クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
エピローグ
宇宙歴四五一八年九月二日。
乗艦レディバード125号を失ったクリフォード・コリングウッド少佐は第四砲艦戦隊の旗艦グレイローバー05号で故郷キャメロット星系に帰還した。
レディバードの乗組員たちも艦を失ったショックから立ち直り、砲艦支援艦でのんびりとした時間を過ごしていた。唯一重傷を負った機関長のラッセル・ダルトン機関少尉は右脚を切断したものの、順調に回復している。義足は第三惑星ランスロットの軍病院で装着する予定であり、今は車椅子生活を余儀なくされていた。順調に回復しているものの、ダルトンが退役することは確実だった。義足により歩行に支障はないものの、元々砲艦という評価の低い艦種の機関長であり、更に四十八歳という年齢がネックとなる。彼が乗るべき艦が見つからない可能性が高く、半給の予備役となるしかないのだ。また、彼は十年前に妻と子を事故で失っており、生き甲斐がなくなることも心配の種だった。
(機関長は優秀な人なんだが……軍艦以外に就職先を見つけるといっても難しいだろうな。それに艦が家みたいな人だ。予備役は辛いだろうな……)
クリフォードは可能な限り力になろうと心に誓い、キャメロット帰還後、多方面に働きかけた。その結果、航宙艦の機関専門学校の講師の職を得た。ダルトンは若い世代への教育を生きがいに感じ、多くの優秀な機関士を育てることになる。
ジュンツェン星系からの航宙の間に戦死した下士官兵の遺族への手紙を書き、更に生き残った乗組員たちの勤務評定と叙勲申請書を作成していく。
特に副長のバートラム・オーウェル大尉は救助のため最後まで艦に残っただけでなく、損傷していくレディバードの応急処置を的確に指揮し戦闘継続に寄与している。同様に掌帆長のフレデイ・ドレイバー兵曹長も冷却系の調整で職人技を見せている。
更に掌砲長のジーン・コーエン兵曹長も駆逐艦二隻を戦闘不能にするなど叙勲に相応しい働きを見せていた。
(本当なら全員を推薦したいくらいなんだが……副長と機関長、掌帆長と掌砲長の四人から選ぶしかないか。操舵長も推薦したいところだが、難しいだろうな……)
艦長として初めて部下の評価を行うため、中々決められない。
そんな時、グレイローバーの艦長であり砲艦戦隊司令のエルマー・マイヤーズ中佐が彼の下を訪れた。損傷した艦の補修と救助した砲艦乗組員の対応で常に忙しいマイヤーズが訪れたことに、クリフォードは驚いていた。
マイヤーズはいつもの真面目な表情を崩すことなく、「部下の評定で悩んでいるのだろう?」と声を掛ける。クリフォードが頷くと、「大した助言はできないが」と断った上で話し始めた。
「事実を誇張することなく報告すればいい。叙勲の推薦も人数を制限する必要はないぞ。君が必要だと思えば何人だろうと推薦すればいい」
その言葉に「そうなのですか? 上級士官コースでは少佐に推薦できる枠は二名と習いましたが」と疑問を口にする。
そこでマイヤーズは初めて笑みを浮かべる。
「真面目なことはいいことだが、その慣習はあくまで慣習にすぎんのだよ。それに司令部がすべて受理することはないんだ。だから、多めに推薦しておけ」
クリフォードが頷くと、彼の肩を軽く叩き、
「君が推薦したことは部下たちに必ず伝えておけ。叙勲できるかは分からないが、指揮官が評価してくれていると知れば彼らの励みになる。それに彼らはこれから別の艦に移っていくのだ。君が評価したという事実は次の艦での評価に繋がる」
クリフォードは笑みを浮かべながら、「ありがとうございます」と頭を下げた。
キャメロットに帰還後、五名の叙勲申請を行った。その結果、オーウェルとコーエンは勲功章が授与されることになる。もちろん、ダルトンと戦死者には名誉戦傷章が授与されている。
この叙勲については多くの軍関係者から驚きの声が上がった。そもそも砲艦の准士官が叙勲の申請対象になること自体稀であり、コーエン掌砲長が勲章を授与されたことはアルビオン軍の長い歴史の中でも初めてのことだった。
