絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百九十二話 国家(中編)
リーダーの部屋に向かう途中、ダイモスはある少年のことを思い出した。
「……そういえばハル、覚えているか? あの建造物で居た少年のこと」
「少年……、ああ、確か裸一貫だった少年だっけ?」
「そうだ。あの少年、どこに行ってしまったんだろうな?」
彼が気になっていた疑問とはそれだった。
少年は裸で遺跡となっていた建造物の一つに居た。ただそこにいただけだった。眠っていた痕跡も、暮らしていた痕跡も無い。だからこそ疑問だった。どうしてそこに暮していたのか? どうしてそこに居たのか? ということについて、気になっていたのだ。
ハルはダイモスの問いに首を傾げる。必死に考えているのだろう。答えを直ぐに導くことなどそう容易ではない。
「それは確かに私だって気になったけれど……、でもその子消えちゃったじゃない。私たちがビーストを倒して直ぐその姿を確認しに行ったら周囲にもその姿は見られなかった。……それはあなたが一番良く知っているはずでしょう?」
「そうなんだ。そりゃ、そうなんだけれどさ……」
ダイモスは未だ納得出来ていない様子だった。目の前から、ということでは無いものの、助けなくてはならないと思った者が姿を消していたことについて、若干ながら疑問点が残るばかりだったのだ。
例えば、何故少年は何も着ていなかったのか? ということについて考えてみれば、それは疑問点ばかりしか浮かんで来ないのは容易なことだ。他にも、それと関連して、少年はどこからやって来たのか、そしてどこに消えてしまったのか……その二つについても疑問が残る。
「疑問は確かに多くあるけれど……現時点でそれを解決する術は無いわ。一番いいのは本人に直接聞くってのがあるけれど、そもそもその本人が居ないから問題にしているのだしね」
「それは解っている。解っているさ……」
ダイモスとハルが歩きながら会話をしている間に、彼らはある一つの部屋へと辿り着いた。
彼らはそれぞれ小さく溜息を吐いて、ノックした。この部屋をノックする時は、必ず三回となっている。多くても少なくても問題になる……というわけではないが、とにかくそれがここでのローカルルールであった。
「ダイモス・リッペンバー、ハル・リッペンバー、入ります」
代表してダイモスが告げる。
そして扉を開けて、彼らは中に入った。
中は執務室のようになっていた。左右には本棚があり、様々な本が並べられている。本の種類も新旧まんべんなく揃っている。
奥には机が一つ置かれていた。その机に腰掛けていた女性はダイモスたちが入ってきたのを見て、小さく微笑んだ。
「おかえりなさい、ダイモス、ハル」
優しい声だった。暖かくなるような声だった。
それを聞いて彼らは小さく頭を下げた。その後、女性もゆっくりと頭を下げる。
「母さん、ただいま。……だけれどそれは大袈裟だよ。別に、そんな遠くまで旅をしたわけでもないからね」
「いやいや、それは謙遜だよ。実際二人は色んなところに行っているからね。クフーレ砂漠とここは、いわゆる目と鼻の先と言われる場所に相当するのだから、心配する必要は無いのだけれど、それでも……ね」
それを聞いてダイモスは小さく溜息を吐いた。
「母さんが心配するのも解る。……でもクフーレ砂漠には何も無かった。ただの遺跡と言ってもいいくらいに……」
「クフーレ砂漠の遺跡は元々旧時代のものだと言われている、相当古い建物だからね。フロアは相当数存在していたらしいけれど、それは残っていない。ほぼ吹き抜けになっている。それ自体は相当凄いものだったらしいよ、実際には殆ど残っていないし、意味すら理解出来ないと学者は述べている」
「ただの建築物を、あれだけの量、しかも意味など無く造った……と?」
女性は首肯する。その言葉はダイモスたちにとって信じられなかったが、しかしそう考えれば合点がいく。
女性の話は続く。
「今はあの建築物も価値が無いものだと見られていた。だが、かつてはまともにあの建築物の価値を考えていた。見極めようとしていた、と言ってもいいのかな。とにかくあそこには何かある……そう思った科学者が殆どだったくらいだ」
