クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

愛山雄町

第七話

 宇宙歴SE四五一八年三月十日。

 キャメロット星系のスパルタン星系側ジャンプポイントJP――ヤシマ星系と繋がっている――に、ヤシマ防衛軍第二艦隊副司令官、タロウ・サイトウ少将率いるヤシマ艦隊が到着した。
 総数は五千二百隻余。
 その多くが傷付き、隊形を保つことすら難しいのか、いびつな球形陣を辛うじて保っているに過ぎなかった。また、経済的な巡航速度である〇・一光速すら出せない艦が多いのか、〇・〇五Cという“低速”で航行している。
 アルビオン軍の将兵たちは前々日の三月八日に情報通報艦よりもたらされた情報によって、ヤシマ艦隊の状況は知っていたが、実際にその姿を目の当たりにすると、ゾンファ共和国がその野心を剥き出しにした事実を実感する。

 サイトウはキャメロット星系政府に向けて通信を行った。
 彼は柔道で鍛えた分厚い体躯、太い眉と角ばった顎が意志の強さを感じさせる容貌だ。しかし、一ヶ月に渡って敗残兵集団を率い、ともすれば脱落しそうになる艦を忍耐と努力で纏め上げていた気苦労から、濃い疲労を漂わせている。
 キャメロット星系政府よりヤシマ防衛軍将兵の亡命が承認されたことが伝えられ、更にキャメロット防衛艦隊司令部よりヤシマ艦隊の修理と補給の申し出を受け、初めて彼の強張った表情が緩んだ。

 四十時間後の三月十二日。
 傷付いたヤシマ艦隊は第四惑星ガウェインの衛星軌道上にある大型兵站衛星プライウェンに到着した。
 サイトウは全ての艦が収容されたことを確認した後、キャメロット星系政府と防衛艦隊司令部を訪問した。
 彼は部下たちの受け入れと艦の整備・補給に対し、感謝の意を伝えるとともに、ゾンファ共和国の暴挙について語った。

「……我々は確かに準備不足でした。ですが、彼らは民間施設を盾に攻撃を仕掛け、更には惑星上への無差別攻撃すら示唆したのです。そして、敗れた我々に対しても、降伏の意思を見せているにも関わらず、何百隻という艦が沈められました……敗残の将が言う言葉ではありませんが、このままの国を放置すれば、必ず貴国に災いをもたらすでしょう。ゾンファは飢えた狼。奴らの野望を打ち砕かねば、宇宙に未来はないのです……」

 サイトウの言う通り、ゾンファ艦隊はヤシマ防衛艦隊を攻撃する際に民間施設であるリゾート施設を攻撃していた。更に質量兵器――大気圏に突入させる整形された小惑星クラスの岩塊――を準備しており、それを隠そうともしなかった。
 また、最後まで抵抗していたヤシマ艦が降伏を認められなかっただけでなく、自らの戦果とするため、故意に降伏を無視して攻撃してもいた。

 ヤシマ艦隊の持ち込んだ映像が公開されると、キャメロットでは反ゾンファの声が一段と大きくなった。
 ゾンファ共和国とは先の戦争の際に停戦合意をしているものの、未だに条件で折り合わず、正式な停戦条約は締結されていなかった。つまり、アルビオン王国とゾンファ共和国は休戦状態に過ぎず、元々ゾンファに対して非好意的な感情が強かった。
 更に四年前のターマガント星系での戦い――アルビオンの哨戒艦隊に対しゾンファの偵察艦隊が戦闘を仕掛けてきた戦い――第二部参照――では、ゾンファ共和国の諜報部が謀略を仕掛けてきたことが明らかになったが、ゾンファ側は関与を認めず、逆にアルビオンの謀略であると非難していた。
 そのような状況も重なり、市民たちの反ゾンファ感情は爆発寸前まで膨れ上がっていた。

 ゾンファ共和国のヤシマ占領の報を聞いた直後に、外交官らはヤシマに急行していた。だが、ゾンファ共和国の外交関係者と接触することなく、ヤシマ解放艦隊司令官を名乗るホアン・ゴングゥル上将からの一方的な通告を受けた。
 即刻撤退するようにと勧告するアルビオンの外交官らに対し、ホアンはこう言い放った。

