クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

愛山雄町

第八話

 宇宙歴SE四五一八年六月十七日、標準時間〇八時○○分。

 クリフォード・コリングウッド少佐は、自らが指揮を執るインセクト級砲艦レディバード125号の戦闘指揮所CICの艦長席からメインスクリーンを見つめていた。スクリーンには艦の主要な情報が映し出されていたが、その大部分は超空間特有の灰色に染まっていた。
 やや張り詰めた雰囲気のCIC内に、航法士であるレベッカ・エアーズ兵曹長のやや低い落ち着いた声が響く。

「ジャンプアウト一分前……」

 超空間から敵支配星系であるジュンツェン星系にジャンプアウトしようとしていた。
 狭いCICには主要な要員クルーが揃っていた。
 クリフォードの目の前には航法士のエアーズと戦術士兼情報士であるマリカ・ヒュアード中尉が座っている。ヒュアードは戦術士用コンソールを使い、最終チェックを行っていた。
 最前列の操舵席には操舵長であるレイ・トリンブル一等兵曹が陣取り、ジャンプアウト後の回避機動のチェックを行う“振り”をしている。彼はジャンプアウト後に自分の出番がないことを知っており、周りの雰囲気に合わせてコンソールを操作しているに過ぎない。
 操舵長の斜め後ろには先任機関士であるレスリー・クーパー一等兵曹が座り、機関制御室RCRで行われる炉の調整状況を確認している。
 砲艦にとって最も重要なポジションである掌砲長、ジーン・コーエン兵曹長が機関士の横で兵装用コンソールを操作していた。しかし、ジャンプアウト後に主砲の出番はなく、今はジャンプポイントJPに設置されているであろうステルス機雷に対応するため、三基ある対宙レーザーの最終確認を行っていた。
 副長であるバートラム・オーウェル大尉は機関長であるラッセル・ダルトン機関少尉と共に機関制御室RCRで待機していた。本来、戦闘が想定される敵支配星系へのジャンプアウト時であれば、副長は緊急対策所ERCに配置されるはずだが、艦内スペースが少ない砲艦にはERCを設置する余裕がない。砲艦には緊急時制御盤ECBの簡易版である緊急時操作卓EPがRCRに設置されているため、副長は最も信頼できる部下、掌帆長フレディ・ドレイパー兵曹長とともにRCRに待機しているのだ。

 一時間前に十分な打合せは行われており、艦長であるクリフォードが命令することはないが、慣例に従い、艦内一斉放送のマイクを手にする。

「総員に告ぐ! ジャンプアウトに備えよ!」

 CIC要員からは「了解しました、艦長アイアイサー」という声があり、艦内各所からも同様に了解の連絡が入る。

「ジャンプアウトまで二十秒……」

 エアーズのカウントダウンだけがCICにこだましていく。

「……十秒……五、四、三、二、一、ジャンプアウト!」

 カウントダウンの終了と共に正面にあるメインスクリーンの映像が切り替わる。灰色だった背景が宇宙空間の漆黒とそれを照らす遥か彼方の星々、そして、アルビオン軍の艦船を覆う防御スクリーンの淡い光に変わる。

ジャンプポイントJP出口に敵の艦影なし! 艦隊司令部より掃宙作戦に移行せよとの命令が入っております」

 情報士であるヒュアード中尉のやや高い声に、クリフォードは「了解。直ちに掃宙作戦に移行せよ」と静かに応じる。
 ヒュアード中尉は「了解。対宙レーザーの制御権を戦隊司令部に移管……移管完了」と答えた。
 その直後、ジャンプポイントJP出口にいなかった敵艦隊の所在が明らかになる。

