絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百九十四話 夢の続き
「観測体監視下に入りました」
「了解。引き続き監視を続行せよ」
「了解」
コントロールルームには大量のパソコンと一つの巨大モニターが設置されていた。モニター内の画面は幾つかに細分化され、それぞれ映像を映し出している。
しかしそれらの画面は凡て――タカト・オーノをそれぞれ別のアングルから映し出していた。
コントロールルーム中枢にはマーズの姿があった。
「様子はどう?」
階下に居るオペレーターに訊ねるマーズ。
茶髪の若いオペレーターは画面の様子、さらに画面に映し出されている様々な解析データを見て言った。
「様子は良好です。目を覚まして以来、外への興味も湧いているのか、外を眺めることのできる唯一の手段である鉄格子を掴んでいる姿も目視することが出来ます」
オペレーターは言った。
こう冷淡に業務を果たしているが、この中の大半の人間が十年前の災害により、家族や大切な人……その他諸々を失った。マーズとしてはすぐにタカトを助けたい気持ちでいっぱいなのだが、そうはいかない。そうしてしまうと国のシステムが破壊されかねない。だから今は監視するに留まっている。
それにリリーファー――インフィニティが生み出す無尽蔵のエネルギーは彼女たちにとってまったく見向きもしない産物というわけでもなかった。十年前の災害により自然環境は大きく変化した。そのため電気を生み出す手段とかも大きく変わってしまったということだ。それにより、電気を安定して供給することが出来なくなってしまった。
しかしインフィニティにあるエンジンは自らエネルギーを供給することのできるシステムを備えている。即ち、それさえあればこの国の電力システムに関する不安が一瞬にして消滅するということだ。
「インフィニティのエネルギーさえ使えれば大分楽になりそうですね」
マーズに語り掛けてコーヒーカップを差し出したのは、若い男だった。茶髪のショートカット、そしてきりりとした目。それでいてその目つきは鋭い。性格もきちんとしており、だからこそ彼女も彼に関して安心して任せることが出来るのである。
フィアット・レンボルーク。
ハリー=ティパモール共和国の総務大臣を務める。総務大臣といえば、放送或いは電波に関する許可を出したり、行政及び地方自治に関する業務を行ったりする。即ち、ハリー=ティパモール共和国の要と言っても過言ではない。
そもそも、ハリー=ティパモール共和国の建国について、紆余曲折が無かったと言えば嘘になる。ティパモールはもともとハリー騎士団が所属していたヴァリエイブル連合王国が完膚なきまでに破壊した地区であり、ティパモールに住む人間は、ヴァリエイブルに少なからず恨みを持っていたことは確かだ。
結果として建国が成立したのは、つい最近になる。ハリー=ティパモール共和国の元首にはハリー騎士団の副リーダーだったマーズ・リッペンバーが、トップ2ともいえる総務大臣にティパモール地区のリーダーを務めていたフィアット・レンボルークが配属されることとなった。
「ありがとう、フィアット総務大臣。……それはそうね、インフィニティのエネルギーはほぼ無尽蔵に生み出すことが出来る。それを利用すれば一番苦労が減るのは、総務大臣であるあなただからね」
「それはそうですけれどね。……でも最終的に苦労が減るのは元首であるあなたではありませんか?」
まさかの返しに驚いたマーズは微笑む。
「……さてと、私はそろそろ部屋に戻ろうかしら。何かあったら連絡をちょうだい」
「解りました」
フィアットは低く頭を下げて、マーズを見送った。
フィアットはマーズを見送ったのを見計らって、頭を上げた。
彼はこの職に就任して、必ずしも満足しているわけではない。総務大臣という職が容易に務まるものかと言われれば嘘になる。そうであることはあり得ない。だが、彼はそれでもこの職にいることがうれしいと思える一端があった。
それが元首であるマーズ・リッペンバーの存在だ。マーズはずっとこのハリー=ティパモール共和国の元首を務めてきている。彼女の政治的手腕は、少なくともフィアットが見てきた中では一番と言えるだろう。それは彼女の出がリリーファー起動従士訓練学校だから、過剰評価をしているのかもしれない。
そういわれたとしても、彼は否定することは出来なかった。
ただ、明確に、これだけは言える。
マーズ・リッペンバーはこの場所をどうにかいい場所へとするために、一番尽力している人間である――と。
「だが、彼女には近づけない」
理由は単純明快。マーズには思い人が居るということ。それも、噂によれば――十年前の災害を引き起こした『インフィニティ』の起動従士であるということらしいのである。
もしそうだとしたらそれは問題だが――まだ問題を引き起こしていないのだから、問題という必要も無い気がするが、それは致し方ない――しかし彼はまだ考えていた。
もしこの状況でインフィニティの起動従士を救うことなどしてしまえば、まずハリー=ティパモール共和国での彼女の信頼は失墜すると言っても過言ではない。そしてその後訪れるのは――元首の座を退くという圧倒的絶望である。
彼は別にそれを望んでいるわけではない。しかし彼女はそれを望んでいるだろうか? 少なくとも今の安寧の地位を捨て去ってでも、十年前の災害を引き起こしたといわれる張本人を救おうとするのだろうか?
