絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百五十三話 マクロとミクロ
『そうか。解っていたか! ……まあ、仕方ないことかもしれないね。実際問題、きっと君なら理解しているだろうと思っていたよ』
「いい加減はぐらかさないで教えてくれてもいいのではなくて? でないと、私はこの武器をあなたにぶつけるわよ」
『そんな低俗な武器で我々を傷つけることは出来ない。寧ろ、そう思っているのが烏滸がましいくらいだ。なあ、そう思うだろう? 帽子屋にバンダースナッチ? ……おや、リンクが取れないな。彼らにも彼らの事情があるのだから致し方ない。……それより、こちらの話を解決するほうが先だ』
マーズは聞こえないようにマイクをオフにして小さく舌打ちした。武器をぶつけるという発言は正直なところハッタリに過ぎなかったのだが、こうもあしらわれると実際に武器をぶつけても意味がないことを示しているようにも見えてくる。
とどのつまり、まったく底が見えないのである。
「……話を戻して、きちんと説明をしてくれるのでしょうね?」
『ああ、それはもちろん。説明をしないと、これからやってくる相手とフェアでは無いだろう? だが、君はもう殆どルールを理解しているようだが』
「ルールと言えるものでも無いでしょう? あれ程単純なのだから」
それを聞いて、ハンプティ・ダンプティはニヤリと口元を緩ませる。
『ふむ。それもそうか。そうかもしれないな。……確かに実際問題、戦って勝ち抜けなどと言われてしまえば、そう考えるのも自然かもしれない』
「だが、その単純ゆえに、私は一つだけ気になるポイントがある」
そう言って、マーズは人差し指を立てる。
ハンプティ・ダンプティは少し表情を傾けた。ハンプティ・ダンプティなりに首を傾げたのだろう。
『何だね、言ってみてくれ』
「負けたあと、負けた人間の世界はどうなる?」
『簡単だ。消滅する』
一言で説明は終わった。
だが、彼女にとってその説明は予想通りであったし、出来ればそうであってほしくなかった。
ハンプティ・ダンプティは、その彼女の気持ちを汲んだのか、
『君は何を考えているのか知らないが……世界を壊さないと、世界を無くしていかないと結局何も終わらない。逆にペースが遅ければ遅い程神は苛立ちを隠せなくなり、最終的に強制して世界を滅ぼしてしまうだろう。未だ、今のうちがいい。寧ろ今のうちに世界を減らさなければ残りの世界も半ば強制的に滅ぼされてしまう。それは我々にとっても君たちにとっても良いことではない』
その通りだった。
もしその結果が生まれたら、誰も幸せにならない、誰も喜ばない、最悪で最低のバッドエンドとなってしまう。それは防がなくてはならなかった。
「でも……だからといって、別の世界を滅ぼさないといけない理由にはならないでしょう? 世界を滅ぼさないといけない理由を何とかするのではなくて、凡ての世界をどうにか共存させていく方法を」
『それは埒外だ。つまり、無駄なことなのだよ。そんなことは神が許さないし、きっとその行動にも至らせないだろう』
「なぜ……カミとやらはそんなことを?」
『僕たちは「退屈しのぎ」と定義しているけれど……。まあ、結局は誰にも解らない。まさに神のみぞ知るってやつだよ。君だって聞いたことのある表現だろう。それを地で行くケースだ。珍しいものだとは言わないが、こんなことが起きるのはきっと人類の歴史でも数える程度しかない。逆に考えてみればいい、このチャンスに恵まれて幸せである、と。これに立ち会えるのは奇跡だよ。奇跡。運命と言っても過言では無い。君がこの世界に飛ばされ、ブレイカーに乗り、世界同士のつぶし合いに参戦した。これは運命という単語の何物でもない。素晴らしいことなのだよ!』
ハンプティ・ダンプティは言った。もし彼に腕が生えているのであれば、両手を掲げていることだろう。
だが、そんなことマーズには関係なかった。関係あるのは、ハンプティ・ダンプティの言った、その発言。
――世界同士のつぶし合いに参戦出来たこと、それは運命。
