絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百十九話 赤い足跡
シスターは考える。
自分の祈りは本当に神に届いているのだろうか――ということを。
「自分の祈りは、本当に届いているのかと疑問に思うことは、正直言ってあるよ」
シスターは言った。
男は聞き手に回り、相槌を打つ。
「祈りを捧げ、神へ乞う。それが間違っているというのでしょうか? 神は私たちに正しい道筋を教えてくれる。私をこの道へと誘ってくれた神父様はそんなことを言っていました。それは間違いだったのでしょうか? 妄言だったのでしょうか?」
「妄言だったかどうかは、今となっては解らない……と思う」
言葉を濁したのは、その言葉が嘘になるという思いが僅かでもあったからだろうか。
男の話は、ゆっくりではあるが続けられる。
「確かに僕の言い方は違うものであるかもしれない。けれど、けれどね。僕は、神様は存在すると考えているよ。そして、僕たちを、人間をずっと見てくれている。そうでなかったら、不平等じゃないか」
「そうだけれど……。でも、私たちには何も!」
「そうかもしれない」
男は言葉で一閃する。
それを聞いただけで、シスターは何も言えなかった。彼女の精神が弱っているからではない。彼女は苦しんでいるのだ。彼女は苛まれているのだ。自分がしている、その行為について、それがほんとうに正しいものであるかということを、気にしているのだ。
シスターは俯きながらも、立ち上がる。
「……あなたは、どう思いますか。レム」
「うん?」
レムと呼ばれた男は立ち上がると、シスターの隣に立った。
「だから、あなたはどう思うのか、と言ったのです。この状況について、私たちについて」
「僕たちについて? それはどういうことかな。この貧困極まる状況についてならば、僕は最悪だと思うよ。これについて国がどうこうしてくれるのが理想形だろうに、それもしたがらない。最悪であって最低。これが今の国の評価かな」
「成る程。確かにその通りだと思います。私だって、そう思いますから」
レムはそれを聞いて微笑む。
まるでシスターを試しているようにも見えた。
「……そんな解り切ったことを質問してどうするつもりだい? 僕の考えと君の考えが一致している、そんな単純な言い回しをするための質問ならば、それをする時間を別の何かに使用するべきだと思うけれど」
「そうね。少し間違えたかもしれない。……神を否定することになりかねないのだから」
「そんなことは有り得ないよ。神は必ず僕たちのことを見てくれている。いつか必ず僕たちは救われ」
男の言葉が途中で途切れたのには理由がある。
彼女の目の前に居たレムが、何者かによって『踏み潰された』のだった。
「え……?」
地面と同化してしまったレムの身体を見たシスターは、何も言えなかった。
その足は、ゆっくりと移動する。
今まで音が無かったのが嘘みたいな、巨大な躯体だった。
「あれは……リリーファー?」
そこにあったのは、黒いカラーリングのリリーファーだった。
「あれは……世界を混沌へと導いたインフィニティでは無いか?」
民衆の中に居る誰かがそう言った。
「あれがインフィニティなのか」
「私たちの子供を殺した!」
「そして……俺たちの生活をこんな形にした……!」
それを皮切りに民衆からはインフィニティに対する言葉の嵐が巻き起こる。そのどれもが批判であり苦情であり差別であった。
もし、彼らがインフィニティの起動従士である崇人の感情を少しでも汲んでいたならば、このような事態には陥らなかったかもしれない。
だが、そんなことは関係ない。
インフィニティは人々の言葉を吸い込むような真っ黒の躯体をゆっくりと動かしていた。
そして、インフィニティは。
静かに、静かに、その教会を去っていく。
「神様なんて……」
シスターは地面と同化したレムを見つめる。
その目からは涙も零れ落ちている。