「我々はヤシマ政府の正式・・な要請により治安維持を行っている。ヤシマは我が共和国と恒久的な平和条約を締結し、宇宙の平和のためともに手を取っていくこととなった。各国には独立国家・・・・ヤシマの主権を侵すことがないよう切に望むものである……」

 アルビオン側が抑留されている自国民の解放を要求すると、

「貴国民にはヤシマの平和を乱す破壊工作を目論んだ者が多数認められた。このため、ヤシマ政府・・・・・の取調べが終了し、事実関係が明らかになるまで身柄を拘束する……彼らの家族についてもヤシマ政府が責任を持って保護すると約束しよう」

 外交官らは粘り強く交渉したが、「これ以上の本星系に滞在するならば、謀略工作を企図したとして拘束する」と逆に恫喝され、アルビオン外交団は最後通牒を突きつけるだけで、ヤシマから引き上げることしかできなかった。

 この報告を受け、市民たちの反ゾンファ感情は極限に達した。それに比例する形で、亡国のヤシマ艦隊への同情の声が大きくなっていく。これは反ゾンファ報道がもっとも視聴率を上げられるコンテンツであると判断した商業マスコミと、次の総選挙を意識した政治家たちの思惑が複雑に絡み合った結果でもあった。
 いずれにせよ、この世論に逆らいようは無く、民衆の声に押される形で、政府も軍も動いていった。

 キャメロット星系政府はヤシマ亡命政府の樹立を発表した。
 外交はアルビオン“王国”政府の専権事項であり、地方行政府に過ぎないキャメロット星系政府の措置は暫定的なものに過ぎないのだが、自由星系国家連合との関係を考慮し、更にはヤシマ解放の正当性を主張するために行われている。
 亡命政府の首班は予想通り、サイトウ少将に決まった。正式な閣僚名簿などはアルビオン王国政府の承認後に発表される予定となっていた。

 クリフォードたちキャメロット防衛艦隊の将兵たちは、来るべきゾンファ進攻作戦に向け、準備を始めた。
 正式発表はないが、ゾンファ共和国の前線基地があるジュンツェン星系への進攻艦隊は第一艦隊を始めとする六個艦隊と決まっていた。その中に第三艦隊も含まれており、レディバードの乗組員たちも訓練に熱が入っていく。


 五月十五日

 アルビオン星系から、王国政府の決定が通達された。
 ゾンファ共和国のヤシマ占領行為は、先の停戦合意を踏みにじる行為であると断定し、停戦合意を破棄することが伝えられた。そして、ヤシマ解放作戦、作戦名“ヤシマの夜明け――Operation Yashima Dawn――”、通称YD作戦が発動された。
 YD作戦は参加総兵力十一個艦隊――ジュンツェン星系に対して六個艦隊、ヤシマ星系に対して四個艦隊及びヤシマ艦隊――、約五万五千隻、約七十万人というアルビオン王国史上において類を見ない大兵力を投入する作戦となった。

 ジュンツェン進攻艦隊はキャメロット第一、第三、第五、第六、第八、第九艦隊で構成される。このうち、第六艦隊と第八艦隊は隣のアテナ星系で合流することになっていた。キャメロットを進発する四個艦隊は明後日の五月十七日に出撃することが決定した。
 また、ヤシマ進攻艦隊はアルビオン艦隊から第一、第四、第五艦隊とキャメロット第七艦隊、更にヤシマ艦隊で構成され、約一ヶ月後の六月十二日に進発することとなった。


 クリフォードは短い休暇を自宅で過ごし、愛妻ヴィヴィアンとの別れを惜しんでいた。
 本格的な戦争が始まるということで妻を心配させないため、努めて明るく振舞うことを心掛けている。

「今回は大きな戦闘にはならないはずなんだ。もし、戦闘になっても砲艦の出番は多分ないよ。だから、安心していい……」

 実際、ジュンツェン星系で砲艦戦隊が活躍する場はほとんどないと考えていた。同星系には第五惑星付近に要塞と呼べる大型の軍事拠点が存在するが、今回の作戦では星系の攻略は考慮されていないため、砲艦による拠点攻撃は行われないだろうと考えていたのだ。

(砲艦も使い道はある。マイヤーズ中佐に提出した戦術研究論文は、総参謀長はお認めになられたようだが、リンドグレーン提督を始め提督方はお認めにならなかったと聞いた。だとすれば、ハイフォン側ジャンプポイントJPの防衛部隊に回されるだけだろう……)

