絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百七話 第三勢力(後編)
コルネリアはそれを見て笑っていた。ついにそれが成功した、と笑っていた。
インフィニティさえこちらの戦力に加えてしまえば、あとは敵など居ない。それは解りきっていたことだった。そんな、子供でも解る結論に、彼女は何度も頷いていた。
だからこそ、彼女は解らなかった。
崇人がインフィニティに乗り込んだのは、自らの意志ではないということに――。
十年ぶり――正確に言えば十年間コールドスリープ状態にあったのだから、十年もの間インフィニティに乗りっぱなしとも言える――に乗ったインフィニティのコックピットは、いつもと変わらなかった。
いつもと変わらない――十年間メンテナンス無しでそれを保つことが出来るのは不思議で仕方がないが――そのコックピットは、静かに崇人を迎え入れた。
「……フロネシス、聞こえるか」
彼はいつものように語りかけた。その相手は紛れも無くインフィニティに搭載された基本ソフト、フロネシスだった。
『お呼びですか、マスター』
直ぐに、十年前とまったく変わらない声がコックピットに響き渡った。ソフトウェアなのだから十年だろうが二十年だろうが、或いは百年だって声が変わらないのは当然のことだと言えるだろう。
フロネシスは続ける。
『……敵を何機か発見しました。如何なさいますか?』
「因みに、その詳細は?」
フロネシスが告げたのは――マーズたちのほうだった。
インフィニティの選択は、コルネリアだった。
「……解った。ならば其方に向かって全門斉射。そして直ぐにここから脱出するぞ」
返答は無かった。
刹那、インフィニティの砲塔凡てがマーズの居る方角を向いた。
「……ねえ、何でよ?」
ぽつり、彼女は呟いた。
しかしインフィニティは其方に砲塔を向けたままだ。
「私より……コルネリアを選ぶの? 私、あなたと一つになって……結ばれて……、子供も居るのよ?」
崇人は答えない。
「嫌だよ……。未だ、未だ死にたくない。あなたと一緒に、タカトと一緒に過ごしたいのよぉ……」
崇人は答えない。
そして――そのまま咆哮が撃ち放たれた。
彼女の絶叫とともに、城塞が崩壊していく――。
◇◇◇
『ご苦労様、これで今回の任務は一通り終了よ。あとはそのまま戻るだけ。気を引き締めてちょうだいね。遠足は帰るまでが遠足だ、と言うくらいにね』
崇人はトランシーバー(インフィニティの通信周波数は独特であり、コルネリアはそれを知り得ない。また、レーヴの機械では交信することが出来ないためである)から聞こえたコルネリアからの言葉を聞いて、その電源を切った。
操縦をフロネシスに任せ、崇人は透過コックピットフロントから外を眺めていた。
血のように真っ赤な建造物だった何かを眺めるのは大変苦痛であったが、今の心を癒すには充分過ぎた。
「あの選択は……正しかったのだろうか」
崇人はさっきのマーズの絶叫をフラッシュバックさせていた。
インフィニティ――フロネシスに従い、あの結論が得られた訳だが、果たしてその結論は正しいものだっただろうか?