「神様なんて、居ないのよ」
その言葉は、人々の喧騒に吸い込まれて、誰も聞くことは無かった。
◇◇◇
「いやあ、いい景色だね。インフィニティのコックピットからは、このような景色を見ることが出来るのか……。それって最高なことだよね!」
わざとらしく言葉を並べる帽子屋に、崇人は怒りを募らせていた。
――ゲームをしよう。
帽子屋はそう言った。当然、何の旨みも無いのならば、参加などするはずもないのだが――。
「条件は一つ。君が勝利したらマーズ・リッペンバーを生還させてあげよう。それだけじゃない。君が敬愛するエスティ・パロングも生き返らせてあげようではないか」
「エス……ティを?」
思考が、停止した。
帽子屋はそれを予想していたように、微笑む。
「そう、エスティ・パロングだよ。彼女は君の目の前でリリーファーに踏み潰された。ほんとうに不幸な出来事だ。そうだとは思わないかね? 僕ももちろんそう思っている。だが、亡くなった人間を生き返らせるには、相当難しいことを行使しなくてはならない。だから無碍にしてはならないのだよ。だから、こうやってチャンスを与えるわけだ」
一人の蘇生だけではなく、二人も。
それは彼が一番この世界でやってしまった心残り――エスティの蘇生だった。
「どうだい? ゲームをしないか。ゲームをすることで、マーズが蘇生される可能性が少しでもアップするならば、やるべきだと僕は思うけれどねえ。彼女は君にとって大切な人なのだろう?」
崇人は頷く。
マーズも、エスティも、この世界で出会った大切な人だ。
出来ることならば、蘇生して、感謝を――また話したい。
だから、崇人はそれにイエスと言った。
「解ったよ、帽子屋。お前のゲームとやらを、受けようじゃないか」
「ありがとう」
頭を下げる帽子屋。
それがすこしこそばゆく感じる崇人。
「では、ゲームのルールを説明しよう。なに、そう難しい話じゃない。ルールはいたってシンプルだよ。シンプルイズベスト、とも言うくらいだからね」
帽子屋は言うと、大地を指差す。
帽子屋は微笑む。
「ここに居る人間を凡て殺せ。そうすれば、僕は君を助けてあげよう。君が叶えてほしい願いを、かなえてあげようじゃないか」
今度こそ、崇人は思考を停止させた。
帽子屋が何を言っているか解らないのだ。
「おや、解らなかったかな? ならば、またもう一度言おうじゃないか。何度だって言ってあげるよ。ここに居る人間……ざっと百人かな? 教会に祈りを捧げにやってきた、とてつもなく下らない現実逃避をする人々を、一人残らず殲滅しろ」
「そんなことっ……! 出来るわけが!!」
「出来ないのかい?」
帽子屋はコックピットに一歩近づき、言う。
「足元に屯っているのは、それこそ、君とはなんの関係も無い一般人だ。それを百人殺せば君が愛していた人間二人と出会うことが出来る。それってとっても素晴らしいことだと思うのだけれどね」
「……一つ、訂正してもらおう」
崇人は言った。
帽子屋は舌なめずり一つ。
「ほう、何だろう。聞かせてもらってもいいかな」
「『愛していた』じゃない。……俺はあの二人を未だ愛している! だからこそ、俺は目の前に居る人々を殺すことなんて出来ない! あの二人がその光景を見れば……きっと、悲しむから……」
ひゅう。帽子屋は口笛を一つ吹いた。
それは彼の考えに対する賛美にも思えた。
「すごいね、素晴らしい考えだよ。称賛に値する」
けれどね。
「けれど、僕は一つ言い忘れたことがあったんだ。訂正しなくてはならないことが、一つだけあったんだよ」
帽子屋は、目を手で覆う。
覆った後、すぐに目を隠すのをやめた。
その顔は、薄汚い笑顔だった。
「……ゲームはもうすでに始まっている。君はもう一人、殺してしまったんだよ」
「………………え?」
それを聞いた崇人の表情を一言で示すならば、『絶望』だった。
恐る恐る、彼は下を見る。
インフィニティは静止していた。そしてその足元だった場所は、赤く染まっていた。それが薄まりながらも、現在の位置まで続いている。
