絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百九十三話 国家(後編)
それも凡て、『彼』を救うため。彼の笑顔を見るために、彼女は決して希望を捨てたりなどしない。
だからこそ彼女はこの十年間頑張ってこれたに違いない。彼女は彼女なりに十年間頑張ってきたのだった。
「タカト……」
彼女はその名前を呟く。
タカト・オーノ。
彼女が愛した少年で、今は消息不明と『言われている』。
タカトは生きている。それを確信へと変化させたのは、コロシアム跡地――十年前の災厄があった現場でのことだった。
かつてインフィニティと呼ばれていたリリーファーは、行動を停止していた。そして、その内部から生命反応を確認したのだ。
タカト・オーノは生きている。
その事実は彼女に一つの規模を与えることとなった。
しかし、それと同時に彼女は決断に迫られなくてはならなかった。
結果的に十年前の災厄を起こしたのはインフィニティ――即ちそれに乗り込んでいるタカト・オーノだ。そしてマーズたちの組織には十年前の災厄により、家族や大切な人を失った人間が数多く居る。
彼らにとって、タカト・オーノはその怨みの原因であるといえる。
むやみやたらに彼らと接触させたが最後、タカトは死んでしまうかもしれない。それはどうにか回避したかった。
ならば、どうすればいいのか。
「私はタカトに会いたい。タカトを助けたい。……けれどそれは許されないのよね……。このまま、幾ら何でも彼らに十年前を無かったことにしてくれ、なんて言えないし」
彼女の心は狭間で揺れ動いていた。
タカトの扱いをどうするかで、彼女だけでなく、この国全体をも揺るがす事態になりかねないのだ。
彼女たちの国、ハリー=ティパモール共和国は十年前、ハリー騎士団と彼らに賛同する有志によって建国された新しい国家である。その国家はマーズ・リッペンバーを元首としており、実質の王制となっている。
彼女がそうしたのでは無い。有志の方々がそのようにしていいと告げたのだ。
もしタカトを救い、彼をそのままにしておこうとするものなら、彼だけではなく、マーズたちも処罰される可能性があった。
「考えなさい、マーズ・リッペンバー。何かいいアイデアを、あなたは持っているはずよ……!」
一人で彼女は考える。それはほかの人間に責任が分散させないようにした、彼女なりの優しさだった。ほかの人間にこれについて意見を訊ねれば、その人間も責任を問われかねない。ほかの人間――況してや、長年味方としてきた人間ばかりである――を傷つけることは、彼女には出来なかった。
最終的に彼女は、一つの結論を導いた。『タカト・オーノ救出作戦』その第一段階を――。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
崇人は水の中にゆっくりと佇んでいた。
少し気を緩めてしまえば、何もかも溶けて無くなってしまうような……そんな感じになっていた。
だが、そんな状況であっても、彼は慌てることなどなかった。というより、何も考えたくなかった――というのが正しいかもしれない。
何もかも捨ててしまおう。考えることをやめてしまおう。
そこはかとなく彼はそのまま浮かんでいた。
「――あなたはそれでいいの」
声が聞こえた。
彼の目の前に、光の塊が出来た。
「君は……いったい?
「ここで諦めても、あなたは後悔しないの?」
「どういうことだよ……。僕はそんなことよりもただここに居たいんだ。気持ちいいし、嬉しいんだ」
「それはあなた自身が造り上げた『嘘』。あなたが生きていて一番気持ちいいと思えた感情を、そのまま世界にして造り上げただけのこと。この世界に囚われてしまっては、あなたはあなたで居なくなる。それでも構わないの?」
……自分が自分で居なくなる、ってどういうことだろうか?
