クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

愛山雄町

第十四話

 宇宙歴SE四五一八年七月二十四日、標準時間〇七時三○分。
 ジュンツェン星系シアメン星系側ジャンプポイントJP

 アルビオン王国のヤシマ解放作戦、作戦名“ヤシマの夜明け――Operation Yashima Dawn――”、通称YD作戦参加の二万七千隻は、ゾンファ共和国軍の猛将ホアン・ゴングゥル上将率いるヤシマ侵攻艦隊を待ち受けるべく、シアメン星系側JPを半包囲する形で展開していた。
 指揮官であるキャメロット防衛艦隊司令長官、グレン・サクストン大将は盟友であり片腕ともいえる総参謀長アデル・ハース中将と作戦の最終確認を行っていた。

 アルビオン艦隊はサクストン提督のキャメロット第一艦隊を中心に第五、第六、第八、第九の四つの艦隊が黄道面に垂直に十字を描くように配置されている。リンドグレーン提督率いる第三艦隊は最右翼に配置され、後背から接近してくるマオ・チーガイ上将率いるジュンツェン防衛艦隊に対し、退路であるハイフォンJPへの航路を確保すると共に、ホアン艦隊の側面を窺うことになっていた。つまり、アルビオン艦隊は横倒しになった十字架の形で、第三艦隊はその脚の部分ということになる。
 この配置については、サクストン提督がリンドグレーン提督の能力と性格を信じきれず、予備兵力扱いとしようとしたという噂が流れた。実際には敵艦隊の側面を突かせるための兵力であり、ハース参謀長の作戦案にも明確に記載されている。しかし、リンドグレーン提督の能力を疑い、最も敵からの圧力が掛からない最右翼に配置されたという噂は会戦後も囁かれ続けた。

 JPとの距離は約三十光秒。これは戦艦の最大射程を考慮し設定されている。
 超光速航行から通常空間にジャンプアウトする場合、ジャンプアウトした側、つまりホアン艦隊はタイムラグこそあるものの敵艦隊の位置を把握できる。しかし、待ち受けるアルビオン艦隊側は光の速度に制限されるため、ジャンプアウト直後は視認と同時に攻撃を受けることが多い。これは奇襲とほぼ同じ効果があり、大きな損害を受けやすい状況であった。
 JPに近ければ近いほど過去の位置と現在の位置の差が小さいため予測されやすい。また、主砲の射程が短い巡航艦などの戦艦以外の艦からの攻撃も受け、更にミサイルによる攻撃も連続的に受けることから最大射程で待ちうけ、敵が現れたことを確認してから接近していく作戦が一般的だ。
 シアメン星系側JPにはステルス機雷――ファントムミサイルなどステルス性能を持つミサイルの自動発射装置――が百万基以上敷設されており、ホアン艦隊はその対応に追われるため、ジャンプアウト直後に攻撃を行う余裕は少ないと考えられている。しかし、奇襲による混乱が長引けば、ジャンプアウトした敵が機雷の処理を完了させてしまい、組織だった戦闘に持ち込まれてしまう。ハース参謀長は敵が機雷の処理に手間取っている間に多大な損害を与えるため、あえて標準的な配置を提案していた。

 サクストン提督は参謀長に「敵は時間どおり現れると思うか」と尋ねた。ハースはニコリと笑いながら、

「ホアン上将は猛将です。一気に雌雄を決するためには戦力の集中が必要と考えているでしょう。そして、ジュンツェン防衛艦隊のマオ上将も自分と同じように考えると思っているはずです。ですから、時間通りに現れます」

 そう言った後、「このまま、マオ艦隊が動かなければ、ホアン上将はジャンプアウトした後に怒り狂うでしょうね。その余裕があればですけど」と言い、いつものコケティッシュな笑みを浮かべていた。