この叙勲は砲艦乗りたちに歓迎された。鼻つまみ者と蔑まされていた自分たちを軍が正当に評価してくれることに驚くと共に、自分たちの存在が認められたと自分のことのように喜んでいた。
マイヤーズが去った後、部下たちと別れるという事実を改めて噛み締める。
(レディバードはもうないんだ。みんなともこの航宙が終われば別れることになる……一年ちょっとだったが、随分長く一緒にいるような気がする……)
しんみりとした雰囲気でデスクに向かっていると、オーウェルが現れた。
「今ちょっといいですか?」と言って答えも聞かずに入ってくる。クリフォードは苦笑しながらも「何だ?」と尋ねる。
「いや、戦闘の前に言っていた、パーティの件ですよ。艦も沈んじまいましたし、とりあえず、入港してもすぐには配属先は決まらんでしょう。それにあれだけの戦闘の後なんですから、一ヶ月やそこらの休暇はもらえるはずですよね。というわけで、その相談をしにきたんです」
そう言ってクリフォードをレディバードの乗組員たちの溜り場に連れ出した。オーウェルは全員がいることを確認すると、
「よし! 全員いるな。それではこれから帰還後の戦勝パーティについて話し合いを行う」
オーウェルの言葉にお調子者の操舵長トリンブルが勢いよく手を上げる。
「ド派手なパーティを希望します! ドンちゃん騒ぎで三日ほど飲みまくりたいです!」
その言葉に「そりゃいい!」という声が上がる。クリフォードは「三日は勘弁してくれ」と笑い、
「まあ派手に破目を外すか。だが、場所をどこにするかな。まあ、メディアが入り込まない静かなところがいいんだが」
オーウェルがニヤリと笑いながら、大きく頷く。
「そうなんですよ。何といっても、有名な“崖っぷち”と一緒にパーティなんですからね。下手な場所でやったら大変なことになります。でも、私らじゃそんな場所を知りませんから。艦長ならいいところをご存知じゃないかと」
オーウェルが初めての指揮艦を失った自分の気持ちを考え、明るく振舞っていることに、クリフォードは気付いていた。そして、彼に合わせるように明るい口調で、
「義父に頼んでみよう。何といっても財務卿閣下だからな。いい場所に一つや二つあるはずだ。このくらいの公私混同は許されるだろ?」とおどけるように彼の義父ノースブルック伯爵の伝手を使うと言った。
乗組員たちはその言葉に「オウ!」という歓声を上げ、大袈裟に喜ぶ。
「そりゃいいですね。ノースブルック家は名家ですから。でも、あんまり立派なところは勘弁してくださいよ。こっちはガサツな砲艦乗りなんですから」
オーウェルもそう言って大きな声で笑い出す。
クリフォードは「それを言ったら私も砲艦乗りだぞ」と言い、すぐに釣られるように笑い出した。
翌日、グレイローバーは第四惑星ガウェインの衛星軌道上にある兵站衛星プライウェンに入港した。レディバードの乗組員たちはグレイローバーから下りると、大型艇に乗り換えて第三惑星ランスロットに向かった。
ランスロットの衛星軌道上にある要塞衛星アロンダイトに入ると、レディバードの乗組員たちは熱烈な歓迎を受けた。既に情報通報艦からの情報でレディバードの活躍が伝えられており、砲艦で駆逐艦を沈めたという快挙に惜しみない賞賛が贈られた。
普段馬鹿にされることが多い砲艦乗りたちは慣れない賞賛に戸惑うが、自分たちが正当に評価されたことに誇らしさを感じていた。
キャメロット防衛艦隊の各艦隊が入港してくると、要塞は祝勝ムード一色になる。
翌日、全ての艦が入港を果たすと、ランスロットの首都チャリスにいる王太子エドワードが祝辞を述べに要塞に入った。
「アルビオンの誇りである艦隊将兵諸君! 諸君らの活躍によりゾンファの野望は打ち砕かれた!……散っていった勇者たちに哀悼を捧げるとともに、諸君らの忠誠と献身に心から感謝の意を表すものである!」
正装に身を包んだ王太子の厳かな演説は万雷の拍手を呼んだ。