彼にはそうとは思えなかった。だからまだ安心していた。慢心していたのだ。
今更それを考える時間など、彼には無かったのかもしれない。
だが、時間が無いこともまた事実だ。もしマーズがその起動従士に、いまだ恋心を抱いているとして、それがこの国の自治への関心と責任感よりも上回ったならば――。
「いや、そんなことは無いだろう」
フィアットは呟いて、下に居るオペレーターへ告げる。
「これから僕は食事をとる。一応携帯は持ち歩いているから……何かあったらそちらに連絡をしてくれ」
「畏まりました」
その返答を確認して、フィアットはコントロールルームを後にした。
マーズは自分の部屋で食事をとっていた。別にダイモスとハルのことが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。普通に三人水いらず食事をしたいくらいなのだが、彼女の職がそれを許さない。彼女の立ち位置――ハリー=ティパモール共和国の元首という地位が。
彼女はハリー=ティパモール共和国という一つの国のリーダーである。リーダーたる存在、いつ何があってもいいようにしなくてはならない。
「ほんとうは彼女たちと一緒に食事がしたいのだけれど……ひょんなことでタカトのことを口にしてしまったら、何が起きるか解らないしね」
そう。
彼女が危惧しているもう一つの可能性がそれだ。
ダイモス・リッペンバーとハル・リッペンバー――苗字から解るように二人はマーズの子供だ。それでいて、その父親はほかでもないタカト・オーノだった。
タカトのことは、少なくとも今の状態で彼らに知らせてはならなかった。もし知らせてしまったら……彼らは何を思うだろうか? それを彼女は解らなかった。
いくらリリーファーに乗り込んでいたとはいえ、この時代を強く生き抜いているとはいえ、彼らはまだ十歳だ。その事実を突きつけるには、まだ早すぎる。
「どうすればいいのか……このとき、タカトでもいれば助言してくれるのかしら」
マーズは考える。
だが、考えても何も具体的な案が浮かぶことは無かった。
「とりあえず、食事にしましょう」
そう言って彼女は目の前の皿を見て、手を合わせる。
「了解。引き続き監視を続行せよ」
「了解」
コントロールルームには大量のパソコンと一つの巨大モニターが設置されていた。モニター内の画面は幾つかに細分化され、それぞれ映像を映し出している。
しかしそれらの画面は凡て――タカト・オーノをそれぞれ別のアングルから映し出していた。
コントロールルーム中枢にはマーズの姿があった。
「様子はどう?」
階下に居るオペレーターに訊ねるマーズ。
茶髪の若いオペレーターは画面の様子、さらに画面に映し出されている様々な解析データを見て言った。
「様子は良好です。目を覚まして以来、外への興味も湧いているのか、外を眺めることのできる唯一の手段である鉄格子を掴んでいる姿も目視することが出来ます」
オペレーターは言った。
こう冷淡に業務を果たしているが、この中の大半の人間が十年前の災害により、家族や大切な人……その他諸々を失った。マーズとしてはすぐにタカトを助けたい気持ちでいっぱいなのだが、そうはいかない。そうしてしまうと国のシステムが破壊されかねない。だから今は監視するに留まっている。
それにリリーファー――インフィニティが生み出す無尽蔵のエネルギーは彼女たちにとってまったく見向きもしない産物というわけでもなかった。十年前の災害により自然環境は大きく変化した。そのため電気を生み出す手段とかも大きく変わってしまったということだ。それにより、電気を安定して供給することが出来なくなってしまった。
しかしインフィニティにあるエンジンは自らエネルギーを供給することのできるシステムを備えている。即ち、それさえあればこの国の電力システムに関する不安が一瞬にして消滅するということだ。
「インフィニティのエネルギーさえ使えれば大分楽になりそうですね」
マーズに語り掛けてコーヒーカップを差し出したのは、若い男だった。茶髪のショートカット、そしてきりりとした目。それでいてその目つきは鋭い。性格もきちんとしており、だからこそ彼女も彼に関して安心して任せることが出来るのである。
フィアット・レンボルーク。
ハリー=ティパモール共和国の総務大臣を務める。総務大臣といえば、放送或いは電波に関する許可を出したり、行政及び地方自治に関する業務を行ったりする。即ち、ハリー=ティパモール共和国の要と言っても過言ではない。
そもそも、ハリー=ティパモール共和国の建国について、紆余曲折が無かったと言えば嘘になる。ティパモールはもともとハリー騎士団が所属していたヴァリエイブル連合王国が完膚なきまでに破壊した地区であり、ティパモールに住む人間は、ヴァリエイブルに少なからず恨みを持っていたことは確かだ。
