絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百四十二話 ひとり
「……どうするのだ、帽子屋?」
白の部屋。
帽子屋はテレビ画面に映し出された人間の器が、魂のプログラムを入れられた後の一部始終を目の当たりにしてなお、笑みを浮かべていた。
まるで、そんなことを予測していたかのように。
「面白くなってきたじゃないか。まさかこんな隠し玉を持っていたとはね。面白い、面白いよ。問題はここからどうするか……だが、まあ、それくらいは考えているのだろうな。流石に、それくらいは考えてもらわないとこれからも張り合いがないということだ」
「帽子屋! このままだと僕たちの立場が非常に危うくなる! その前にあいつらをどうにかしないと……」
「どうするって、言うんだい?」
「……っ! 我々の立場が危うくなるに決まっているだろう! ただでさえ我々には時間が無いのだ! 今まではお前の作戦に従っていた方が有意義だったから良かったものを、もうこれ以上は付き合うことは出来ない」
ハンプティ・ダンプティはとん! と飛び、帽子屋の前に立った。
帽子屋は表情を変えないまま、呟く。
「何をしているのさ。テレビの画面が見えないだろう?」
「テレビ? 君はいつまでこの世界に閉じこもっているつもりだ」
「……別に閉じこもっているつもりはない。ただ、十年後のこの世界を楽しんでいるだけだよ。現状、僕の思い描いている通りに世界は動いている。だから、特段僕が手を出す必要は無いわけだ。その可能性があるというのは、それこそ僕のシナリオを修正するときだ」
「とうとうボロを出したか。『僕の』シナリオ、だと? この計画はシリーズ全体が考えていたことだ。それこそ、アリスを救世主としてこの世界を作り変える、そのために!」
「この世界を作り変えたことこそは、成功しただろう?」
肩を竦める帽子屋。
「……君には長い間お世話になったよ、ハンプティ・ダンプティ。だけれど、もう時間だ。君は頑張ってくれた。だけれど、こうも言える。君は――頑張りすぎた。少しだけ、ほんの少しだけ、ね」
帽子屋の身体が、ゆっくりと揺らめいていく。
ハンプティ・ダンプティが帽子屋の異変に気付いたときには――もう遅かった。
「さよなら、ハンプティ・ダンプティ」
「貴様ああああああ!」
そして。
ハンプティ・ダンプティの身体は――内側から破裂した。
赤い血が、床に、壁に、帽子屋の身体に、飛散する。
そんな彼に、タオルを差し出す女性が居た。
タオルを受け取り、微笑む帽子屋。
「ありがとう。バンダースナッチ」
彼は皮肉を込めて、そう言った。
バンダースナッチはもう、そこには居ない。
目の前に立っているのは、魂の抜けた人形だ。
人形は薄ら笑いを浮かべると、褒美を要求するかのように上目遣いをする。
「……そのようにプログラムした覚えはないのだが。いや、もしかしたら――」
もともとの自分が、そう思っていたからか。
帽子屋はそこまで思って、鼻で笑った。自分の思考を、あっさりと否定した。
そんなこと、あり得ない。それじゃまるで自分が褒美を与えたいように見えてしまうからだ。
そんなことは無い、自分はそんな思考を切り捨てなくてはならない。そんな考えなど捨てなくてはならない――。
「……どうやら、僕自身も、かつての自分を取り戻そうとしているのかもしれないな」
そう呟いたが、魂を持たないバンダースナッチには当然解らない。
バンダースナッチの頭を撫でて、彼は思いだす。
かつては、理想を追求していたということを。
かつては、自分だけの力で何でもできると過信していたということを。
「世界は、ここまでも残酷だったとは、誰も思いもしなかった。無論、僕も。だが、漸くこの世界をどうにか出来る、新しい世界へ僕たちを運んでくれる存在がやってきた。そのために僕はシナリオを書く。そして運営する。物語が無事に終焉へと向かうために。そのためならば……僕は世界を滅ぼしても構わない」
意味倒錯にも見えるその発言だった。
帽子屋は自らに酔っているわけでも、詩を歌っているわけでも無い。
ただ自らの考えを、思いのままに、綴っているだけだ。
「世界がどうなるか解らない。世界がどう進んでいくか解らない。ただ、これだけは言える。僕の思い描く結末はそう遠くない未来であるということを」