 クリフォードは砲艦の画期的な運用方法を、上官である砲艦戦隊司令エルマー・マイヤーズ中佐に提案していた。マイヤーズはその有用性を認め、独自に訓練計画を立案し実施していたが、第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将はほとんど興味を示さなかった。だが、マイヤーズはその運用方法を戦術研究論文として、総参謀長であるアデル・ハース中将に送付していた。ハースはその運用の可能性を認め、“研究”の一環として訓練を行うよう全艦隊に指示を出していた。

 クリフォードは意識を妻に戻し、彼女の肩を抱きながら、

「早くても三ヶ月は戻れないよ。寂しいけど、帰ってきたらちょっとした休暇が貰えるはずだよ。どこか静かなところでゆっくり過ごすのもいいね……」

 キャメロット星系からジュンツェン星系までは約二十パーセク(約六十五光年)あり、往復するだけでも五十日以上掛かる。更にヤシマに進駐しているゾンファ艦隊がジュンツェンに戻ってくるまでの期間を考えると、三十日ほどが加わるはずで三ヶ月というのはほぼ最短の期間だった。

 妻とのゆったりとした時間を過ごし、翌日、クリフォードは指揮艦レディバード125号に戻っていった。


 五月十七日。

 ジュンツェン進攻艦隊は総司令官であるキャメロット防衛艦隊司令長官グレン・サクストン大将の命令により、第三惑星ランスロットの軌道上から次々と加速していった。
 商船並みの加速力しか持たない補助艦艇とともに、砲艦戦隊も最初期に加速を開始している。

 キャメロット星系からジュンツェン星系の間にはアテナ、ターマガント、ハイフォンの三つの星系がある。
 アテナ星系は要塞衛星と二個艦隊が常駐する拠点であり、アルビオンの完全な支配星系である。ターマガント星系は十年前からアルビオンが実効支配しており、四年前の謀略以降は百隻単位の高機動戦隊が哨戒を行い、完全に制宙権を確立していた。
 ここまではアルビオンの支配星系であり、ほぼ安全が確保されている。
 だが、ハイフォン星系は事情が異なる。
 ハイフォンはゾンファの国防ラインであり、ターマガント星系側JPには濃密な機雷原と千隻単位の防衛艦隊が配備されていると推定されていた。また、小規模ながらも補給や整備が行える軍事拠点も存在している。

 サクストン総司令官はターマガント星系から超光速航行FTLに入る前に、艦隊の速度を調整した。これはJP出口にある機雷に対するためだった。
 機雷はステルス性と高い機動力を持つファントムミサイル――ゾンファではユリン幽霊ミサイルと呼ばれている――などのステルスミサイルの発射装置であり、六等級艦、すなわち駆逐艦程度なら一発で轟沈できる威力を持っている。
 だが、ミサイルである限りは必ず加速する必要がある。そして、加速するには高機動のミサイルといえども比較的長い時間が必要だった。
 最大加速度二十kGの最新型であっても、光速の二十パーセントに達するには約三百秒、五分という時間を要する。また、この加速時間で三十光秒の距離を移動する。
 侵入してきた敵艦に対し、機雷が攻撃をかける場合、“敵艦の検知”、“ミサイルの発射”、“ミサイルの加速”という三つのプロセスを経る必要がある。この時、敵艦が機雷に対して正の相対速度を持っていれば、ミサイルの加速時間は短くて済むが、相対速度が負であった場合、加速時間は長くなる。
 ステルスミサイルの性質上、加速時間が長ければ長いほど、加速度が大きければ大きいほど、漏出するエネルギーや重力場の乱れなどからステルス性は損なわれてしまう。ステルス性が損なわれたミサイルは防衛用の対ミサイル迎撃レーザー砲により容易に撃ち落すことができ、戦果を上げることは叶わない。
 このため、艦隊が敵支配星系に進入する場合は、JP出口での相対速度が極力ゼロになるように調整し、FTLに移行する必要があった。
 艦隊が減速して進入してくることが判っていても機雷が敷設されるのは、少しでも敵に損害が与えられる可能性があるためだが、もうひとつ理由があった。それは敵の偵察を防ぐという理由だ。

