絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百四十四話 再会
「親子団欒、ってやつだねえ。微笑ましいよ、こうして掴んだのだから」
白の部屋、テレビ画面を見つめながらコーヒーを啜る帽子屋。
「帽子屋、あなたはいったい何を考えているの……?」
「何を考えている、って?」
帽子屋の寝そべっているソファの脇には、一人の女性が縄で拘束されていた。
拘束されているものの、口はふさがれていない。そのため、普通に話すことが出来るのだ。
「そりゃ、当然だよ。この物語を無事に終わらせるために尽力している。まあ、今はこれ通り勝手に動いていてくれるから、監視しているだけに過ぎないけれどね。何かあったら緊急に修正する。それが僕の役割だよ」
「修正、ですって? 呆れる。そんな、自分がカミサマにでもなったつもり? 誰も信じるわけがないでしょう」
「カミサマだよ、僕は。厳密に言えばシリーズという存在全体がカミだった。だが、今は僕とバンダースナッチだけ。そのバンダースナッチも今は現世に降りている。だから、実質は僕だけということだよ」
「バンダースナッチだか、現世だか、詳しいことは解らないけれど、あなたたちの力も落ちているという解釈でいいのかしら?」
「……まあ、間違ってはいないね。シリーズの力は十年前、タカト・オーノがインフィニティに搭乗したときから比べればその力を大きく失った。……だが、計画に差支えは無い。僕たちの計画は、このまま遂行していく」
「どうして私をここに?」
「簡単だよ。傍観者が必要だったからさ。バンダースナッチは現世で監視してもらう。君に見てもらうのは、この世界の終わりだからね」
「この世界の……終わり、ですって?」
帽子屋はマーズの方を見て、答える。その表情は微笑にも、苦笑にも似たものだった。
帽子屋は起き上がり、ソファから離れる。そしてゆっくりと歩きながら、彼女の質問に答えていく。
「先ず、この世界の終わりがそう簡単に訪れるのか? ということについてだが、簡単だ。そのままこの世界の終焉は訪れる。そして静かに崩壊していく。それは間違いない。僕たちが十年前から、いいや、それよりも昔から仕向けていたのだから」
「あなたは……いったい何を考えているの?」
「何を考えている? それは愚問だね。それにさっきも答えた。君には世界の終わりを見てもらう。その証人になってもらうよ。拒否するなんていう選択肢は無いから、そのつもりで」
帽子屋は呟き、コーヒーを啜る。
「とはいえ、未だ時間はある。ここで君に真実を伝えてあげよう。この世界がどうなるのか、そしてそれを知った君はどのように行動しなくてはならないのか――ということについて」
唐突に。
帽子屋はそう言った。
最初、その発言の意味が正しく理解できなかったマーズは――首を傾げる。
「先ずは君が知らない情報をお見せしよう。これだ」
そして、帽子屋はパチン、と指を鳴らした。
たったそれだけのことだった。
テレビの画面は変わり、ある光景を映し出すようになった。
時間は朝。会議室のような部屋で大勢の人間が食事をとっているように見える。
しかし、その人間は全員行動を停止していた。まるで時が止まってしまっているかのように。
その視線の先には――一人の少女が立っていた。
「嘘、そんな、まさか……!」
マーズも知っている、少女だった。
その画面に映っていた少女は、ほかならない、エスティ・パロングだった。
◇◇◇
時は少しだけ前に遡る。
「そういえば、今日は紹介しておきたいことがあったのよ」
朝食の席。殆ど食事も進んでいたところで、コルネリアが唐突にそう呼びかけた。
朝食は特に話をすることも無く(レーヴとハリー傭兵団の人間がお互いに対面している形となっているのだが、交流という形も無い)、静かな時間が流れていた。
なので、コルネリアのその言葉は会議室(現在は朝食を取っているので、食堂となっているが)に居る全員におのずと聞こえることになる。コルネリアの話を聞いて、顔を上げる人間も居るほどだ。
