絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百三十三話 父親
二月二十日。
この日は彼にとって忘れることの出来ない日であった。
進級試験がある人間のクーデターによって中止され、全員の進級が確定した。
しかし、彼らの心には永遠に刻まれる出来事となったのもまた事実である。
アーデルハイト・ヴェンバック。
彼女の死が――ハリー騎士団を変えてしまったと言っても過言では無い。
「アーデルハイト……お前となら、解り合えると思っていたのに……」
ヴィエンスは彼女の墓前で涙を流していた。
それを見つめるマーズと崇人。
「アーデルハイトはいい奴だった。思考が間違っていたというわけでもない。強いて言うなら、それが世界に認められるものだったかということだ。リリーファーと起動従士なしではこの世界を生きていくことは出来ない。逆に言えばリリーファーの無い国はリリーファーが強い国についていくか、滅亡の一途をたどるかのいずれかだ」
「起動従士だけで国を作ろうなんて、そんなことは無茶だ。確実にいつか破綻する」
「どうして……だ? そう簡単につぶれることは無いだろ。リリーファーも起動従士も居る。そう簡単に負けることも無いだろうし」
「考えてみれば解る。独立された国のことを考えれば、容易に解る。国にとっての一番の戦力となるリリーファーと起動従士を、そう簡単に手放すと思うか?」
何も言えなかった。
何も言いたくなかった、というのが正しいかもしれないが。
「……解っていると思うが、あえて明言するならば、リリーファーを拘束する。そのようなコードがあるからな。運よくコードを奪えたとしても、独立したリリーファーと起動従士は当然ながらその国の保護を受けることが出来ない。だからほかの国からすれば狙い放題と言えばいいだろうな。国が欲しいのは反逆した起動従士では無い、ただの機械の塊だよ。それさえ手に入れれば、起動従士登録をリセットして、リリーファーを新たに扱うことが出来る。別にそれが不可能であっても、解体してその技術を応用すればいいのだからね」
「……起動従士は用済み、っていうのかよ」
「噂によればリリーファーの自動操縦技術を開発しているとも言われているからね。その技術を有効活用すれば、起動従士なんて必要ないという時勢になってしまえば、それこそ起動従士は終わり。こうなったが最後、私たちには何も出来ない」
「そんなことが、あり得るはずが……」
「有り得ない、って? それが、誰が認めるというのだ? その時点で考えていることとは乖離しているのだよ。別に君の言っていることが間違っているわけではないけれど、だからといってそれを否定するつもりは無い。ただ実際、このようになるだろうと言ったまでのことだ」
ヴィエンスはマーズの言葉を静かに聞いていた。
しかしその胸中は怒り心頭であった。
マーズは天才として、『女神』という愛称までつけられて、ずっと戦場の第一線で活動してきた。そのための褒賞というものも、当然のことながら莫大なものであった。それは国がマーズを抑えつけるためだということは、マーズも理解していただろうし、ヴィエンスもそれとなく理解していた。
リリーファーは感情の無い兵器だが、それを操縦する起動従士は違う。普通の人間だ。人間が機嫌を損ねてしまえば、リリーファーを操縦しなくなる、或いは国のためにリリーファーを動かさなくなる――そんなことだって考えられるわけだ。
だから国として――起動従士に手厚い保護をするのは当然のことだった。国によっては予算の三分の一近くを起動従士に割くというところもあるほど、戦力の確保に必死だといえるだろう。
それは当然のことなのかもしれない。
しかし、それは逆に焦りにも見える。リリーファーが、起動従士が離れてほしくないからこそ、法外で莫大な褒賞を与える――それは少しやりすぎなことに思えるかもしれないが、案外当然のようにも見える。
「まあ、今はそれ程危険視する必要も無いだろう。……ただし、アーデルハイトの行ったことは少なくとも各国に影響を与えるだろうね。起動従士がクーデターを起こしたということは、問題なのだから。今までの歴史ではありえなかったはずだ。記録に残っていないからね。今は危惧する必要はないよ。そう簡単にリリーファーと起動従士に関する概念が変わるとは思えないからね」
「そうか。そう……なのか」
「……ヴァリエイブルが一番危惧していることはインフィニティの独立だろうけれど」
「インフィニティが?」
「今、インフィニティはハリー騎士団に入っている。それは言わなくても解るだろう。だが、その目的は……タカト、ヴィエンス、お前たちは知らないだろうから言っておくが、インフィニティをヴァリエイブルに留めておくためのものだ」
崇人はそれを聞いて頷く。
彼もどことなくそれを理解していたからだ。彼がもともといた世界では、強い兵器を持つこと自体が世界のパワーバランスを崩しかねないとして公表することも無いのだが、仮に強い武器があったとすればそれを自分の国に留めておこうというのは当然のことだからだ。
ヴィエンスも併せて頷く。
