絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百六十四話 バケモノ(後編)
しばらく彼は茫然自失としていた。
いったい何が起きた? ここでいったい何が起きた?
彼は理解できなかった。自分の目の前で起きた出来事を。
ヴィエンスが死に、コルネリアが死んだ。
そして、あの獣も息絶えた。
「――独りぼっち、か」
呟く崇人の声に、誰も答えない。
ヴィエンスとコルネリアの乗るリリーファーも、ぴくりとも動かない。
ほんとうに――死んでしまった。
独りぼっちになってしまった。
「どうすればいいんだよ……ヴィエンス、コルネリア、マーズ……」
『マスター』
フロネシスの声が聞こえて、彼は顔を上げた。
「フロネシス……」
『マスターが思う道を進めばいいのではないでしょうか』
「俺が……思う道?」
フロネシスからのアドバイスは、思った以上に人間らしかった。
フロネシスの話は続く。
『マスターは今までいろいろなものを背負ってきました。いろいろなものを抱えてきました。けれど、マスターは頑張りました。結果がどうであれ、マスターは頑張りました。ならば、それでいいではないですか。マスターが望む未来を手に入れるために、頑張ればいいではないですか。マスターが努力をして未来を掴むのであれば、フロネシスとインフィニティは全力で協力いたします』
それを聞いて、気づけば崇人は涙を流していた。
フロネシスがとても――優しかったからだろうか。
いずれにせよ、彼はたった一人になってしまった。それは変わらない事実である。
だが、前に進まねばならない。
この戦いが――この物語の結末が、どういう方向に向かおうとも。
◇◇◇
帽子屋は独りぼっちの白の部屋で映像を見つめていた。
映像の中身は、もちろんタカト・オーノを映し出したものだった。
「うん、うん。彼はようやく一人になれたようだねえ。長かった、長かったよ。ここまで十年か? 二十年か? ……いいや、百年かもしれない。それ以上かもしれない。神の力を奪って、ようやくここまで来ることが出来た。神の世界、神の能力、神の上位互換! 僕が望んでいたもの、僕の望んでいた世界! ようやく、ここにやってきた。さあ、あとは僕と君の『希望』、どちらが強いかを戦う番だよ。異世界が残るか、君の世界が残るか――楽しみだね?」
「やはり――この世界を手に入れるのが目的だったか」
一人の世界に、二人目の声が聞こえた。
それを聞いて帽子屋はすぐにそちらを振り向く。
刹那、帽子屋の顔のすぐ横を針が通り過ぎていき――それを帽子屋は指で挟んだ。
「おかしいなあ。この部屋に到着するまでには結構なプロテクトをかけていたはずなのだけれど? どうしてここに何も力を持っていないあなたがやってくることが出来たのか、不思議で仕方がないのだけれど?」
「そんな余所余所しい口調で話すのはやめにしましょう、帽子屋。……いや、ここではこう呼びましょうか。クロノス・ダイアス?」
「……まさかそんな昔の名前を憶えているとはね。さすがはカミサマ、というところか。いやはや、頭が上がらないよ」
「話を茶化さないでいただける? これからあなたと私は大人の対話をしたいのよ」
「『大人の対話』……ねえ」
帽子屋――クロノス・ダイアスは改めてソファに腰かけて神を見つめた。
神が攻撃する気配を見せないからか?