いや、それを考えるのは野暮というものだ。フロネシスは常に正しい結果を導いていた。いつも彼を救っていた。
だから今回の結論もきっと正しいのだろう。彼は何時しか頭の中でそのように考えるようになった。一種の現実逃避と言えばそれまでだが。
「そうだよ、きっと正しいんだ……。僕は間違っていない。間違っていないんだよ」
自らに言い聞かせるようにして彼は言った。
そしてその選択について、彼は恐ろしく後悔することになる。だが、それは大分先のことになるだろう。
インフィニティがスメラギ二機と共にレーヴのアジトに到着したのは、それから二十分後のことだった。
先ず、インフィニティとスメラギとで一目見て解る違いはその『大きさ』だろう。スメラギはインフィニティの胸部走行あたりの大きさになる。
「……改めて見ると、インフィニティの大きさは圧巻だな。惚れ惚れするくらいだよ」
崇人の横に立ち、話すのはコルネリアだった。
「……やっぱりリリーファーは大きけりゃ大きいほうがいいのか?」
「そういうわけでも無い。小さいリリーファーは小回りが効くし隠れやすい。だが火力が低いものが殆どになってしまうから長期戦向けかもしれないな。大きいリリーファーはその逆だ。小回りが効きづらいかわりに火力がどでかい。一発で小型機を潰すことが出来るくらいに、ね。だから短期決戦には向いているかもしれない。だってその一撃で戦争が終わってしまうかもしれないのだから」
「インフィニティは大型機、それでいて火力最強。それってチートになるよなぁ……」
「チート?」
「……あぁ、いや、何でもない」
思わず崇人が昔居た世界での言葉を使ってしまう程だったが、直ぐに取り直す。
「崇人、君も疲れただろう。今日はゆっくり休むがいい。……また明日も大変なことになるだろうからな」
「……それっていったいどういうことだ?」
コルネリアが見せてくる新聞記事を、彼は熟読していく。見出しにはこう書かれていた。
――『ハリー=ティパモール共和国元首、十年前の「事件」首謀者と意外な関係?』
崇人はその見出しを読み終えてコルネリアから新聞記事を引ったくる。
さらにそこには、このように書かれていた。
――ハリー=ティパモール共和国元首、マーズ・リッペンバーは十年前の『事件』の首謀者と恋仲にあった、と自らが語っている。
――事態を重く見た共和国はマーズを元首から下ろし、国家転覆罪の容疑で逮捕した。また、十年前の『騎士団』メンバーは何れも関連を否定しているため、今回の逮捕には至らなかった。
「……どういう、ことだ?」
「どうやらあなたとマーズのやり取りがカメラか何かに収められていたようね。まぁ、こっちにとっては都合がいい。何せ国が混乱状態に陥っているからね……」
コルネリアは笑っていた。
その表情は今まで彼が見たことが無かった、恍惚とした表情だった。
それを見て崇人は少しだけ恐ろしくなった。それと同時に彼は未だ気付いていなかった。彼とインフィニティが、十年後のこの時代に持つ影響力を――。
◇◇◇
マーズは虚ろな目をしてベッドに腰掛けていた。
今彼女が居る部屋はかつて使用していた豪華なそれでは無い。囚人用に用意された質素な独房である。
どうして彼女はこんなことになってしまったのか、それは彼女自身が良く理解していることだろう。
十年前の『破壊の春風』、その首謀者との関係を問われたためだ。迂闊だった。まさかあのタイミングでカメラに録画されているとは思いもしなかったのだ。
それも仕方無いといえばその一言で片付くのかもしれない。
「……まぁ、こうなることを一番解っていたのは自分だったはずなのにね」
因みに彼女が国家転覆罪で逮捕されるとき、その罪名に笑ってしまっていた。逮捕に訪れた兵士は首を傾げていたが、確かにそれは彼女にしか解らない笑いのツボなのかもしれない。
国家転覆など彼女は考えたことも無かったからだ。いや、強いて言うならばハリー=ティパモール共和国が建国した時点で彼女は国家転覆罪の対象だったのかもしれない。
「私はここまで頑張ってきたのに……! どうして……! 彼は何も、していないというのに!!」
「だったら、証明すればいいじゃない」
独房は読んで字の如く一人部屋だ。だから部屋の中からマーズ以外の声が聞こえることは、はっきり言って有り得ない。
にもかかわらず、声が聞こえた。――その声の主は、本当に人間なのだろうか?
