえるとかマジムリだから!早く手伝いやがれ!」
空からボロ雑巾みたいになっているお兄ちゃんの絶叫が響きます。アレだけ啖呵を切っていたのにもう負けそうです。流石お兄ちゃんです。
「おっと、総大将のお呼びだ。お前ら!!近接飛行戦が出来るヤツは四天王の指揮下でユウの援護に入れ!魔法が出来るヤツは俺の指揮下で合唱魔法の準備だ!リリカルでマジカルな一撃をアイツにくれてやるぞ!!それ以外はフィアちゃんの手当てとチカラの譲渡だ!!」
「「「「「「おう!!」」」」」
「さぁ・・・楽しんでいこうか!!!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」
タクさんの号令のもと集まった大勢の魔法少女達が3つのグループに分かれます。
男の人や一部女の人がお兄ちゃんの援護に行ってボーパルちゃんを全方位から取り囲みボコボコにしています。
タクさんの元に集まった、どこかお兄ちゃんやタクさんと似た雰囲気の学生さん達は力を合わせて大きな魔力弾を作っています。
全員が全身からチカラを溢れさせ一糸乱れぬ制御で綺麗な球体にチカラを圧縮し続ける集団は、純粋な攻撃力に乏しい今のフィアにはとても頼もしく見えます。
「ふっ、ついにこの俺様の封印されし右腕を解き放つ時が来たか・・・」
「ハーーーハッハッハ!俺の封印されし左目が疼くぜ!!」
「じゃあ俺は左手が生贄の血を求めているぜ!」
「それなら俺は第三の目が・・・」
「だったら俺は・・・」
「俺は・・・」
「・・・」
・・・訂正します。能力が封印されている人や生贄を必要とする人が多すぎます。何をどうしたらそれだけの集団規模で封印攻撃を受けるのですか・・・。あ、制御が乱れているとタクさんに怒られています。それでも能力に制限がかかった状態であれだけチカラが使えるのだから優秀なのには違いないのでしょう。どことなく不安ですが。
最後にどちらにも属さない沢山の人達がフィアへと自分のチカラを託してくれています。
ありがとう。と。感謝の言葉を伝えられる度に相手の胸から飛び出してきた白く温かいチカラがフィアの胸に入り込みポカポカと体と心を温めてくれます。
フィアにチカラを渡しすぎて変身が解けちゃう人も沢山いました。
戦場で変身を解いちゃうなんて・・・。まったく。・・・本当に、本当に。困った人達です。
「ええい鬱陶しいの!!」
囲まれてボコボコにされていたボーパルちゃんが全方位にシールドを張って街の人達を吹き飛ばしてしまいます。
「レベル0が何人増えた所であたちにダメージを与えられない現状は何も変わってないの!ユウ達がどれだけ頑張ろうとあたちを倒すことは不可能なの!」
「へー、そうかい。じゃあアレはどうだ?」
クイっとお兄ちゃんが親指で指し示した先では大きな。そして綺麗に圧縮されたチカラの塊が浮遊しています。
タクさんのあの曖昧な指示で作られたとは思えない程のすごい制御能力です。皆さんの息が完璧に合っています。まるで普段から練習していたみたいです。
「ハッ!あんな維持だけでかなりのチカラを持っていかれるだけの攻撃なんて当たらなければどうということは無いの!」
「それはどうかな?」
お兄ちゃんが無駄にクルクルまわってオーバーアクションでボーパルちゃんの目の前に移動します。
「な!なんで!体が動かないの!わざわざ当たってやる必要も無いの!さっさと避けるの!!」
「はぁ~。やれやれ。うさぎさん。お前さんはやっぱり何も分かっていない」
やれやれと大きく肩を竦めるお兄ちゃん。時間稼ぎをしているのは分かるのですが・・・こう・・・なんでしょう無性に殴り飛ばしたくなります。
「何なの!あたちが何を分かっていないっていうの!!」
「簡単な事さ。・・・主人公のピンチに駆けつけた、かつては敵だった仲間達。命を助けてもらった恩を返すために自分達の命を賭けてラスボスから時間稼ぎをして。その間に自分のチカラが枯渇してぶっ倒れるまでチャージした文字通り全霊をかけた攻撃だ。それを・・・かわせる訳が無いだろう?」
「し、しまったのーーーー!!」
ハッ!と始めてその可能性に気づいたように絶叫するボーパルちゃん。
フィアもその可能性を説明されるまでまったく気がつきませんでした。すごい説得力です。さすがお兄ちゃんです。