 超光速航行FTL超光速航行機関FTLDにより超空間ハイパースペースに突入し、光速を超えて移動するのだが、ジャンプポイントから出た直後はFTLを行えない。これはすべての超光速航行船に共通する物理的な制限のためで、超空間を出た直後の船のFTLDは空間を歪ませた“応力”のようなものが残る。この“応力”が残った状態で再度FTLDを起動すると、定められた航路が歪められ、全く別の場所や最悪の場合、超空間に閉じ込められることになる。このため、再突入には最低一時間の調整期間が必要であった。
 この一時間は超空間に逃げ込むことができない。つまり、機雷が敷設されているとその間、逃げ回るか、ミサイルを撃ち落し続ける必要があるのだ。
 大艦隊であれば、撃ち落すことは可能だが、偵察艦隊のような小規模な部隊では多数のミサイルを撃ち落し続けることも事実上不可能であり、また、加速力に優るミサイルから逃げ回り続けることも出来ない。このため、機雷は敵の偵察を防ぐ有効な手段と考えられ、どの国でも自国の最外郭星系には必ず設置されている。

 ジュンツェン進攻艦隊のうち、六等級艦――駆逐艦――以上の戦闘艦が先行してハイフォン星系に進入した。そして、機雷を次々と破壊していく。
 三時間後、補助艦艇が“掃宙”の終わった安全な宙域にジャンプアウトしてきた。そこにはクリフォードらの砲艦戦隊も含まれていた。

 ハイフォン星系に進入した際、サクストン総司令はゾンファ共和国政府宛てに最後通牒を突きつけた。

「貴国は先の停戦合意を一方的に破棄し、ヤシマを不当に占領した。直ちにヤシマに侵攻した艦隊を撤退させるとともに、ヤシマ政府および国民に対し謝罪と損害の賠償を実施せよ。また、今回の不当行為の責任を明らかにし、全宇宙に二度と他国の主権を侵害しないと宣言せよ。アルビオン王国軍はヤシマからの全ゾンファ軍の引き上げを確認するまで、先の停戦合意を凍結し、貴国への懲罰を行う……」

 その時、ハイフォン星系には約百隻の小艦隊が警戒に当たっていたが、三万隻もの大艦隊を前にジュンツェン星系に向けて撤退していくところだった。撤退する小艦隊から返信は一切無かった。

 残された軍事拠点には多くの兵士たちが取り残されていた。ゾンファ艦隊が撤退すると、拠点から脱出用の大型艇ランチなどが次々と吐き出されていく。
 そして、脱出が途切れた途端、拠点は巨大な火の玉に変わった。
 機密情報を守るためにゾンファ軍が自爆させたのだ。

 こうしてハイフォン星系はアルビオン側の支配星系となった。

 今回、あっさりとハイフォン星系を奪えたのには理由がある。
 そもそも星系の防御は非常に難しい。
 ジャンプポイントJPに大量の機雷を敷設しても無力化することが可能であるため、大艦隊を常駐させるか、要塞衛星のような強力な軍事施設の建設が必要になる。本来であれば、緩衝宙域を設け、その宙域に敵が侵入してきたところで支配星系の防備を固めることが理想的である。実際、アルビオン王国側は緩衝宙域としてターマガント星系を置き、更にその後方のアテナ星系に大型軍事衛星と常時二個艦隊を配備している。
 ゾンファ共和国としてもターマガント星系を緩衝宙域とし、ハイフォン星系で敵の侵攻を食い止める戦略であったが、十年前の第二次ゾンファ-アルビオン戦争において、ハイフォン星系の要塞が破壊され、更にターマガント星系の支配権も奪われたことから、ハイフォン星系が緩衝宙域となっていたのだ。