クリフォードは第三艦隊司令部に報告書を提出すると、乗組員全員の休暇申請を行った。しかし、艦隊司令部の許可が下りなかった。レディバードの乗組員たちはリンドグレーン提督の嫌がらせかといきり立ったが、別の事情から休暇の申請が通らなかったのだ。
防衛艦隊司令部の広報担当官である大佐が説明に現れ、
「君たちは我々広報担当官と共にメディアに出演してもらう。絶望的な状況で力を合わせて生き残った君たちは軍人の鑑、国民に範を示したのだ」
クリフォードが「我々には休暇が必要です」と抗議すると、広報担当官は申し訳無さそうに、
「君たちはメディアの注目の的なのだ。ほとぼりが冷めるまでは要塞にいる方がいい……」
その言葉に自らの体験を思いだし、「了解しました」と了承するが、「ですが、部下たちに充分な休暇をお願いします」と付け加える。
官舎で待っていた愛妻ヴィヴィアンとの再会を果たすものの、翌日からメディアによる取材攻勢に遭い、レディバードの乗組員たちとともにメディアにひたすら出続けた。
さすがに三日目になると取材攻勢は落ち着くが、クリフォードだけは別だった。ちょうどリンドグレーンの疑惑が持ち上がった時期とも重なり、関連の質問も多く投げられた。しかし、彼は軍の発表以上のことは語らず、メディアも徐々に熱が冷めていった。
入港から五日後、クリフォードらレディバードの乗組員たちはようやくメディアから解放された。
「明日は全員でチャリスに下りるぞ! お待ちかねのパーティだ」と陽気な声でクリフォードが言うと乗組員たちが「オウ!」という歓声で応える。
オーウェルが「場所はどこなんですか?」と尋ねると、
「ノースブルック伯爵邸だ」と済ました顔で答える。その言葉にトリンブル操舵長が「いや、もっと気楽な場所にしましょうよ」と情けない声で叫ぶ。
他の乗組員たちも名家であるノースブルック家の屋敷と聞いて気後れしているが、
「安心していいぞ。明日は我々だけで貸し切りだそうだ。義父は王太子殿下と会食があるそうだから、屋敷に帰ってくるのは夜中だそうだ」
そして、「財務卿閣下が特別な趣向を考えてくれるそうだ。酒もふんだんに用意してくれる。こんな機会を逃す手は無いと思うがな」と付け加える。
「うまい酒が飲めるってことですね。俺は大賛成です! 財務卿閣下万歳!」とお調子者のトリンブルが盛り上げる。横にいたドレイバー掌帆長が「調子に乗りすぎだ」とごつい手でバシンとトリンブルの背中を叩く。トリンブルが大袈裟につんのめるとその場が爆笑に包まれる。
翌日、軍服姿で首都チャリスの宇宙港に降り立つと、彼らに気付いた市民から熱烈な歓迎を受ける。未だに慣れない彼らははにかむような笑顔で手を振ると、用意された地上車に乗り込み、そのまま郊外にあるノースブルック伯爵邸に向かった。
クリフォードは家族の帯同を許可しており、数名の下士官が妻と幼い子を連れていた。もちろんクリフォードの傍らにも愛妻の姿があった。
ノースブルック邸に到着すると、庭園に案内される。園遊会が行えるほど大きな庭には様々な料理が並べられ、多くの酒が用意されていた。
「こいつは凄ぇ! 配給酒しか飲まねぇ俺にはもったいねぇな」と先任機関士のクーパーが思わず声に出すと、「本当だな」と普段無口なコーエン掌砲長が呟く。
戸惑う部下たちにクリフォードが「レディバードの中だと思って気楽にやろう!」と言い、いつもより砕けた口調で「さあ、とりあえずグラスを手に取れよ」と部下たちに酒を配っていく。
そんなクリフォードの姿にヴィヴィアンは微笑ましく思いながらも、自分が知らない絆に妬ましさを僅かだが感じていた。
(私の知らない世界……本当に楽しそうね。でも、この人たちとは別れることになるんだわ……)
クリフォードは全員がグラスを手に持ったことを確認すると、「では、パーティを始めようか」と言い、グラスを持ち上げる。
「では、戦死した戦友たちに、そして、我らがレディバードに、乾杯!」と言って静かにグラスを持ち上げる。乗組員たちも全員が神妙な表情で「乾杯」と静かにグラスを挙げ唱和する。