「……人間じゃないと思うのも当然かもしれないわね。だって私はたった今誕生したんだもの」
「たった……今?」
その割には声は大人びている。本当に今生まれたばかりなのだろうか。
「だから言ったじゃない」
少女(と思われる声)は続ける。
「私は……いいえ、私たちは人間とは似て非なる概念。人間の闇から生まれ、それを糧とする……」
「あなたの……名前は?」
マーズはその声を信じていた。きっと藁をも縋る思いだったのかもしれない。これが最後のチャンスだと思ったのかもしれない。
だから彼女は願った。この状況から――どうにかして逆転する術を。
それを理解したかどうかは定かではないが、少女は含み笑いをして、言った。
「私の名前は『チャプター』のひとり、ルノーよ。よろしくね、マーズ」
インフィニティさえこちらの戦力に加えてしまえば、あとは敵など居ない。それは解りきっていたことだった。そんな、子供でも解る結論に、彼女は何度も頷いていた。
だからこそ、彼女は解らなかった。
崇人がインフィニティに乗り込んだのは、自らの意志ではないということに――。
十年ぶり――正確に言えば十年間コールドスリープ状態にあったのだから、十年もの間インフィニティに乗りっぱなしとも言える――に乗ったインフィニティのコックピットは、いつもと変わらなかった。
いつもと変わらない――十年間メンテナンス無しでそれを保つことが出来るのは不思議で仕方がないが――そのコックピットは、静かに崇人を迎え入れた。
「……フロネシス、聞こえるか」
彼はいつものように語りかけた。その相手は紛れも無くインフィニティに搭載された基本ソフト、フロネシスだった。
『お呼びですか、マスター』
直ぐに、十年前とまったく変わらない声がコックピットに響き渡った。ソフトウェアなのだから十年だろうが二十年だろうが、或いは百年だって声が変わらないのは当然のことだと言えるだろう。
フロネシスは続ける。
『……敵を何機か発見しました。如何なさいますか?』
「因みに、その詳細は?」
フロネシスが告げたのは――マーズたちのほうだった。
インフィニティの選択は、コルネリアだった。
「……解った。ならば其方に向かって全門斉射。そして直ぐにここから脱出するぞ」
返答は無かった。
刹那、インフィニティの砲塔凡てがマーズの居る方角を向いた。
「……ねえ、何でよ?」
ぽつり、彼女は呟いた。
しかしインフィニティは其方に砲塔を向けたままだ。
「私より……コルネリアを選ぶの? 私、あなたと一つになって……結ばれて……、子供も居るのよ?」
崇人は答えない。
「嫌だよ……。未だ、未だ死にたくない。あなたと一緒に、タカトと一緒に過ごしたいのよぉ……」
崇人は答えない。
そして――そのまま咆哮が撃ち放たれた。
彼女の絶叫とともに、城塞が崩壊していく――。
◇◇◇
『ご苦労様、これで今回の任務は一通り終了よ。あとはそのまま戻るだけ。気を引き締めてちょうだいね。遠足は帰るまでが遠足だ、と言うくらいにね』
崇人はトランシーバー(インフィニティの通信周波数は独特であり、コルネリアはそれを知り得ない。また、レーヴの機械では交信することが出来ないためである)から聞こえたコルネリアからの言葉を聞いて、その電源を切った。
操縦をフロネシスに任せ、崇人は透過コックピットフロントから外を眺めていた。
血のように真っ赤な建造物だった何かを眺めるのは大変苦痛であったが、今の心を癒すには充分過ぎた。
「あの選択は……正しかったのだろうか」
崇人はさっきのマーズの絶叫をフラッシュバックさせていた。
インフィニティ――フロネシスに従い、あの結論が得られた訳だが、果たしてその結論は正しいものだっただろうか?