彼にはそれが理解出来なかった。理解しようと思っていても、それをしたくなかった。
「……急ぎなさい。この世界はゆっくりと終焉に向かっています。だけれどそれはあなたたち人間のせいではありません。もう一度『あの世界』を再現しようとした彼らが悪いのです」
「彼ら? 再現?」
そこまで来て、漸く崇人の頭はまともに考えることが出来るようになった。
というよりも、そうしないとやってられない……ということが案外近いかもしれない。
「彼らは観測者でした。神に命じられ、一度は滅んでしまった宇宙をもう一度はじめからやり直すために、その役目が与えられたのです。そして神はそのまま安寧の時を過ぎていくものだろう……そう思っていました」
「……いました?」
「彼らはある時、見つけてしまったのですよ。……かつてあった宇宙が、どのような歴史を辿ってきたのかを。その歴史を今ここで長々と話していてもどうせ無駄になりましょうから言わないでおきますが……、要するに酷い歴史だったのです。かつての民がどのように生き、そして滅んでいったのか。それが事細かに書かれていたのですから」
光の声は続く。
「それを見て神は焦りました。このままでは大変なことになってしまう、と。だから神は、あるシステムを組み換えることにしました」
「……それは?」
「アリス・システム。『シリーズ』の名前は聞いたことがあるでしょう? シリーズを一元に管理するために開発されたマザーシステム……それが『アリス』。これは神が初めに世界に備え付けておいた、ただのプログラムに過ぎませんでした。……あの時までは」
空間にノイズが走り出した。
それを見てかどうかは知らないが、光も徐々に消えていく。
「……あとはあなたが自分で真実を求めるしかありませんね。私はただ、その橋渡しをしただけに過ぎません。だけれど忘れないで。あなたにとっての希望は何なのか、あなたの本来の目的は何なのか……ということについて」
「ま、待ってくれ! もっと話を――!」
そして。
大量のノイズとともに、唐突に空間が崩壊した。
崇人が目を醒ましたのは、その直後だった。そして直ぐに感じたのは座っている場所の冷たさ。――どうやら彼は床の上に毛布一枚で眠らされていたらしい。
ただそれだけだというのに、寒気など感じなかった。
「ここは……?」
崇人は辺りを見渡す。
そこは独房のようだった。黒い壁に三方を囲まれ、残りの一方は鉄格子のようになっている。
窓も鉄格子になってしまっているし、頭上を見上げればカメラも回っているらしい。少なくともこの状況ならば脱出は不可能だろう。
「お目覚めのようね、タカト・オーノ」
鉄格子の向かいに、誰かが立っていた。
ハンチング帽が良く似合う少女だった。
「あ、あの……。ここはいったいどこなんですか? それに君は……?」
「姉さんのこと――忘れたなんて言わせないわ」
その言葉を聞いて、崇人は思い出す。
それは彼の中に今でも染み付いている、ある少女の記憶だった。
目の前の女性は言った。
「確かにあなたは世界的に有名なリリーファーの……その起動従士だったかもしれない。でも、あなたが目の前にいながら姉さんは死んだ! あなたが敵にみすみす捕まってしまったから母さんも父さんも死んでしまった……! あなたのせいで……私はひとりぼっちになったのよ……」
彼女は鉄格子を思い切り殴り付ける。
しかしながら女性の力で鉄格子を破壊するなど荒唐無稽な話である。そんな簡単に壊れるわけがない。
「あなたが、あなたさえ生きていなければ――!」
「やめろ、シンシア!」
その声を聞いた彼女――シンシアは思考を停止した。そして直ぐにその声の主が誰であるか理解し、踵を返し敬礼する。
そこに立っていたのは、マーズだった。
「ま、マーズ……。お前なのか?」
崇人の言葉にマーズは反応しない。
崇人の言葉は矢継ぎ早のように続く。
「僕はあれからいったいどうなったんだ? インフィニティに乗り込んだところまではギリギリ何とか覚えているんだが……」
しかしマーズは彼の話を最後まで聞くこともなく、踵を返した。
「お、おい! マーズ、どういうことだよ! 何か一言くらい言ってくれてもいいんじゃないのか!?」
しかし、それでもマーズは反応しない。
それに付いていくシンシアは崇人に冷たい視線を一瞬だけ送り、そして去っていった。
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