「敵艦隊、第五惑星軌道上に展開中! その数、約二万五千! 五個艦隊と推定されます」

 ヒュアード中尉の読み上げる情報を聞きながら、クリフォードは掃宙作戦の進捗を確認していく。

 機雷の排除を行う掃宙作戦時においては、より効果的な機雷の破壊のため、各艦の対宙レーザーを艦隊司令部が一括で制御する。但し、艦隊単位では僅かとはいえ距離によるタイムラグが生じるため、戦隊を一単位として制御を行うことが多い。
 このレーザーの制御だが、艦隊旗艦の人口知能AIが各戦隊旗艦のAIに掃宙エリアまたは対象となる機雷を指定し、それを受けた各戦隊旗艦のAIが戦隊の各艦のAIを通じて機雷を破壊していく。
 通常の戦闘においては時々刻々と状況が変わるため、人間の判断が必要となる。特に艦隊戦では敵司令官の心理を読み、敵が取り得る策を想定しながら戦闘を行うが、掃宙では相手が機械であるステルス機雷であるため、こちらも機械的に処理していくAIによる一括方式の方が有効とされていた。
 このため、回避機動もAIによる自動操縦となり、CIC内で操作を行うクルーは一人もいなかった。

 艦長として初めて行う戦闘だったが、クリフォードは冷めた目でメインスクリーンを見つめていた。
 実際、戦闘というより作業に近く、更に自身に指揮権がないため、熱くなりようはなかった。
 彼は敵のステルス機雷が破壊されていく様子を眺めながら、ジャンプポイント出口に敵艦隊がいなかったことについて考えていた。

(総参謀長はJP出口に敵はいないと看破していたが、なぜ敵はJPでの決戦を放棄したのだろうか……)

 キャメロット防衛艦隊総参謀長アデル・ハース中将は、前の星系ハイフォン星系からのジャンプの直前にジュンツェン星系突入時に戦闘に備えるよう訓示していた。だが、実際には戦闘艦のみならず、補助艦艇まで同時にジャンプを行っており、彼女が敵の待ち伏せを考えていないことは容易に知ることが出来た。実際、第三艦隊司令官のリンドグレーン提督から、敵の待ち伏せを考慮し、補助艦艇と砲艦は敵の排除が完了する数時間後にすべきだという具申があったが、彼女と総司令官であるグレン・サクストン大将はその具申を却下している。

(ステルス機雷と五個艦隊の戦力があれば、こちらの戦力をかなり減らせていたはずだ……JP出口で巡航速度を確保しつつ、円軌道を描きながら待ち伏せれば、大きな損害を受けることなく、こちらに損害を与えることができた……ここが判らないな……)

 クリフォードは敵が味方の最大戦力を把握しており、圧倒的な戦力差がない限り、JPでの決戦を選択すると考えていた。そして、ジュンツェン星系には五個の艦隊があった。戦力比は六対五であり、ゾンファ側が若干不利なものの、圧倒的な戦力差とは言い難い。

 戦後の研究においても同じような疑問が呈されることになる。
 戦後に行われた、ある研究者の試算では、ゾンファ側が全戦力による迎撃を選択した場合、アルビオン側の損害は二十パーセント、六千隻に達したと推定されている。ゾンファ側も同数程度の損害が見込まれたが、自国の支配星系内であるゾンファは戦力の回復が可能であり、戦力差は縮まる可能性が高く、これにより、アルビオン側は自身の戦略目的であるヤシマに向かうシアメン星系側JPの確保を諦めざるを得なかったと、結論付けられていた。
 但し、この試算の条件に指揮命令系が確立され、全軍の意思統一が可能というものがあった。しかし、この時点でゾンファ側の指揮命令系が統一されているとは言い難い状況であり、試算結果通りになったかについては疑問の余地がある。
 作戦を立案したキャメロット防衛艦隊総参謀長、アデル・ハース中将は参謀たちにこう語っていたと伝えられている。

「ヤシマにいるゾンファ艦隊にはジュンツェン所属艦隊がいるわ。ということは、ジュンツェンの防衛に当たる艦隊は少数か、混成部隊である可能性が高いということ。少なければ打って出られないし、混成部隊なら必ず指揮命令系の統一に時間が掛かるはず。つまり、JP付近に敵がいる可能性は極めて低いということよ……」