「ふざけないで……。こんなものが運命? 世界同士のつぶし合い? どうしてこんなことをしなくてはいけないのよ! だってさっき倒したリリーファーに乗っていた起動従士……彼にも世界があったのでしょう!? 生まれ暮らし、そしてまた生きていくための世界があったのでしょう!」
『まあ、そうだね。その通りだ。当たり前だよ。だって世界の代表同士が戦うのだから。あ、一応言っておくと大半がロボットなんて乗ったことが無い、素人だよ。だって大半の世界は中途半端な科学文明だからね。ロボットは開発されていてもヒト程の大きさだとか、ロボットすら開発されていない前時代的科学文明だとか、その世界の背景は様々だけれど、少なくとも今回僕たちが戦う世界は、殆どが巨大ロボット……それこそリリーファーやブレイカーのようなものを所持したことが無ければもちろん運転したことのある人間が居ない世界だ。だから、君はとても幸運なんだよ? だって、ヘマさえしなければ初心者に負けるはずがないだろう?』
ハンプティ・ダンプティは知らなかった。いや、もしくは知っていて彼女に悟られないようにしたのかもしれない。
ハンプティ・ダンプティはマーズ・リッペンバーという存在を深くまで知らない。
それは当然のことだろう。もともと彼女の住んでいた世界はこの世界と別物だからだ。時代も違えば科学技術も違う。言語は辛うじて翻訳されていたが、瓦礫だらけの世界ではまともに人間と出会えるかどうかも危うい。
「ハンプティ・ダンプティ、一つ質問よ」
『何だい?』
「さっきまでこの都市……この周りに居た人々はどうなった?」
『そんなことか』
人間の命に関することをそんなことと吐き捨てて、ハンプティ・ダンプティは一息も置くことなく言った。
『全員死んだよ。リリーファーとの交戦の時に発生した衝撃並によるもの、ブレイカーの足に踏み潰されたもの、ブレイカーとリリーファーの巨大ロボットたちを見てショック死したもの……たくさんだ。数えきれない程の人間の命が落とされた。だが、君の働きによってこの世界が潰されることは防がれた。これは素晴らしいことなのだよ。けれど、これを普通に手放しで喜べる人間が居るかと言えば……それは君だってすぐに解ることだと思う』
「普通に考えれば世界より身近な人間が死んだことに対して文句を言う。それは当たり前の事よ。私だって、そうだった」
ふと、彼女はエスティ・パロングという少女のことを思い出した。
リリーファーの足に踏み潰され、死体すらも残らなかった彼女のことを。タカトのクラスメートであり、彼女が死んだあと、タカトは文字通り『暴走』した。その後のことを思い出すことすら躊躇われる程、彼女はあの時の記憶を封印していたのだ。
ハンプティ・ダンプティの話は続く。
『そうだ。人間というのはエゴイズムの塊だからね。世界というマクロなことよりも、身近な人間の命が奪われるというミクロなことにスポットを当てる。それは間違って居ることなのだけれどね。大量のミクロが失われる代わりに、一つのマクロが救われる。逆に、大量のミクロを何とかしようと思いながらマクロを助けることは出来ない。もし負けてしまえば、マクロもろともミクロも消滅してしまうからだ。それは本末転倒だろう?』
「でも、それは他の世界にも言えることでしょう……? ほかの世界にも人間は住み、同じように世界が動いているのよね……」
『だからどうしたというのか?』
ハンプティ・ダンプティの解答は非常にシンプルなものだった。
その解答に少し彼女は仰け反ってしまった。あまりにもシンプルだが、その解答は少し彼女にとって恐ろしい解答でもあった。
マーズが黙りこくってしまったことをいいことに、ハンプティ・ダンプティはさらに話を続ける。
『君が何を考えているかは知らない。普通に考えればこれもエゴイズムだろう。そうだよ、これも一種のエゴイズムだ。だが、だがね、ミクロのことを考えるよりもマクロのことを考える方が非常に有意義だ。マクロは多数のミクロも包含しているのだからね。マクロを救うためならば、ミクロの多少の犠牲も厭わない。そうでもしないと、君はこの先勝ち残ることが出来ないよ?』
それだけを残して、ハンプティ・ダンプティはくるりと半回転する。ちょうど人間と言うところの踵を返し後ろを向くような形となった。