いいや、違う。神は攻撃できないと解っているからだ。神の力はクロノス・ダイアスがほとんど奪った。だから力を使うことなどできない。
奪った力を取り返しに来たのかもしれないが、それは力のない神にできるはずがない。現に今の神の風貌は少女のそれであり、非力な少女に限りなく近い力しか持ち得ていないのだから。
「……しかし、今のあなたに何ができるというのですか? 力を持たない神など恐れるに足りませんよ。それとも、まさか本気で話し合いをするつもりでここに来たなどと言いませんよね?」
「そんなことはないわ。……ただ、できることならほんとうに話し合いで解決したいところだけれど」
「カミサマ、あなたは平和主義者ですか? そんなこと、できるわけがありませんよ。実際問題、人間だってそうでした。平和を持ち掛けても結局そんなもの維持することが出来ないんですよ! 維持できない平和に何の価値があるというのですか? ないでしょう! そんなものの価値なんて、到底ないのですよ!」
「だからあなたは――イヴを、娘を、再生しようとした」
「何が悪いんですか、それの!」
クロノス・ダイアスはそこで初めて激昂した。ソファから立ち上がり、険しい表情で彼女の言葉に答えた。
――それが不味いことだと認識したのは、クロノス・ダイアスがその発言をしてすぐのことだった。
「ようやく、私のペースで話を進めてくれましたね、クロノス・ダイアス」
少女はそう言って、一歩近づく。
「イヴ・レーテンベルグ。あなたのかわいい娘さんだった。災害復興支援ロボットとして開発された『救助者』その第一弾、『アメツチ』の起動従士だった」
「……貴様、何が言いたい。神よ、お前はただ地面を這い蹲っていればいいだけだ!」
神と呼ばれた少女はクロノス・ダイアスの話を無視して、さらに話を続ける。
「アメツチの起動実験に成功し、リリーファーの本格運用が開始された。実際その時代では災害なんて起きやしなかったけれど。……いいや、正確に言えば『そんなものを運用している暇なんて無かった』といえばいいかしら?」
「やめろ。お前は――お前は――!」
「カタストロフィ。コードネームとしか伝わっていないこの災害は、人類を半分以下に減らした。科学文明は崩壊、秩序なんてものも、ついでに消滅した。だが、リリーファーは生き残った。特殊装甲の塊だったからね、リリーファーは」
一歩、また一歩と近づく少女。
「イヴ・レーテンベルグはリリーファーの中に入っていたから無事だった。だが、あなたは死んでしまった。イヴ・レーテンベルグがリリーファーを使い、人々を救う瞬間を見届けたかったあなたにとって、それは最悪の結末だったといえるでしょう。……妻である、クリミア・レーテンベルグとともに、あなたは死んでしまったのだから」
クロノス・ダイアスは少女の身体を掴み、思い切り首を絞める。
少し苦しそうにするだけで、平気そうだった。
「力をほとんど奪い取られたとはいえ、私は神ですよ? そんなもので死ぬはずがありません。ありえないのです」
「……貴様」
「ですが、そこで神の気まぐれが起きました。正確に言えば、天使の気まぐれとでもいえばいいでしょうか。今思えばほんとうに後悔しているのですよ? 僅かとはいえ、神以外の存在にここまで世界をしっちゃかめっちゃかにされるなんて、思いもしませんでしたから」
嘘だ。クロノス・ダイアスはすぐにそう感じ取った。
最初からこの少女は――神は――こうなることを予測していた。
それはクロノス・ダイアスの持論だった。
シリーズを作り上げた時も、神の力を奪った時も、神はずっとこの未来を予見していた。予想していた。向かわせていた。
だからその結末よりも、未来よりも早く――。
「イヴ・レーテンベルグを、そして妻であるクリミア・レーテンベルグを救いたかった」
あっさりと。
あっさりと少女は、結論を述べた。
少女の話は続く。
「ですが、残念でしたね。確かにあなたは世界をここまで変容させることが出来ました。ですが肝心のことが出来ていませんでした。あなたの愛する娘と妻の再生です。そして、そのあとにあなたたち三人が住む幸せなセカイです。そんなもの、最初から存在していませんでしたが」
「何を……貴様、最初から」
「あたりまえでしょう? 私は神ですよ。アリスを復活させること、シリーズを殺して主導権を握ること、すべて知っているに決まっているじゃありませんか。ま、さすがにインフィニティの起動従士をほかの世界から連れてくることは予見出来ませんでしたが。だから、そこだけは抗わせていただきましたよ。起動従士の存在を突き止め、私の予見する未来へのヒントを与える。そうして私の予見する未来へと誘導したのですから! あはは、結局あなたは何もできなかった! 当然でしょう、だって私が見ていた未来への線路を、ずっと突き進んでいただけなのですから!」
いったい何が起きた? ここでいったい何が起きた?