 ハースの予想通りだったが、その当時はほとんどの将兵がJP付近での激戦を覚悟していた。
 ハース自身も自信有り気に見せるものの、内心では見た目より余裕はなかったと後年告白している。ただ一人、総司令官であるグレン・サクストン提督だけは一切の動揺を見せることなく、信頼する参謀長の意見を即座に承認していたという。
 そして、クリフォードの目の前では、ハースの考えが正しかったことが証明されていた。


 六月十七日、標準時間十一時○○分。

 グレン・サクストン提督率いるジュンツェン進攻部隊はハイフォン側ジャンプポイントJPの機雷を排除し、ゆっくりと星系内に進んでいった。数隻の艦に軽微な損傷があったものの、ほぼ無傷で掃宙を終えている。
 彼らの向かう先には、ややオレンジ掛かった黄色の恒星ジュンツェンが星系全体を照らしていた。

 サクストンは三時間前、すなわちジュンツェン星系進入した直後にゾンファ軍に対して通信を行っていた。

「既に通告した通り、ヤシマに侵攻した貴国艦隊の撤退について、貴国政府の代表による正式・・な回答を要求する。また、ヤシマからの撤退が完全に完了するまで、当星系での戦闘行為の禁止、及び、当星系内に存在するすべての貴国に所属する艦船、軍事施設の武装を解除し、我が軍の管理下に入ることを勧告する……正式な回答がなされない、または、正式な回答と認められない場合、及び、武装の解除がなされない場合は、当艦隊の安全確保を目的として、貴国に属するすべての艦船及び施設に対し、攻撃を行うものとする……回答期限は宇宙歴四五一八年六月十七日一七○○とする……」

<a href="//6980.mitemin.net/i145033/" target="_blank"><img src="//6980.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i145033/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>


 砲艦レディバード125号は、所属するキャメロット第三艦隊第四砲艦戦隊の各艦とともに加速を続けていた。
 加速力に劣る砲艦は先行する主力艦――戦艦である一等級艦から駆逐艦である六等級艦――に取り残される形で、輸送艦や工作艦といった補助艦艇とともに星系内を進んでいる。

 艦隊は第五惑星J5を掠めるような航路を取りながらも、食糧供給基地のある第三惑星J3へも向かえる航路を選択していた。
 クリフォードはその巧みな機動に感歎の念を抱いていた。

(見事な航路の選択だ。この航路なら第五惑星にある艦隊を攻撃するようにも、それを無視して第三惑星に向かっているようにも見える……敵は主導権を取らなかったことを悔やんでいるだろう……)


 六月十七日、標準時間二十時○○分。

 ジュンツェン星系に入ってから十二時間が経過していた。
 最大加速を続けていた砲艦ですら、加速開始後一時間四十分で星系内巡航速度である〇・二光速に到達し、艦隊は星系内部を順調に進んでいた。
 第五惑星軌道にあるゾンファ艦隊も十時間前にサクストン提督から発した最後通牒を受け取っているはずだが、通信はおろか、目立った動きは見られていない。

 クリフォードは敵の動きが鈍いことが気になっていた。

(敵との距離は既に二十光分程度しかない。それなのに動きが見られないのはなぜなのだろうか? 総参謀長のおっしゃる通り、敵の指揮系統が統一されていないのか……)

 アルビオン艦隊の多くの将兵も同じ疑問を感じていたが、ハース中将は敵が迷っていると看破していた。
 総司令官サクストン提督に見解を問われ、こう答えていた。

「敵はこちらが第五惑星に向かうのか、第三惑星に向かうのか迷っていると思われます。こちらが減速するタイミングで艦隊を展開しても間に合いますし、減速しなければ第三惑星に向かうことは明らかですから、そこから動き始めても高機動艦なら十分に間に合いますので……ですが、そろそろ痺れを切らす頃かと思います」