静かに一杯目の乾杯を終えると、すぐに宴会に突入する。最初は戸惑っていた彼らも酒が入るにつれ、「さすがは伯爵様だ。こんなうめぇ料理は初めてだ」とか、「艦の飯が食えなくなるな」とか言いながら色とりどりの料理に舌鼓を打っていた。
酒が更に進むと本来の陽気な砲艦乗りたちに戻り、何度も乾杯と万歳が繰り返されていく。
「我らが艦長、クリフエッジに乾杯!」と言って杯を挙げ、「艦長と奥さんに万歳三唱だ!」と言って万歳を始める。
更には「ついでだ! 副長にも万歳だ!」とトリンブルが言うと、「何がついでだ!」とオーウェルが笑いながらいい、「命令違反の常習者、我らが操舵長に乾杯だ!」と混ぜっ返す。
普段は閑静な伯爵邸に陽気な声が木霊する。
クリフォードは愛妻とこの楽しい時間を共有しながら、幸せを噛み締めていた。
昼頃から始まり、二時間ほどで騒ぎ疲れたのか、椅子に座って静かに飲み始める。クリフォードは乗組員一人一人のところを回り、声を掛けていく。
程よく酔いが回り、椅子に座って寝る者が出始めた頃、パーティ会場に三人の男がやってきた。一人はこの屋敷の主ウーサー・ノースブルック伯。もう一人は彼の長男アーサー。そして、最後の人物を見てクリフォードは驚き、それまでの酔いが一気に吹き飛んだ。
「王太子殿下……」と呟くと、すぐに立ち上がり敬礼する。それに気付いたレディバードの乗組員たちも慌てて起立し敬礼していく。つい先日、要塞を訪れ祝辞を述べた王族が目の前にいることに信じられないという顔をしていた。
「座ってくれたまえ」とエドワード王太子が手の平を下に向け、座るジェスチャーをした後、
「今日は無礼講と聞いている。私もジュンツェンの勇者と酒を酌み交わしたいと思ってね。伯爵に無理を言ったのだよ」と人好きのする笑顔で片目を瞑る。
さすがに王太子に気軽にしゃべりかけられるものはおらず、互いに顔を見合わせるしかなかった。
王太子はその状況を変えるべく陽気な声で、
「トリンブル一等兵曹! いれば返事を」とトリンブルの名を告げる。
呼ばれたトリンブルは困惑の表情を浮かべながら、「はい、殿下」と答えて前に出る。
「三日前のゴールデンタイムの番組を見たが、久しぶりに腹の底から笑わせてもらった。あれは傑作だった」と真面目な顔で言うとトリンブルはどのような表情をしていいのかと迷うように周囲を見回す。
「そんな兵曹に頼みがある」と王太子が言うと、トリンブルは背筋を伸ばし、「はい、殿下」と真面目な表情で答える。
王太子は小さく頷くと、
「君たちの艦長、いや、艦長に対し、万歳の音頭をとってもらえないか」
その言葉にトリンブルは返事を忘れて呆然とする。クリフォードも同じように驚いていたが、彼が驚いたのは王太子が“キャプン”という俗語を使ったことに対してだ。
「私も一緒に祝いたいのだ。それも君たち兵士たちの流儀で」
王太子の真摯な表情にトリンブルは「了解しました、殿下!」と満面の笑みで了解すると、
「僭越ながら殿下のご命令に従い、万歳の音頭をとらせていただきます!」と叫ぶ。そして、息を一杯に吸込むと、
「我らが艦長に、そーれ! 万歳!」と大きな動作をつけて叫んだ。
そして、そこにいた者たちは王太子を含め、同じように大きな動作で万歳と叫び、数分間止まなかった。
その万歳の嵐が止むと、王太子は「君は今回もよくやってくれた」とクリフォードに右手を差し出す。クリフォードは右手を握りながら、「いいえ」と小さく首を横に振る。
「私の功績ではありません。彼らの功績です。私は部下に恵まれました」と笑顔で答えた。
この出来事は公式には一切発表されなかった。それが艦隊内で噂として流れ、更にメディアがその情報を入手した。しかし、レディバードの元乗組員たちはお調子者のトリンブルですら、そのことをメディアに話すことはなかった。彼らにとって大切な思い出であり、それを汚したくないと全員が思っていた。
第三部完
乗艦レディバード125号を失ったクリフォード・コリングウッド少佐は第四砲艦戦隊の旗艦グレイローバー05号で故郷キャメロット星系に帰還した。