コルネリアの向かいに座っていた崇人は、コルネリアの方に顔を近づけて、訊ねる。
「どういうことだ? そんな話、聞いていないぞ」
「そりゃ、あなたにも内緒にしておこうと思ったから。とんでもないビッグニュースだからね、驚きは最高にしておかなきゃ」
「コルネリア、その話は俺たちにも関係があることなのか?」
訊ねたのはヴィエンスだった。
その言葉に、コルネリアは当然の如く首肯。
「ええ、当たり前よ。だってそのためにこのタイミングで発表するのだから」
コルネリアは言った。
ハリー傭兵団も、はたまたレーヴの中の人間まで疑問符を頭に浮かべる。
コルネリアは笑みを浮かべて、声をかける。
「それじゃ、入っていいわよ!」
ギィ、という音とともに扉が開かれる。
その瞬間――崇人は目を疑った。
中に入ってくるのは、彼が良く知る人間だったからだ。彼の目の前で死に、以後、彼の心の中で、ずっと苛まれている――彼女。
彼女はしゃなりと歩き、コルネリアの隣に立つ。
中には口をあんぐりと開けたままの人間も居る。当然だろう、彼女を知る人間からすれば、これ以上のサプライズは有り得ない。
「一応、知らない人も居るから紹介しておくわね。彼女の名前はエスティ・パロング。かつてハリー傭兵団がハリー騎士団と呼ばれていたころに所属していた、いわば私とヴィエンス、それにタカトの同僚にあたるわね。実は昨日、このレーヴアジトにやってきたのよ。そりゃ、もう、驚いちゃった! まさか、またエスティに会えるなんて思いもしなかったから」
「ありがとう、コルネリア」
エスティは、十年前のあのままの声で――言った。
「はじめましての方が殆どだと思います。ですから、私の自己紹介を軽くしたいと思います。私の名前はエスティ、エスティ・パロングです。親は洋裁店を営んでいます。……この時代ですから、どうなったかは解りません。私は十年前に、確かに『死んだ』はずでした。ですが、今私はここに立って、あなたたちとこうして話をしています。これは理想でも仮想でも夢想でもなく、現実です。紛れも無い、現実なのです。ですから、私はまたリリーファーに乗りたいと考えています。あんなことがあったから……ではなく、あんなことを、もう二度と起こさないようにしたい。それが、私の願いです」
「エスティ……」
崇人はぽつり、気が付けばその言葉を漏らしていた。
十年前、彼の目の前でリリーファーに踏み潰されたエスティ・パロング。
それが、そのままの姿で、彼の前に立っている。
エスティは、その言葉に気付いて、崇人の方を振り向いた。
「……タカトには、随分迷惑かけちゃったね」
首を横に振る崇人。気付けば、彼は涙を流していた。
涙もろいわけではない。
二度と叶わないであろう再会が叶った、その喜びを噛み締めているのだ。
「まさか、こんなことが起こるなんて……思いもしなかった」
「私も、だよ。タカト、あなたにまた出会えて、ほんとうにうれしい」
崇人は立ち上がり、ゆっくりとエスティの方へ向かう。
エスティもまたそれを見て、彼の方に歩き出した。
そして二人は――ゆっくりと抱擁を交わした。
このまま時が止まってしまえばいいのに、彼は思った。
そう思いながらも、心の奥では、マーズが死んだことを心残りに思っていた。
エスティとの再会は嬉しい。だが、それで塗り潰せないくらい、マーズを失ったことは彼にとって大きな出来事であったのも事実である。だからこそ、彼は今その背徳感に蝕まれていたのだ。
「姉さん……」
次に彼女に声をかけたのは、シンシアだった。
シンシア・パロング。彼女はエスティの妹であり、彼女が死んだと思われていた十年間、ずっと姉のことを思っていた。
「姉さん!」
シンシアは人目も憚らず、大粒の涙を零しながら、エスティに走っていく。
エスティはそれを受け入れて、抱擁を交わす。
顔を上げて、エスティの顔を見つめるシンシア。その顔は十年前と変わっていない。そしてそれは彼女が本物のエスティ・パロングであることを位置付ける、シンシアにしか解らない証拠ともいえた。
「姉さぁん……」