彼は理解できなかった。自分の目の前で起きた出来事を。
ヴィエンスが死に、コルネリアが死んだ。
そして、あの獣も息絶えた。
「――独りぼっち、か」
呟く崇人の声に、誰も答えない。
ヴィエンスとコルネリアの乗るリリーファーも、ぴくりとも動かない。
ほんとうに――死んでしまった。
独りぼっちになってしまった。
「どうすればいいんだよ……ヴィエンス、コルネリア、マーズ……」
『マスター』
フロネシスの声が聞こえて、彼は顔を上げた。
「フロネシス……」
『マスターが思う道を進めばいいのではないでしょうか』
「俺が……思う道?」
フロネシスからのアドバイスは、思った以上に人間らしかった。
フロネシスの話は続く。
『マスターは今までいろいろなものを背負ってきました。いろいろなものを抱えてきました。けれど、マスターは頑張りました。結果がどうであれ、マスターは頑張りました。ならば、それでいいではないですか。マスターが望む未来を手に入れるために、頑張ればいいではないですか。マスターが努力をして未来を掴むのであれば、フロネシスとインフィニティは全力で協力いたします』
それを聞いて、気づけば崇人は涙を流していた。
フロネシスがとても――優しかったからだろうか。
いずれにせよ、彼はたった一人になってしまった。それは変わらない事実である。
だが、前に進まねばならない。
この戦いが――この物語の結末が、どういう方向に向かおうとも。
◇◇◇
帽子屋は独りぼっちの白の部屋で映像を見つめていた。
映像の中身は、もちろんタカト・オーノを映し出したものだった。
「うん、うん。彼はようやく一人になれたようだねえ。長かった、長かったよ。ここまで十年か? 二十年か? ……いいや、百年かもしれない。それ以上かもしれない。神の力を奪って、ようやくここまで来ることが出来た。神の世界、神の能力、神の上位互換! 僕が望んでいたもの、僕の望んでいた世界! ようやく、ここにやってきた。さあ、あとは僕と君の『希望』、どちらが強いかを戦う番だよ。異世界が残るか、君の世界が残るか――楽しみだね?」
「やはり――この世界を手に入れるのが目的だったか」
一人の世界に、二人目の声が聞こえた。
それを聞いて帽子屋はすぐにそちらを振り向く。
刹那、帽子屋の顔のすぐ横を針が通り過ぎていき――それを帽子屋は指で挟んだ。
「おかしいなあ。この部屋に到着するまでには結構なプロテクトをかけていたはずなのだけれど? どうしてここに何も力を持っていないあなたがやってくることが出来たのか、不思議で仕方がないのだけれど?」
「そんな余所余所しい口調で話すのはやめにしましょう、帽子屋。……いや、ここではこう呼びましょうか。クロノス・ダイアス?」
「……まさかそんな昔の名前を憶えているとはね。さすがはカミサマ、というところか。いやはや、頭が上がらないよ」
「話を茶化さないでいただける? これからあなたと私は大人の対話をしたいのよ」
「『大人の対話』……ねえ」
帽子屋――クロノス・ダイアスは改めてソファに腰かけて神を見つめた。
神が攻撃する気配を見せないからか?
