絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百三十五話 ハーグ
ハリー傭兵団はトラックを走らせていた。リリーファーがトラックを守るように取り囲んでいる。
目的地はレーヴのアジト――そこに向かうまでに何も起きないとは限らないからである。
「レーヴアジトに向かうのは構わないですが、そこで何も無ければいいですが」
シンシアは溜息を吐いて、助手席で呟いた。
「そりゃ、お前……。そういうところはヴィエンスを信用してやろうぜ。たしかにレーヴに居るだろうタカト・オーノは破壊の春風以前にお前の姉貴を見殺しにしてしまったかもしれない。でもそれも、助けることが出来なかったと言われているだろう? ヴィエンスだってマーズだってそれは言っていたし」
そういったのは隣で運転をしているハーグだった。ハーグは笑いながらシンシアの言葉を聞いていたが、けっして彼女の言葉を軽視していたわけでは無い。
彼女の言葉もまた、一つの意見として受け入れているというわけだ。
「それにしても、実際問題、エスティ・パロングを見殺しにしてしまった……ということが大きいからなあ。それをどう処理するかはシンシア、君のキャパシティに応じるけれど、実際、あの場面で見殺しにするしかなかったのではないか?」
ハーグはあの時――ティパモールに居た。彼もまた、ヴァリエイブル軍としてメカニックを務めていたのだ。
ヴァリエイブル軍に所属していた彼は、エスティが死んだのを実際に目撃したわけではない。しかしながら、エスティ・パロング――その時は名前も公表されず、ただの『少女A』として発表された――が死んだことは軍の中でも大きな話題となった。
それと同時に、タカト・オーノ、正確にはインフィニティが暴走したことも大きな話題となった。どちらかといえば後者の方がより大きな話題となり、前者はそれに埋もれる形となったのだが。
「……ハーグさん、あなたは私の何を知っているのですか。十年間、私は姉が死んでから、苦労していたのですよ! 母も心労が祟って死にました! その時、私になんて言ったか解りますか!? 『あの人たちは世界を救った人間だ。だから、そう責め立てることは無い。』そう言ったのですよ!」
ハーグは何も言わなかった。
ハーグがなにも言わないのをいいことに、シンシアはさらに話を続ける。
「世界を救ったから、何も言うな? そんなことはおかしいじゃないですか! 現に、被害者だっている! 姉さんは、殺されたと言ってもいい! 世界を救ったからって、当の本人は暴走したリリーファーに乗っていただけで何もしていない。寧ろ被害を拡大させたとも聞いています! そんな人間に、何も言えないなんて、出来るわけがないでしょう!?
「……そうか。確かにそうかもしれない。けれど、彼が世界を救ったのは事実だ。たとえ、彼自身が行っていないにしても」
「それじゃ、あなたはこう言いたいんですか?」
――タカト・オーノは自らの意志で、この世界を壊したわけではない、と。
トラックの中が静寂に包まれる。
「……別にそこまでは言っていないだろう。そう思っているのは、ほかでもない君なのではないか? そうでなければ、そう発言も出来ないだろうし」
「そんなわけはない! 彼は許されざる存在よ! 私の姉を殺したのだから……」
「おいおい、意味が違ってしまっているぞ。姉を殺したのではなく、姉を見殺しにした、だろ?」
その言葉にシンシアは何も言い返せなかった。
ハーグの話は続く。
「別に俺は君を貶めようだとか、文句を言おうとかそういうつもりはない。慰めるつもりも残念ながら無いがね。俺はそういうところには乾いている、とも言われているくらいだ。だからある意味客観的な意見を言えると自負しているのだが……。まあ、そんなことはどうでもいいな。今に関しては」
「今に関しては?」
「もう着くからだよ」
そう言って、ハーグは指差した。
その先にあったのは――巨大な尖塔だった。
よく見れば人工でつくられたものではなく、岩山が鋭くとがっていた。まるで人がそのように整形したかのように。
「……あの山は」