「ユウ!準備が整った。そこを退け!もろともに消し飛ばすぞ!!」
ざん!と地面を踏みしめるタクさんの手には一本の光輝く杖が握られています。魔法の杖というには妙にメカメカしいその杖を持ったタクさんはボーパルちゃんとチカラの塊の延長線上に陣取ります。
「吹き飛べやあああああああああああ!!」
雄たけびを上げたタクさんはお兄ちゃんが避難したのを確認もせずに、手に持った杖を槍投げのようにチカラの塊へと全力ブン投げます。
ズン・・・という鈍く響く音を出しながらチカラの塊に沈み込んだ杖は反対側から突き抜けボーパルちゃんに迫ります。そして杖が貫通したチカラの塊は球体を保つために押さえつけられていた圧力に押し出される様に杖が貫通した先へ。ボーパルちゃんの下へと一気になだれ込みます。
「・・・残念。目標まではもうちょっと足りなかったの。『デュアルラビットシールド』なの!」
ボーパルちゃんが展開したのは何枚も重なったウサギさんの形をしたシールドです。それを少しずつ攻撃が右に傾くように展開してタクさん達の全身全霊の一撃を逸らしてしまいました。
「あっ!ズルイ!俺の魔法をパクリやがった!」
「ふふん!そこは戦いの中で強くなっていると言って欲しいの。それにユウの魔法だってどうせアニメかマンガのパクリなの。ユウにズルイと言われる筋合いは無いの!」
ふふん。と胸を張るボーパルちゃんとそのボーパルちゃんの前でズルイズルイと腕を振り回して抗議するお兄ちゃんはなんだか楽しそうにも見えます・・・。どうしてもっと早くこの光景を作り出せなかったのでしょうか・・・。
いえ。これからでも遅くはありません。フィアはボーパルちゃんを倒して一緒に帰るのです!
「それで?この程度で終わりなの?この程度の攻撃じゃ百回やってもあたちを倒せやしないの」
「まさか。本命は、あっちだよ」
「?・・・!?まさか・・・まさかなの・・・!?」
お兄ちゃんに指を指されて振り向いたボーパルちゃんはビックリしています。
ボーパルちゃんの後ろ。タクさんと光の塊があった場所とボーパルちゃんがいた場所のさらに延長線上にラビットジャンプで転移したフィアは白く激しく光輝く妙にメカメカしい杖を構えてボーパルちゃんに振りかぶります。
「キャッチしたというの!?あたちでも逸らすのが精一杯だった攻撃を!?正気じゃないの!!」
タクさん達に説明されて出来ると思った。そして出来た。それだけです。
「・・・これで終わりです」
フィアの掲げた杖は目が潰れそうになるほど強いチカラが圧縮されていています。皆の。この街の皆の心が篭った一撃です。今度は絶対に外しません。
「あたちが・・・あたちの負け・・・」
「『ラビット・・・ブレイカーーーーー』!!!!!」
ボーパルちゃんの上空から光の濁流を振り下ろすフィアほ構図はまるで、ついさっきフィアにトドメを刺そうとしてたボーパルちゃんのようでした。
「とでも言うと思ったの?ミズキちゃん!」
そして結果も同じになりました。
「・・・はぁ。フクロウ使いの荒い姉さんです」
空間を引き裂くようにしてフィアとボーパルちゃんの間に現れた一羽のフクロウがぽいっとフィアの方へ・・・フィアの放ったラビットブレイカーの方へと黒い石を投げつけます。
いえ、アレはただの石ではありません。フィアも何度も使ってきたあの石は・・・
「ジュエル?」
「そのとおりなの!」
ラビットブレイカーとぶつかってバアアアアアアアンと大きな魔力の弾ける気配と共にジュエルから一気に濃密な魔力があふれ出し、ラビットブレイカーのチカラと混ざり合ってグルグルと渦を巻き始めます。
「ジュエルの元になっているのはあたち達の体以外で唯一向こうの世界から持ってこれた物!ごしゅじん様がプレゼントしてくれた装飾品なの!向こうの世界との繋がりを持つ装飾品を魔力で変質させて作った鍵がジュエルなの!さぁ・・・ゲートが開くの!!」
グルグルと回転する黒い魔力と白いチカラがコーヒーに注がれたミルクの様にジワジワとお互いに混ざり合い互いの境界が曖昧になった時。二つの力の中心に見たことの無い風景が映りました。
「アハハハハハハハ!やったの!ついにやったの!これで元の世界に帰れるの!!」
「やりましたね姉さん。これでまたご主人様に仕えることが出来ます」