どこへ向かうのか――と質問しようと思ったが、なぜだか口から言葉が出なかった。
そしてそれを卑下するかのように、ハンプティ・ダンプティはそのまま姿を消した。
「いい加減はぐらかさないで教えてくれてもいいのではなくて? でないと、私はこの武器をあなたにぶつけるわよ」
『そんな低俗な武器で我々を傷つけることは出来ない。寧ろ、そう思っているのが烏滸がましいくらいだ。なあ、そう思うだろう? 帽子屋にバンダースナッチ? ……おや、リンクが取れないな。彼らにも彼らの事情があるのだから致し方ない。……それより、こちらの話を解決するほうが先だ』
マーズは聞こえないようにマイクをオフにして小さく舌打ちした。武器をぶつけるという発言は正直なところハッタリに過ぎなかったのだが、こうもあしらわれると実際に武器をぶつけても意味がないことを示しているようにも見えてくる。
とどのつまり、まったく底が見えないのである。
「……話を戻して、きちんと説明をしてくれるのでしょうね?」
『ああ、それはもちろん。説明をしないと、これからやってくる相手とフェアでは無いだろう? だが、君はもう殆どルールを理解しているようだが』
「ルールと言えるものでも無いでしょう? あれ程単純なのだから」
それを聞いて、ハンプティ・ダンプティはニヤリと口元を緩ませる。
『ふむ。それもそうか。そうかもしれないな。……確かに実際問題、戦って勝ち抜けなどと言われてしまえば、そう考えるのも自然かもしれない』
「だが、その単純ゆえに、私は一つだけ気になるポイントがある」
そう言って、マーズは人差し指を立てる。
ハンプティ・ダンプティは少し表情を傾けた。ハンプティ・ダンプティなりに首を傾げたのだろう。
『何だね、言ってみてくれ』
「負けたあと、負けた人間の世界はどうなる?」
『簡単だ。消滅する』
一言で説明は終わった。
だが、彼女にとってその説明は予想通りであったし、出来ればそうであってほしくなかった。
ハンプティ・ダンプティは、その彼女の気持ちを汲んだのか、
『君は何を考えているのか知らないが……世界を壊さないと、世界を無くしていかないと結局何も終わらない。逆にペースが遅ければ遅い程神は苛立ちを隠せなくなり、最終的に強制して世界を滅ぼしてしまうだろう。未だ、今のうちがいい。寧ろ今のうちに世界を減らさなければ残りの世界も半ば強制的に滅ぼされてしまう。それは我々にとっても君たちにとっても良いことではない』
その通りだった。
もしその結果が生まれたら、誰も幸せにならない、誰も喜ばない、最悪で最低のバッドエンドとなってしまう。それは防がなくてはならなかった。
「でも……だからといって、別の世界を滅ぼさないといけない理由にはならないでしょう? 世界を滅ぼさないといけない理由を何とかするのではなくて、凡ての世界をどうにか共存させていく方法を」
『それは埒外だ。つまり、無駄なことなのだよ。そんなことは神が許さないし、きっとその行動にも至らせないだろう』
「なぜ……カミとやらはそんなことを?」
『僕たちは「退屈しのぎ」と定義しているけれど……。まあ、結局は誰にも解らない。まさに神のみぞ知るってやつだよ。君だって聞いたことのある表現だろう。それを地で行くケースだ。珍しいものだとは言わないが、こんなことが起きるのはきっと人類の歴史でも数える程度しかない。逆に考えてみればいい、このチャンスに恵まれて幸せである、と。これに立ち会えるのは奇跡だよ。奇跡。運命と言っても過言では無い。君がこの世界に飛ばされ、ブレイカーに乗り、世界同士のつぶし合いに参戦した。これは運命という単語の何物でもない。素晴らしいことなのだよ!』
ハンプティ・ダンプティは言った。もし彼に腕が生えているのであれば、両手を掲げていることだろう。
だが、そんなことマーズには関係なかった。関係あるのは、ハンプティ・ダンプティの言った、その発言。
――世界同士のつぶし合いに参戦出来たこと、それは運命。