そして、その赤の濃さが最高の場所には、一人のシスターが涙を流しているのが確認できた。
自分の祈りは本当に神に届いているのだろうか――ということを。
「自分の祈りは、本当に届いているのかと疑問に思うことは、正直言ってあるよ」
シスターは言った。
男は聞き手に回り、相槌を打つ。
「祈りを捧げ、神へ乞う。それが間違っているというのでしょうか? 神は私たちに正しい道筋を教えてくれる。私をこの道へと誘ってくれた神父様はそんなことを言っていました。それは間違いだったのでしょうか? 妄言だったのでしょうか?」
「妄言だったかどうかは、今となっては解らない……と思う」
言葉を濁したのは、その言葉が嘘になるという思いが僅かでもあったからだろうか。
男の話は、ゆっくりではあるが続けられる。
「確かに僕の言い方は違うものであるかもしれない。けれど、けれどね。僕は、神様は存在すると考えているよ。そして、僕たちを、人間をずっと見てくれている。そうでなかったら、不平等じゃないか」
「そうだけれど……。でも、私たちには何も!」
「そうかもしれない」
男は言葉で一閃する。
それを聞いただけで、シスターは何も言えなかった。彼女の精神が弱っているからではない。彼女は苦しんでいるのだ。彼女は苛まれているのだ。自分がしている、その行為について、それがほんとうに正しいものであるかということを、気にしているのだ。
シスターは俯きながらも、立ち上がる。
「……あなたは、どう思いますか。レム」
「うん?」
レムと呼ばれた男は立ち上がると、シスターの隣に立った。
「だから、あなたはどう思うのか、と言ったのです。この状況について、私たちについて」
「僕たちについて? それはどういうことかな。この貧困極まる状況についてならば、僕は最悪だと思うよ。これについて国がどうこうしてくれるのが理想形だろうに、それもしたがらない。最悪であって最低。これが今の国の評価かな」
「成る程。確かにその通りだと思います。私だって、そう思いますから」
レムはそれを聞いて微笑む。
まるでシスターを試しているようにも見えた。
「……そんな解り切ったことを質問してどうするつもりだい? 僕の考えと君の考えが一致している、そんな単純な言い回しをするための質問ならば、それをする時間を別の何かに使用するべきだと思うけれど」
「そうね。少し間違えたかもしれない。……神を否定することになりかねないのだから」
「そんなことは有り得ないよ。神は必ず僕たちのことを見てくれている。いつか必ず僕たちは救われ」
男の言葉が途中で途切れたのには理由がある。
彼女の目の前に居たレムが、何者かによって『踏み潰された』のだった。
「え……?」
地面と同化してしまったレムの身体を見たシスターは、何も言えなかった。
その足は、ゆっくりと移動する。
今まで音が無かったのが嘘みたいな、巨大な躯体だった。
「あれは……リリーファー?」
そこにあったのは、黒いカラーリングのリリーファーだった。
「あれは……世界を混沌へと導いたインフィニティでは無いか?」
民衆の中に居る誰かがそう言った。
「あれがインフィニティなのか」
「私たちの子供を殺した!」
「そして……俺たちの生活をこんな形にした……!」
それを皮切りに民衆からはインフィニティに対する言葉の嵐が巻き起こる。そのどれもが批判であり苦情であり差別であった。
もし、彼らがインフィニティの起動従士である崇人の感情を少しでも汲んでいたならば、このような事態には陥らなかったかもしれない。
だが、そんなことは関係ない。
インフィニティは人々の言葉を吸い込むような真っ黒の躯体をゆっくりと動かしていた。
そして、インフィニティは。
静かに、静かに、その教会を去っていく。
「神様なんて……」
シスターは地面と同化したレムを見つめる。
その目からは涙も零れ落ちている。
「神様なんて、居ないのよ」