結果として建国が成立したのは、つい最近になる。ハリー=ティパモール共和国の元首にはハリー騎士団の副リーダーだったマーズ・リッペンバーが、トップ2ともいえる総務大臣にティパモール地区のリーダーを務めていたフィアット・レンボルークが配属されることとなった。
「ありがとう、フィアット総務大臣。……それはそうね、インフィニティのエネルギーはほぼ無尽蔵に生み出すことが出来る。それを利用すれば一番苦労が減るのは、総務大臣であるあなただからね」
「それはそうですけれどね。……でも最終的に苦労が減るのは元首であるあなたではありませんか?」
まさかの返しに驚いたマーズは微笑む。
「……さてと、私はそろそろ部屋に戻ろうかしら。何かあったら連絡をちょうだい」
「解りました」
フィアットは低く頭を下げて、マーズを見送った。
フィアットはマーズを見送ったのを見計らって、頭を上げた。
彼はこの職に就任して、必ずしも満足しているわけではない。総務大臣という職が容易に務まるものかと言われれば嘘になる。そうであることはあり得ない。だが、彼はそれでもこの職にいることがうれしいと思える一端があった。
それが元首であるマーズ・リッペンバーの存在だ。マーズはずっとこのハリー=ティパモール共和国の元首を務めてきている。彼女の政治的手腕は、少なくともフィアットが見てきた中では一番と言えるだろう。それは彼女の出がリリーファー起動従士訓練学校だから、過剰評価をしているのかもしれない。
そういわれたとしても、彼は否定することは出来なかった。
ただ、明確に、これだけは言える。
マーズ・リッペンバーはこの場所をどうにかいい場所へとするために、一番尽力している人間である――と。
「だが、彼女には近づけない」
理由は単純明快。マーズには思い人が居るということ。それも、噂によれば――十年前の災害を引き起こした『インフィニティ』の起動従士であるということらしいのである。
もしそうだとしたらそれは問題だが――まだ問題を引き起こしていないのだから、問題という必要も無い気がするが、それは致し方ない――しかし彼はまだ考えていた。
もしこの状況でインフィニティの起動従士を救うことなどしてしまえば、まずハリー=ティパモール共和国での彼女の信頼は失墜すると言っても過言ではない。そしてその後訪れるのは――元首の座を退くという圧倒的絶望である。
彼は別にそれを望んでいるわけではない。しかし彼女はそれを望んでいるだろうか? 少なくとも今の安寧の地位を捨て去ってでも、十年前の災害を引き起こしたといわれる張本人を救おうとするのだろうか?
彼にはそうとは思えなかった。だからまだ安心していた。慢心していたのだ。
今更それを考える時間など、彼には無かったのかもしれない。
だが、時間が無いこともまた事実だ。もしマーズがその起動従士に、いまだ恋心を抱いているとして、それがこの国の自治への関心と責任感よりも上回ったならば――。
「いや、そんなことは無いだろう」
フィアットは呟いて、下に居るオペレーターへ告げる。
「これから僕は食事をとる。一応携帯は持ち歩いているから……何かあったらそちらに連絡をしてくれ」
「畏まりました」
その返答を確認して、フィアットはコントロールルームを後にした。
マーズは自分の部屋で食事をとっていた。別にダイモスとハルのことが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。普通に三人水いらず食事をしたいくらいなのだが、彼女の職がそれを許さない。彼女の立ち位置――ハリー=ティパモール共和国の元首という地位が。
彼女はハリー=ティパモール共和国という一つの国のリーダーである。リーダーたる存在、いつ何があってもいいようにしなくてはならない。
「ほんとうは彼女たちと一緒に食事がしたいのだけれど……ひょんなことでタカトのことを口にしてしまったら、何が起きるか解らないしね」
そう。
彼女が危惧しているもう一つの可能性がそれだ。
ダイモス・リッペンバーとハル・リッペンバー――苗字から解るように二人はマーズの子供だ。それでいて、その父親はほかでもないタカト・オーノだった。
タカトのことは、少なくとも今の状態で彼らに知らせてはならなかった。もし知らせてしまったら……彼らは何を思うだろうか? それを彼女は解らなかった。
いくらリリーファーに乗り込んでいたとはいえ、この時代を強く生き抜いているとはいえ、彼らはまだ十歳だ。その事実を突きつけるには、まだ早すぎる。
「どうすればいいのか……このとき、タカトでもいれば助言してくれるのかしら」
マーズは考える。
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