絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百九十話 ビースト
その頃、どこかの地下。
機械に囲まれた部屋で、二人の女性が会話をしていた。
「……どうやらクフーレ砂漠でビーストが姿を見せたようね。ダイモスとハルがブルースとリズムをそれぞれ要請したわ」
白衣を着た女性は眼鏡を上げて言った。
対して、ポニーテールにした女性は答える。
「ブルースとリズム……二人揃っての『実戦』は初めてね。出来ると思う?」
「私に聞かないでよ。あなたの子供なんだから、あなたが一番知っているんじゃなくて?」
「それはそうなんだけれどさぁ……」
溜息を吐いて、女性は言った。
女性はダイモスとハルの母親だった。そしてその女性は、その二人の父親を探していた。いや、正確には場所は知っている。彼が行方不明になった十年前から知っている。だが、ほんとうにそこに居るのかが未だ不明瞭なのだ。
「……ところでブルースとリズムの最終調整って終了しているのかしら?」
「まぁ……、一応ね……」
「一応……?」
疑問を残した彼女だったが、女性はそれ以上問い質すことはしなかった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃、ブルース内部。
『ビーストとの実戦は初めてだから緊張だね……』
ハルの言葉はコックピットにあるスピーカーを通して聞こえてくるようになっている。そしてそれは、リズムに乗っているハルも同じであった。
「確かにそうだ。だからと言って油断しちゃいけない。油断は禁物だ。それをした瞬間、命を投げ棄てたと同じ意味を持つと思った方がいい」
ハルは初陣に緊張を隠せないようだったが、ダイモスは緊張していないようだった。
正確には緊張していないというよりも、それをハルに見られまいと必死に隠しているだけなのだが。
ダイモスはブルースのリリーファーコントローラを握った。
そしてブルースとリズムはビースト目掛けて走り出した。
ブルースは攻撃担当だとすれば、リズムは防御担当だと言える。一見同じタイプのリリーファーにも見えるが、ブルースのカラーリングは赤、リズムのカラーリングはピンクとなっている。
二機のリリーファーの違いはそれだけでは無い。ブルースとリズムの装備にも違いがある。ブルースの装備は巨大な長剣ムラマサ、リズムの装備は大きな輪が幾重にもなっているハッピーリングである。
ハッピーリングはただの武器ではない。魔法を構成する重要なファクターである『円』であるともいえるそれは、リリーファーが魔法を使うことの出来る唯一の武器となっているのだ。
ブルースとリズム、それにビーストは対面する。ビーストはいわゆる『獣』のような存在であり、自らの本能のままに動く。だからこそ危険な存在であり、不穏な存在であるのだ。
「……先ずはこっちからだぁああっ!」
一歩を踏み出したのはブルース。未だ動くことの無く様子を窺っているように見えるビースト目掛けて攻撃をするチャンスだと考えたのだろう。
駆け出していくブルース。しかしそうであってもビーストが動く気配は無い。
(何故ビーストは動こうとしないの……? 今までのパターンならば動いて、避けて、猛攻を仕掛けてくるはず。だがこれは……まるで待ち構えているかのように……)
リズムに乗るハルは防御態勢をとりながらビーストの様子を眺めていた。
彼女が感じていたのはビーストに対する違和だ。今までのビーストは野性の勘で動いていると言われていた。だから攻撃も避け、向こうから攻撃を仕掛けることが多い。そのパターンがあるからこそ、ハルは何があってもいいように防御態勢を敷いているというわけだ。
だが、だからこそ。どこかおかしいと彼女の中の誰かが言っていた。彼女の中に別人格があるわけではないが、彼女の考えとそれは明らかに違っていたのだ。
さらにブルースとビーストの距離は縮まっていく。それでもなおビーストは動かない。ブルース――正確にはブルースに乗り込んでいるダイモスはそれを見て笑っていた。きっとこのビーストは今までに見たことが無いリリーファーを見て驚いているのだ――そう思っていた。
だが、ハルの考えはそんな楽観視していたダイモスとは大きく違っていた。
もしかしたらビーストは何か機会を窺っているのでは無いか?