「シンシア、ごめんね。ずっと一人ぼっちにさせて」
エスティは涙を流すシンシアの頭を撫でる。
それは十年分の姉としての優しさの象徴ともいえるものだった。
白の部屋、テレビ画面を見つめながらコーヒーを啜る帽子屋。
「帽子屋、あなたはいったい何を考えているの……?」
「何を考えている、って?」
帽子屋の寝そべっているソファの脇には、一人の女性が縄で拘束されていた。
拘束されているものの、口はふさがれていない。そのため、普通に話すことが出来るのだ。
「そりゃ、当然だよ。この物語を無事に終わらせるために尽力している。まあ、今はこれ通り勝手に動いていてくれるから、監視しているだけに過ぎないけれどね。何かあったら緊急に修正する。それが僕の役割だよ」
「修正、ですって? 呆れる。そんな、自分がカミサマにでもなったつもり? 誰も信じるわけがないでしょう」
「カミサマだよ、僕は。厳密に言えばシリーズという存在全体がカミだった。だが、今は僕とバンダースナッチだけ。そのバンダースナッチも今は現世に降りている。だから、実質は僕だけということだよ」
「バンダースナッチだか、現世だか、詳しいことは解らないけれど、あなたたちの力も落ちているという解釈でいいのかしら?」
「……まあ、間違ってはいないね。シリーズの力は十年前、タカト・オーノがインフィニティに搭乗したときから比べればその力を大きく失った。……だが、計画に差支えは無い。僕たちの計画は、このまま遂行していく」
「どうして私をここに?」
「簡単だよ。傍観者が必要だったからさ。バンダースナッチは現世で監視してもらう。君に見てもらうのは、この世界の終わりだからね」
「この世界の……終わり、ですって?」
帽子屋はマーズの方を見て、答える。その表情は微笑にも、苦笑にも似たものだった。
帽子屋は起き上がり、ソファから離れる。そしてゆっくりと歩きながら、彼女の質問に答えていく。
「先ず、この世界の終わりがそう簡単に訪れるのか? ということについてだが、簡単だ。そのままこの世界の終焉は訪れる。そして静かに崩壊していく。それは間違いない。僕たちが十年前から、いいや、それよりも昔から仕向けていたのだから」
「あなたは……いったい何を考えているの?」
「何を考えている? それは愚問だね。それにさっきも答えた。君には世界の終わりを見てもらう。その証人になってもらうよ。拒否するなんていう選択肢は無いから、そのつもりで」
帽子屋は呟き、コーヒーを啜る。
「とはいえ、未だ時間はある。ここで君に真実を伝えてあげよう。この世界がどうなるのか、そしてそれを知った君はどのように行動しなくてはならないのか――ということについて」
唐突に。
帽子屋はそう言った。
最初、その発言の意味が正しく理解できなかったマーズは――首を傾げる。
「先ずは君が知らない情報をお見せしよう。これだ」
そして、帽子屋はパチン、と指を鳴らした。
たったそれだけのことだった。
テレビの画面は変わり、ある光景を映し出すようになった。
時間は朝。会議室のような部屋で大勢の人間が食事をとっているように見える。
しかし、その人間は全員行動を停止していた。まるで時が止まってしまっているかのように。
その視線の先には――一人の少女が立っていた。
「嘘、そんな、まさか……!」
マーズも知っている、少女だった。
その画面に映っていた少女は、ほかならない、エスティ・パロングだった。
◇◇◇
時は少しだけ前に遡る。
「そういえば、今日は紹介しておきたいことがあったのよ」
朝食の席。殆ど食事も進んでいたところで、コルネリアが唐突にそう呼びかけた。
朝食は特に話をすることも無く(レーヴとハリー傭兵団の人間がお互いに対面している形となっているのだが、交流という形も無い)、静かな時間が流れていた。
なので、コルネリアのその言葉は会議室(現在は朝食を取っているので、食堂となっているが)に居る全員におのずと聞こえることになる。コルネリアの話を聞いて、顔を上げる人間も居るほどだ。
コルネリアの向かいに座っていた崇人は、コルネリアの方に顔を近づけて、訊ねる。