 六月十二日。

 アルビオン艦隊は補給艦と工作艦などの補助艦艇の一部をハイフォン星系に残し、敵地ジュンツェン星系に向けてジャンプした。


 六月十六日。

 ハイフォン星系から通報を受けたゾンファのジュンツェン方面軍司令部では、敵襲来の情報に混乱を極めていた。
 ゾンファ軍でもアルビオン軍がジュンツェンに直接進攻してくる可能性は検討されていたが、想定していた時期は二ヶ月後の八月中旬だったのだ。これはヤシマの敗残部隊がアルビオンに落ち延びたことから、アルビオンは敗残部隊を擁して直接ヤシマに向かうと予想していたためで、ヤシマ解放に失敗した後、改めてジュンツェン攻略に方針転換すると考えていたためだ。
 もちろん、ゾンファにもこの事態を予想していた者は少なからずいた。その一人がジュンツェン方面軍司令長官マオ・チーガイ上将だった。
 だが、彼の懸念は軍上層部に届いたものの、明確な命令はなく、ヤシマ侵攻作戦を継続するしかなかった。
 彼に不利な状況として、元々ジュンツェンの防衛に当たっていた六個艦隊のうち、半数の三個艦隊がヤシマ攻略作戦に駆り出されており、彼の指揮下には三個艦隊しかなかったのだ。但し、ここジュンツェン星系には更に二個艦隊があった。

 それはヤシマ攻略に向かうティン・ユアン上将麾下の艦隊だった。
 ヤシマ侵攻作戦は杜撰な計画であり、準備不足も加わって当初から補給計画が破綻していた。このため、兵站の負担を軽減させる目的でジュンツェン艦隊をヤシマ侵攻艦隊に加えておき、本国ゾンファ星系から後続を出して入れ替えるという泥縄的な作戦であったのだ。
 ゾンファの補給体制が破綻している原因は、十年前の“つけ”だった。
 第二次アルビオン戦争の初期において、主星系であるアルビオン星系に六個艦隊という大艦隊で奇襲をかけた。この作戦のため、“足の短い”補給艦を長距離用補給艦に改造していた。超光速機関FTLDはもとより、主機である対消滅炉や一時的なエネルギー供給システムである質量-熱量変換装置MECなどの増強が必要となったため、積載量ペイロードが削られることになる。この改造により、ゾンファ軍の補給能力は三十パーセント以上低下したと言われていた。
 また、先の戦争での敗戦――ゾンファ側は敗戦と認めていない――により、多くの戦闘艦を失っており、戦力の回復させるため戦闘艦の建造を優先し、補給艦の建造や再改造は後回しにされた。もちろん、戦闘艦の喪失とともに補給艦も多数喪失しており、ゾンファの輸送能力は開戦前の三分の一程度まで低下していた。それらの影響は十年経った現在でも残っており、ゾンファ軍の補給能力は完全に回復していなかったのだ。

 そして、後続艦隊がようやくヤシマに向かうというところで、アルビオン艦隊が現れた。
 実際、数日後であればティン艦隊はヤシマに向かっており、三個艦隊で守らなければならなかったのだが、ゾンファにとって幸運なことに、偶然ティン艦隊がジュンツェンに到着したタイミングだったのだ。
 だが、マオにとっては必ずしも運が良いとは言えなかった。
 ジュンツェン防衛はマオに指揮権があるが、ティンはマオの先任であった。更に悪いことにティンという人物は穏健派に属するマオとは異なり、強硬派、すなわち現政権派に属する軍人だった。このため、マオの指揮権に干渉してくる可能性が常に付き纏っていた。
 マオはハイフォン側JP付近に防衛線を敷き、機雷原突破のために速度を落としている敵艦隊を殲滅する案を採用するつもりでいた。しかし、ティンはそれに納得しなかった。

「敵は六個艦隊と聞く。つまり我が方より優勢なのだ。ならば、J5要塞と連携した方が良い。J5要塞は五個艦隊に匹敵するのだ。これならば、我々の方が圧倒的に有利になる」

 J5要塞とはジュンツェン第五惑星J5の軌道上にある軍事施設であり、三基の十ペタワット(十兆キロワット)級動力炉と、百テラワット(一千億キロワット)級陽電子加速砲が三百門、その他防衛兵器が多数備えられた、ゾンファ共和国最大級の要塞である。
 一等級艦――戦艦――の主砲が二十五テラワット級であることを考えると、要塞砲だけで戦艦千二百隻分に相当する。一個艦隊の戦艦が二百隻程度あり、重巡航艦である四等級艦を含めた総火力は六十ペタワットであることから、五個艦隊に匹敵すると言える。
 マオは溜息混じりに反論した。

「それは机上の空論でしょう。敵が都合よくJ5要塞を攻撃してくればよいのでしょうが、こちらの兵站を破壊するだけなら、J3の食糧生産拠点を破壊すればよいだけなのです」