その言葉は、人々の喧騒に吸い込まれて、誰も聞くことは無かった。
◇◇◇
「いやあ、いい景色だね。インフィニティのコックピットからは、このような景色を見ることが出来るのか……。それって最高なことだよね!」
わざとらしく言葉を並べる帽子屋に、崇人は怒りを募らせていた。
――ゲームをしよう。
帽子屋はそう言った。当然、何の旨みも無いのならば、参加などするはずもないのだが――。
「条件は一つ。君が勝利したらマーズ・リッペンバーを生還させてあげよう。それだけじゃない。君が敬愛するエスティ・パロングも生き返らせてあげようではないか」
「エス……ティを?」
思考が、停止した。
帽子屋はそれを予想していたように、微笑む。
「そう、エスティ・パロングだよ。彼女は君の目の前でリリーファーに踏み潰された。ほんとうに不幸な出来事だ。そうだとは思わないかね? 僕ももちろんそう思っている。だが、亡くなった人間を生き返らせるには、相当難しいことを行使しなくてはならない。だから無碍にしてはならないのだよ。だから、こうやってチャンスを与えるわけだ」
一人の蘇生だけではなく、二人も。
それは彼が一番この世界でやってしまった心残り――エスティの蘇生だった。
「どうだい? ゲームをしないか。ゲームをすることで、マーズが蘇生される可能性が少しでもアップするならば、やるべきだと僕は思うけれどねえ。彼女は君にとって大切な人なのだろう?」
崇人は頷く。
マーズも、エスティも、この世界で出会った大切な人だ。
出来ることならば、蘇生して、感謝を――また話したい。
だから、崇人はそれにイエスと言った。
「解ったよ、帽子屋。お前のゲームとやらを、受けようじゃないか」
「ありがとう」
頭を下げる帽子屋。
それがすこしこそばゆく感じる崇人。
「では、ゲームのルールを説明しよう。なに、そう難しい話じゃない。ルールはいたってシンプルだよ。シンプルイズベスト、とも言うくらいだからね」
帽子屋は言うと、大地を指差す。
帽子屋は微笑む。
「ここに居る人間を凡て殺せ。そうすれば、僕は君を助けてあげよう。君が叶えてほしい願いを、かなえてあげようじゃないか」
今度こそ、崇人は思考を停止させた。
帽子屋が何を言っているか解らないのだ。
「おや、解らなかったかな? ならば、またもう一度言おうじゃないか。何度だって言ってあげるよ。ここに居る人間……ざっと百人かな? 教会に祈りを捧げにやってきた、とてつもなく下らない現実逃避をする人々を、一人残らず殲滅しろ」
「そんなことっ……! 出来るわけが!!」
「出来ないのかい?」
帽子屋はコックピットに一歩近づき、言う。
「足元に屯っているのは、それこそ、君とはなんの関係も無い一般人だ。それを百人殺せば君が愛していた人間二人と出会うことが出来る。それってとっても素晴らしいことだと思うのだけれどね」
「……一つ、訂正してもらおう」
崇人は言った。
帽子屋は舌なめずり一つ。
「ほう、何だろう。聞かせてもらってもいいかな」
「『愛していた』じゃない。……俺はあの二人を未だ愛している! だからこそ、俺は目の前に居る人々を殺すことなんて出来ない! あの二人がその光景を見れば……きっと、悲しむから……」
ひゅう。帽子屋は口笛を一つ吹いた。
それは彼の考えに対する賛美にも思えた。
「すごいね、素晴らしい考えだよ。称賛に値する」
けれどね。
「けれど、僕は一つ言い忘れたことがあったんだ。訂正しなくてはならないことが、一つだけあったんだよ」
帽子屋は、目を手で覆う。
覆った後、すぐに目を隠すのをやめた。
その顔は、薄汚い笑顔だった。
「……ゲームはもうすでに始まっている。君はもう一人、殺してしまったんだよ」
「………………え?」
それを聞いた崇人の表情を一言で示すならば、『絶望』だった。
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