「だからこそ、この世界ではパワーバランスを保たねばならないのだけれど……国はどうすればいいのか解らないのかもしれないわね。平和というものを、勘違いしているのかもしれない。どこかが世界を征服すれば世界が平和になるとでも思っているのかしら。残念ながらそんな考えが成立するほど、人間も馬鹿じゃないっていうのに」
マーズは溜息を吐いて、踵を返す。
「どこへ?」
「寒くなってきたから、そろそろ戻るのよ。あと、今回の事件の後始末をしないといけないいし」
「後始末?」
「そう。あの事件での被害、そう一言で語ることが出来ない程の被害になったからね。人も死んだ。機械にウイルスも入れられた。それらに関する報告書と改善案を提出する必要がある」
マーズはそれだけを言って、立ち去って行った。
冷たい風がヴィエンスと崇人に吹き付ける――。
◇◇◇
「あれが契機だったとも言えるだろうな。結局、俺たちは二年生に進級した。後輩も出来た。そして――あれが起きた」
破壊の春風。
まだ人々の記憶に新しい、世界を滅亡寸前まで追い込んだ災害である。それにより世界の環境は様変わりし、世界の人口を半減させた、あの災害である。
「あれによって世界は変貌を遂げた。それを行ったのはリリーファー『インフィニティ』とその起動従士タカト・オーノである……と言われている」
「確定ではないのですか?」
ハルの言葉にヴィエンスは頷く。
それはまるで当然だと言っているかの如く。
「タカト・オーノは『利用された』だけではないか、という可能性が最近浮上してきてね。インフィニティの映像データを解析すると、そういう可能性が考えられたわけだ」
リリーファーにはカメラが取り付けられている。起動従士に何かあってもいいように、非常事態に備えて設置されているものだ。記録は数日間保持され、保全作業の時に回収される。
インフィニティはずっとデータを保持していた。それも、十年前――破壊の春風があったあの時の記録が、だ。
その時の記録を解析すると、おかしなことが解った。
破壊の春風が発生する直前から直後までデータが不自然に飛んでいたのだ。
「……それを証拠にして、タカト・オーノが破壊の春風の主犯ではないと言いたいのですか? 証拠にしては充分ではないと思いますけれど」
ハルの言葉は尤もだった。
映像が残っていなかったとしても行動としてインフィニティは破壊の春風を引き起こした。即ち、『崇人がやっていない』という映像が無ければならなかった。
「そう思うのも当然だ。だが、俺たちは信じている。それは仲間としてでもあり、お前たちにも影響することだからだ」
「……私たち?」
ヴィエンスの言葉にハルとダイモス、二人とも首を傾げる。
ヴィエンスは一息ついて、言った。
「……ハル、ダイモス。お前たちの父親は『死んだ』と言ったが、あれは違う。お前たちの本当の父親は、タカト・オーノだ」
この日は彼にとって忘れることの出来ない日であった。
進級試験がある人間のクーデターによって中止され、全員の進級が確定した。
しかし、彼らの心には永遠に刻まれる出来事となったのもまた事実である。
アーデルハイト・ヴェンバック。
彼女の死が――ハリー騎士団を変えてしまったと言っても過言では無い。
「アーデルハイト……お前となら、解り合えると思っていたのに……」
ヴィエンスは彼女の墓前で涙を流していた。
それを見つめるマーズと崇人。
「アーデルハイトはいい奴だった。思考が間違っていたというわけでもない。強いて言うなら、それが世界に認められるものだったかということだ。リリーファーと起動従士なしではこの世界を生きていくことは出来ない。逆に言えばリリーファーの無い国はリリーファーが強い国についていくか、滅亡の一途をたどるかのいずれかだ」
「起動従士だけで国を作ろうなんて、そんなことは無茶だ。確実にいつか破綻する」
「どうして……だ? そう簡単につぶれることは無いだろ。リリーファーも起動従士も居る。そう簡単に負けることも無いだろうし」
「考えてみれば解る。独立された国のことを考えれば、容易に解る。国にとっての一番の戦力となるリリーファーと起動従士を、そう簡単に手放すと思うか?」
何も言えなかった。
何も言いたくなかった、というのが正しいかもしれないが。
「……解っていると思うが、あえて明言するならば、リリーファーを拘束する。そのようなコードがあるからな。運よくコードを奪えたとしても、独立したリリーファーと起動従士は当然ながらその国の保護を受けることが出来ない。だからほかの国からすれば狙い放題と言えばいいだろうな。国が欲しいのは反逆した起動従士では無い、ただの機械の塊だよ。それさえ手に入れれば、起動従士登録をリセットして、リリーファーを新たに扱うことが出来る。別にそれが不可能であっても、解体してその技術を応用すればいいのだからね」
「……起動従士は用済み、っていうのかよ」
「噂によればリリーファーの自動操縦技術を開発しているとも言われているからね。その技術を有効活用すれば、起動従士なんて必要ないという時勢になってしまえば、それこそ起動従士は終わり。こうなったが最後、私たちには何も出来ない」
「そんなことが、あり得るはずが……」
「有り得ない、って? それが、誰が認めるというのだ? その時点で考えていることとは乖離しているのだよ。別に君の言っていることが間違っているわけではないけれど、だからといってそれを否定するつもりは無い。ただ実際、このようになるだろうと言ったまでのことだ」
