夢見まくら

触手マスター佐堂@美少女

第八話 平和なひととき

 いよいよこの日がやってきた。
「キャンプキタ――――フォ――――!!!!」
 二日前まで完全に忘れてたけどな!
 昨日は、明晰夢について軽く調べた後、キャンプに必要な物の買い出しに行ったが、予想以上に時間がかかり、帰ってすぐに寝てしまったせいか、例の夢を見なかった。
 そう、実を言うと昨日は皐月に会っていないのだ。会っていないという言い方も少し変だが。
 調べた結果、俺が見ている夢は明晰夢ということで間違いなさそうだが、明晰夢を確実かつ人為的に引き起こす技術は今のところないと考えていいと思われる。結局、俺が明晰夢を見ている原因、方法といったものは分からないままだ。
 昨日は夢を見ていないので、もしかしたらもう二度と明晰夢を見ないかもしれない。
 そういうわけで、空元気でも出さないとやってられないのである。
 時計を見ると、午前六時過ぎだった。
 時間が早いせいか、まだ蝉の鳴き声は聞こえず、うだるような暑さもない。
 腰のあたりにかかっていたタオルケットを除けて、俺は起き上がった。
 ここから服部の家まで自転車で十五分ぐらいだから、あまりのんびりもしていられない。二条と待ち合わせもしているしな。
 朝食は今食べる必要はないだろう。俺はさっさと身支度を終えることにした。


 ◇


 集合予定時刻より微妙に遅れて、俺たちは服部の家に到着した。
「おーっす、おはよう、琢。海斗も」
「おはよう、服部」
「おう。悪いな、ちょっと遅れちまった」
「二分ぐらい大したことねーよ。あ、それ車に入れとけよ」
 服部にそう言われた二条と俺は、持ってきた荷物を車に押し込んでいく。
「なんかワクワクするな」
 二条が柄にもないことを言い出した。遠足はまだ始まってもいないぞ二条よ。
 その辺を眺めていると、あることに気が付き、服部に声をかけた。
「服部ー、佐原はまだ来てないのか?」
「ああ、まだみたいだな。まあそんなに急いでる訳じゃねーし、しばらく待ってたら来るだろ」
「案外ちょっとムラムラしてオナってるのかもしれないぞ」
「おい……」
 その様子が容易に想像できるあたり、さすが佐原。
 ……十分ほど経つと、佐原がやってきた。
「いやー、すまんね皆。ちょっと朝からムラムラきて抜いてきちゃった」
「ホントにオナってやがったよこいつ!」
 ゲス顏でそんなことを言ってのける佐原は、なんというか……さすがだと思う。
「朝から元気だなオイ」
 が、頼むからそんなくだらないことで待たせないで欲しかった。
「よし、じゃあ出発するか。太陽は助手席に乗ってくれ。海斗と琢は後ろに」
「はいよ」


 ◇


 結局、服部邸を出発したのは七時半を少し回ったころだった。
 今、俺たちを乗せた車は高速道路を走っている。服部の運転は比較的安心できるもので、服部以外の三人は気楽に座っている。車内にはどこかで聴いたことがあるようなアーティストの曲がながれていたが、誰一人としてその音に耳を傾けてはいなかった。
「免許いいなー。俺も欲しい」
 そんな俺の呟きに反応したのは、意外にも二条である。
「そんなに難しくないぞ。ちょちょいのちょいだ」
「え、二条も運転できるのか!?」
「ああ。……そんなに驚くようなことか?」
「いや、全然知らなかったから……じゃあ服部の気分が悪くなったりしたら交代できるのか」
「野口を一匹くれるなら交代してやってもいいが」
「金の数え方おかしいぞ二条。つーか金取るのかよ」
「冗談だ。世の中金だ」
「結局どっちなんだよ」
「しっかし琢って、ホントに何でもできるよなー。苦手なこととかないの?」
 俺の華麗なツッコミをスルーして、そんなことを言い出したのは服部だ。
「そんな風に見られてたのか? んなもん大量にあると思うが」
「うーん、琢の欠点ねぇ……」
「おい、さりげなく欠点に置き換えてんじゃねーよ」
 佐原にバシッとツッコミを入れる二条を横目に、俺は考える。
 二条琢。
 顔は文句無しにいいな。中性的な感じ。身長は俺より若干高いから175、6cmぐらいだろう。性格は……友達とか知り合いには比較的優しい……かな? 他人には最悪。頭は良さそう。料理もできるって言ってた。主夫力もそこそこあるんじゃなかろうか。彼女はいないと思われる。
「やっぱり性格だな、うん」
 二条に頭を叩かれた。痛い。
 的屋のオッサンのグラサンのエピソードを忘れたとは言わせんぞ。
「性格? そんなに悪くないと思うがなぁ……ああ、そういえば」
 服部も思い出したようだ。
「前に俺と海斗と琢で一緒に帰ったときに変なのに絡まれたけど、琢がボコボコにしてたな」
 ああ、そっちか。そんなこともありましたね。
「あのとき俺は二条の裏の顔の片鱗を目の当たりにしたのです」
「え? 何その話?」
 佐原が首を突っ込んでくる。
「ちょっと不当な理由で金を請求してきたから、慰謝料もらっただけじゃねーか」
 二条は何でもないことのように言っているが、明らかに合意の上ではなかった。
「つか、あの日お前らに奢ってやった唐揚げは、その時の金で買ったやつだったんだぞ。ありがたく思えよ」
「マジかいな」
 それは知らなかった。
「そういえば唐揚げで思い出したけど、お前ら朝飯食って来たか?」
「いや、まだだな」
「俺も」
「よし、じゃあ次のSA寄るか」