いや、それを考えるのは野暮というものだ。フロネシスは常に正しい結果を導いていた。いつも彼を救っていた。
だから今回の結論もきっと正しいのだろう。彼は何時しか頭の中でそのように考えるようになった。一種の現実逃避と言えばそれまでだが。
「そうだよ、きっと正しいんだ……。僕は間違っていない。間違っていないんだよ」
自らに言い聞かせるようにして彼は言った。
そしてその選択について、彼は恐ろしく後悔することになる。だが、それは大分先のことになるだろう。
インフィニティがスメラギ二機と共にレーヴのアジトに到着したのは、それから二十分後のことだった。
先ず、インフィニティとスメラギとで一目見て解る違いはその『大きさ』だろう。スメラギはインフィニティの胸部走行あたりの大きさになる。
「……改めて見ると、インフィニティの大きさは圧巻だな。惚れ惚れするくらいだよ」
崇人の横に立ち、話すのはコルネリアだった。
「……やっぱりリリーファーは大きけりゃ大きいほうがいいのか?」
「そういうわけでも無い。小さいリリーファーは小回りが効くし隠れやすい。だが火力が低いものが殆どになってしまうから長期戦向けかもしれないな。大きいリリーファーはその逆だ。小回りが効きづらいかわりに火力がどでかい。一発で小型機を潰すことが出来るくらいに、ね。だから短期決戦には向いているかもしれない。だってその一撃で戦争が終わってしまうかもしれないのだから」
「インフィニティは大型機、それでいて火力最強。それってチートになるよなぁ……」
「チート?」
「……あぁ、いや、何でもない」
思わず崇人が昔居た世界での言葉を使ってしまう程だったが、直ぐに取り直す。
「崇人、君も疲れただろう。今日はゆっくり休むがいい。……また明日も大変なことになるだろうからな」
「……それっていったいどういうことだ?」
コルネリアが見せてくる新聞記事を、彼は熟読していく。見出しにはこう書かれていた。
――『ハリー=ティパモール共和国元首、十年前の「事件」首謀者と意外な関係?』
崇人はその見出しを読み終えてコルネリアから新聞記事を引ったくる。
さらにそこには、このように書かれていた。
――ハリー=ティパモール共和国元首、マーズ・リッペンバーは十年前の『事件』の首謀者と恋仲にあった、と自らが語っている。
――事態を重く見た共和国はマーズを元首から下ろし、国家転覆罪の容疑で逮捕した。また、十年前の『騎士団』メンバーは何れも関連を否定しているため、今回の逮捕には至らなかった。
「……どういう、ことだ?」
「どうやらあなたとマーズのやり取りがカメラか何かに収められていたようね。まぁ、こっちにとっては都合がいい。何せ国が混乱状態に陥っているからね……」
コルネリアは笑っていた。
その表情は今まで彼が見たことが無かった、恍惚とした表情だった。
それを見て崇人は少しだけ恐ろしくなった。それと同時に彼は未だ気付いていなかった。彼とインフィニティが、十年後のこの時代に持つ影響力を――。
◇◇◇
マーズは虚ろな目をしてベッドに腰掛けていた。
今彼女が居る部屋はかつて使用していた豪華なそれでは無い。囚人用に用意された質素な独房である。
どうして彼女はこんなことになってしまったのか、それは彼女自身が良く理解していることだろう。
十年前の『破壊の春風』、その首謀者との関係を問われたためだ。迂闊だった。まさかあのタイミングでカメラに録画されているとは思いもしなかったのだ。
それも仕方無いといえばその一言で片付くのかもしれない。
「……まぁ、こうなることを一番解っていたのは自分だったはずなのにね」
因みに彼女が国家転覆罪で逮捕されるとき、その罪名に笑ってしまっていた。逮捕に訪れた兵士は首を傾げていたが、確かにそれは彼女にしか解らない笑いのツボなのかもしれない。
国家転覆など彼女は考えたことも無かったからだ。いや、強いて言うならばハリー=ティパモール共和国が建国した時点で彼女は国家転覆罪の対象だったのかもしれない。
「私はここまで頑張ってきたのに……! どうして……! 彼は何も、していないというのに!!」
「だったら、証明すればいいじゃない」
独房は読んで字の如く一人部屋だ。だから部屋の中からマーズ以外の声が聞こえることは、はっきり言って有り得ない。
にもかかわらず、声が聞こえた。――その声の主は、本当に人間なのだろうか?
「……人間じゃないと思うのも当然かもしれないわね。だって私はたった今誕生したんだもの」
「たった……今?」
その割には声は大人びている。本当に今生まれたばかりなのだろうか。
「だから言ったじゃない」
少女(と思われる声)は続ける。
「私は……いいえ、私たちは人間とは似て非なる概念。人間の闇から生まれ、それを糧とする……」
「あなたの……名前は?」
マーズはその声を信じていた。きっと藁をも縋る思いだったのかもしれない。これが最後のチャンスだと思ったのかもしれない。
だから彼女は願った。この状況から――どうにかして逆転する術を。
それを理解したかどうかは定かではないが、少女は含み笑いをして、言った。
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