ゲートに映る景色は刻々と変化しています。
ある時には灼熱の砂漠を。またある時には無限に広がる大海原を。
「これが・・・ボーパルちゃんの故郷・・・?」
吸い込まれるような黒き森を。極寒の雪山を。順番にゲートはフィア達に見せていきます。
「アハハハハハ!アハハ!アハハハ・・・は?・・・どういう・・・事なの・・・?」
「姉さん・・・これは・・・」
荒廃し草が生え放題になった廃墟をゲートが映した瞬間ボーパルちゃん達の雰囲気が変わります。
それと同時にフィアも違和感に気がつきます。
ゲートが映すこの世界・・・
「生き物が・・・いない?」
人間だけじゃありません。広い草原を映した時も高い空を映した時も。綺麗な海を映したときも動物も虫も鳥も魚も居ませんでした。
せっかく美しい世界なのにこれじゃあ、あんまりにも静か過ぎて寂しいです。
「ボーパルちゃん?今見えているのがボーパルちゃんの元居た世界で・・・」
「バカな!なの!」
「ね、姉さん・・・」
フィアが目を向けたボーパルちゃんは今までに無いほど激しく怒り。そして悲しんでいました。
「術式は正常に起動したの!理論に間違いも無かったの!ゲートは確実にあたち達のいた世界に繋がっているの!・・・繋がって・・・しまっているの・・・」
「姉さん・・・」
そこでボーパルちゃんの気配が急速にしぼんでいきました。おそらくさっき見えた滅びた街がボーパルちゃん達が住んでいた街なのでしょう。
ボーパルちゃん達は自分達の住んでいた街に帰りたくてこんな事をしたのにいざ夢が叶ったと思った直後に帰るべき故郷が既に滅んでいたと知ったのです。
・・・フィアには今のボーパルちゃんの気持ちなんてちょっとも分かりません。簡単に共感していいとも思いません。今のフィアに出来るのは黙ってボーパルちゃんの傍に居てあげる事だけです。
あのフクロウさんがそうしているように。
「ボーパルちゃ、」
バアアアアアアアアアン!!と今日だけで何度も聞いた破裂音がフィアの体を揺さぶります。いえ。破裂音ではなく魔力の弾ける波動です。
魔法少女化しているフィアの体を吹き飛ばしそうになるほどの強い魔力の波動は俯いて小さくなっているボーパルちゃんから発せられています。
「ぎゅい、ぎゅいいいいいいいいいいいい」
「姉さん!姉さん、気をしっかり持ってください!このままでは姉さんはジュエルの魔力に呑み込まれてしまいます!」
その小さな体からありえない程の濃密は魔力を迸らせているボーパルちゃんは、白い毛並みを這うように広がっていた刺青が徐々に広がって完全に全身を真っ黒に染めてしまい。赤い瞳だけが変身前と変わらず爛々と輝きを放っています。
「姉さん!ねえさ」
『近づくな、なの!!』
踏み込みも。振りかぶりも。落下の勢いも。何も無いただの踏みつけ。それだけでフクロウさんが弾丸のように真下へと吹き飛んで大きなクレーターを作ります。
「ミズキの姉御!?」
ボーパルちゃんに吹き飛ばされて距離を取っていた四天王がフクロウさんの所に向かいます。
四天王の人達はあのフクロウさんとお知り合いなのでしょうか。
「フィア・・・」
ボーパルちゃんを睨みながらもフクロウさんの所へと後退していくお兄ちゃんがフィアを呼びます。
それと一緒にボーパルちゃんを囲っていた近接飛行戦部隊の人達もゆっくりと降りてきました。
ボーパルちゃんは俯きながらブツブツと独り言を言っていてフィア達の様子には気にした様子もありません。
「姉御・・・」
クレーターからフクロウさんを救い上げた四天王さん達は皆さん辛そうな顔をしています。あのフクロウさんもボーパルちゃんの味方をしていたので四天王さん達から見れば敵だと思うのですが・・・。
フィアとボーパルちゃんの関係と似たものを感じます。きっとあのフクロウさんと四天王さん達も家族のような関係だったのでしょう。
「おい・・・ユウ。アレはさすがに・・・」
「ああ。分かってる」
チカラを使い果たした魔法部隊に逃げるように伝え、こちらに合流してきたタクさんは青い顔をしています。無理もありません。それぐらい今のボーパルちゃんから発せられている魔力は恐ろしいものなのです。
「フィア・・・すまない。格好つけて登場しといてこんな事言いたくは無いんだが・・・アレの相手は俺達にはちょっと荷が重そうだ」