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 キャメロット第三艦隊第四砲艦戦隊に属する砲艦レディバード125号の戦闘指揮所CICでは、クリフォード・コリングウッド少佐が腕組みをしてメインスクリーンを見つめていた。
 レディバードを含め、すべての砲艦は主砲の発射準備を終え、いつでも戦闘に入れる体制を整えている。
 他の戦闘艦が敵の出現を警戒し、回避機動を行っている中、砲艦は微動だにしていなかった。それは主砲から撃ち出される陽電子を集束する五段の電磁コイルが展開されているためで、無防備な状態に置かれている。
 しかし、クリフォードを含め、砲艦乗りたちはそのことをあまり気にしていなかった。
 戦闘が始まれば、他の戦闘艦は最大加速で接近していくが、砲艦は動くことができず、艦隊の後方に取り残される。当然、敵も接近してくる敵を優先的に攻撃するため、自分たちが攻撃される可能性が低いと考えているのだ。

(もうそろそろか……この位置ならジャンプアウトした敵をギリギリ撃てる。戦艦や重巡航艦は無理でも軽巡航艦以下の小型艦なら充分に損害を与えられる……)

 そして、スクリーンの端に映っているジュンツェン防衛艦隊に視線を移す。

(後ろの敵が不気味だ。計算では一時間半は戦闘に加われないはずだが、あの数で後ろから攻撃されたら……その辺りは総司令部が考えているのだろうが、本当に大丈夫なのか……)

 既に準備が完了し、敵の出現を待つという待機時間であるため、CICは重苦しい空気に包まれていた。そんな中、機関制御室RCRにいる副長のバートラム・オーウェル大尉から連絡が入る。

「そちらの様子はどうですか? こっちじゃ、状況が全く分からんのですよ」

 オーウェルの暢気とも言える声がCICに響く。彼のいるRCRは本来、機関の制御を行う部屋だ。砲艦は艦内スペースが限られており、本来設置されるはずの緊急時制御室ECRがない。代わりにRCRに緊急時操作卓EPと呼ばれる簡易型の制御盤を設置しているのだが、EPは簡易型であるため艦内の状況はともかく、艦の外の状況はほとんど分からない。
 そのため、CICに直接状況を確認したのだが、本来なら戦闘態勢に入った戦闘艦でこのような緊急性の無い通話は処罰の対象となりうるものだ。しかし、比較的規律の緩い砲艦では日常的に行われており、クリフォード自身、雑談でもない限り黙認している。

「今のところ、全く動きなしだよ、副長ナンバーワン。この状況には私も辟易としている」

 苦笑いにも似た表情を浮かべ、オーウェルにそう返した。

「まあ、何にせよ、無理はせんことです。既に我々砲艦戦隊は充分な戦果を上げておるんですから」

 オーウェルはそう言ったあと、「キャメロットに帰ったら、休暇はもらえますよね」と笑いながら付け加える。「特別休暇はあるはずだ」とクリフォードが明るい声で応えると、CICとRCRから歓声が上がる。
「じゃ、帰ったらみんなでパーティでもしますか?」とおどけるような声が響いたところで、人工知能AIの中性的な声がオーウェルの言葉を遮った。

『シアメンJPに未確認艦艇多数ジャンプアウト……』

 その直後、メインスクリーンに敵艦が次々とジャンプアウトしてくる映像と、敵の攻撃を受けた味方艦の防御スクリーンが発光している映像が映し出される。
 戦術士のマリカ・ヒュアード中尉が総司令部からの命令を大声で読み上げる。

「総司令部から入電! スペクトル解析によりゾンファ共和国軍艦艇であることを確認! 全艦隊攻撃を開始せよ! 繰り返す! 全艦隊、敵ヤシマ侵攻艦隊に向け、攻撃を開始せよ! 以上です!」

 クリフォードは「了解した」と素早く答えると、掌砲長のジーン・コーエン兵曹長に「主砲発射!」と静かに命令を発した。コーエンから「了解しました、艦長アイアイサー! 主砲発射ファイア!」という滅多に感情を表さない彼女にしては珍しく、やや興奮気味に命令を復唱し実行する。

 僚艦である砲艦からも次々と主砲が発射される。また、戦艦や巡航戦艦は加速を開始し、戦列を押し出しながら主砲を連射していく。
 対消滅反応で現れる真っ白な光の柱が何本も宇宙空間を彩っていく。その死の光柱は運の悪い小型艦の防御スクリーンを突き破り、新星のような激しい爆発を作る。その様は小さな星が煌くようで美しくもあった。しかし、その美しさを愛でる者は誰もいない。