ヴィエンスはマーズの言葉を静かに聞いていた。
しかしその胸中は怒り心頭であった。
マーズは天才として、『女神』という愛称までつけられて、ずっと戦場の第一線で活動してきた。そのための褒賞というものも、当然のことながら莫大なものであった。それは国がマーズを抑えつけるためだということは、マーズも理解していただろうし、ヴィエンスもそれとなく理解していた。
リリーファーは感情の無い兵器だが、それを操縦する起動従士は違う。普通の人間だ。人間が機嫌を損ねてしまえば、リリーファーを操縦しなくなる、或いは国のためにリリーファーを動かさなくなる――そんなことだって考えられるわけだ。
だから国として――起動従士に手厚い保護をするのは当然のことだった。国によっては予算の三分の一近くを起動従士に割くというところもあるほど、戦力の確保に必死だといえるだろう。
それは当然のことなのかもしれない。
しかし、それは逆に焦りにも見える。リリーファーが、起動従士が離れてほしくないからこそ、法外で莫大な褒賞を与える――それは少しやりすぎなことに思えるかもしれないが、案外当然のようにも見える。
「まあ、今はそれ程危険視する必要も無いだろう。……ただし、アーデルハイトの行ったことは少なくとも各国に影響を与えるだろうね。起動従士がクーデターを起こしたということは、問題なのだから。今までの歴史ではありえなかったはずだ。記録に残っていないからね。今は危惧する必要はないよ。そう簡単にリリーファーと起動従士に関する概念が変わるとは思えないからね」
「そうか。そう……なのか」
「……ヴァリエイブルが一番危惧していることはインフィニティの独立だろうけれど」
「インフィニティが?」
「今、インフィニティはハリー騎士団に入っている。それは言わなくても解るだろう。だが、その目的は……タカト、ヴィエンス、お前たちは知らないだろうから言っておくが、インフィニティをヴァリエイブルに留めておくためのものだ」
崇人はそれを聞いて頷く。
彼もどことなくそれを理解していたからだ。彼がもともといた世界では、強い兵器を持つこと自体が世界のパワーバランスを崩しかねないとして公表することも無いのだが、仮に強い武器があったとすればそれを自分の国に留めておこうというのは当然のことだからだ。
ヴィエンスも併せて頷く。
「だからこそ、この世界ではパワーバランスを保たねばならないのだけれど……国はどうすればいいのか解らないのかもしれないわね。平和というものを、勘違いしているのかもしれない。どこかが世界を征服すれば世界が平和になるとでも思っているのかしら。残念ながらそんな考えが成立するほど、人間も馬鹿じゃないっていうのに」
マーズは溜息を吐いて、踵を返す。
「どこへ?」
「寒くなってきたから、そろそろ戻るのよ。あと、今回の事件の後始末をしないといけないいし」
「後始末?」
「そう。あの事件での被害、そう一言で語ることが出来ない程の被害になったからね。人も死んだ。機械にウイルスも入れられた。それらに関する報告書と改善案を提出する必要がある」
マーズはそれだけを言って、立ち去って行った。
冷たい風がヴィエンスと崇人に吹き付ける――。
◇◇◇
「あれが契機だったとも言えるだろうな。結局、俺たちは二年生に進級した。後輩も出来た。そして――あれが起きた」
破壊の春風。
まだ人々の記憶に新しい、世界を滅亡寸前まで追い込んだ災害である。それにより世界の環境は様変わりし、世界の人口を半減させた、あの災害である。
「あれによって世界は変貌を遂げた。それを行ったのはリリーファー『インフィニティ』とその起動従士タカト・オーノである……と言われている」
「確定ではないのですか?」
ハルの言葉にヴィエンスは頷く。
それはまるで当然だと言っているかの如く。
「タカト・オーノは『利用された』だけではないか、という可能性が最近浮上してきてね。インフィニティの映像データを解析すると、そういう可能性が考えられたわけだ」
リリーファーにはカメラが取り付けられている。起動従士に何かあってもいいように、非常事態に備えて設置されているものだ。記録は数日間保持され、保全作業の時に回収される。
インフィニティはずっとデータを保持していた。それも、十年前――破壊の春風があったあの時の記録が、だ。
その時の記録を解析すると、おかしなことが解った。
破壊の春風が発生する直前から直後までデータが不自然に飛んでいたのだ。
「……それを証拠にして、タカト・オーノが破壊の春風の主犯ではないと言いたいのですか? 証拠にしては充分ではないと思いますけれど」
ハルの言葉は尤もだった。
映像が残っていなかったとしても行動としてインフィニティは破壊の春風を引き起こした。即ち、『崇人がやっていない』という映像が無ければならなかった。
「そう思うのも当然だ。だが、俺たちは信じている。それは仲間としてでもあり、お前たちにも影響することだからだ」
「……私たち?」
ヴィエンスの言葉にハルとダイモス、二人とも首を傾げる。
ヴィエンスは一息ついて、言った。
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