「あの山が人工に作られたものだと人は言うが、実際は違う。あれは有史以前から存在していた山だよ。ティパモールの民が、『神の山』だとか言っていたかな。実際にはカミサマが居るのかは知らないがね。居るとするのなら、とっくにこの世界を救っているし」
「……カミサマ、ねえ」
シンシアも神は信じていなかった。
神が居るのならば、とっくに自分は何らかの形で救われているだろう――そう思っていたからだ。
「――そして、あの場所はある組織のアジトだと言われている。それは、俺たちが現時点で唯一信じるしかない存在。それでいて、もう味方と思うしかない。彼らが俺たちの言葉を信じてくれればいいのだが……」
トラックとリリーファーは着実にレーヴのアジトへと向かっていた。
一筋の希望に、彼らは縋ろうとしていた。
◇◇◇
レーヴアジト。
コルネリアは手を拱いていた。
「……どうした、コルネリア。そんな神妙な面持ちをして。お前らしくも無い」
訊ねたのは意外にも崇人だった。
コルネリアはその表情に怪訝なそれを浮かべつつも、彼の質問に答える。
「実は、あのあとティパモールが革命を起こしたらしいのよ。具体的に言えば、ハリー騎士団の解散……とかね」
「ハリー騎士団の解散、だって? ティパモールが唯一持っている騎士団じゃなかったのか? それに、彼らの持つリリーファーも……それなりに強かったはずだろ」
「それなり、というか。リリーファーの母数自体少なくなってしまった昨今では、リリーファーを多数抱える騎士団自体が珍しいものなのだろう? まあ、これはあの二人からの受け売りなのだけれど……」
「あの二人?」
それを聞いたコルネリアは一瞬考える。その『あの二人』が誰なのか――ということについて。
少しして、その二人がエイミーとエイムスであることが解った。
「エイミーとエイムス、二人とも随分仲好くなってきたようだね」
「二人とも面倒そうに教えてくれるけれどね。それでも、教えてもらえるだけ有難いと思っているけれど」
「面倒そうに思うのは致し方ない。彼らは君に嫉妬しているのだよ。だが、心の中では君のことをきっと尊敬しているはずだよ」
「本当か?」
崇人はニヒルな笑みを浮かべ、コルネリアの隣にある席に腰掛ける。
「うん。そうだよ、君はね、君が思っている以上にすごい人間というわけだ。それは自分で認識すべきだよ。君が居なければ、世界はとっくに滅んでいた。確かに君は世界を滅ぼしかけたのかもしれない、それに君が自覚があろうがなかろうが、結果として起きてしまったことを変えることは……そう簡単な話では無い。まあ、別に君が気にする問題では無いかもしれないけれどね、特に私が考えていることについては」
「……まさか、未だこの世界から脱出しようとか考えているんじゃないだろうな?」
コルネリアの眉が僅かにピクリと動いた。
「やはり考えているのか」
崇人は溜息を吐く。
それをつまらないことと見受けたコルネリアは首を傾げる。
「どうしてあなたはその事実を理解してくれようとしないのかしら。この世界がこうなってしまったのはもはや運命と言っても過言では無い」
「運命? 世界がここまで荒廃してしまうのは、決められていたことだっていうのか?」
「法王庁には記録が残されている、と言う。予言書、と言ってもいいかもしれない。それはこの世界の始まりから最後までを書き綴ったものであり、この先の物語も書いてあったらしいのよ。……そして、この世界は『一つの滅亡』を迎え、それが崩壊への合図となる。そう書いてあったとのことよ」
「一つの滅亡が……破壊の春風だってことか?」
「そうだと考えている、法王庁の人も多い。それに、それを信じる人も破壊の春風以降増えたというわ。まあ、実際問題、弱い人間同士集まって、どこかに心のよりどころを作ろうというもの。宗教ってたいていそんな感じだよね」
「お前それけっこうな人間を敵に回したぞ……」
コルネリアはテーブルに置かれたコップを手に取って、
「まあ、話を戻すけれど。この場所はかつて『神の山』と言われているのよ。なぜならティパモールにとってのカミサマがここで生まれたと言われているから」
「カミサマ、ねえ……。そんなものが居るなら弱者はとっくに救われているんじゃないか?」
崇人はそう言いつつも、地下の扉のことを思い返す。
確か扉には――彼の知る言語、日本語が描かれていた。