レディバードの乗組員たちも艦を失ったショックから立ち直り、砲艦支援艦でのんびりとした時間を過ごしていた。唯一重傷を負った機関長のラッセル・ダルトン機関少尉は右脚を切断したものの、順調に回復している。義足は第三惑星ランスロットの軍病院で装着する予定であり、今は車椅子生活を余儀なくされていた。順調に回復しているものの、ダルトンが退役することは確実だった。義足により歩行に支障はないものの、元々砲艦という評価の低い艦種の機関長であり、更に四十八歳という年齢がネックとなる。彼が乗るべき艦が見つからない可能性が高く、半給の予備役となるしかないのだ。また、彼は十年前に妻と子を事故で失っており、生き甲斐がなくなることも心配の種だった。
(機関長は優秀な人なんだが……軍艦以外に就職先を見つけるといっても難しいだろうな。それに艦が家みたいな人だ。予備役は辛いだろうな……)
クリフォードは可能な限り力になろうと心に誓い、キャメロット帰還後、多方面に働きかけた。その結果、航宙艦の機関専門学校の講師の職を得た。ダルトンは若い世代への教育を生きがいに感じ、多くの優秀な機関士を育てることになる。
ジュンツェン星系からの航宙の間に戦死した下士官兵の遺族への手紙を書き、更に生き残った乗組員たちの勤務評定と叙勲申請書を作成していく。
特に副長のバートラム・オーウェル大尉は救助のため最後まで艦に残っただけでなく、損傷していくレディバードの応急処置を的確に指揮し戦闘継続に寄与している。同様に掌帆長のフレデイ・ドレイバー兵曹長も冷却系の調整で職人技を見せている。
更に掌砲長のジーン・コーエン兵曹長も駆逐艦二隻を戦闘不能にするなど叙勲に相応しい働きを見せていた。
(本当なら全員を推薦したいくらいなんだが……副長と機関長、掌帆長と掌砲長の四人から選ぶしかないか。操舵長も推薦したいところだが、難しいだろうな……)
艦長として初めて部下の評価を行うため、中々決められない。
そんな時、グレイローバーの艦長であり砲艦戦隊司令のエルマー・マイヤーズ中佐が彼の下を訪れた。損傷した艦の補修と救助した砲艦乗組員の対応で常に忙しいマイヤーズが訪れたことに、クリフォードは驚いていた。
マイヤーズはいつもの真面目な表情を崩すことなく、「部下の評定で悩んでいるのだろう?」と声を掛ける。クリフォードが頷くと、「大した助言はできないが」と断った上で話し始めた。
「事実を誇張することなく報告すればいい。叙勲の推薦も人数を制限する必要はないぞ。君が必要だと思えば何人だろうと推薦すればいい」
その言葉に「そうなのですか? 上級士官コースでは少佐に推薦できる枠は二名と習いましたが」と疑問を口にする。
そこでマイヤーズは初めて笑みを浮かべる。
「真面目なことはいいことだが、その慣習はあくまで慣習にすぎんのだよ。それに司令部がすべて受理することはないんだ。だから、多めに推薦しておけ」
クリフォードが頷くと、彼の肩を軽く叩き、
「君が推薦したことは部下たちに必ず伝えておけ。叙勲できるかは分からないが、指揮官が評価してくれていると知れば彼らの励みになる。それに彼らはこれから別の艦に移っていくのだ。君が評価したという事実は次の艦での評価に繋がる」
クリフォードは笑みを浮かべながら、「ありがとうございます」と頭を下げた。
キャメロットに帰還後、五名の叙勲申請を行った。その結果、オーウェルとコーエンは勲功章が授与されることになる。もちろん、ダルトンと戦死者には名誉戦傷章が授与されている。
この叙勲については多くの軍関係者から驚きの声が上がった。そもそも砲艦の准士官が叙勲の申請対象になること自体稀であり、コーエン掌砲長が勲章を授与されたことはアルビオン軍の長い歴史の中でも初めてのことだった。
この叙勲は砲艦乗りたちに歓迎された。鼻つまみ者と蔑まされていた自分たちを軍が正当に評価してくれることに驚くと共に、自分たちの存在が認められたと自分のことのように喜んでいた。
