絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百五十四話 独占
世界と時代は変わり。
エスティは崇人の部屋に居た。朝食での彼女の登場はそこに居た全員を驚かせたものだが、いざそれが終われば皆いつもの仕事に戻る。強いて違う業務をしている人間を挙げるとするならば、コルネリアがハリー傭兵団と今後の方針について話し合っているくらいだろうか。
「タカト……」
エスティは彼に語り掛ける。
崇人は彼女に背を向けて、ベッドに横たわっていた。
別に気分が悪いわけじゃない。
ただ彼女に会わせる顔がなかっただけだ。
「ねえ、タカト。こっちを向いて」
エスティの優しい声を聞いて、その言葉を無視するわけにはいかなかった。
崇人はゆっくりと振り返る。
そこにはエスティが凛々しい表情で、彼をただ見つめていた。その視線を改めて感じて、彼は委縮してしまう。
「委縮しないで。タカト。私は別にあなたのこと、責めているわけじゃない。寧ろ逆。私のことをあなたが責めるべきだった」
「何を言っているんだ。そんなこと……出来るわけない。だって君のことを殺したのは」
「敵のリリーファーよ。逃げ遅れたのは私。あなたは一切悪くない」
エスティは自分が死んだ事実を、あっさりと切り捨てる。
エスティは自らの胸に手を当て、
「それに見てよ、タカト。私はきちんと地面に足を付けて立っている。この意味が解る? 私は生きている、ってこと。私はここにいる、ってこと。それをあなたに解ってほしい」
「生きている……それは解るよ。けれど……」
崇人は手放しに彼女が生きていたことを喜べなかった。
当然かもしれない。彼女が死んだ瞬間を、彼女が踏み潰された瞬間を。彼は目の前にして目撃したのだから。疑ってしまうのは当然のことだ。
だが、だからこそ、目の前に立っているエスティ・パロングが偽物かどうかも疑いたくなかった。
なぜ彼女がここに居て、今彼の前に立っているのかは不明だったが、彼にとってはそんなことどうでもよかった。
ずっと死んでいると思われていたクラスメートであり大切な人が――生きていた。ただ、それだけで。それだけで良かった。
「……ねえ、タカト。俯いていないで、前を向いて」
彼女はそう言って、彼の頬に手を当てる。
そして彼女はそのまま顔を近づける。
そして、彼女は崇人にゆっくりと口づけた。
崇人にとってその瞬間は永遠にも一瞬にも感じられた。その口づけは甘く、時にほろ苦い。切ない香りが微かに彼の鼻腔を擽る。
エスティが漸く口づけをやめる。ゆっくりと崇人の顔から離れていく。二人の間に繋がっていた蜘蛛の糸のように細く、透明な糸が、ぷつり、と切れた。二人はそれ程長い時間口づけを交わしていたわけでは無かったが、どこか彼女の顔は紅潮していた。少し息遣いも荒く見える。
大丈夫か? ――そう言える状況でも無かった。
「ねえ、タカト」
エスティが崇人を見上げるように、彼の腹部の近くへとその顔を滑り込ませる。
崇人はその光景を見て、どこか背徳感を覚えた。
だが、エスティの行動はこれだけでは終わらない。
「マーズが死んだ。私、そう聞いたのだけれど」
単刀直入に告げられたその言葉に、彼は息をのんだ。
そして、崇人はそれを聞いて冷や汗をかいた。背筋が凍った。どうしてそのことを知っているのか――なんて細かいことはこの際どうだってよかった。
問題は、そのことについて彼女がどう言うのか――それだった。
エスティは話を続ける。
「私、タカトのことが好きだったのよ。だけれど、あなたとマーズは結ばれて、一つになって、二人も子供が生まれていて……とても幸せそうじゃない。確かにこの状況を見て幸せかどうか、少なくともタカトははっきりと言えないのかもしれない。でも、私に取ってみればこの状況はとても幸せだと思う。だって、愛する人との間に子供を儲けたのだから。それも、二人。その状況が女性にとってどれほど幸せな環境だと思う?」
崇人は答えない。
「あなたは答えない。いや、答えたくない。それもいいかもしれない。黙秘権を提示するのは悪くない話だよ。けれど、けれどね、それでも私はあなたのことが好き。そしてそれは今も続いている。継続中。だから、すごく不謹慎かもしれないけれど、私、マーズが死んだとき……とても嬉しかった」
笑みを浮かべるエスティ。
崇人はそれを見て恐怖を覚える。
エスティはこんな人間だったのか――自分の記憶を掘り起こしても、そんな記憶は当然無い。
ということは、彼女は、このような性格であったことを隠していたというのか?