 ◇


「見てみろよ海斗! このソーセージ、俺のち○ちんみたいだぞー!」
「そのネタは少々危ないのでお控え頂けますか佐原ぁ君」
 そんなことを言いながら、極太! フランクフルト(商品名)に食らいつく変態が一人。
 刺激すると下ネタ、放置しても下ネタを発する佐原ぁ君である。
「フランクフルトは幼女に食べさせてこそいとをかし」
「ちょっと古文風に言ってもアウトだから服部!」
「ソフトクリームを幼女に食べさせるのもまたをかし」
 二条がソフトクリームをペロペロしながら呟いた。
 駄目だ、俺ひとりじゃこいつらのボケを拾いきれねぇ……!
 というか、二条の舌使いが妙にエロい。どこで覚えたんだそれ。
「バナナで練習しました」
「んなもんいつ使うんだよ……」
「いつ使うか? 今でしょ!」
「確かに今使ってるけれども!」
 何年後かにこのやりとりを思い出す頃には、もう人々の記憶からあの人は消えてるんだろうなぁ……。
「そろそろ行くぞお前ら。……あれ、太陽はどこ行った?」
 食事を終えたらしい服部が俺たちに聞いた。
「太陽?  ……ああ、佐原ならトイレに」
「きっと俺の舌使いに欲情してトイレで抜いてるんだぜ?」
「マジでありそうだから困るねホント!」
 トイレから戻ってきた佐原は、心なしかスッキリしたような顔をしているように見えた。
 深くは追求しないでおこう。


 ◇


「TU☆I☆TAー!」
「どんな表現のしかただよ、どっかで見たことあるぞ」
「遊んでないでこれ運んでくれ。翔太に言われてんだ。後でゆっくりするほうが楽でいいだろ?」
「おう!」
 ちょうど正午に差し掛かろうかという頃。俺たちはキャンプ場に到着した。
 服部は一人で管理人のところに向かったようだ。
 車から降りるとすぐに、あの海辺独特の臭いが鼻を突く。海に近いものの、テントをたてる辺りは芝生で覆われており、寝転がると気持ちが良さそうである。
 目の前には湖があり、遠くのほうではボートを漕ぐ人影が見えた。湖までには1mほどの段差がある。準備が終わったら後で四人で降りてみることにしよう。
「キャンプって言えば海より山っていうイメージがあったけど、なかなかいいもんだな」
 荷物を運びながら、佐原はそんなことを呟いている。俺もそれには同意見だ。
「いや……山にはちょっとトラウマがあってな……あんまり行きたくないんだ」
 戻ってきた服部が言った。
「え、お前山が苦手なのか? 趣味はアウトドアじゃなかったのかよ?」
「自分から進んでは行きたくないってだけで、誘われたらだいたい行くけどな」
 その辺りは、さすが服部。
「山には、たまに変なのいるからな。気持ちはわかるぞ」
 二条が服部に同意した。
「変なのって何よ?」
「んー、何というか……いや、失言だったな。忘れてくれ」
「中途半端に切るのやめろ! 気になるわ!」
 まさか二条は霊的なアレが見える体質なのだろうか?
「ここには何もいないんだよな、琢?」
「ああ、特に何も感じないな……っておい、反射的に答えちまったじゃねーか」
「へえー。琢は見えるひとなんだな」
「見えるというか、感じるというか……とにかくここには何もいないから大丈夫だろ」
 霊感持ちの二条がそう言うなら大丈夫なのだろう。いや、根拠など無いが。
 そんなことを話しながら、俺たちは何とかテントを作ることができた。さすがに服部の手際は良かったが、一度もテントを作ったことがなかった俺と佐原が二人の足を引っ張ってしまっていた。二条は何度かキャンプに来た経験があるらしく、割と手際良くやっていたようだ。
 テントを作り終えると、とりあえず四人でこのキャンプ場の施設を確認して回ることになった。
 とは言っても、正直大したものがあるわけではない。建物といえば、トイレとシャワールームが合体したような建物と、服部がさっき行ってきた管理人さんがいる建物と、バーベキューなどができ、流しがある建物だけだ。
「なんかすげー田舎って感じだな。ここまで建物がない景色って新鮮だわ」
「佐原はk大の近所に実家があるんだっけか?」
「いや、実家からはそれなりに離れてるんだけど、別に田舎ってほどでもない街だったからな」
「海斗も物珍しそうに見てるじゃねーか」
「ばれてましたか」
「k大の近所もそこまで田舎ってわけじゃないし、新鮮に見えるのも無理ないとは思うぞ」
 一通り建物を確認して回った俺たちは、貴重品を車の中に詰め込んで、湖に向かうことにした。

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