もし、神の山の伝承が本当ならば、ティパモールの神は日本人だった――ということになる。日本人は彼らにとってみれば異世界人であり、この世界の人間では無い。カミサマと思っても、致し方ないことなのかもしれない。
目的地はレーヴのアジト――そこに向かうまでに何も起きないとは限らないからである。
「レーヴアジトに向かうのは構わないですが、そこで何も無ければいいですが」
シンシアは溜息を吐いて、助手席で呟いた。
「そりゃ、お前……。そういうところはヴィエンスを信用してやろうぜ。たしかにレーヴに居るだろうタカト・オーノは破壊の春風以前にお前の姉貴を見殺しにしてしまったかもしれない。でもそれも、助けることが出来なかったと言われているだろう? ヴィエンスだってマーズだってそれは言っていたし」
そういったのは隣で運転をしているハーグだった。ハーグは笑いながらシンシアの言葉を聞いていたが、けっして彼女の言葉を軽視していたわけでは無い。
彼女の言葉もまた、一つの意見として受け入れているというわけだ。
「それにしても、実際問題、エスティ・パロングを見殺しにしてしまった……ということが大きいからなあ。それをどう処理するかはシンシア、君のキャパシティに応じるけれど、実際、あの場面で見殺しにするしかなかったのではないか?」
ハーグはあの時――ティパモールに居た。彼もまた、ヴァリエイブル軍としてメカニックを務めていたのだ。
ヴァリエイブル軍に所属していた彼は、エスティが死んだのを実際に目撃したわけではない。しかしながら、エスティ・パロング――その時は名前も公表されず、ただの『少女A』として発表された――が死んだことは軍の中でも大きな話題となった。
それと同時に、タカト・オーノ、正確にはインフィニティが暴走したことも大きな話題となった。どちらかといえば後者の方がより大きな話題となり、前者はそれに埋もれる形となったのだが。
「……ハーグさん、あなたは私の何を知っているのですか。十年間、私は姉が死んでから、苦労していたのですよ! 母も心労が祟って死にました! その時、私になんて言ったか解りますか!? 『あの人たちは世界を救った人間だ。だから、そう責め立てることは無い。』そう言ったのですよ!」
ハーグは何も言わなかった。
ハーグがなにも言わないのをいいことに、シンシアはさらに話を続ける。
「世界を救ったから、何も言うな? そんなことはおかしいじゃないですか! 現に、被害者だっている! 姉さんは、殺されたと言ってもいい! 世界を救ったからって、当の本人は暴走したリリーファーに乗っていただけで何もしていない。寧ろ被害を拡大させたとも聞いています! そんな人間に、何も言えないなんて、出来るわけがないでしょう!?
「……そうか。確かにそうかもしれない。けれど、彼が世界を救ったのは事実だ。たとえ、彼自身が行っていないにしても」
「それじゃ、あなたはこう言いたいんですか?」
――タカト・オーノは自らの意志で、この世界を壊したわけではない、と。
トラックの中が静寂に包まれる。
「……別にそこまでは言っていないだろう。そう思っているのは、ほかでもない君なのではないか? そうでなければ、そう発言も出来ないだろうし」
「そんなわけはない! 彼は許されざる存在よ! 私の姉を殺したのだから……」
「おいおい、意味が違ってしまっているぞ。姉を殺したのではなく、姉を見殺しにした、だろ?」
その言葉にシンシアは何も言い返せなかった。
ハーグの話は続く。
「別に俺は君を貶めようだとか、文句を言おうとかそういうつもりはない。慰めるつもりも残念ながら無いがね。俺はそういうところには乾いている、とも言われているくらいだ。だからある意味客観的な意見を言えると自負しているのだが……。まあ、そんなことはどうでもいいな。今に関しては」
「今に関しては?」
「もう着くからだよ」
そう言って、ハーグは指差した。
その先にあったのは――巨大な尖塔だった。
よく見れば人工でつくられたものではなく、岩山が鋭くとがっていた。まるで人がそのように整形したかのように。
「……あの山は」
「あの山が人工に作られたものだと人は言うが、実際は違う。あれは有史以前から存在していた山だよ。ティパモールの民が、『神の山』だとか言っていたかな。実際にはカミサマが居るのかは知らないがね。居るとするのなら、とっくにこの世界を救っているし」