マイヤーズが去った後、部下たちと別れるという事実を改めて噛み締める。
(レディバードはもうないんだ。みんなともこの航宙が終われば別れることになる……一年ちょっとだったが、随分長く一緒にいるような気がする……)
しんみりとした雰囲気でデスクに向かっていると、オーウェルが現れた。
「今ちょっといいですか?」と言って答えも聞かずに入ってくる。クリフォードは苦笑しながらも「何だ?」と尋ねる。
「いや、戦闘の前に言っていた、パーティの件ですよ。艦も沈んじまいましたし、とりあえず、入港してもすぐには配属先は決まらんでしょう。それにあれだけの戦闘の後なんですから、一ヶ月やそこらの休暇はもらえるはずですよね。というわけで、その相談をしにきたんです」
そう言ってクリフォードをレディバードの乗組員たちの溜り場に連れ出した。オーウェルは全員がいることを確認すると、
「よし! 全員いるな。それではこれから帰還後の戦勝パーティについて話し合いを行う」
オーウェルの言葉にお調子者の操舵長トリンブルが勢いよく手を上げる。
「ド派手なパーティを希望します! ドンちゃん騒ぎで三日ほど飲みまくりたいです!」
その言葉に「そりゃいい!」という声が上がる。クリフォードは「三日は勘弁してくれ」と笑い、
「まあ派手に破目を外すか。だが、場所をどこにするかな。まあ、メディアが入り込まない静かなところがいいんだが」
オーウェルがニヤリと笑いながら、大きく頷く。
「そうなんですよ。何といっても、有名な“崖っぷち”と一緒にパーティなんですからね。下手な場所でやったら大変なことになります。でも、私らじゃそんな場所を知りませんから。艦長ならいいところをご存知じゃないかと」
オーウェルが初めての指揮艦を失った自分の気持ちを考え、明るく振舞っていることに、クリフォードは気付いていた。そして、彼に合わせるように明るい口調で、
「義父に頼んでみよう。何といっても財務卿閣下だからな。いい場所に一つや二つあるはずだ。このくらいの公私混同は許されるだろ?」とおどけるように彼の義父ノースブルック伯爵の伝手を使うと言った。
乗組員たちはその言葉に「オウ!」という歓声を上げ、大袈裟に喜ぶ。
「そりゃいいですね。ノースブルック家は名家ですから。でも、あんまり立派なところは勘弁してくださいよ。こっちはガサツな砲艦乗りなんですから」
オーウェルもそう言って大きな声で笑い出す。
クリフォードは「それを言ったら私も砲艦乗りだぞ」と言い、すぐに釣られるように笑い出した。
翌日、グレイローバーは第四惑星ガウェインの衛星軌道上にある兵站衛星プライウェンに入港した。レディバードの乗組員たちはグレイローバーから下りると、大型艇に乗り換えて第三惑星ランスロットに向かった。
ランスロットの衛星軌道上にある要塞衛星アロンダイトに入ると、レディバードの乗組員たちは熱烈な歓迎を受けた。既に情報通報艦からの情報でレディバードの活躍が伝えられており、砲艦で駆逐艦を沈めたという快挙に惜しみない賞賛が贈られた。
普段馬鹿にされることが多い砲艦乗りたちは慣れない賞賛に戸惑うが、自分たちが正当に評価されたことに誇らしさを感じていた。
キャメロット防衛艦隊の各艦隊が入港してくると、要塞は祝勝ムード一色になる。
翌日、全ての艦が入港を果たすと、ランスロットの首都チャリスにいる王太子エドワードが祝辞を述べに要塞に入った。
「アルビオンの誇りである艦隊将兵諸君! 諸君らの活躍によりゾンファの野望は打ち砕かれた!……散っていった勇者たちに哀悼を捧げるとともに、諸君らの忠誠と献身に心から感謝の意を表すものである!」
正装に身を包んだ王太子の厳かな演説は万雷の拍手を呼んだ。
クリフォードは第三艦隊司令部に報告書を提出すると、乗組員全員の休暇申請を行った。しかし、艦隊司令部の許可が下りなかった。レディバードの乗組員たちはリンドグレーン提督の嫌がらせかといきり立ったが、別の事情から休暇の申請が通らなかったのだ。