そうフィアに謝ってくるお兄ちゃんは相変わらずボーパルちゃんを睨み付けており・・・しかしその顔には隠しきれないほどの冷や汗が浮かんでいるのが見て取れます。
「普通の魔人程度なら俺でも何とかなるんだが・・・アレはもう魔人なんて枠に収まる様な存在じゃないな。言うならば魔神だな」
「魔神・・・やっぱりお兄ちゃんは前から魔人と魔法少女について知っていたんですね。フィアの事も」
「まぁ・・・な。悪かったよ。フィアが危ない事をしているのは何となく分かったからこっそり調べたんだ。・・・家族だからな、言葉にしなくてもなんとなく分かるんだよ。直接聞いてないけど母さんも気づいていたと思うぞ?親父は・・・分からんけど」
そう言って頬をかくお兄ちゃんはイタズラがばれた子供みたいな顔をしていて。それがおかしくてフィアはこんな時だというのにちょっと笑ってしまいました。
お兄ちゃん達に隠し事をしていたのはフィアなのにどうしてお兄ちゃんが謝っているのでしょう?これじゃアベコベです。
「フィアちゃん」
くすくすと笑うフィアに声をかけたタクさんはいつもの飄々とした雰囲気が消えて真剣な表情をしていました。ちょっと怖いです。
「ごめんな。結局またフィアちゃんに任せる事になっちゃった」
「気にしないでください。元からフィアとボーパルちゃんの問題です。ココまで手伝ってもらっただけで十分です」
「・・・ありがとう。せめてこれぐらいは貰ってくれ」
フィアへと差し出されたタクさんの手の平の上には光輝くチカラの塊が淡く輝いています。そしてチカラの塊の出現と同時にタクさんの変身が解除されました。
変身の維持をするためのチカラすらもかき集めた、タクさんの全チカラがフィアへと流れこんでフィアのチカラと混ざり。体中へと流れていきます。
「・・・この世界を。この街を。俺の家族を。友達を。・・・頼んだ」
「・・・頼まれました」
フィアが頷くとチカラを使い果たしたタクさんがフラ~と倒れそうになり別の魔法少女にえっちらおっちらと運ばれていきました。まったく。いまいち締まらないところが実にタクさんらしいです。
「穣ちゃん。俺もこれ以上は戦えねぇ俺のチカラも貰っていってくれ。俺達を倒したんだ。あんなヤローに負けんじゃねーぞ!」
「最後はエース同士の一騎打ちか。燃えるわね。気絶して見られないのが残念だわ」
「・・・利子分ぐらいは返済しました。あなたに借りた貸しはまだまだ返しきれていないのですこんな所で潰れるのは私が許しませんからね」
「・・・チカラ・・・譲渡。・・・がんばって」
「皆さん・・・はい。フィアは・・・フィアは、絶対無敵の魔法少女です!今日も華麗に素敵に勝利するに決まっているのです!」
フィアの決め台詞に自分達がやられた時を思いだしたのか苦笑いを返す四天王さん達がフィアに自分達のチカラを譲渡してこの戦場から退場を・・・
「・・・フィア・・・さん」
所どころ、かすれるような。ノイズが混じっているようにも聞こえる声がフィアと四天王さん達のあいだから聞こえてきました。
「・・・姉御!」
「「・・・あねさん!」」
「・・・!・・・!!」
その声は四天王さん達の1人の腕の中。大事そうに抱えられたフクロウさんから聞こえてきます。
「皆さん・・・良かった。無事だったのですね」
「姉御!喋っちゃダメだ!姉御の体は・・・」
「大丈夫です・・・それよりも、フィアさんとお話を・・・」
「大丈夫なものかよ!!!!姉御の・・・姉御の翼が!!」
四天王さんに抱きかかえられているフクロウさんは、ボーパルちゃんとお揃いの雪の様に白い翼が半ばまで消えて無くなっています。残った翼も徐々に透明になって消えていってます・・・まるで、フクロウさんの命のタイムリミットのように。
「・・・HPを超過したダメージをチカラの消費で代用したのですが・・・存在を維持する為のチカラまで消費してしまいましたか・・・流石姉さんですね」
「チカラか!?チカラがあればいいのか!?なら俺のを使え!」
「私のも使ってください!」
「私もです!」
「・・・使う」
四天王さん達が自分達の変身を解除してフクロウさんにチカラを差し出しますがフクロウさんは力なく首を振ってチカラの受け取りを拒否します。