「でも、そうだとしたらあそこは今頃それなりに人気になっているはず……。何か理由でもあるから、あんなことになってしまったんじゃ……」
「そう。問題はそこだよ。あの建築物はそれ程までの規模を誇っていた。にもかかわらず、あっさりと人が居なくなってしまった。その原因は、今となってはまったくの謎となってしまったがね」
女性はそこまで言うと、机にあるガラス瓶を取り出した。ガラス瓶には白濁色の錠剤が充填されていた。
それを見てダイモスは察する。
「もう、今日の『時間』ですか」
「……まぁ、仕方無いことなのよ。自分では乗りきったつもりでも、精神の奥底では未だそれが生き続けている。そしてそれは、恐らく一生向き合っていかねばならないもの……」
彼女はそう小さく呟いた。
彼女は心的外傷を患っていた。彼女はそれを『治った』などと思い込んでいる。
心的外傷はそう簡単にその傷が癒えることは無い。大抵は時間をかけてゆっくりと治療していくものだからだ。
にもかかわらず彼女は、彼女が背負っている使命たるものが重石となっていたのだ。
それが重石になっていたことは彼女自身も理解していたことであるし、他の人間も理解していた。そしてその問題は彼女が死ぬまで一生向き合わなくてはならないということも理解していた。そうせざるを得なかったのだ。
「私はほんとに申し訳ない気持ちばかりなんだけどね……。でも、人が少ないし、私だけじゃなく、色んな人が同じように苦しみながらも、懸命に生きている。私だけが治療とかで休んじゃ悪いもの。どうせ死ぬなら、戦って死んだ方がいい」
「母さん。死ぬなら、とかそんなことは言わないでくれよ。そんなことが無いようにメリアさんや医療チームの人たちがそういった薬とかで、何とか症状を和らげようとしているんだから。病は気から……どこかの古い言葉でそんな言葉があるよ。まさにその通りなんじゃないかな、気を強く持たなきゃ、どんな病気にだって耐えられない」
「……ありがとう、ダイモス、ハル。私はあなたたちのような子供が居て……ほんとうに幸せ」
女性は涙を流しそうになったが、それを既のところで耐え、そう言った。
途切れ途切れの言葉だったが、涙を堪える現状にある彼女が言える、精一杯の感謝だった。
「それじゃ、失礼します」
そして二人は部屋を後にした。
誰も居なくなった部屋に女性――マーズ・リッペンバーの啜り泣く声がこだまする。
彼女が一人で子供を産んでから、もう十年の月日が経った。彼女はもう両親を亡くしてしまったから、今はもう肉親がいない彼女にとって、この歳まで二人の子を育てるというのは、とても大変な苦労だったろう。
『彼』を失ってから――彼女の心もまた、ダメージを受けた。
そのダメージはそれを受けた人間でなければ解らない程、計り知れないものだった。
とはいえ彼女はそれで諦めるわけにはいかなかった。寧ろ『諦めてたまるか』という思いが彼女の心を支配していた。
それでは不味い――そう思ったのは彼女の親友であり、現在はヘルスケアからリリーファーの仕事までをこなすワーカーホリック、メリア・ヴェンダーだった。メリアはこのままだとマーズの精神が復讐に支配されてしまう。復讐に支配されてしまっては、その後に何が起こるのか解ったものではない。復讐する相手を間違った場合、それは人間ではなく『兵器』になる。それは誰も望んでいない。望みたくないことだ。だからこそメリアは薬を調合した。それによってマーズが暴走することが無くなった。
だから彼女はこの薬を飲み続けている。彼女が他の周りの人間に悲しみを与えないように。
そしてこの薬は一度飲めばその効力も弱まっていく。即ち、徐々に効き目の強い薬にしていかねばならない。挙句、薬というのは効力が強くなればなるほどその副作用も強くなっていく。
今彼女は普通に立っているが、それも数分が限界。歩くには補助が必要な程、筋力が衰えていた。
だが、それと同時にリリーファーの操縦の腕も衰えていった……というわけではない。筋力が衰え、自分では歩くことすら覚束無いというのに、リリーファーの操縦の腕だけは衰えること無かった。寧ろ、十年前に比べ向上したともいえる。これはメリアも有り得ないことだと驚愕する程だった。
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