絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百四十八話 蜘蛛の糸(後編)
こくり、と信楽瑛仁は頷く。
「そうだ。ある日突然やってきた。なぜかは解らない。報告を受けたとき、僕は唖然としたよ。そんな巨大ロボットがこの世界にあったなんて。ファンタジーの世界でもそんなことは有り得なかったというのに」
「どういうこと?」
「直接語るにはあまりにも時間が無さ過ぎる。そんなことよりももっとユニークに動いていかねば」
足音を立てながら、ゆっくりと歩き始める信楽瑛仁。
その後を、マーズもついていくことにする。
「……少しだけ、昔話に付き合ってくれはしないか?」
「昔話?」
唐突に。
信楽瑛仁はそんなことを言った。
「かつて、僕の友人にプログラマーが居てね。天才と言われたプログラマーだよ。どれくらい天才だったかと言われれば、僅か十七歳で大人が唸るプログラムを作り上げる、天才だった」
「へえ……。そんな人が、この世界にも住んでいるのね?」
「残念ながら、今は過去形となってしまっているがね」
それを聞いて察した彼女は、信楽瑛仁に陳謝する。
「ごめんなさい……。あなたの気持ちも知らずに、そんなことを言って」
「いいんだよ。もう慣れた。……だが、あまりにも突然すぎたがね。彼は常々言っていたよ。難しいことを難しいからと言ってやらないんじゃない。難しいことだからこそ挑戦する意志が大事なんだ、と」
信楽瑛仁の話は続く。
「最初は僕と一緒に警察関連のプログラムを開発していたが……、突然ゲームを作りたいと言いだしてね。ゲームを開発し始めた。そのゲームがとても面白いものばかりでね。いつも楽しく遊ばせてもらっていたよ。……もう、そのゲームも遊べないのだがね」
「……とても、仲が良かったのですね?」
「そりゃあもう。世界でもあんな人間は居なかっただろうね。ユーザに寄り添うプログラマー、後半は経営もしていたから、経営者と言えばいいか? そのような存在がもう生まれることは無いのだろう……そう思うと、少しだけ悲しいがね」
立ち止まり、踵を返す信楽瑛仁。
それを見て彼女も立ち止まる。
「だが、彼はあるものを遺してくれた。それは我々にとって必要不可欠であり、とても大切なものだ。……オーバーテクノロジーめいたこのロボットに搭載されたプログラムを僅か一週間で解析して、コントローラーを作り上げた。それが、これだ」
信楽瑛仁が見せたのは、球体のようなものだった。
「これは……」
マーズはそれを見たことがあった。
彼女はそれを使ったことがあった――リリーファーコントローラとまったく同じものだった。
その反応を見て、さも当然のように信楽瑛仁は頷く。
「君の反応を見ると、どうやら彼は天才であることが、僕の中で再認識出来たよ。ありがとう。……と君に言っても関係ないのかもしれないがね。これを僕の口から説明するよりも、きっと君が知っている用法の方が正しい。けれど、一つ訂正させてもらう。君はさっきあの巨大なロボットを、なんて言った?」
何と言ったか――それは忘れることなど無い。
だから彼女はもう一度告げる。
「……リリーファーのことが、どうかしたのかしら?」
「そうだ。リリーファー。君たちの言語がどうなっているか曖昧だが、我々の言語ではそう呼ばれていない。これはリリーファーではない……『ブレイカー』、破壊者と呼ぶ」
「破壊……者?」
信楽瑛仁は微笑む。
「そう。破壊者。凡てを破壊するために生まれた機械……あの男はそう評していたよ。それがどういう意味であったのか、僕はいまだに理解できないけれどね。今思えば、その存在は……別の世界から来たのかもしれない。それこそ、このような事態を予見していたかのように」
「予見? その存在? ……もしかして、そいつって」
「君たちはどう呼んでいるか知らないけれどね……僕たちはこう呼んでいる。かの有名な『不思議の国のアリス』から、帽子屋――とね」
◇◇◇
「マーズ・リッペンバーは一つの真実に辿り着いた、か。まあ、僕がそこまで先導したということになるけれど。それにしても真実というのは時に愚かで、時に醜い。それを見せるというのはほんとうに悲しいことではあるが……致し方ない。物語の結末には、そのようなスパイスも必要だと、ハンプティ・ダンプティも言っていたからね。彼がここまでついてきたそのご褒美というわけだ」
誰も居ない白の部屋。
帽子屋は一人呟いていた。