防衛艦隊司令部の広報担当官である大佐が説明に現れ、
「君たちは我々広報担当官と共にメディアに出演してもらう。絶望的な状況で力を合わせて生き残った君たちは軍人の鑑、国民に範を示したのだ」
クリフォードが「我々には休暇が必要です」と抗議すると、広報担当官は申し訳無さそうに、
「君たちはメディアの注目の的なのだ。ほとぼりが冷めるまでは要塞にいる方がいい……」
その言葉に自らの体験を思いだし、「了解しました」と了承するが、「ですが、部下たちに充分な休暇をお願いします」と付け加える。
官舎で待っていた愛妻ヴィヴィアンとの再会を果たすものの、翌日からメディアによる取材攻勢に遭い、レディバードの乗組員たちとともにメディアにひたすら出続けた。
さすがに三日目になると取材攻勢は落ち着くが、クリフォードだけは別だった。ちょうどリンドグレーンの疑惑が持ち上がった時期とも重なり、関連の質問も多く投げられた。しかし、彼は軍の発表以上のことは語らず、メディアも徐々に熱が冷めていった。
入港から五日後、クリフォードらレディバードの乗組員たちはようやくメディアから解放された。
「明日は全員でチャリスに下りるぞ! お待ちかねのパーティだ」と陽気な声でクリフォードが言うと乗組員たちが「オウ!」という歓声で応える。
オーウェルが「場所はどこなんですか?」と尋ねると、
「ノースブルック伯爵邸だ」と済ました顔で答える。その言葉にトリンブル操舵長が「いや、もっと気楽な場所にしましょうよ」と情けない声で叫ぶ。
他の乗組員たちも名家であるノースブルック家の屋敷と聞いて気後れしているが、
「安心していいぞ。明日は我々だけで貸し切りだそうだ。義父は王太子殿下と会食があるそうだから、屋敷に帰ってくるのは夜中だそうだ」
そして、「財務卿閣下が特別な趣向を考えてくれるそうだ。酒もふんだんに用意してくれる。こんな機会を逃す手は無いと思うがな」と付け加える。
「うまい酒が飲めるってことですね。俺は大賛成です! 財務卿閣下万歳!」とお調子者のトリンブルが盛り上げる。横にいたドレイバー掌帆長が「調子に乗りすぎだ」とごつい手でバシンとトリンブルの背中を叩く。トリンブルが大袈裟につんのめるとその場が爆笑に包まれる。
翌日、軍服姿で首都チャリスの宇宙港に降り立つと、彼らに気付いた市民から熱烈な歓迎を受ける。未だに慣れない彼らははにかむような笑顔で手を振ると、用意された地上車に乗り込み、そのまま郊外にあるノースブルック伯爵邸に向かった。
クリフォードは家族の帯同を許可しており、数名の下士官が妻と幼い子を連れていた。もちろんクリフォードの傍らにも愛妻の姿があった。
ノースブルック邸に到着すると、庭園に案内される。園遊会が行えるほど大きな庭には様々な料理が並べられ、多くの酒が用意されていた。
「こいつは凄ぇ! 配給酒しか飲まねぇ俺にはもったいねぇな」と先任機関士のクーパーが思わず声に出すと、「本当だな」と普段無口なコーエン掌砲長が呟く。
戸惑う部下たちにクリフォードが「レディバードの中だと思って気楽にやろう!」と言い、いつもより砕けた口調で「さあ、とりあえずグラスを手に取れよ」と部下たちに酒を配っていく。
そんなクリフォードの姿にヴィヴィアンは微笑ましく思いながらも、自分が知らない絆に妬ましさを僅かだが感じていた。
(私の知らない世界……本当に楽しそうね。でも、この人たちとは別れることになるんだわ……)
クリフォードは全員がグラスを手に持ったことを確認すると、「では、パーティを始めようか」と言い、グラスを持ち上げる。
「では、戦死した戦友たちに、そして、我らがレディバードに、乾杯!」と言って静かにグラスを持ち上げる。乗組員たちも全員が神妙な表情で「乾杯」と静かにグラスを挙げ唱和する。
静かに一杯目の乾杯を終えると、すぐに宴会に突入する。最初は戸惑っていた彼らも酒が入るにつれ、「さすがは伯爵様だ。こんなうめぇ料理は初めてだ」とか、「艦の飯が食えなくなるな」とか言いながら色とりどりの料理に舌鼓を打っていた。