「私の体は消滅が始まっています。もうチカラを受け取った所で回復はできません。そのチカラはフィアさんに渡してください。彼女にこそ必要なチカラです」
「姉御・・・分ったよ。他でもない姉御の頼みだ。元よりそのつもりだったしな!」
翼の殆どが消えてしまい体も消え始めたフクロウさんの頼みもあり四天王さん達はフィアへと集めたチカラを渡してくれます。
「嬢ちゃん・・・姉御のこと。頼んだ」
「はい。頼まれました」
体すらも殆ど消えたフクロウさんを受け取りそれで安心したのか気絶してしまった四天王さん達も避難してもらいいました。
「フィアさん・・・私の話を聞いてもらえますか・・・?」
「はい。お聞きします」
運ばれていく四天王さんを見送りながらフクロウさんがフィアに話しかけてきました。
「・・・姉さんは・・・この世界に来てすぐの頃は、とても明るく。いつも笑っていました。自分も知らない世界に突然連れてこられて不安だったのに、私たちを心配させないように・・・でも時間が経つほどに姉さんが笑うこともなくなって・・・
・・・そんな姉さんが最近はまた笑うようになったんです。フィアさん・・・あなたの事を話す姉さんは本当に楽しそうで・・・
勝手な頼みだということは分かっています。私達はあなた達を騙して利用してきたのですから・・・
でも、それでも。どうかお願いします。姉さんを・・・。独りぼっちで泣いている姉さんを・・・たす・・・け・・・――――――――――――――――」
「はい。頼まれました。・・・ミズキさんは安心して待っていてください」
・・・既になんの重みも感じない腕に向かってフィアは微笑みます。
あたち達はこの世界に顕現しているだけでチカラを消費する・・・ボーパルちゃんが言っていた言葉です。
存在を維持するだけのチカラが無くなればボーパルちゃんもミズキさんのように・・・
「フィア・・・とんだ誕生日になっちゃったな」
最後にフィアに声をかけてきたのはお兄ちゃんです。既にあんなに沢山いた魔法少女達も戦えなくなった人達を避難させるために殆ど残っていません。
「お兄ちゃん・・・」
「ほら。俺のチカラも持っていけ。・・・アイツ。フィアの家族なんだろ?さっさと仲直りして俺達に紹介してくれよ。そんで全部終ったら皆でパーティだ。今まで最高の誕生日パーティになるな!」
「ふふっ、本当。ボーパルちゃんからのとんだ誕生日プレゼントです。・・・はい。お兄ちゃんのチカラ、受け取りました。後はフィアがやっておくのでお兄ちゃんは先に帰ってパーティの準備をしていてください」
「お?言うね~それじゃここは任せた。でっかいケーキを作って待っているから日が落ちる前には帰ってこいよ」
「はい。速攻で仲直りして準備をする前に帰ります」
「・・・もうちょっとゆっくりしていってもいいんだぞ?」
最後までフィアと軽口を叩き合ったお兄ちゃんはフィアに背を向けながら、ヒラヒラと格好つけて手をふって三歩歩いたあと前のめりにぶっ倒れました。
まったく・・・お兄ちゃんったら、まったくもう。
お兄ちゃんが運ばれ。フィアとボーパルちゃんしか居なくなった戦場でフィアはふわりと浮かび上がってボーパルちゃんの元へと向かいます。
ラビットステップでの移動ではありません。お兄ちゃんが使っていた空間を泳ぐような自然な飛行です。
「ボーパルちゃん。一緒に帰りましょう。皆、家でボーパルちゃんとフィアが帰るのを待っています」
宙に浮かびその身から無限に思える程の魔力を迸らせるボーパルちゃんは真っ赤な瞳以外が全てを飲み込むような闇色に染まり、実体化するほどに高まった魔力がバチバチと雷のようにボーパルちゃんの体を這っています。
『・・・あたちが帰る場所はこの世界には無いの。あたちが帰る場所はあの場所だけなの』
ボーパルちゃんから聞こえてくる声は前までの可愛らしい、舌足らずな声とは違います。
普通のボーパルちゃんの声に低いノイズ混じりの声が混ざったようなひどく違和感のある声です。
「分かっています。だけど、」
『っ!!分かってる?分かってるっていったの!?フィアにあたちの何が分かってるって言うの!!
あたち達は何も悪いことはしていないの!それなのに突然知らない世界に飛ばされて!
一緒に飛ばされてきた姉妹以外はあたち達を見ることも触ることも出来なくて!
ただ生きているだけで世界に否定されて存在が削られて!