 射程の短い巡航艦や駆逐艦はその機動力を生かし、螺旋を描くような回避運動とともにステルスミサイルを射出し、更に敵に肉薄するべく加速を加えていく。
 クリフォードはその魚の群れのようなダイナミックな機動に羨望の眼差しを送るが、すぐに「冷却系が追いつく限り撃ち続けろ!」と命じる。
 彼我の距離は三十光秒あり、結果が分かるのは一分後だが、既にステルス機雷による敵艦隊の混乱は確認できていた。

 ホアン上将率いるヤシマ侵攻艦隊――ゾンファ側の呼び方ではヤシマ解放・・艦隊――に属する一万四千五百隻は次々と襲い掛かってくるステルス機雷を排除しながら、果敢にもアルビオン艦隊に攻撃を加えていた。
 しかし、ステルス機雷の猛攻に加え、二倍近いアルビオン艦隊の反撃を受け、ジャンプアウトから僅か一分で千隻以上の艦を失っていた。そのような状況でもホアン艦隊の闘志は衰えず、アルビオン艦隊の圧力を弱めようと、果敢な攻撃を続けていく。

 レディバードも加速空洞キャビティの冷却と対消滅炉リアクターの出力を確認しながら、主砲を撃ち続けていく。しかし、最大射程での砲撃ということで戦隊司令部から送られてくる指示に従って撃つだけであり、自分たちの攻撃がどの程度の戦果をもたらしているのか全く分からない。
 幸いなことにホアン艦隊は接近してくるアルビオン艦に反撃しており、後方に取り残されている砲艦は完全に無視され、流れ弾のような攻撃以外、ほとんど攻撃を受けることはなかった。

 戦闘開始から十分後、ヒュアードが「ジュンツェン防衛艦隊、動き始めました!」と甲高い声で報告する。クリフォードは「了解」と短く応え、「司令部からの命令に注意しておいてくれ」と命じた。

 その間にも戦闘は激化していく。
 アルビオン艦隊も後背のマオ・チーガイ上将率いるジュンツェン防衛艦隊が戦場にたどり着くまでに、前方のホアン艦隊を殲滅する必要があり、苛烈な攻撃を加えている。
 一方のホアン艦隊もステルス機雷を排除しつつ、秩序だった戦闘に移行しようとしていた。ホアン艦隊の戦術上の目的はマオ艦隊の到着まで持ちこたえることだが、猛将が指揮する艦隊らしく、想像以上に激しい反撃を行っている。
 シアメンJPに死と放射線を撒き散らす嵐が吹き荒れていた。


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 七月二十四日、標準時間〇八時二○分。

<a href="//7896.mitemin.net/i201165/" target="_blank"><img src="//7896.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i201165/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>