 艦隊戦の場合、星系内物質との相対速度を限りなくゼロに近づける必要がある。これは防御スクリーンに掛かる負荷を下げる必要があるためで、もし、相対速度を持ったまま戦闘に突入した場合、敵からの攻撃に加え、星間物質の運動エネルギーも防御スクリーンの負荷になってしまい、非常に不利になる。一般的には〇・〇一C、すなわち光速の一パーセントが艦隊戦での最大戦速と言われている。もちろん、星間物質濃度が低い場所、例えばジャンプポイント付近などであれば、それ以上の速度で戦闘を行うこともあるが、一般的には防御側が有利になる場所、すなわち軍事拠点がある場所か、逆に守るべき施設に近い場所で戦闘が起こることが多いため、大規模な艦隊戦では光速の一パーセント未満で両軍が激突することが多い。

 サクストンはハースに「総参謀長が敵ならどうする?」と尋ねた。
 ハースは「そうですね」と少しだけ首を傾げた後、

「小官なら我が艦隊の進路を塞ぐ形で展開しますね。そうすればこちらは進路を変更するか、減速するかの選択しかありません。第五惑星の要塞を攻撃するなら当然減速しますし、第三惑星に向かうにしても巡航速度で側面を晒すことは非常に不利になりますから」

「なるほどな……ならば、この状況をどう生かすべきか」

「この進路のまま、減速を開始してはいかがでしょうか。〇・一光速程度まで減速すれば、敵は更に混乱するでしょう」

 ハースの献策により、アルビオン艦隊は減速を開始した。但し、最も加速力が低い艦、すなわち砲艦の最大加速度に合わせた緩慢な減速だった。
 この減速を続ければ、五十分ほどで〇・一Cまで減速できる。その時、第五惑星J5に約十二・五光分の距離まで近づいており、そこから二時間ほどでJ5に最接近する。だが、戦闘が可能な速度にするには更に五十分の減速が必要であり、遅くとも約百分後に減速を開始する必要があった。もちろん、敵が接近してこないという前提であり、常識的に考えれば敵との距離が五光分程度になったところで減速を開始しなければならない。


 六月十七日、標準時間二一時○○分。

 〇・一Cまでの減速が終わった段階で、ゾンファ側に動きが現れた。五個の艦隊が要塞を基点に斜陣を構成するため展開し始めたのだ。ついにゾンファ側がアルビオン側を捕捉しようという意思を見せた。

 最大加速度で展開を続けるゾンファ艦隊は、二十分ほどで展開を終えた。アルビオン艦隊とゾンファ艦隊の距離は既に十光分を割り込んでいる。
 この距離はアルビオン側が攻撃を企図するのであれば、減速を開始する限界点でもあった。
 そして、十分後、アルビオン艦隊は陣形を整えつつ、減速を開始した。

 砲艦レディバード125号は通常空間航行用機関NSDをフル稼働させ、減速を行っていた。
 クリフォードは戦闘指揮所CICの艦長用シートに座り指揮を執っている。だが、ほとんどの命令は艦隊司令部から送信されてきているため、大してやることはなかった。

(このタイミングで減速するということは、ここで一戦交えるつもりなんだろう……それにしても、この時間は辛いな。やることがある分、副長たちの方がましかもしれないな。未だに艦隊司令部からの命令は来ていないが、総司令部から連絡されていないんだろうか……)

 顔には出さないものの、初めて正式な指揮官として指揮を執ることに責任の重さを感じていた。更に明確な方針が示されないことに対し、彼にしては珍しく、司令部に対して僅かに苛立ちを覚えていた。
 その間にも減速は続き、第四砲艦戦隊は主力である二等級艦――いわゆる戦艦――と特殊な隊形フォーメーションを形成し終えていた。

 六個艦隊にある砲艦は約六百隻。その砲艦と同数の戦艦で円形陣を組んでいたのだ。
 その円形の面を敵艦隊に向けており、円盤が縦になって進行方向に進んでいるように見える。
 更に特異な点は戦艦と砲艦が一隻ずつペアを組むように並び、必ず進行方向側に戦艦があった。まるで砲艦を守るかのように。

 ゾンファ艦隊の士官の中にもその異様な陣形に疑問を持つものがいたが、アルビオン側の目的が判らず困惑するだけに終わっていた。
 ゾンファ側は第五惑星にあるJ5要塞を防衛拠点とし、その射程内である二光分以内で待ち構えている。
 一方のアルビオン艦隊はJ5要塞の射程外を掠めるような進路を取りつつ、減速していく。