酒が更に進むと本来の陽気な砲艦乗りたちに戻り、何度も乾杯と万歳が繰り返されていく。
「我らが艦長、クリフエッジに乾杯!」と言って杯を挙げ、「艦長と奥さんに万歳三唱だ!」と言って万歳を始める。
更には「ついでだ! 副長にも万歳だ!」とトリンブルが言うと、「何がついでだ!」とオーウェルが笑いながらいい、「命令違反の常習者、我らが操舵長に乾杯だ!」と混ぜっ返す。
普段は閑静な伯爵邸に陽気な声が木霊する。
クリフォードは愛妻とこの楽しい時間を共有しながら、幸せを噛み締めていた。
昼頃から始まり、二時間ほどで騒ぎ疲れたのか、椅子に座って静かに飲み始める。クリフォードは乗組員一人一人のところを回り、声を掛けていく。
程よく酔いが回り、椅子に座って寝る者が出始めた頃、パーティ会場に三人の男がやってきた。一人はこの屋敷の主ウーサー・ノースブルック伯。もう一人は彼の長男アーサー。そして、最後の人物を見てクリフォードは驚き、それまでの酔いが一気に吹き飛んだ。
「王太子殿下……」と呟くと、すぐに立ち上がり敬礼する。それに気付いたレディバードの乗組員たちも慌てて起立し敬礼していく。つい先日、要塞を訪れ祝辞を述べた王族が目の前にいることに信じられないという顔をしていた。
「座ってくれたまえ」とエドワード王太子が手の平を下に向け、座るジェスチャーをした後、
「今日は無礼講と聞いている。私もジュンツェンの勇者と酒を酌み交わしたいと思ってね。伯爵に無理を言ったのだよ」と人好きのする笑顔で片目を瞑る。
さすがに王太子に気軽にしゃべりかけられるものはおらず、互いに顔を見合わせるしかなかった。
王太子はその状況を変えるべく陽気な声で、
「トリンブル一等兵曹! いれば返事を」とトリンブルの名を告げる。
呼ばれたトリンブルは困惑の表情を浮かべながら、「はい、殿下」と答えて前に出る。
「三日前のゴールデンタイムの番組を見たが、久しぶりに腹の底から笑わせてもらった。あれは傑作だった」と真面目な顔で言うとトリンブルはどのような表情をしていいのかと迷うように周囲を見回す。
「そんな兵曹に頼みがある」と王太子が言うと、トリンブルは背筋を伸ばし、「はい、殿下」と真面目な表情で答える。
王太子は小さく頷くと、
「君たちの艦長、いや、艦長に対し、万歳の音頭をとってもらえないか」
その言葉にトリンブルは返事を忘れて呆然とする。クリフォードも同じように驚いていたが、彼が驚いたのは王太子が“キャプン”という俗語を使ったことに対してだ。
「私も一緒に祝いたいのだ。それも君たち兵士たちの流儀で」
王太子の真摯な表情にトリンブルは「了解しました、殿下!」と満面の笑みで了解すると、
「僭越ながら殿下のご命令に従い、万歳の音頭をとらせていただきます!」と叫ぶ。そして、息を一杯に吸込むと、
「我らが艦長に、そーれ! 万歳!」と大きな動作をつけて叫んだ。
そして、そこにいた者たちは王太子を含め、同じように大きな動作で万歳と叫び、数分間止まなかった。
その万歳の嵐が止むと、王太子は「君は今回もよくやってくれた」とクリフォードに右手を差し出す。クリフォードは右手を握りながら、「いいえ」と小さく首を横に振る。
「私の功績ではありません。彼らの功績です。私は部下に恵まれました」と笑顔で答えた。
この出来事は公式には一切発表されなかった。それが艦隊内で噂として流れ、更にメディアがその情報を入手した。しかし、レディバードの元乗組員たちはお調子者のトリンブルですら、そのことをメディアに話すことはなかった。彼らにとって大切な思い出であり、それを汚したくないと全員が思っていた。
第三部完
「SF」の人気作品
-
-
1,798
-
1.8万
-
-
1,274
-
1.2万
-
-
477
-
3,004
-
-
452
-
98
-
-
432
-
947
-
-
432
-
816
-
-
415
-
688
-
-
369
-
994
-
-
362
-
192
コメント