絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百八十九話 十年
皇暦七三一年。
あの出来事――破壊の春風が起きてもう十年の月日が経とうとしていた。
人々は十年間、そのおぞましい出来事を忘れることは無かった。忘れたくても忘れられなかった。それ程に人々はあの出来事で、失ったものが大きすぎたのだ。
あの出来事から世界は大きく変化した。
破壊の春風が起きたコロシアム近辺は十年経過しても未だにその痛々しい痕を遺している。
例えば少し前まで人が住んでいたような痕跡が残る家屋。
例えば我が子を守ろうとその身を挺した親子の死体(十年も経てば肉体は朽ち骨のぎ残っているものとなっているが)。
その痕は十年経った今でも残されている。当時はさっさと再開拓すべきだという意見が多かったが、現在は『負の遺産』として残すべきだという意見が殆どである。
僅か十年、と言えばいいのか。然れど十年、とも言える。何れにしろ、十年という時間は人間の感性を変えるには充分過ぎる時間だった。
クフーレ砂漠。
かつて『ターム湖』と呼ばれたその地は、一夜にして水が涸れ、今や荒野――或いは砂漠とも呼ばれる――になっている。
そのクフーレ砂漠を走る一台のバイクがあった。それはバイクにしては若干大きすぎた。正確には、人一人乗るには大きすぎたというだけだが。
バイクには二人の人間が乗り込んでいた。一人は男、一人は女である。カップルと言えば聞こえがいいが、現在二人はそういう関係までに至っていない。
少年と少女はバイクを走らせていた。正確には少年が運転手を勤め、少女は強引にバイクに装着した後部座席に座っていた。しかしシートベルトなど勿論存在しないから、少女は少年に抱きつくような形で乗っていた。
「……ひどい様子だね」
涸れた湖の成れの果てを見て少女は言った。そして少年はそれに同調するように頷く。
「あの出来事があって、一瞬にしてこの地域一帯の地形が変わってしまったからね。自ずと生態系も変わらざるを得ない。それが動物の生きる術だから」
少年の答えを聞いて少女は俯く。
彼らは十年前、この世界に生まれた。だから『破壊の春風』以前の世界を伝聞以外で知る方法が無い。
「十年前……正確には私たちが生まれたころ、まさかこんなことが起きていたなんて思いもしなかった」
少女は言った。続いて、少年は答える。
「確かにそれは仕方ないことかもしれない。でも、僕たちはこの世界で生き続けるんだ。そのためにも、この世界を少しでもより良いものにしていかなくちゃいけない。……母さんもそう言っていただろう?」
「それはそうだけれど……」
二人を乗せたバイクはまだ湖上――果たしてそれを湖上といっていいのか解らないが――を走っている。砂漠と化したその地を湖上と言っていいのかは不明瞭だが、しかしそこは湖上といえる場所だった。
二人は巻き上がる砂埃から目を防ぐためにゴーグルを装着していた。そうしないと目が見えなくなってしまうからだ。
「それにしても……母さんはこの辺りに生命反応があるって言ってたのに、まったく見つからないね」
「お前、ほんとにこの辺だって言ってたのか? 嘘じゃないのか?」
「母さんが嘘を吐いたとでも言うの?」
「いや……。そうとは思えないけどさぁ……」
少年と少女の会話はあくまでも他愛の無い内容ばかりだった。
砂漠の中で話すことなどはっきり言って何も無かったためである。実際、砂埃が常に舞い上がっているため、口を開けない方がいいのだろうが、彼らはそれよりも長旅の暇を解消する手段を選んだというわけだ。
「……はぁ。やっぱし誰も居ないのかなぁ。嘘を吐いたとははっきり言って思えないけれど」
「嘘を吐いたとは思えない、って言ったのは君だろ……ハル」
ハルと呼ばれた少女はばつの悪そうな表情をして、そっぽを向いた。
その時だった。
少年――ダイモスの腰に装着されている装置が音を発した。その音はどちらかといえば不快な音だった。
「この音にするな……って僕は言ったんだけれどな。何と言うか人間が不快だと思う音にしたんだよな?」
「それは私じゃなくてメリアおばさまに言ったら?」
「メリアさんにはきちんと言ったよ。言っても聞いてくれねぇんだよ……」
ダイモスの愚痴は程々に、彼が持つ機械が反応したということは、それはたった一つにしかほかならなかった。