「マーズ・リッペンバーはどういう道筋をたどるのだろうね?」
その質問を答えるべき相手は――今はもう、誰も居ない。
◇◇◇
マーズ・リッペンバーは『破壊者』に乗り込む。そのコックピットはリリーファーとほぼおなじ構成となっていた。
まるで、リリーファーの起動従士がこの世界にやってくるのを解っていたかのように。
「いや、あいつはきっと解っていた。このために、私をこの世界に連れてきた……」
マーズは考えながらも、ブレイカーコントローラを握る。感触もまた、リリーファーコントローラに近しいものとなっている。
「……で、私はどうすればいいわけ?」
マイクを通して管制室に居る信楽瑛仁と会話をする。
これもリリーファーとほぼ同じ仕組みである。
『取り敢えず、きちんと動くかどうかの訓練をしてくれ。そして……すぐに君はやらなくてはいけないことがある。我々の敵であり、倒さねばならない相手を倒すために』
「……こっちにもこいつを使わないと倒すことが出来ない相手が居るということ?」
『ああ、そういうことだ。飲み込みが早くて助かるよ』
信楽瑛仁はそれ以上何も言うことは無かった。
仕方ないので彼に言われた通り、ブレイカーコントローラを握る。
そして、念じる。――手を握れ、と。
同時に、ゆっくりとブレイカーの手が握られていく。
信楽瑛仁は笑っていた。
「成功だ……。これで、人類は救われる……」
マイクのスイッチをオフにしているため、その言葉がマーズに聞こえることは無い。
もし聞こえていたのなら、彼女はそれについてさらに質問を重ねることだろう。
でも、彼は仮にそのようになったとしても、答えるつもりは無かった。そんなことになりふり構っている場合では無かったのだった。
彼は人類を救わねばならない。
そのための『特務』を命じられたのだから。
――サイレンが鳴ったのは、ちょうどその時だった。ワーンワーン、というサイレンがブレイカーを格納していた部屋全体に鳴り響く。
「いったい、どうしたというんだ!」
「やってきた……」
マイクのスイッチをオフにしたまま、信楽瑛仁は言った。
「やってきたんだよ、『外敵』が――!」
音声は聞こえなかったが、信楽瑛仁の慌てぶりからして、何かがやってくるのは事実だった。
そして。
その同時に、天井が上からの衝撃で崩落した。
「そうだ。ある日突然やってきた。なぜかは解らない。報告を受けたとき、僕は唖然としたよ。そんな巨大ロボットがこの世界にあったなんて。ファンタジーの世界でもそんなことは有り得なかったというのに」
「どういうこと?」
「直接語るにはあまりにも時間が無さ過ぎる。そんなことよりももっとユニークに動いていかねば」
足音を立てながら、ゆっくりと歩き始める信楽瑛仁。
その後を、マーズもついていくことにする。
「……少しだけ、昔話に付き合ってくれはしないか?」
「昔話?」
唐突に。
信楽瑛仁はそんなことを言った。
「かつて、僕の友人にプログラマーが居てね。天才と言われたプログラマーだよ。どれくらい天才だったかと言われれば、僅か十七歳で大人が唸るプログラムを作り上げる、天才だった」
「へえ……。そんな人が、この世界にも住んでいるのね?」
「残念ながら、今は過去形となってしまっているがね」
それを聞いて察した彼女は、信楽瑛仁に陳謝する。
「ごめんなさい……。あなたの気持ちも知らずに、そんなことを言って」
「いいんだよ。もう慣れた。……だが、あまりにも突然すぎたがね。彼は常々言っていたよ。難しいことを難しいからと言ってやらないんじゃない。難しいことだからこそ挑戦する意志が大事なんだ、と」
信楽瑛仁の話は続く。
「最初は僕と一緒に警察関連のプログラムを開発していたが……、突然ゲームを作りたいと言いだしてね。ゲームを開発し始めた。そのゲームがとても面白いものばかりでね。いつも楽しく遊ばせてもらっていたよ。……もう、そのゲームも遊べないのだがね」
「……とても、仲が良かったのですね?」
「そりゃあもう。世界でもあんな人間は居なかっただろうね。ユーザに寄り添うプログラマー、後半は経営もしていたから、経営者と言えばいいか? そのような存在がもう生まれることは無いのだろう……そう思うと、少しだけ悲しいがね」
立ち止まり、踵を返す信楽瑛仁。
それを見て彼女も立ち止まる。
「だが、彼はあるものを遺してくれた。それは我々にとって必要不可欠であり、とても大切なものだ。……オーバーテクノロジーめいたこのロボットに搭載されたプログラムを僅か一週間で解析して、コントローラーを作り上げた。それが、これだ」