 ホアン艦隊に属する戦艦ルーシャンはアルビオン第九艦隊の巡航戦艦インヴィンシブル級インフレキシブル35と死闘を繰り広げていた。
 最左翼に配置された第九艦隊は勇将ジークフリード・エルフィンストーン提督の指揮の下、最も早く敵と接触する。まさに“一番槍”という言葉を思い浮かべるほどの前進だった。
 第二巡航戦艦戦隊に所属するインフレキシブル35は加速力を生かした芸術的な機動で敵を翻弄しながら、ホアン艦隊に深く浸透していく。
 一方のホアン艦隊もこれ以上の侵入は戦列の分断を意味するため、必死に抵抗する。通常戦艦であるルーシャンは巡航戦艦に比べ高い防御力を誇るが、ジャンプアウト直後のステルス機雷による攻撃により防御スクリーンの機能が低下し、苦戦を強いられていた。
 インフレキシブルの艦長フォレスター大佐はルーシャンの防御力の低下を見抜き、戦術士に向かって、「戦艦を血祭りに上げるぞ! そのまま敵中を突破する!」と獰猛な笑みを見せる。
 一方のルーシャンの艦長リー大佐はインフレキシブルが自艦を突破し、戦列を分断しようとしていることに気付く。ホアン上将の下に長くいる彼は上司の影響を強く受け、CICのシートから激しい闘志を見せ、「敵を止めろ! 止めてしまえば重巡航艦と大して変わらん!」と叫び、インフレキシブルに向け主砲を撃つよう命じた。
 インフレキシブルとルーシャンは、宇宙空間では零距離と言えるほど接近した状態で、主砲を撃ち合った。
 二十五テラワットの反物質がキロメートル単位という極近距離ですれ違っていく。
 インフレキシブルの放った陽電子は敵に見事に命中した。損害こそ与えられなかったものの、ルーシャンの防御スクリーンは過負荷状態に陥った。一方、ルーシャンの砲撃はインフレキシブルの巧みな機動により回避されていた。
 この時、インフレキシブルは思わぬ落とし穴に陥っていた。ルーシャンに気を取られすぎ、味方の戦列から大きく突出していたのだ。しかし、戦場の真ん中で減速することは致命的な弱点を曝すことになる。フォレスターはベクトルを変えて動き続けることで速度を落とさずに戦列の前進を待とうとした。
 その機動は敵に側面を晒すことになる。混戦状態となっている戦場では大きな失態とは言えないものの、目の前の強敵と対峙している状態では致命的なミスになった。
 巡航戦艦であるインフレキシブルの防御スクリーンは戦艦の主砲に耐え得るものではない。特に側面の防御スクリーンは重巡航艦とさほど変わらず、戦艦の主砲は容易にスクリーンを突き破る。
 主砲を連射していたルーシャンが放った砲撃が偶然、インフレキシブルの側面を貫いた。大量の陽電子が起こす対消滅反応により、インフレキシブルは小型の超新星となり、宇宙そらの藻屑となって消滅した。フォレスター以下の乗組員たちは自らに何が起こったのか知ることなく、原子レベルにまで分解された。
 勇敵を倒したルーシャンだったが、喜びもつかの間、運が悪いことにインフレキシブルの爆発によって発生した質量数千トンのデブリの直撃を受けてしまった。防御スクリーンが万全なら中破程度の損傷で済んだのだが、元々低下していたことに加え、インフレキシブルとの死闘により過負荷状態になったスクリーンにそれだけの質量を持ったデブリを弾き飛ばす力はなかった。
 艦首に命中したデブリはルーシャンの艦体を大きく潰していく。更にその衝撃荷重によりルーシャンのベクトルが変えられ、艦体に大きな回転力を与えていった。ルーシャンはスラスターを使い、必死にコントロールを試みたが、スラスターの加速力では独楽のように回り始めた艦をすぐに止めることはできない。結局、僚艦と接触し、共に爆散した。

 その光景を偶然見ていたエルフィンストーンとホアンは同時に「何をやっている!」と全く同じ言葉を吐き出していた。
 エルフィンストーンは戦列の立て直しを再度命じると、総司令官サクストン提督に具申するため、回線を開いた。

「ご覧の通り、敵は混乱しています。今、右翼の第三艦隊を押し出せば、敵を一気に殲滅できます」

 この時、アルビオン艦隊はホアン艦隊と零距離といえるほど接近し、第三艦隊以外の艦隊がホアン艦隊と激しい交戦を繰り広げていた。第三艦隊はゆっくりと前進しながら、敵の左翼を散発的に攻撃するのみで、積極的な攻勢を行っていなかった。

 サクストンはエルフィンストーンの意見具申に大きく頷くと、「第三艦隊のリンドグレーン提督に連絡。直ちに最大戦速で前進し、敵ヤシマ侵攻艦隊の側面を脅かせ」と通信士に命じた。
 エルフィンストーンは「ありがとうございます」と言って満足げに頷くと、すぐに麾下の艦隊の再編に掛かった。

 総司令部からの命令を受け取ったハワード・リンドグレーン提督は前進することを躊躇っていた。

(後方のマオ艦隊が迫っている。ホアン艦隊の側面を突くということは我が艦隊が最も前進するということだ。場合によっては敵中に孤立するかもしれん……ホアン艦隊が戻ってきたということは、ヤシマは既に解放されているのだ。戦略目的は達しているのに、無理をして戦力を損耗することに何の意味がある……)