その不安が!寂寥感が!恐怖が!フィアに分かるっていうの!!』
「っ!それは・・・」
『・・・もういいの。本当は適当に煽って、天然物の魔人と魔法少女を探すための狂言だったけどもういいの。あたちはこの世界を破壊するの。その為のチカラも手に入れたの。それにもしかしたらこの世界を破壊したらごしゅじん様があたちを見つけてくれるかも知れないの!!』
「そんなの・・・ダメです。そんな事をしたら、ボーパルちゃんがこっちに戻ってこれなくなってしまいます!」
『邪魔を・・・するな、なのおおおおおおおお!!』
ボーパルちゃんが叫び声を上げると同時にボーパルちゃんから放出されていた魔力の量が跳ね上がり全方位に黒い雷が駆け抜けます。
「くっ!ボーパルちゃん!」
フィアは使い捨ての剣を大量に出してデコイにしつつ何とかボーパルちゃんに近づいていきます。
『まずはフィアちゃんから倒させてもらうの。この街の希望。魔法少女フィアさえ倒せばこの街は既に制圧したようなものなの』
「・・・させません!」
『ホラホラちょっとは楽しませて欲しいの!』
そう言うとボーパルちゃんの形をした魔力の塊から次々に黒い炎で出来たラビットファイアがフィアに迫ってきます。もちろん黒い雷を変わらずに出続けています。
「『マルチラビットシールド』!」
お兄ちゃんとボーパルちゃんが使っていた魔法を模倣した魔法でラビットファイヤを受けます。
ただし、ずっと飛び続けデコイの剣も撒き黒い雷を避けながらの発動です。2人のような繊細な操作などしている余裕は無く。補助を受けてもただ硬いだけのラビットシールドを複数召還しフィアに追随させているだけで精一杯です。
『・・・人の限界を超えた魔法の超制御能力。魔人四天王の一人の能力なの。それにその飛行能力に物質創造能力・・・間違い無いの。フィアちゃん。チカラと一緒にその特徴も受け継いだの?』
「ヒミツです」
『その回答は肯定と同義なの』
実際ボーパルちゃんの言うとおりです。フィアはお兄ちゃんのチカラで空を飛び、タクさんのチカラで鉄を含んだ物質の剣を作り、四天王さんの一人のチカラでこれらのチカラを制御して同時発動しています。
『ハッ!何を狙っているのか知らないけど何をしたところであたちにダメージは通らないの。さっきのラビットブレイカーだって今なら片手で防げるの!』
「っ!」
一匹のラビットファイアがラビットシールドをすり抜けフィアに迫ります。
回避は間に合いません。なら。
「『ラビットソード』!」
『・・・反応速度の超加速。それも四天王の能力の一つだったの。フィアちゃんの中にある異質なチカラの残りは2つ。なら残っているのは超精神干渉と超筋力強化なの。今のあたちに精神干渉なんかしたら逆にフィアちゃんの方が干渉されるの。それにフィアちゃんの筋力が強化されたところであたちの方が強いの!』
「そう・・・ですね」
ボーパルちゃんの言うとおり皆のチカラを受け継いだフィアでも、魔神になったボーパルちゃんを倒すことは出来ないでしょう。
『ハッ!負ける事が分かりきっているのに戦い続けているとは恐れ入るの!そのまま心を折ってくれるの!!』
パチンとボーパルちゃんのモフモフの手のどこから聞こえたのか分からない音が鳴り響くとフィアの周りを全方位色とりどりのウサギさんが囲みます。前よりも威力の上がったラビットサークルは一匹一匹がラビットシールドを貫通してフィアの命をたやすくもって行けるほどの魔力が込められています。
『アハ!さあさあ今度はどうやって避けるのか見ものなの!』
「っ!『ラビットジャンプ』!」
マルチラビットシールドとデコイの剣の創造を止め、、ラビットジャンプの詠唱に上昇した制御能力を集中させることでギリギリ転移が間に合いました。転移した先は・・・
『ハッ!バカの一つ覚えみたいな行動で何度もあたちの後ろを取れると思うな、なの!』
ボーパルちゃんの真後ろ。
しかしチカラの揺らぎでフィアの転移を先読みしていたボーパルちゃんはフィアが転移するよりも先に後ろを振り返って、足を振りかぶっており・・・
ズドン!!!!