 六月十七日、標準時間二一時三○分。

 アルビオン艦隊は速度を〇・〇五光速に落としたところで減速を止めた。彼我の距離はおよそ三・五光分。この速度と維持すれば、六十分で有効射程内に入ることになる。

 ゾンファ側はこの状況に満足していた。
 特にJ5要塞での迎撃を主張していたティン・ユアン上将は自らの考えが正しかったことを部下たちに語っていた。

「敵は我が軍を殲滅する気でいるのだ。あの戦艦と砲艦の特殊な隊形がそれを物語っている」

 参謀の一人が「私には分かりかねます。蒙昧なる我らに閣下のお考えをご開示頂けないでしょうか」とおもねるような発言をする。ティンはそれに機嫌よく答え始めた。

「あれは要塞を攻撃する隊形だ。つまり、艦隊戦ではなく、要塞攻撃を考えていると思わせようとしておるのだ」

「思わせようとしているのですか?」

 参謀の疑問に鷹揚に頷くと、

「我らがそれに反応することを期待しておるのだ。あの陣形は脆い。敵の砲艦は機動力が皆無だ。それに随伴する戦艦も機動力を失うことになる」

 そこで言葉を切り、参謀たちを見回した後、

「つまりだ。敵は我らを誘い出そうとしておるのだよ。あえて脆弱な隊形をとり、我らが突出するのを誘っておるのだ」

 参謀たちは「なるほど。さすがは閣下ですな」と持ち上げる。
 ティンは参謀たちの賞賛に満足げな笑みを浮かべ、自らの考えを防衛艦隊司令部に伝えた。

 ティンの考えを聞いた防衛艦隊司令部では、その考えに賛同する者が続出する。だが、その中で防衛艦隊司令官のマオ・チーガイ上将だけはティンの考えに賛同できずにいた。

(確かにそう見える。だが、本当に要塞から我々を引きずり出そうとしているのだろうか? ティン上将の言う通り六個艦隊ではJ5要塞は落ちぬ。あの速度でも要塞砲の射程内に入ってから、三十分は攻撃できない。だとすれば、あの隊形は不自然だというティン上将の考えは正しい気がする。だが、どうしても腑に落ちない。敵がこの要塞に拘る理由がない。真直ぐJ3に向かえばいいだけだ……)

 そう考えるものの、ティンの主張する、要塞砲の射程内から出ず、敵が接近するのを待つという策以外に思いつかない。

(敵の思惑がどうあれ、要塞から離れることはできん……いや、敵はそれを狙っているのか! 我々を要塞に張り付けておき、その間にJ3に向かう……もし、敵が加速を開始すれば、我らはみすみす敵をJ3に向かわせることになる。その場合、低速の戦艦は同行できん。敵の思惑は我らの戦力を分断することにあるのではないか……)

 そう考えるものの、決定的な証拠はなかった。更にアルビオン側も艦隊戦に持ち込むには減速せざるを得ず、現状において決定的な優位とは言い難い。
 僅か〇・〇五Cの速度差しかなく、ゾンファ側が追撃を開始するまでのタイムラグを三十分としても一・五光分しか先行できない。第三惑星J3までで艦隊戦を考えたとしても、減速に掛ける時間を考慮すれば、危険を冒してまでJ5要塞に接近する意味はない。

(敵の意図が分からん以上、ティン上将の案を呑まざるを得ぬか……)

 ゾンファ艦隊はJ5要塞から一光分の位置、すなわち要塞砲の射程内で待ち受ける方針となった。
 マオがティンの意見を尊重する姿勢を見せたため、ティンも態度を軟化させ、マオの指揮権を認める。こうして、ゾンファ側の最大の懸念であった指揮命令系統の統一がなった。
 マオはアルビオン側の不可解な行動に不気味さを感じながらも、自らの指揮権を確立できたことに満足していた。

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