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絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百四十一話 魂のプログラム(後編)

「魂が、開発……とは?」

 クライムは未だ言葉の意味を理解できていないようだった。
 溜息を吐くフィアット。

「いいか、クライム。これは魂さえ入れなければただの肉の壁だ。木偶の坊のほうがまだ活動をするくらいに、な。けれど、魂を入れてやればこいつ一人ひとりが人間と同等の立ち位置となりうるだろう。それが何を意味しているのか、解るか?」
「……簡単に兵力を増強できる、ということですか? 人間をスカウトするのではなく、厚生物質と魂のプログラムをインストールすることで」

 その言葉に頷くフィアット。
 フィアットはゆっくりと歩き出し、部屋の中心にある一台のワークステーションの前で立ち止まる。ワークステーションからは幾つものケーブルが繋がっており、壁にかけられている人間モドキの方に繋がっている。恐らくではあるが、一人ひとり繋がっているのだろう――とクライムは思った。
 フィアットはキーボードを使ってパスワードを打ち込む。
 画面に表示されたのは、たった一言だった。


 ――プログラム『エリクシル』、セットアップ中。


「エリクシル、とは?」
「前時代にあった永遠を手に入れることの出来るものだ。それがどういうものであったかは、詳細に記されていないがね。ただ名称だけに限った話になるが、そのエリクシルは様々な名前で呼ばれていたらしい。そして、その中の一つに、エリクシルがあった……というだけらしいのだよ」
「エリクシル、ですか。しかしそんなものがこの世にあるとは、到底思えません」
「疑うのも無理はない。現に私もそれを知るまでは信じられなかったからな。けれど、これは事実だ。……ただ、これだけは言える。これは真実だ。私は真実しか言わないし、真実しか言っていない。それは解るだろう?」

 コクリ、と頷くクライム。
 フィアットはワークステーションのキーボードを使って、コマンドを打ち込み始める。
 ぐいん、と少年少女の人間の器の首が、回る。
 彼ら彼女たちの標的は、ほかでもないフィアットだ。

「目覚めたようだな。プログラム『エリクシル』、先ずは第一段階の終了と言えるだろう」

 魂のプログラムをインストールされた少年少女たちは、ゆっくりと壁から抜けて地面に降り立つ。少年少女たちは生まれたままの姿で、フィアットの方へと向かう。

「フィアット様……!」

 フィアットの危険を案じ、クライムは叫ぶ。
 対して、フィアットの表情は涼しかった。

「安心したまえ、クライム。彼ら彼女らは見知っている人が居なくて、最初に目に入った私を主人として認めているだけの事。人間でもこのようなことはあるじゃないか。例えば、どちらが父親でどちらが母親か? ではないが、『自分が親だ』ということを示して、親の愛称で呼ばせるということはよくあるだろう?」
「……ほんとうに、大丈夫なのですね」
「大丈夫だ。僕を信じろ、クライム」
「あな、たの、なま、えは?」

 器の一つが、無表情のまま、トーンを一定にしたまま、訊ねた。
 フィアットは溜息を吐いて、全部の器に聞こえるように、言った。

「僕の名前はフィアット。君たちの主人マスターだ」
「しゅじん? マスター?」

 うんうん、と頷くフィアット。

「そうだ。僕がマスターだ。そして君たちは僕に従わなくてはならない。解ったなら頭を垂れよ」

 器たちは命じられたままに、フィアットに向けて頭を垂れる。
 百幾にも及ぶ人間が、フィアットに頭を垂れている光景は、まさに圧巻だった。

「ははは……。ついに、完成したぞ! 人間を、無限に作ることが出来る! これさえあれば、死をも恐れぬ最強の軍隊を作ることが出来る!!」
「あとは、リリーファーだけですか」

 クライムの言葉に、フィアットは首を傾げる。

「何を言っている、クライム? 既に完成しているぞ、リリーファーならば」
「しかし……リリーファーは未だ完成していないのでは?」
「何を言っている、クライム。既に完成しているのだよ、ヤタガラスは」
「ヤタガラスは未だ量産段階に入ったばかりのはずです! そんなことは――」
「有り得ない、って?」

 フィアットの表情が歪む。
 流石のクライムにもそれは恐ろしく思えた。人間がここまで恐怖に満ちた表情が出来るのか――そう思ったくらいだ。
 だが、そこで彼は認識を一つ誤った。

「一つ、指摘してやろう」

 人差し指を一つ立てて、フィアットは微笑む。

「忘れているのかわざとかは知らないが……僕は人間ではない。『シリーズ』に対抗するために生まれた『チャプター』という一員の一つだ。神になり損ねた存在、とでも言えばいいだろうか? いずれにせよ、まともな存在では無いということを、一度は君に伝えたはずだが? ……まあ、忘れてしまったのならば、それはそれでいいだろう。これから始まる絶望を知らずに済むのだから、ある意味幸せなのかもしれない」
「滅相もございません! ただ、突然のことで頭がいっぱいでして……」

 冷や汗をかいていた。
 フィアットの機嫌を損ねてはならない。それはクライムがフィアットの秘書を始めてから、彼自身定めている訓戒である。これを破ってしまうと何が起こるのか解らない。特に突発的な怒りが発生すれば――。
 彼はそんな『憎悪』を思い起こしながら、ごくりと、唾を飲み込む。

「ですから、私は忘れて等は」
「解った。クライムの言いたいことは解った。だから、落ち着け。君も人間だ。このようなことを受け入れがたいと思い、そういう風に脳が判断するのだ。だから君の行動を否定するつもりもないし、受け入れるつもりだ。もちろん。それくらいの寛容な心を持ってこそ、指導者たる者と言えるだろうからな」
「ありがとうございます……」

 静かに、頭を垂れるクライム。
 フィアットは笑っていた。
 このプログラムを搭載した器と、量産型リリーファー『ヤタガラス』。
 この二つが合わさることで最強の軍隊が完成するということを。
 そして、シリーズが思い描くシナリオを完全に破壊できるということを、確信していた。

「あの時はまさか月に封印されていたリリーファーが舞い戻ってくるという事態が発生するとは思わなかった。あれもシリーズの仕業だ。だが、今回は違う。今回は万全の態勢で臨む。プログラムとリリーファーが、ここまで揃うのが遅くなるとは思わなかったからな……。シリーズ、見ていろよ。お前たちの立場もこれで終わりだ。計画を完膚なき迄に潰してやる」

 そして、フィアットの計画は最後の段階へ突入していく。
 一つの物語が始まるように、終わりを迎えていく準備が、着々と進んでいた。

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