 リンドグレーンは一度目の命令に対し、「後背の敵への備えが必要である」という意見具申を行った。それに対し、サクストンは「後背の敵への備えは現時点では不要。前方の敵に集中せよ」と返した。
 リンドグレーンはそれでも「ホアン艦隊は正面の五個艦隊で充分に対応できるはず。我が艦隊は全軍の崩壊を防ぐため、マオ艦隊に向かうべきである」と再度回答した。
 サクストンは怒りを抑えながら、「総司令部の命令である。直ちに前進し、敵側面を攻撃せよ」と命じる。リンドグレーンから「我が第三艦隊が向かえば、マオ艦隊は必ず減速する。それにより時間を稼ぐことができる」と回答がなされると、遂にサクストンの怒りが爆発した。
「マオ艦隊は第三艦隊を無視する可能性が高い……議論は無用! これ以上の時間の浪費は利敵行為と看做す!」と怒気を込めて返信した。普段の彼なら最後の一言は加えなかっただろうが、それほど戦況に余裕がなかったのだ。
 リンドグレーンは利敵行為という言葉に「何という言い草だ!」と激高する。

「サクストン提督に総司令官たる資格なし! 第三艦隊は祖国の危機を回避するため、独自に行動する!」

 一方的に通信を送ると、指揮下の艦に対し、転進を命じた。

「後方から迫ってくるマオ艦隊を牽制する。前進を中止し、直ちにマオ艦隊の側面を突く進路を取れ!」

 彼の幕僚たちは「それでは総司令部の命令に……」と反対の意思を表明するが、「我々が向かわねば戦線が崩壊する! 命令に従え!」とサクストンへの怒りを幕僚たちに向けた。
 幕僚たちは顔を見合わせるものの、戦場においては直属の上官の命令に従わざるを得ない。特に大きな裁量権を持つ艦隊司令官の命令に逆らうことは抗命罪にあたり、軍法会議にかけられても文句は言えない。彼らは仕方なく、各艦に進路変更を伝えていく。

 第三艦隊司令部から伝えられた航路はアルビオン艦隊の後背を直接守るものではなかった。それはマオ艦隊の右側面を突く航路だった。
 リンドグレーンの作戦はマオ艦隊の側面を脅かし、進攻を遅らせることにあった。戦術としては合理性が認められるが、この航路は退路であるハイフォン星系側JPに向かう航路と一致しており、それが戦後に疑惑を招くことになる。
 多くの将兵が疑問を持つ中、リンドグレーンの命令は第三艦隊を動かしていく。


 サクストンは指揮系統を無視した行動に激怒し、第三艦隊副司令官にリンドグレーンの指揮権を奪うよう命じようとしたが、総参謀長アデル・ハース中将がそれを押し留める。

「これ以上、第三艦隊に混乱を与えては敵に利することになります。今は前方の敵に集中し、第三艦隊がマオ艦隊を牽制してくれることに期待しましょう」

 ハース自身、第三艦隊が成功するとは思っておらず、腸が煮えくり返るほど怒りを覚えていた。しかし、ここで怒りに任せた行動を取れば、全軍の崩壊を早めると思ったに過ぎない。

(生きて帰れたら、必ず報いは受けてもらうわ! あなたの勝手な行動で何万というアルビオン将兵が死ぬのだから……)

 エルフィンストーンを始め、他の艦隊の司令官に動揺が見られたものの、執拗に抵抗しているホアン艦隊を殲滅することが先だとリンドグレーンの行動を頭から締め出す。そして、その怒りをぶつけるかのように「敵戦列を突破せよ!」と異口同音に命じていた。


■■■

 ジュンツェン防衛艦隊司令官マオ・チーガイ上将は、敵の最右翼が自分たちに向かってくることに、最初は自らの目を疑った。

(なぜだ? あのままホアン艦隊の側面を突けば、奴らの勝利は確実だった……サクストンも全軍を把握しきれていないということか……ならば、我らに勝機は残っている!)

 マオ艦隊の誰もがそう思い、旗艦のCICでは沈黙が支配する。幕僚の一人がその沈黙を破った。

「どうしますか? 減速して迎え撃ちますか?」

 マオは即座に「このまま敵本隊に向かう! 減速は不要」と言って、アルビオン第三艦隊を無視する形で、〇・一光速での慣性航行を続行させる。
 彼はこの機会を最大限に利用することを考え始めていた。

(一個艦隊が抜ければ、総数はほぼ互角。いや、挟撃が可能な我々の方が有利になる……敵第三艦隊は無視してもよかろう……)

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