そう思いながらも、彼女は、一撃を与えるため前進を続けるブルースの姿を眺めていた。
――その時、彼女は見逃さなかった。ニヤリ、と人間味を帯びた笑みを、ビーストが浮かべたのを。
「まさか……!」
そして彼女の頭にある仮説が浮かび上がった。それはもし真実ならば酷いものだった。真実であって欲しくないものだった。
だが、その仮説を立てるまでに、相方であるダイモスは至っていない。だからこそ、早く彼に伝えねばならない――そう思って、彼女は通信を開始した。
『ダイモス、離れて! ビーストはきっとあなたを待ち構えて――』
しかし、遅かった。遅すぎたのだ。
刹那、待ち構えていたビーストによる咆哮をブルースはモロに喰らった。
「ダイモース!」
ハルはマイクを両手で構えて叫んだ。
ビーストの咆哮によるあまりの強さに、廃墟めいた構造物のひとつが根本から崩れ落ちた。
ハルは泣いている場合では無かった。悲しんでいる場合では無かった。
直ぐに彼女はハッピーリングを駆使し始める。ハッピーリングは幾重にもなる輪から構成されているが、それが完全に繋がっているわけではない。一つが二つに、二つが四つに、まるで増えているように見えるが、実際にはそうではない。幾重にもなるハッピーリングを部分的に分解しているだけなのだ。
「はぁ……ハッピーリングは未だ実戦では使ったことの無い、謂わば未完成なものだとメリアおばさまは言っていたわね……」
ハルは呟く。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。ここで諦めてはならないのだ。
「行くわよ、サンダーボルトっ!!」
ハッピーリングを横一列に四つに並べる。そしてそれと同時にハッピーリングの一つ一つの輪、その内部にそれぞれ違う『紋』が浮かび上がる。それが魔法を構成しているのだ。
暗雲が立ち込める。ビーストは何があったのだと空を見上げる。
「魔法は初めてかしら?」
敢えて外部スピーカーをオンにしてハルは言った。外部スピーカーをオンにしておけば、ビーストにも言葉が聞こえるというわけだ。
右手の、その手のひらをピストルの形にする。左目を瞑り、照準をビーストに合わせる。
「――パン」
そしてビーストの心臓を正確に雷が撃ち抜いた。
ビーストはそれから動かなくなった。
ビーストの傍まで寄り、心臓が完全に停止したのを確認して、彼女は構造物――正確にはそれだった瓦礫を退かしていく。
目的はただ一つ、彼女の兄であるダイモスを救うためだ。
少し退かしただけであっという間にブルースは見つかった。
「大丈夫?」
『あぁ、大丈夫だ。……しかし危なかったな。まさか待ち構えているとは思いもしなかった。……油断していたよ』
ダイモスはそう言いながら、未だ構えていたムラマサを瓦礫の中から引き抜いた。
「じゃあ、帰りましょうか」
手を取ってハルは言う。
ダイモスは微笑み、頷く。
『あぁ……。だがそれよりもやらなくてはならないことがある』
「やらなくてはいけないこと?」
再びダイモスは頷くと、ムラマサを思い切り持ち上げ、ある場所を突き刺した。
そこはリズムの頭部の少し右にずれたところだった。そしてそこにはビーストの心臓があった。ビーストは雷に撃たれてもなお、生きていたのだ。
「ビーストは、未だ生きていたの……!?」
『ビーストは心臓を潰さない限り生きている。生き続けている。それは誰にだって言われていたことだろ?』
ダイモスの言葉に、ハルはゆっくりと頷く。若干言い方に難があったが、しかしダイモスが気が付かなければ、ハルは死んでいたかもしれないのだ。
「さぁ、帰ろう。……バイクはどうしようか?」
『後で回収するしか無いだろ。……面倒だけれど、ハーグに頼むしか無いな』
そしてブルースは、立ち上がった。
その時、ダイモスは視線を感じた。
その方向を振り返ると、無機質かつ不気味に立ち並ぶ構造物ばかりだった。
「……何かいた気がするんだがな」
ダイモスは呟いて、ハルと共に帰路についた。
構造物、その一つ。屋上で帽子屋は先程の戦闘の様子を眺めていた。
帽子屋は微笑む。
「やっと……ついにここまでやって来た。さぁ、最後の仕上げまであと少しだよ。ダイモス・リッペンバー、ハル・リッペンバー。君たちがさらに強くなり、直接会えるのを楽しみにしているよ」
そして帽子屋はそこから、一瞬にして姿を消した。
《インフィニティ》
第二部 第一章
『資源戦争』編
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