いいや、違う。神は攻撃できないと解っているからだ。神の力はクロノス・ダイアスがほとんど奪った。だから力を使うことなどできない。
奪った力を取り返しに来たのかもしれないが、それは力のない神にできるはずがない。現に今の神の風貌は少女のそれであり、非力な少女に限りなく近い力しか持ち得ていないのだから。
「……しかし、今のあなたに何ができるというのですか? 力を持たない神など恐れるに足りませんよ。それとも、まさか本気で話し合いをするつもりでここに来たなどと言いませんよね?」
「そんなことはないわ。……ただ、できることならほんとうに話し合いで解決したいところだけれど」
「カミサマ、あなたは平和主義者ですか? そんなこと、できるわけがありませんよ。実際問題、人間だってそうでした。平和を持ち掛けても結局そんなもの維持することが出来ないんですよ! 維持できない平和に何の価値があるというのですか? ないでしょう! そんなものの価値なんて、到底ないのですよ!」
「だからあなたは――イヴを、娘を、再生しようとした」
「何が悪いんですか、それの!」
クロノス・ダイアスはそこで初めて激昂した。ソファから立ち上がり、険しい表情で彼女の言葉に答えた。
――それが不味いことだと認識したのは、クロノス・ダイアスがその発言をしてすぐのことだった。
「ようやく、私のペースで話を進めてくれましたね、クロノス・ダイアス」
少女はそう言って、一歩近づく。
「イヴ・レーテンベルグ。あなたのかわいい娘さんだった。災害復興支援ロボットとして開発された『救助者』その第一弾、『アメツチ』の起動従士だった」
「……貴様、何が言いたい。神よ、お前はただ地面を這い蹲っていればいいだけだ!」
神と呼ばれた少女はクロノス・ダイアスの話を無視して、さらに話を続ける。
「アメツチの起動実験に成功し、リリーファーの本格運用が開始された。実際その時代では災害なんて起きやしなかったけれど。……いいや、正確に言えば『そんなものを運用している暇なんて無かった』といえばいいかしら?」
「やめろ。お前は――お前は――!」
「カタストロフィ。コードネームとしか伝わっていないこの災害は、人類を半分以下に減らした。科学文明は崩壊、秩序なんてものも、ついでに消滅した。だが、リリーファーは生き残った。特殊装甲の塊だったからね、リリーファーは」
一歩、また一歩と近づく少女。
「イヴ・レーテンベルグはリリーファーの中に入っていたから無事だった。だが、あなたは死んでしまった。イヴ・レーテンベルグがリリーファーを使い、人々を救う瞬間を見届けたかったあなたにとって、それは最悪の結末だったといえるでしょう。……妻である、クリミア・レーテンベルグとともに、あなたは死んでしまったのだから」
クロノス・ダイアスは少女の身体を掴み、思い切り首を絞める。
少し苦しそうにするだけで、平気そうだった。
「力をほとんど奪い取られたとはいえ、私は神ですよ? そんなもので死ぬはずがありません。ありえないのです」
「……貴様」
「ですが、そこで神の気まぐれが起きました。正確に言えば、天使の気まぐれとでもいえばいいでしょうか。今思えばほんとうに後悔しているのですよ? 僅かとはいえ、神以外の存在にここまで世界をしっちゃかめっちゃかにされるなんて、思いもしませんでしたから」
嘘だ。クロノス・ダイアスはすぐにそう感じ取った。
最初からこの少女は――神は――こうなることを予測していた。
それはクロノス・ダイアスの持論だった。
シリーズを作り上げた時も、神の力を奪った時も、神はずっとこの未来を予見していた。予想していた。向かわせていた。
だからその結末よりも、未来よりも早く――。
「イヴ・レーテンベルグを、そして妻であるクリミア・レーテンベルグを救いたかった」
あっさりと。
あっさりと少女は、結論を述べた。
少女の話は続く。
「ですが、残念でしたね。確かにあなたは世界をここまで変容させることが出来ました。ですが肝心のことが出来ていませんでした。あなたの愛する娘と妻の再生です。そして、そのあとにあなたたち三人が住む幸せなセカイです。そんなもの、最初から存在していませんでしたが」
「何を……貴様、最初から」
「あたりまえでしょう? 私は神ですよ。アリスを復活させること、シリーズを殺して主導権を握ること、すべて知っているに決まっているじゃありませんか。ま、さすがにインフィニティの起動従士をほかの世界から連れてくることは予見出来ませんでしたが。だから、そこだけは抗わせていただきましたよ。起動従士の存在を突き止め、私の予見する未来へのヒントを与える。そうして私の予見する未来へと誘導したのですから! あはは、結局あなたは何もできなかった! 当然でしょう、だって私が見ていた未来への線路を、ずっと突き進んでいただけなのですから!」
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