「……カミサマ、ねえ」
シンシアも神は信じていなかった。
神が居るのならば、とっくに自分は何らかの形で救われているだろう――そう思っていたからだ。
「――そして、あの場所はある組織のアジトだと言われている。それは、俺たちが現時点で唯一信じるしかない存在。それでいて、もう味方と思うしかない。彼らが俺たちの言葉を信じてくれればいいのだが……」
トラックとリリーファーは着実にレーヴのアジトへと向かっていた。
一筋の希望に、彼らは縋ろうとしていた。
◇◇◇
レーヴアジト。
コルネリアは手を拱いていた。
「……どうした、コルネリア。そんな神妙な面持ちをして。お前らしくも無い」
訊ねたのは意外にも崇人だった。
コルネリアはその表情に怪訝なそれを浮かべつつも、彼の質問に答える。
「実は、あのあとティパモールが革命を起こしたらしいのよ。具体的に言えば、ハリー騎士団の解散……とかね」
「ハリー騎士団の解散、だって? ティパモールが唯一持っている騎士団じゃなかったのか? それに、彼らの持つリリーファーも……それなりに強かったはずだろ」
「それなり、というか。リリーファーの母数自体少なくなってしまった昨今では、リリーファーを多数抱える騎士団自体が珍しいものなのだろう? まあ、これはあの二人からの受け売りなのだけれど……」
「あの二人?」
それを聞いたコルネリアは一瞬考える。その『あの二人』が誰なのか――ということについて。
少しして、その二人がエイミーとエイムスであることが解った。
「エイミーとエイムス、二人とも随分仲好くなってきたようだね」
「二人とも面倒そうに教えてくれるけれどね。それでも、教えてもらえるだけ有難いと思っているけれど」
「面倒そうに思うのは致し方ない。彼らは君に嫉妬しているのだよ。だが、心の中では君のことをきっと尊敬しているはずだよ」
「本当か?」
崇人はニヒルな笑みを浮かべ、コルネリアの隣にある席に腰掛ける。
「うん。そうだよ、君はね、君が思っている以上にすごい人間というわけだ。それは自分で認識すべきだよ。君が居なければ、世界はとっくに滅んでいた。確かに君は世界を滅ぼしかけたのかもしれない、それに君が自覚があろうがなかろうが、結果として起きてしまったことを変えることは……そう簡単な話では無い。まあ、別に君が気にする問題では無いかもしれないけれどね、特に私が考えていることについては」
「……まさか、未だこの世界から脱出しようとか考えているんじゃないだろうな?」
コルネリアの眉が僅かにピクリと動いた。
「やはり考えているのか」
崇人は溜息を吐く。
それをつまらないことと見受けたコルネリアは首を傾げる。
「どうしてあなたはその事実を理解してくれようとしないのかしら。この世界がこうなってしまったのはもはや運命と言っても過言では無い」
「運命? 世界がここまで荒廃してしまうのは、決められていたことだっていうのか?」
「法王庁には記録が残されている、と言う。予言書、と言ってもいいかもしれない。それはこの世界の始まりから最後までを書き綴ったものであり、この先の物語も書いてあったらしいのよ。……そして、この世界は『一つの滅亡』を迎え、それが崩壊への合図となる。そう書いてあったとのことよ」
「一つの滅亡が……破壊の春風だってことか?」
「そうだと考えている、法王庁の人も多い。それに、それを信じる人も破壊の春風以降増えたというわ。まあ、実際問題、弱い人間同士集まって、どこかに心のよりどころを作ろうというもの。宗教ってたいていそんな感じだよね」
「お前それけっこうな人間を敵に回したぞ……」
コルネリアはテーブルに置かれたコップを手に取って、
「まあ、話を戻すけれど。この場所はかつて『神の山』と言われているのよ。なぜならティパモールにとってのカミサマがここで生まれたと言われているから」
「カミサマ、ねえ……。そんなものが居るなら弱者はとっくに救われているんじゃないか?」
崇人はそう言いつつも、地下の扉のことを思い返す。
確か扉には――彼の知る言語、日本語が描かれていた。
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