いつかの繰り返しの様にフィアのお腹に強力なキックが叩き込まれます。
前回はビルを突き破って後ろの建物に当たってやっと止まりましたが今回は・・・
「・・・捕まえ・・・ました。ガフッ!」
反応速度の超加速でブレる様に動くボーパルちゃんを捕らえ、超筋力強化でがっしりと掴みます。
黒い雷がフィアの腕を這って焼け焦げた嫌な匂いがしますがもう絶対に離しません。
『離すの!!』
ズガアアアン!!!
衝撃波を纏うボーパルちゃんの蹴りが、ボーパルちゃんを掻き抱くフィアの胸に突き刺さります。
痛いです。泣きそうです。魔法少女じゃなかったら百回ぐらいバラバラになってそうな一撃です。魔法少女でもバラバラになりそうです。でも・・・
「はな・・・ガホッゲホ!ゲホ!・・・ハアハア。離しません!フィアは絶対にボーパルちゃんを離しません!」
『離せと言っているの!!!!』
ズバアアアアアアアアン!!
空気を引き裂き迫るボーパルちゃんのキックに、フィアは。
「超精神干渉全開!!!!」
残った最後のチカラを開放します。本来相手の精神に一方的に干渉できるチカラがボーパルちゃんの強い抵抗からの逆干渉でボーパルちゃんとフィアの間に一種の精神的なパスが繋がった状態になります。
ボーパルちゃんの感情がフィアに流れ込んできます。
恐怖。諦め。嫉妬。絶望。そしてその奥深くに沈みこんでしまったボーパルちゃん本来の優しさも。
「・・・フィアは絶対にボーパルちゃんを離しません。ずっとボーパルちゃんと一緒に居ます。だから一緒に帰りましょう?フィア達の家に」
『黙るの!!!!!!』
ドガアアアアアアアン!!!!!
「・・・今のボーパルちゃんなら、フィア以外の人にも見えるし触れるんですよね?ならお兄ちゃんやお母さんにもボーパルちゃんの事をちゃんと紹介しないとですね。皆かわいい物が大好きだからきっとボーパルちゃんも大歓迎で迎えられるです」
『離せ!離すの!・・・・この耳障りな戯言を今すぐやめるのおおおおおおおおおおおおお!!!!』
ズドオオオオオオオオン!!!!!!
「・・・ずっとボーパルちゃんが食べたがっていたお母さんの手料理もいっぱい一緒に食べましょう。今日はフィアの誕生日だからきっと沢山おいしいもの作って待ってくれています。知っていますか?お母さんの作るハチミツたっぷりのホットケーキはほっぺが落ちそうになるぐらいおいしいんです。本当はぜーんぶフィアが食べてしまいたいのですがボーパルちゃんにだけ特別で半分こしてあげます」
『やめろ!・・・やめる、の!あたちは!そんな・・・優しくされていいウサギじゃあ!無い、の・・・あたちが目を離したから・・・アイギスちゃんが死んじゃって・・・ミズキちゃんも・・・あたちが・・・
こんなあたちの事を大好きだって。大切な親友だって。家族だって言ってくれるフィアちゃんだって騙して利用して!こんなあたちに帰る場所なんて無いの!だから離して!あたちを・・・殺して・・・な、の』
ペチン・・・ペチン・・・ぺ、チン。
フィアの体を蹴るボーパルちゃんの足は次第に弱くなりついにはダランと垂れ下がるだけになります。
それと同時にボーパルちゃんの体から溢れていた魔力も収まっていき黒い雷も消えて無くなりました。
黒い体はそのままに赤いクリクリした目でフィアを見上げるボーパルちゃんは怒られるのを待つ子供のようで、まるで見た目どおりの臆病なうさぎさんに見えます。
「・・・ボーパルちゃんは我がままです。フィアに何も相談しないでこんな事を起こして。皆さんに迷惑をかけて・・・だからボーパルちゃんのお願いは聞いてあげません。代わりにフィアのお願いを聞いてもらいます」
『フィアちゃん・・・』
「・・・ボーパルちゃん。一緒に帰りましょう。フィア達の家に。皆。フィアとボーパルちゃんの帰りを待ってますから。・・・これで、おあいこです」
『フィアちゃん・・・ふぃあちゃん・・・うわーーーーーん!!ごめんなさいなのーーーーー!!!」
「・・・おやおや。泣き虫なうさぎさんですね。フィアは、ふぃあは。・・・ぐすっ。ちょっとしかないてないのです。ふぃあのほうがおねえさんなのです」
黒かったボーパルちゃんの体が、胸元に黒い魔力が吸収されるように端から順に元の雪の様に白い綺麗な毛並みに戻っていき、あっという間にいつものかわいいボーパルちゃんに戻ってノイズがかっていた声も元に戻りました。