 ジュンツェン星系には七つの惑星がある。それらにはゾンファの慣例により恒星側からJ1、J2……と名が付けられていた。第三惑星J3はテラフォーミング化こそ行われなかったものの、K1V型の恒星ジュンツェンから適度な距離にあり、水と酸素が存在することから、地表面には多くの食糧生産基地が建設されていた。そこで生産された食料を軌道エレベータで宇宙空間に運び、防衛艦隊に供給している。
 そして、ジュンツェン防衛艦隊はこのJ3の食糧生産基地に依存していた。特にヤシマ攻略艦隊に物資を提供しているため、未だに備蓄量が回復しておらず、仮にJ3の食糧生産基地からの補給が途絶えたとするならば、五個艦隊とJ5要塞の将兵たちは二ヶ月程度で飢えることになる。
 一方の第五惑星J5は木星型の巨大ガス惑星ガスジャイアントであり、エネルギー供給基地となっている。また、十数個ある衛星は有用な金属資源が豊富であり、ここに艦隊の拠点を建設していた。この他の惑星は岩石惑星であり、金属資源などが確認されているが、現状ではほとんど開発されていなかった。
 この補給ラインの脆弱性については、数十年前から懸案とされていたが、補給を軽視する傾向にあるゾンファ共和国においては、要塞の補強――要塞砲や防御スクリーンの強化、港湾施設の増強など――に力点が置かれ、要塞内での食糧供給計画は軽視され続けていたのだ。

 マオはアルビオン艦隊の目的がヤシマとの連絡線の分断だと考えていた。

(アルビオンにとって重要なのは、自軍の補給路、すなわち、ハイフォン星系側ジャンプポイントJPと、ヤシマ星系に繋がるシアメン星系側JPの確保だろう。だとするならば、ジュンツェン星系自体の占領は考慮していない……本国は兵站を軽視しすぎる。増援は期待できんだろうな……)

 ジュンツェン星系から本国ゾンファ星系までは直線で約三十パーセク(約百六十三光年)であり、本国に救援を求めても艦隊が到着するまで八十日は必要になる。更に現状ではヤシマ作戦のため輸送艦が不足気味であり、補給が追いつかない可能性が高い。このため、百日前後は現有戦力で対応する必要があった。

「JP出口ならこちらの方が圧倒的に有利です。敵は相対速度を落としていますから、攻撃を有利に進められますし、機雷による戦果も期待できます」

「だが、敵もその程度の事は予想しておろう。ジャンプアウトした直後はこちらの方が不利なのだ……」

 ティンの言うことにも一理あった。
 超空間から通常空間に戻る――ジャンプアウトという――場合、ジャンプアウトした側は即座に敵を把握できるが、待ち受けている側は光の速度の関係からタイムラグが生じてしまう。もちろん、ジャンプアウトした側も距離に従った過去の位置しか検知できないのだが、敵の規模や進行方向、加速度などの情報は即座に入手できる。その情報から敵の位置を予測し、攻撃することは十分に可能なのだ。つまり、待ち受ける側は敵の姿を検知した直後に攻撃を受けることになる。
 更に敵がいつ現れるか不明であり、その間、回避運動を行い続けなければならず、エネルギーの消費と将兵の疲労が問題になる。

「ですが、敵は機雷と艦隊の双方に対応せねばなりません。回避運動一つとってもかなり不利な条件になるのですよ」

 マオはそう言ってティンを説得に掛かるが、ティンは首を縦に振らなかった。彼はヤシマに向かう自らの艦隊を傷付けたくないと思っており、消極策しか取るつもりがなかったのだ。

「どうしてもJPに布陣したいならジュンツェン防衛艦隊だけでいけばよい。我らヤシマ増派艦隊はJ5要塞で敵を迎え撃つ」

 マオはなおも説得を試みるが、取り付く島はなかった。
 結局、翌日まで説得を試みたが説得し切れず、遂には艦隊を展開する時間がなくなり、なし崩し的にJ5要塞付近での迎撃となった。
 マオは内心忸怩たる思いを秘めていたが、将兵の前では一切顔に出さず、命令を下していった。

 六月十七日。
 アルビオン王国軍六個艦隊がハイフォン側JPに現れた。そして、ゾンファ共和国が設置したステルス機雷を次々と無力化していった。

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