「ふざけないで……。こんなものが運命? 世界同士のつぶし合い? どうしてこんなことをしなくてはいけないのよ! だってさっき倒したリリーファーに乗っていた起動従士……彼にも世界があったのでしょう!? 生まれ暮らし、そしてまた生きていくための世界があったのでしょう!」
『まあ、そうだね。その通りだ。当たり前だよ。だって世界の代表同士が戦うのだから。あ、一応言っておくと大半がロボットなんて乗ったことが無い、素人だよ。だって大半の世界は中途半端な科学文明だからね。ロボットは開発されていてもヒト程の大きさだとか、ロボットすら開発されていない前時代的科学文明だとか、その世界の背景は様々だけれど、少なくとも今回僕たちが戦う世界は、殆どが巨大ロボット……それこそリリーファーやブレイカーのようなものを所持したことが無ければもちろん運転したことのある人間が居ない世界だ。だから、君はとても幸運なんだよ? だって、ヘマさえしなければ初心者に負けるはずがないだろう?』
ハンプティ・ダンプティは知らなかった。いや、もしくは知っていて彼女に悟られないようにしたのかもしれない。
ハンプティ・ダンプティはマーズ・リッペンバーという存在を深くまで知らない。
それは当然のことだろう。もともと彼女の住んでいた世界はこの世界と別物だからだ。時代も違えば科学技術も違う。言語は辛うじて翻訳されていたが、瓦礫だらけの世界ではまともに人間と出会えるかどうかも危うい。
「ハンプティ・ダンプティ、一つ質問よ」
『何だい?』
「さっきまでこの都市……この周りに居た人々はどうなった?」
『そんなことか』
人間の命に関することをそんなことと吐き捨てて、ハンプティ・ダンプティは一息も置くことなく言った。
『全員死んだよ。リリーファーとの交戦の時に発生した衝撃並によるもの、ブレイカーの足に踏み潰されたもの、ブレイカーとリリーファーの巨大ロボットたちを見てショック死したもの……たくさんだ。数えきれない程の人間の命が落とされた。だが、君の働きによってこの世界が潰されることは防がれた。これは素晴らしいことなのだよ。けれど、これを普通に手放しで喜べる人間が居るかと言えば……それは君だってすぐに解ることだと思う』
「普通に考えれば世界より身近な人間が死んだことに対して文句を言う。それは当たり前の事よ。私だって、そうだった」
ふと、彼女はエスティ・パロングという少女のことを思い出した。
リリーファーの足に踏み潰され、死体すらも残らなかった彼女のことを。タカトのクラスメートであり、彼女が死んだあと、タカトは文字通り『暴走』した。その後のことを思い出すことすら躊躇われる程、彼女はあの時の記憶を封印していたのだ。
ハンプティ・ダンプティの話は続く。
『そうだ。人間というのはエゴイズムの塊だからね。世界というマクロなことよりも、身近な人間の命が奪われるというミクロなことにスポットを当てる。それは間違って居ることなのだけれどね。大量のミクロが失われる代わりに、一つのマクロが救われる。逆に、大量のミクロを何とかしようと思いながらマクロを助けることは出来ない。もし負けてしまえば、マクロもろともミクロも消滅してしまうからだ。それは本末転倒だろう?』
「でも、それは他の世界にも言えることでしょう……? ほかの世界にも人間は住み、同じように世界が動いているのよね……」
『だからどうしたというのか?』
ハンプティ・ダンプティの解答は非常にシンプルなものだった。
その解答に少し彼女は仰け反ってしまった。あまりにもシンプルだが、その解答は少し彼女にとって恐ろしい解答でもあった。
マーズが黙りこくってしまったことをいいことに、ハンプティ・ダンプティはさらに話を続ける。
『君が何を考えているかは知らない。普通に考えればこれもエゴイズムだろう。そうだよ、これも一種のエゴイズムだ。だが、だがね、ミクロのことを考えるよりもマクロのことを考える方が非常に有意義だ。マクロは多数のミクロも包含しているのだからね。マクロを救うためならば、ミクロの多少の犠牲も厭わない。そうでもしないと、君はこの先勝ち残ることが出来ないよ?』
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