帽子屋はソファに座り直し、テレビ画面に向けてリモコンボタンを押す。
幾回かザッピングを繰り返し、最終的にある人物を撮影しているところに留まった。
タカト・オーノ。
異世界からやってきた、この世界最強のリリーファーを唯一操縦することの出来る存在。
帽子屋は彼を見て、笑みを浮かべる。
恍惚とした表情――とでも言えばいいか。いずれにせよ、彼はタカトに対して、どこか特別な感情を抱いているようにも見えた。
「さあ、タカト・オーノ。世界を導いてくれよ。物語のヒントは僕が、世界が、与えよう。そしておのずと君は物語をいい方向に進めてくれるはずだ。ベストエフォート、そのままの通りに、ね」
帽子屋はテレビ画面を見つめる。
そこに映し出されていたのは、タカトが自室で何か考え事をしている場面だった。
◇◇◇
そして、崇人の部屋。
結局会議はあれから進むことも無く、あっさりと閉会することとなった。
しかしコルネリアはヴィエンスたちハリー傭兵団に部屋を貸与することを決定し、南側の四部屋を貸与することとした。そこは物置として使っているため、あまり掃除もしていない場所となっていたが、ヴィエンスはそれでもかまわないと言っていた。彼もまた、もう逃げ場がないと思っているのだろう。
「俺だけ、何も出来ないまま……か」
崇人はベッドに横になり、自らの右腕を見つめる。
十年経過しても彼の身体は十一歳――魔法によって変えられた身体だが――のままだ。実年齢的には四十五歳を超えており、彼の身体と精神の乖離がさらに悪化している。
そんなことを今考えても、はっきり言って無駄だ。
魔法を解く方法は見つからないし、今解いたとしても無駄になる。リリーファーを操縦するのは体力を必要とするし、そうでなくてもここは自給自足かつ弱肉強食の世界だ。体力のない人間はたとえ起動従士であっても淘汰されることだろう。
「だとしたら、四十五歳の老けた身体よりもこのような若い身体のままが、取り敢えず問題は無い……か」
少年の身体であるならば、少なくとも成熟するまで時間はかかる。
だから消される必要も、失脚される心配も無い。――今はコルネリアのこともあるから、これが断言できるだけに過ぎないのだが。
白の部屋。
帽子屋はテレビ画面に映し出された人間の器が、魂のプログラムを入れられた後の一部始終を目の当たりにしてなお、笑みを浮かべていた。
まるで、そんなことを予測していたかのように。
「面白くなってきたじゃないか。まさかこんな隠し玉を持っていたとはね。面白い、面白いよ。問題はここからどうするか……だが、まあ、それくらいは考えているのだろうな。流石に、それくらいは考えてもらわないとこれからも張り合いがないということだ」
「帽子屋! このままだと僕たちの立場が非常に危うくなる! その前にあいつらをどうにかしないと……」
「どうするって、言うんだい?」
「……っ! 我々の立場が危うくなるに決まっているだろう! ただでさえ我々には時間が無いのだ! 今まではお前の作戦に従っていた方が有意義だったから良かったものを、もうこれ以上は付き合うことは出来ない」
ハンプティ・ダンプティはとん! と飛び、帽子屋の前に立った。
帽子屋は表情を変えないまま、呟く。
「何をしているのさ。テレビの画面が見えないだろう?」
「テレビ? 君はいつまでこの世界に閉じこもっているつもりだ」
「……別に閉じこもっているつもりはない。ただ、十年後のこの世界を楽しんでいるだけだよ。現状、僕の思い描いている通りに世界は動いている。だから、特段僕が手を出す必要は無いわけだ。その可能性があるというのは、それこそ僕のシナリオを修正するときだ」
「とうとうボロを出したか。『僕の』シナリオ、だと? この計画はシリーズ全体が考えていたことだ。それこそ、アリスを救世主としてこの世界を作り変える、そのために!」
「この世界を作り変えたことこそは、成功しただろう?」
肩を竦める帽子屋。
「……君には長い間お世話になったよ、ハンプティ・ダンプティ。だけれど、もう時間だ。君は頑張ってくれた。だけれど、こうも言える。君は――頑張りすぎた。少しだけ、ほんの少しだけ、ね」
帽子屋の身体が、ゆっくりと揺らめいていく。