信楽瑛仁が見せたのは、球体のようなものだった。
「これは……」
マーズはそれを見たことがあった。
彼女はそれを使ったことがあった――リリーファーコントローラとまったく同じものだった。
その反応を見て、さも当然のように信楽瑛仁は頷く。
「君の反応を見ると、どうやら彼は天才であることが、僕の中で再認識出来たよ。ありがとう。……と君に言っても関係ないのかもしれないがね。これを僕の口から説明するよりも、きっと君が知っている用法の方が正しい。けれど、一つ訂正させてもらう。君はさっきあの巨大なロボットを、なんて言った?」
何と言ったか――それは忘れることなど無い。
だから彼女はもう一度告げる。
「……リリーファーのことが、どうかしたのかしら?」
「そうだ。リリーファー。君たちの言語がどうなっているか曖昧だが、我々の言語ではそう呼ばれていない。これはリリーファーではない……『ブレイカー』、破壊者と呼ぶ」
「破壊……者?」
信楽瑛仁は微笑む。
「そう。破壊者。凡てを破壊するために生まれた機械……あの男はそう評していたよ。それがどういう意味であったのか、僕はいまだに理解できないけれどね。今思えば、その存在は……別の世界から来たのかもしれない。それこそ、このような事態を予見していたかのように」
「予見? その存在? ……もしかして、そいつって」
「君たちはどう呼んでいるか知らないけれどね……僕たちはこう呼んでいる。かの有名な『不思議の国のアリス』から、帽子屋――とね」
◇◇◇
「マーズ・リッペンバーは一つの真実に辿り着いた、か。まあ、僕がそこまで先導したということになるけれど。それにしても真実というのは時に愚かで、時に醜い。それを見せるというのはほんとうに悲しいことではあるが……致し方ない。物語の結末には、そのようなスパイスも必要だと、ハンプティ・ダンプティも言っていたからね。彼がここまでついてきたそのご褒美というわけだ」
誰も居ない白の部屋。
帽子屋は一人呟いていた。
「マーズ・リッペンバーはどういう道筋をたどるのだろうね?」
その質問を答えるべき相手は――今はもう、誰も居ない。
◇◇◇
マーズ・リッペンバーは『破壊者』に乗り込む。そのコックピットはリリーファーとほぼおなじ構成となっていた。
まるで、リリーファーの起動従士がこの世界にやってくるのを解っていたかのように。
「いや、あいつはきっと解っていた。このために、私をこの世界に連れてきた……」
マーズは考えながらも、ブレイカーコントローラを握る。感触もまた、リリーファーコントローラに近しいものとなっている。
「……で、私はどうすればいいわけ?」
マイクを通して管制室に居る信楽瑛仁と会話をする。
これもリリーファーとほぼ同じ仕組みである。
『取り敢えず、きちんと動くかどうかの訓練をしてくれ。そして……すぐに君はやらなくてはいけないことがある。我々の敵であり、倒さねばならない相手を倒すために』
「……こっちにもこいつを使わないと倒すことが出来ない相手が居るということ?」
『ああ、そういうことだ。飲み込みが早くて助かるよ』
信楽瑛仁はそれ以上何も言うことは無かった。
仕方ないので彼に言われた通り、ブレイカーコントローラを握る。
そして、念じる。――手を握れ、と。
同時に、ゆっくりとブレイカーの手が握られていく。
信楽瑛仁は笑っていた。
「成功だ……。これで、人類は救われる……」
マイクのスイッチをオフにしているため、その言葉がマーズに聞こえることは無い。
もし聞こえていたのなら、彼女はそれについてさらに質問を重ねることだろう。
でも、彼は仮にそのようになったとしても、答えるつもりは無かった。そんなことになりふり構っている場合では無かったのだった。
彼は人類を救わねばならない。
そのための『特務』を命じられたのだから。
――サイレンが鳴ったのは、ちょうどその時だった。ワーンワーン、というサイレンがブレイカーを格納していた部屋全体に鳴り響く。
「いったい、どうしたというんだ!」
「やってきた……」
マイクのスイッチをオフにしたまま、信楽瑛仁は言った。
「やってきたんだよ、『外敵』が――!」
音声は聞こえなかったが、信楽瑛仁の慌てぶりからして、何かがやってくるのは事実だった。
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