エスティの話は、なおも続く。
「ねえ、タカト? 私、ずっとあなたのことを愛していたのよ? 初めて見たときから、あなたのことをずっと、ずっと、ずっと。ずっと! ずっと見ていたのに、私が舞台から退場した途端! あの女は私を差し置いてあなたを狙った。普通に考えればそうなのよね、同じ家に住んでいるのだから『間違い』という名目で犯してしまえば何の問題も無い。何の問題も無いのよ! でも、そうだとしても、それは正当化できる理由じゃない。あなたとあいつの子供を身篭る理由にはならない! ねえ、解るでしょう!? あなたなら、私の気持ちを!!」
正直に言うべきか。彼女のために嘘を吐くべきか。
彼は悩んでいた。
「……」
でも、彼は、エスティの気持ちを――今度こそ汲んであげたかった。
だから彼は、その言葉に、しっかりと力強く頷いた。
◇◇◇
「タカト、こんなところに居たのか。探しても見つからないから、てっきり自室に引きこもっていると思ったぞ」
アジトの共有スペースの一つ――トイレの前にて崇人はコルネリアに声をかけられた。
崇人はコルネリアに見つかって少し驚いていたようだった。そして、彼女もそれを見逃さなかった。
「どうした、タカト? まるで今の反応だと、私に見つかってほしくなかったように見えるぞ?」
「いや……別に、そういうわけではないが……」
「いやいや、安心してくれ。別に君から聞いた話を面白がってほかの人に話すような性格では無いことは君だって知っているはずだ。……私が予想するに、おそらく、エスティと『した』ね?」
「……なぜそれが?」
崇人はもう汗をだらだらとかいていた。
コルネリアは笑いながら、
「そりゃあもう。何となく、だよ。気配というか、そういうものを感じたからね。多分そうなのだろう、的な感じだ。まあ、いいのではないか? もともと、君はエスティのことが好きだったのだろう?」
コルネリアの言葉を聞いて、崇人は頬を紅潮させながら恥ずかしそうに頷いた。
コルネリアは崇人の肩を叩く。
「だが、あまりその事実は大っぴらにしないほうがいいぞ。あいつがどう出るかは知らないが、君は一応『妻になるはずだった』人間を失っているのだからな。それから数日しか経過していないにも関わらずほかの女と身体を交えたなどということが流布されてみろ? そうなったら君の評判は地に落ちる。ただでさえ、今は十年前の災害を引き起こした張本人ではないか、とレーヴの中でも思っている人間が居るんだ。そこでそんな噂を流されてしまえばマイナスイメージがさらに纏わりつくことになる。……それは、幾ら君でも解るだろう?」
「解っているよ。本当は僕だってその行為を断りたかった。そんな噂が纏わりつく可能性も、マーズに対する背徳感も凡て理解していた」
「ならどうして」
「あいつが、怖かったんだよ」
崇人は端的に理由を述べた。
怖かった? コルネリアは崇人の言った理由、その一部を反芻する。
エスティは崇人の部屋に居た。朝食での彼女の登場はそこに居た全員を驚かせたものだが、いざそれが終われば皆いつもの仕事に戻る。強いて違う業務をしている人間を挙げるとするならば、コルネリアがハリー傭兵団と今後の方針について話し合っているくらいだろうか。
「タカト……」
エスティは彼に語り掛ける。
崇人は彼女に背を向けて、ベッドに横たわっていた。
別に気分が悪いわけじゃない。
ただ彼女に会わせる顔がなかっただけだ。
「ねえ、タカト。こっちを向いて」
エスティの優しい声を聞いて、その言葉を無視するわけにはいかなかった。
崇人はゆっくりと振り返る。
そこにはエスティが凛々しい表情で、彼をただ見つめていた。その視線を改めて感じて、彼は委縮してしまう。
「委縮しないで。タカト。私は別にあなたのこと、責めているわけじゃない。寧ろ逆。私のことをあなたが責めるべきだった」
「何を言っているんだ。そんなこと……出来るわけない。だって君のことを殺したのは」
「敵のリリーファーよ。逃げ遅れたのは私。あなたは一切悪くない」
エスティは自分が死んだ事実を、あっさりと切り捨てる。
エスティは自らの胸に手を当て、
「それに見てよ、タカト。私はきちんと地面に足を付けて立っている。この意味が解る? 私は生きている、ってこと。私はここにいる、ってこと。それをあなたに解ってほしい」
「生きている……それは解るよ。けれど……」
崇人は手放しに彼女が生きていたことを喜べなかった。
当然かもしれない。彼女が死んだ瞬間を、彼女が踏み潰された瞬間を。彼は目の前にして目撃したのだから。疑ってしまうのは当然のことだ。
だが、だからこそ、目の前に立っているエスティ・パロングが偽物かどうかも疑いたくなかった。
なぜ彼女がここに居て、今彼の前に立っているのかは不明だったが、彼にとってはそんなことどうでもよかった。
ずっと死んでいると思われていたクラスメートであり大切な人が――生きていた。ただ、それだけで。それだけで良かった。
「……ねえ、タカト。俯いていないで、前を向いて」
彼女はそう言って、彼の頬に手を当てる。
そして彼女はそのまま顔を近づける。
