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絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百五十一話 異次元戦闘(中編)

 彼女の想定ならば、ブレイカーはリリーファーほどの性能を持たない。それほどの科学技術がこの世界には無い――そう思い込んでいた。 
 だが、違った。 
 彼女が思っている以上にブレイカーは、彼女の世界よりも高い科学技術を用いていた。 
 この『バケモノ』はいったい何者なんだ、と。 
 気付けば彼女はそう思うようになっていた。 
 本当にこれを倒すことができるのか――彼女の考えは、ただそれだけだったのだ。 
 本当にそれができるとして、その後どうすればいいか。 
 幾つもの修羅場を乗り越えてきた彼女が、そんなことを思った。 
 そしてそれを一瞬でも思った時点で――彼女の負けは見えていた。 

「ちぃっ!」 

 マーズは舌打ちする。一瞬でもそう思った自分が許せなかったからだ。自分が、長い間戦場に向かい続けた自分がそんな考えに至ってしまうことが、許せなかった。 
 こんな考えに彼女が至るのは、初めてのことだった。 
 今まで感じたことの無い『感情』……それが彼女の舌打ちの要因であった。
 ブレイカーは強い。そう思っていたのは確かだったが、けれども、心の何処かではそれを否定している彼女がいた。信じられない、と思うことになってしまうかもしれないが、彼女の精神は突然の出来事の連続で、それに対応し続けることにより、疲弊してしまったのである。
 敵のリリーファーは近い。ブレイカーとの距離が徐々に狭まっていく。ブレイカーが装備しているナイフを構え直し、敵のリリーファーの関節部に咬み込ませるため、地面と水平にする。
 行うことは、たったそれだけで充分だった。
 にも関わらず。
 敵のリリーファーは彼女の行動をせせら笑うかのように、瞬間、消えた。

「!」

 マーズはそれを予測できなかった。
 前後、或いは左右、或いは上のいずれかに行動することは当然ながら考えていたのだが、消失するのはいくら彼女でも予想できなかったということだろう。

「瞬間移動……いや、それとは違うか……!? いずれにせよ、どこにいった!」

 マーズは辺りを見わたす。瓦礫だらけの街並みが広がっていた。だから、どこに居るのか解らなかった。
 だから、気付かなかった。
 そのリリーファーが地面の下、頭部だけを出して機会を窺っていたことを。
 ガッ! とリリーファーが足首を掴んだとき――漸く、マーズはそのリリーファーが地面に潜っていたことを理解した。
 だが、遅かった。
 それよりも早く、リリーファーは腕一本だけでブレイカーを引っ張り上げた。

「なん……だとぉ!?」

 上下逆さまになってしまった状態であるにも関わらず、重力維持装置が働いているブレイカーのコックピットではそんなことは関係ない。だが、自分が今どのような状態に置かれているのかは、自ずと理解できる。
 しかしながら。
 今の彼女にとって、そんなことはどうだってよかった。
 そのまま、どうなってしまうか解らなかったが――そうであったとしても、彼女は彼女のやるべきことをする必要があったからだ。
 持ち上げられたままのブレイカーはそのまま投げ出され、瓦礫の山に打ち付けられる。山は衝撃で崩れ、ブレイカーは埋もれる。
 目の前が真っ暗になってしまった状況でもなお、彼女の目には光が宿っていた。

「どうする、考えろ、マーズ・リッペンバー! このままじゃ、何も進まない、何も終わらない、何も始まらない! お前の道を切り開くのは、お前しかいないんだよッ!!」

 自らを奮い立たせるために、マーズ・リッペンバーは言った。
 けれど、それよりも早く――リリーファーの二回目の攻撃が開始される。
 ドン! ドン! ズガン! と銃弾がブレイカーの埋っている山へと撃ち放たれる。その一撃それぞれが重たく、そして山に沈んでいく。
 もし山に埋もれていなかったらその一撃が凡てブレイカーの身体に当たっている――そう思うとぞっとした。

「偶然なのか、それともわざとこれを狙ったのか……。いずれにせよ、早く脱出しなくては……」

 そう思っていても、行動に移すことは難しい。
 実際問題、ブレイカーの身体は上下反転してしまっている。これをもとに戻すまでに数秒の時間を要し、その間は攻撃に対してフリーな状態と化してしまう。それは即ち、相手に攻撃のチャンスを与えてしまうことと同義であった。
 どうすればいい。
 考えろ、考えるんだ。
 圧倒的にピンチな状況をチャンスに変える、ジョーカーを探す。
 そのためには――。

「諦めていたら、負け……よね!」

 そして。
 彼女はブレイカーコントローラを強く、ただ強く握り締めた。
 それは、負けたくないという思いが強かったのかもしれない。
 それは、諦めたくないという思いが強かったのかもしれない。
 いずれにせよ。


 ――やるしかない。


 やってやる。やってやるしかない!
 そう思って彼女は、ただ、願った――。









 ただ、それだけだった。









 ただそれだけだったのに。
 刹那、ブレイカーの身体が朧げに光り出した。
 青い光は、ブレイカーが沈んでいた山からも漏れ出している程だった。
 リリーファーに乗っている人間がそれに気付くも――もう遅かった。
 そして。
 ブレイカーは瞬間、速度を最大として、リリーファー目掛けて走り出した。
 敵のリリーファーは、その目に見えない程の速度で動くブレイカーにたじろいでしまい、反応が一瞬遅れてしまった。
 一瞬遅れてしまうだけで良かった。
 そう、ほんの少しだけ、隙を与えれば良かった。

「うおおおおおおおお!!」

 マーズは叫ぶ。その咆哮はコックピットに響くだけで、外に聞こえることはないのだが、それでも彼女は叫ぶ。
 彼女はブレイカーコントローラを、さらにグッと強く握る。
 手汗が噴き出していたが、そんなことはどうでもよかった。
 血潮沸き立つバトルが、久しぶりに繰り広げられるということ。それが彼女にとってはとても嬉しかった。
 『女神』と呼ばれていたころは、彼女が戦場に出ただけで、相手が恐れ戦いた。
 だから、彼女が本気で戦うことなど無かった。強いて言うなら、本気で戦ううちに――戦闘の決着が着いてしまったということなのだ。
 だから、今の瞬間――彼女は輝いていた。
 とても嬉しかった。
 とても楽しかった。
 ブレイカーが右手を差し出すと、その瞬間、右手からまるでもともとそれを構えていたかのように、剣が生み出された。
 そして、そのままリリーファーの身体に切りかかった。
 キィン! という金属がぶつかり合う音が、戦場に響き渡る。
 漸く相手のリリーファーも反撃をするという選択を取り、剣を右手に構えた。
 三回目から剣と剣がぶつかり合う。それはこの世界で言うところの、サムライ――剣をもって戦う人種のことだ――が戦うようにも見えた。
 どちらも譲ることなく、一進一退の攻防を繰り広げていく。
 はじめはブレイカー――即ちマーズが優勢だったが、今はリリーファーが戻している。
 どちらかの体力が尽きるまで、この戦闘は続くのか。
 そう、思われた。

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