ハンプティ・ダンプティが帽子屋の異変に気付いたときには――もう遅かった。
「さよなら、ハンプティ・ダンプティ」
「貴様ああああああ!」
そして。
ハンプティ・ダンプティの身体は――内側から破裂した。
赤い血が、床に、壁に、帽子屋の身体に、飛散する。
そんな彼に、タオルを差し出す女性が居た。
タオルを受け取り、微笑む帽子屋。
「ありがとう。バンダースナッチ」
彼は皮肉を込めて、そう言った。
バンダースナッチはもう、そこには居ない。
目の前に立っているのは、魂の抜けた人形だ。
人形は薄ら笑いを浮かべると、褒美を要求するかのように上目遣いをする。
「……そのようにプログラムした覚えはないのだが。いや、もしかしたら――」
もともとの自分が、そう思っていたからか。
帽子屋はそこまで思って、鼻で笑った。自分の思考を、あっさりと否定した。
そんなこと、あり得ない。それじゃまるで自分が褒美を与えたいように見えてしまうからだ。
そんなことは無い、自分はそんな思考を切り捨てなくてはならない。そんな考えなど捨てなくてはならない――。
「……どうやら、僕自身も、かつての自分を取り戻そうとしているのかもしれないな」
そう呟いたが、魂を持たないバンダースナッチには当然解らない。
バンダースナッチの頭を撫でて、彼は思いだす。
かつては、理想を追求していたということを。
かつては、自分だけの力で何でもできると過信していたということを。
「世界は、ここまでも残酷だったとは、誰も思いもしなかった。無論、僕も。だが、漸くこの世界をどうにか出来る、新しい世界へ僕たちを運んでくれる存在がやってきた。そのために僕はシナリオを書く。そして運営する。物語が無事に終焉へと向かうために。そのためならば……僕は世界を滅ぼしても構わない」
意味倒錯にも見えるその発言だった。
帽子屋は自らに酔っているわけでも、詩を歌っているわけでも無い。
ただ自らの考えを、思いのままに、綴っているだけだ。
「世界がどうなるか解らない。世界がどう進んでいくか解らない。ただ、これだけは言える。僕の思い描く結末はそう遠くない未来であるということを」
帽子屋はソファに座り直し、テレビ画面に向けてリモコンボタンを押す。
幾回かザッピングを繰り返し、最終的にある人物を撮影しているところに留まった。
タカト・オーノ。
異世界からやってきた、この世界最強のリリーファーを唯一操縦することの出来る存在。
帽子屋は彼を見て、笑みを浮かべる。
恍惚とした表情――とでも言えばいいか。いずれにせよ、彼はタカトに対して、どこか特別な感情を抱いているようにも見えた。
「さあ、タカト・オーノ。世界を導いてくれよ。物語のヒントは僕が、世界が、与えよう。そしておのずと君は物語をいい方向に進めてくれるはずだ。ベストエフォート、そのままの通りに、ね」
帽子屋はテレビ画面を見つめる。
そこに映し出されていたのは、タカトが自室で何か考え事をしている場面だった。
◇◇◇
そして、崇人の部屋。
結局会議はあれから進むことも無く、あっさりと閉会することとなった。
しかしコルネリアはヴィエンスたちハリー傭兵団に部屋を貸与することを決定し、南側の四部屋を貸与することとした。そこは物置として使っているため、あまり掃除もしていない場所となっていたが、ヴィエンスはそれでもかまわないと言っていた。彼もまた、もう逃げ場がないと思っているのだろう。
「俺だけ、何も出来ないまま……か」
崇人はベッドに横になり、自らの右腕を見つめる。
十年経過しても彼の身体は十一歳――魔法によって変えられた身体だが――のままだ。実年齢的には四十五歳を超えており、彼の身体と精神の乖離がさらに悪化している。
そんなことを今考えても、はっきり言って無駄だ。
魔法を解く方法は見つからないし、今解いたとしても無駄になる。リリーファーを操縦するのは体力を必要とするし、そうでなくてもここは自給自足かつ弱肉強食の世界だ。体力のない人間はたとえ起動従士であっても淘汰されることだろう。
「だとしたら、四十五歳の老けた身体よりもこのような若い身体のままが、取り敢えず問題は無い……か」
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