フィアの胸に飛びついて涙をこすりつけてくるボーパルちゃんを慰めようとフィアはボーパルちゃんの背中に腕を回して・・・あれ?おかしいです。手の感覚がありません。あれれ?足の感覚もありません。フィアの下半身はまだちゃんとくっついているのですか?あれれれ?何故でしょう視界が端からだんだん暗く・・・
「びええええええん!・・・ん?あれ?フィアちゃん?フィアちゃん!?しっかりするの!フィアちゃん!フィアちゃ」
フィアの様子がおかしいことに気がついたボーパルちゃんに上半身をガクガク揺さぶられながらフィアの意識は闇に落ちていきます。
ああ、だめですボーパルちゃん。そんなに揺すったらフィアの中身がでちゃ・・・――――――――――――
-----------------------------------------
「・・・ハッ!」
意識を取りもどしたフィアは辺りをキョロキョロと見渡します。どうやらフィアのお家のようです。
「んー?フィアどうしたの?大好きなママさん印のハチミツたっぷりホットケーキを食べてトリップしてたの?」
フィアの隣で器用にフォークとナイフを使って自分の分のホットケーキを食べているボーパルちゃんがフィアに問いかけます。今日も汚れ防止のウサギさんエプロンがかわいいです。
「・・・どうやらそうみたいです。ボーパルちゃんが世界を破壊しようとしていた時の夢をみました」
「あー、懐かしいの。半年ぐらい前のことなの」
「・・・7ヶ月前です」
「細かいことはどうでもいいの」
あの日はアレから大変でした。フィアが気がついた時には、まだフィアが気絶しているのに、フィアのお誕生日会がもう始まっているし。フィアが起きたのに気がついたお兄ちゃん達の悪乗りで全員の前で話さなくちゃならなくなるし。ボーパルちゃんは皆にもみくちゃにされちゃうしで誰にも収拾がつかないカオスな状況になっていました。
奇跡的に死んでしまった人は一人も居なかったらしく魔法でパパッと怪我と壊れた街を直せたのもあのバカ騒ぎの原因の一つですね。
・・・ただフィアは、あれだけ派手に街が吹っ飛んだのにただの1人も死んだ人が居なかったのは単なる奇跡なんかじゃ無くて・・・
「あーー!!思い出したの!!」
「・・・?何を思い出したのですか」
「約束なの!フィアはあの時確かに約束したの!」
ん?なんの事でしょう。ボーパルちゃんと一緒にいるという約束はこうやって守ってますし・・・はて?
「・・・すみません。ボーパルちゃんフィアには何のことだか分からな・・・」
「あの時の約束どおりフィアのホットケーキは半分貰っていくの!さらばなの~」
そういうとボーバルちゃんはフィアのホットケーキを半分切り取って口にくわえるとピューっと駆けて行きます。
あ!あぁ、あああああああああああああ!!!!
ふぃ、フィアのホットケーキが!大切に大切に食べようと思っていたホットケーキがああああああああ!!
「・・・ボーパルちゃん・・・フィアからホットケーキを奪うとはいい度胸です。・・・消し炭になる覚悟は出来ていますね・・・?魔装・部分展開」
「あははははははは!フィアはあの時確かにあたちと約束したの~。それに」フィアじゃああたちに追いつくことなんて出来はしないの~」
「・・・姉さん。これは一体なんの騒ぎですか」
部屋の中でドタバタと鬼ごっこをするフィア達の元へミズキちゃんが窓から遊びにきました。
「あっ!ミズキちゃん!いいところに来たの!あたちを連れて逃げるの!」
「はぁ~。どうせまた姉さんが悪いのでしょう?早く謝った方がよろしいのでは?」
「今日は違うの!いいから連れて行くの!召還し直してあげた恩を忘れたの!?」
「ふぅ。それを言われると弱いですね。いいでしょう。丁度姉さんに話がありましたし。それではフィアさん。そういう事になりましたのでこれで失礼します」
「バイバイなの~」
そういうとボーパルちゃんを掴んだミズキちゃんが入ってきた窓からまた飛んで行ってしまいました。フィアのホットケーキをくわえたままで。
はぁ~。今思い出してみれば確かにボーパルちゃんにフィアのホットケーキを半分あげる・・・というような事を言っていたような気もするですが。あんな盗むようなやり方をしなくても良かったと思うのです。フィアとボーパルちゃんは大切な家族なのですから。
はぁ~ぁ。全く。本当に困ったボーパルちゃんです。
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