「どういうことだ? そんな話、聞いていないぞ」
「そりゃ、あなたにも内緒にしておこうと思ったから。とんでもないビッグニュースだからね、驚きは最高にしておかなきゃ」
「コルネリア、その話は俺たちにも関係があることなのか?」
訊ねたのはヴィエンスだった。
その言葉に、コルネリアは当然の如く首肯。
「ええ、当たり前よ。だってそのためにこのタイミングで発表するのだから」
コルネリアは言った。
ハリー傭兵団も、はたまたレーヴの中の人間まで疑問符を頭に浮かべる。
コルネリアは笑みを浮かべて、声をかける。
「それじゃ、入っていいわよ!」
ギィ、という音とともに扉が開かれる。
その瞬間――崇人は目を疑った。
中に入ってくるのは、彼が良く知る人間だったからだ。彼の目の前で死に、以後、彼の心の中で、ずっと苛まれている――彼女。
彼女はしゃなりと歩き、コルネリアの隣に立つ。
中には口をあんぐりと開けたままの人間も居る。当然だろう、彼女を知る人間からすれば、これ以上のサプライズは有り得ない。
「一応、知らない人も居るから紹介しておくわね。彼女の名前はエスティ・パロング。かつてハリー傭兵団がハリー騎士団と呼ばれていたころに所属していた、いわば私とヴィエンス、それにタカトの同僚にあたるわね。実は昨日、このレーヴアジトにやってきたのよ。そりゃ、もう、驚いちゃった! まさか、またエスティに会えるなんて思いもしなかったから」
「ありがとう、コルネリア」
エスティは、十年前のあのままの声で――言った。
「はじめましての方が殆どだと思います。ですから、私の自己紹介を軽くしたいと思います。私の名前はエスティ、エスティ・パロングです。親は洋裁店を営んでいます。……この時代ですから、どうなったかは解りません。私は十年前に、確かに『死んだ』はずでした。ですが、今私はここに立って、あなたたちとこうして話をしています。これは理想でも仮想でも夢想でもなく、現実です。紛れも無い、現実なのです。ですから、私はまたリリーファーに乗りたいと考えています。あんなことがあったから……ではなく、あんなことを、もう二度と起こさないようにしたい。それが、私の願いです」
「エスティ……」
崇人はぽつり、気が付けばその言葉を漏らしていた。
十年前、彼の目の前でリリーファーに踏み潰されたエスティ・パロング。
それが、そのままの姿で、彼の前に立っている。
エスティは、その言葉に気付いて、崇人の方を振り向いた。
「……タカトには、随分迷惑かけちゃったね」
首を横に振る崇人。気付けば、彼は涙を流していた。
涙もろいわけではない。
二度と叶わないであろう再会が叶った、その喜びを噛み締めているのだ。
「まさか、こんなことが起こるなんて……思いもしなかった」
「私も、だよ。タカト、あなたにまた出会えて、ほんとうにうれしい」
崇人は立ち上がり、ゆっくりとエスティの方へ向かう。
エスティもまたそれを見て、彼の方に歩き出した。
そして二人は――ゆっくりと抱擁を交わした。
このまま時が止まってしまえばいいのに、彼は思った。
そう思いながらも、心の奥では、マーズが死んだことを心残りに思っていた。
エスティとの再会は嬉しい。だが、それで塗り潰せないくらい、マーズを失ったことは彼にとって大きな出来事であったのも事実である。だからこそ、彼は今その背徳感に蝕まれていたのだ。
「姉さん……」
次に彼女に声をかけたのは、シンシアだった。
シンシア・パロング。彼女はエスティの妹であり、彼女が死んだと思われていた十年間、ずっと姉のことを思っていた。
「姉さん!」
シンシアは人目も憚らず、大粒の涙を零しながら、エスティに走っていく。
エスティはそれを受け入れて、抱擁を交わす。
顔を上げて、エスティの顔を見つめるシンシア。その顔は十年前と変わっていない。そしてそれは彼女が本物のエスティ・パロングであることを位置付ける、シンシアにしか解らない証拠ともいえた。
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