即ち、生命反応があったということ。
生命反応は人間だけではない。動物だってそうだ。どんな存在でもいい、とにかく生きている存在がクフーレ砂漠に居ればいいのだ。それを彼らは探しているのだから。
「生命反応がある。それは素晴らしいことよ。急いで探しに行かないと!」
「探しに行かないと、とは言うけどなぁ……。この機械は未々不完全な部分が多い。その一例が『生命反応のある場所の詳細が解らない』ということだ。半径二十メートル圏内に生命反応があればああいう風な反応を示す。だが、その半径二十メートルから詳細が絞れないということが現状だよ」
「……半径二十メートルも絞れればそれで充分なんじゃないの? 私は機械についてあまり詳しくないから解らないけれど……」
ハルの言葉にダイモスは苦笑する。
「まぁ、確かにそうなんだけれど……」
とにかく、生命反応があったのだから、そちらに向かわねばならない。ダイモスはバイクを止めて、付近を見渡す。ターム湖には古代文明の遺跡が沈んでいたらしく、辺りには石で出来た建築物が建っていた。砂地に屹立するその姿は不気味さすら感じさせた。
「古代文明の建築物……とは言っていたけれど、しかし解らないものだな。当時の人間はどうしてこれ程までの技術を持っていて滅んでしまったんだろう?」
ダイモスの言う通り、かつてこの世界には文明があった。それも今の文明とは比べ物にならないくらい高度なものだ。
だが、その文明は今や殆ど残っていない。その殆ど残っていないという部分も、大半は遺構であった。だから人はその古代文明をお伽噺のように考えているのだ。
「それは解らないよね……。色んな学者が調べてもいいのに、誰も調べなかった。或いは調べたのにその結果を発表しない。……それっておかしなことなのに、誰もそれがおかしいなんて気付かないんだもん」
「気付かないじゃなくて、それを隠蔽している組織が大きすぎるだけだよ。……だからといってそれに倣ってもいいわけではないけれどね」
生命反応のあった場所を探すと、建築物が一つだけあった。
そこに生命反応があるだろうと予想をつけたダイモスはその中へと入っていった。
それはあっという間に見つかった。
「……子供?」
そこに居たのは子供だった。
ダイモスたちに比べると一回り小さい子供は一糸纏わぬ姿であった。黒い髪の子供はその姿を見た限り、少年だった。
ダイモスはそれを見て違和感しか無かった。何故ここに裸の少年が居るのか? そして、少年の目は何故これ程までに迫力があるのか? その疑問が頭を過った。
それに対してハルはこの少年を保護せねばならないと思っていた。ダイモスと同じように疑問は確かに抱いていたが、しかしそれ以上にこの少年を守ってやらねばならないという強い意志が働いていた。十歳にして母親の心が芽生えた――とでも言えばいいのだろうか。
お互いがお互いに、この少年に関心を、そして疑問を抱いていた。
そして、地響きが鳴った。
「……何が起きた!?」
ダイモスは外に居たハルに訊ねる。
ハルはどうにか倒れまいとしながらも、ダイモスの言葉に答える。
「解らない! けれど……これだけは言える! この地響きは自然現象じゃない、ってこと!!」
そして彼らの居る建築物、その傍から、その地面から何かが噴き出してきた。
それは魔物とも言えるような生き物だった。
それはどの生き物とも言い難い存在だった。
「あれは……『ビースト』!」
ビースト。
破壊の春風直後から世界の生態系は大きく変化した。その最たる例がビーストだった。
ビーストの原型は何なのか、それは誰にも理解出来なかった。破壊の春風により科学技術が大きく衰退してしまい、解析する術が無いのだ。
だからビーストに対する有効手段が無い……わけではなかった。
それを見たダイモスとハルは一瞬油断したとはいえ、直ぐに笑みを浮かべる。
「やるしか無いようだな、ハル」
「えぇ、ダイモス」
そして二人は手首に巻き付けられたブレスレットのようなものに触れる。
「……さあ、来い! ブルース!」
「来てちょうだい! リズム!」
その言葉と同時に、二人の装着していたブレスレットが光に包まれる――。
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