そして、彼女は崇人にゆっくりと口づけた。
崇人にとってその瞬間は永遠にも一瞬にも感じられた。その口づけは甘く、時にほろ苦い。切ない香りが微かに彼の鼻腔を擽る。
エスティが漸く口づけをやめる。ゆっくりと崇人の顔から離れていく。二人の間に繋がっていた蜘蛛の糸のように細く、透明な糸が、ぷつり、と切れた。二人はそれ程長い時間口づけを交わしていたわけでは無かったが、どこか彼女の顔は紅潮していた。少し息遣いも荒く見える。
大丈夫か? ――そう言える状況でも無かった。
「ねえ、タカト」
エスティが崇人を見上げるように、彼の腹部の近くへとその顔を滑り込ませる。
崇人はその光景を見て、どこか背徳感を覚えた。
だが、エスティの行動はこれだけでは終わらない。
「マーズが死んだ。私、そう聞いたのだけれど」
単刀直入に告げられたその言葉に、彼は息をのんだ。
そして、崇人はそれを聞いて冷や汗をかいた。背筋が凍った。どうしてそのことを知っているのか――なんて細かいことはこの際どうだってよかった。
問題は、そのことについて彼女がどう言うのか――それだった。
エスティは話を続ける。
「私、タカトのことが好きだったのよ。だけれど、あなたとマーズは結ばれて、一つになって、二人も子供が生まれていて……とても幸せそうじゃない。確かにこの状況を見て幸せかどうか、少なくともタカトははっきりと言えないのかもしれない。でも、私に取ってみればこの状況はとても幸せだと思う。だって、愛する人との間に子供を儲けたのだから。それも、二人。その状況が女性にとってどれほど幸せな環境だと思う?」
崇人は答えない。
「あなたは答えない。いや、答えたくない。それもいいかもしれない。黙秘権を提示するのは悪くない話だよ。けれど、けれどね、それでも私はあなたのことが好き。そしてそれは今も続いている。継続中。だから、すごく不謹慎かもしれないけれど、私、マーズが死んだとき……とても嬉しかった」
笑みを浮かべるエスティ。
崇人はそれを見て恐怖を覚える。
エスティはこんな人間だったのか――自分の記憶を掘り起こしても、そんな記憶は当然無い。
ということは、彼女は、このような性格であったことを隠していたというのか?
エスティの話は、なおも続く。
「ねえ、タカト? 私、ずっとあなたのことを愛していたのよ? 初めて見たときから、あなたのことをずっと、ずっと、ずっと。ずっと! ずっと見ていたのに、私が舞台から退場した途端! あの女は私を差し置いてあなたを狙った。普通に考えればそうなのよね、同じ家に住んでいるのだから『間違い』という名目で犯してしまえば何の問題も無い。何の問題も無いのよ! でも、そうだとしても、それは正当化できる理由じゃない。あなたとあいつの子供を身篭る理由にはならない! ねえ、解るでしょう!? あなたなら、私の気持ちを!!」
正直に言うべきか。彼女のために嘘を吐くべきか。
彼は悩んでいた。
「……」
でも、彼は、エスティの気持ちを――今度こそ汲んであげたかった。
だから彼は、その言葉に、しっかりと力強く頷いた。
◇◇◇
「タカト、こんなところに居たのか。探しても見つからないから、てっきり自室に引きこもっていると思ったぞ」
アジトの共有スペースの一つ――トイレの前にて崇人はコルネリアに声をかけられた。
崇人はコルネリアに見つかって少し驚いていたようだった。そして、彼女もそれを見逃さなかった。
「どうした、タカト? まるで今の反応だと、私に見つかってほしくなかったように見えるぞ?」
「いや……別に、そういうわけではないが……」
「いやいや、安心してくれ。別に君から聞いた話を面白がってほかの人に話すような性格では無いことは君だって知っているはずだ。……私が予想するに、おそらく、エスティと『した』ね?」
「……なぜそれが?」
崇人はもう汗をだらだらとかいていた。
コルネリアは笑いながら、
「そりゃあもう。何となく、だよ。気配というか、そういうものを感じたからね。多分そうなのだろう、的な感じだ。まあ、いいのではないか? もともと、君はエスティのことが好きだったのだろう?」
コルネリアの言葉を聞いて、崇人は頬を紅潮させながら恥ずかしそうに頷いた。
コルネリアは崇人の肩を叩く。
「だが、あまりその事実は大っぴらにしないほうがいいぞ。あいつがどう出るかは知らないが、君は一応『妻になるはずだった』人間を失っているのだからな。それから数日しか経過していないにも関わらずほかの女と身体を交えたなどということが流布されてみろ? そうなったら君の評判は地に落ちる。ただでさえ、今は十年前の災害を引き起こした張本人ではないか、とレーヴの中でも思っている人間が居るんだ。そこでそんな噂を流されてしまえばマイナスイメージがさらに纏わりつくことになる。……それは、幾ら君でも解るだろう?」
「解っているよ。本当は僕だってその行為を断りたかった。そんな噂が纏わりつく可能性も、マーズに対する背徳感も凡て理解していた」
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