絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百八十八話 Will not get everyone wish at the same time.
ジャバウォックは帽子屋――正確には帽子屋『だった』人間が作り出したエゴイズムの塊だった。
「長い時間がかかってしまったが……フフフ、漸くここまでやって来た。君の器になっているタカト・オーノ……いや、ここまで来たら敬意を表して前の名前で言うべきかな。君の器になっている大野崇人もさぞかし喜んでいるだろう。こんな歴史的場面に対面することが出来るのだからね」
「……成る程。お前と同じ世界からやって来た人間か。ならば、抵抗が無いのも頷ける。まさか……『喚んだ』か?」
ジャバウォックの言葉を聞いて、帽子屋は「まさか」と答える。まるでそれはジャバウォックの言葉が冗談だと受け取られているようだった。
「彼がこの世界にやって来たのは全くの偶然だよ。でもまあ、彼が居なかったらこの世界は何度も滅んでいただろうね。それを考えると、やっぱり誰かに『喚ばれて』いたのかもしれない」
帽子屋は舌なめずり一つする。
ジャバウォックは小さく溜息を吐いて、話を続けた。
「……で、僕はどうすればいい? まさかインフィニティを操って世界を破壊するのが、僕を喚んだ目的……とは言わないだろうね?」
「惜しいね、半分正解だ」
帽子屋は悪戯めいた笑みを溢す。
ジャバウォックはそれで苛立ちを募らせることは無かった。帽子屋がそういう性格だということはよく知っていたからだ。
「君にインフィニティを操らせるのは正しい。ただ、それじゃ足りないんだよ。問題はそれからだ。インフィニティを操って世界の文化レベルをある段階まで下げる。その後君にはもう一度封印してもらって欲しいんだ」
「……理由を聞いても?」
「この計画の終焉は今ではない。まだ舞台の配役が足りないんだよ。そしてその配役が揃うのはそう遠くない未来だ。確定は出来ないがね……。それが一年後になるか五年後になるか、はたまた十年後になるか……それは僕にだって解らない。世界に対する挑戦状とも言えるだろうね」
「百年後の可能性もあるのか?」
「それは無いかなぁ。だってインフィニティの起動従士が生存しているのが条件だからね? 肉体が持たないよ」
やろうと思えば直ぐにでも出来るだろう計画に、未確定要素を混合させる。
そんなことは普通ならば有り得ないだろうに、それを平気で行う。それが帽子屋という存在だった。
「……話は解った。だが、もうひとつ問題がある。インフィニティは『暴走』に見立てるべきなのか? それとも理性に則って行なった方がいいのか?」
「前者がいいだろうね。後者でもいいんだけど、その場合捕獲された時起動従士が即時射殺されかねない。それは流石にまずいことになるからね」
帽子屋の言葉にジャバウォックは頷き、時折質問をしていく。そうして帽子屋の計画を短時間で、かつ自分が知っておけばいい情報だけを仕入れるわけだ。
「……一通り理解した。取り敢えず先程聞いた通りに実行しよう。それでいいのだろう?」
帽子屋は首肯。
そしてジャバウォックはリリーファーコントローラを握った。
強気な発言をしたジャバウォックだったが、リリーファーの操縦などしたことは無い。
だが、インフィニティに関してはそのことについて心配する必要など無いのだった。
「あぁ、最後に言っておくよ。このインフィニティには便利な機能が備わっていてね? 『インフィニティ・シュルト』って言うんだけどさ……それがいわゆる暴走形態なわけ。何処かの言葉で罪、って言うんだっけかな? まぁ、あんまり記憶に無いから断言は出来ないのだけれど、どちらにしろその便利な機能を使うっきゃ無い……ってわけだ」
「成る程。インフィニティ・シュルト……か。でも模擬的にそれを実現出来るのか? その形態は暴走形態だから、普段のコマンドでは実現出来ないのだろう?」
それを聞いた帽子屋は、その言葉を待っていたのかとても嫌みな笑みを浮かべた。
「僕を誰だと思っている。このリリーファーに関しては誰よりも詳しく知っているぞ? 暴走形態にするプログラムなんて容易に改竄出来る。しかも痕跡も残らない」
そもそも。
インフィニティに実装されているオペレーティングシステム『フロネシス』はこの世界においてオーバーテクノロジーであった。
声紋及び網膜認証と完全コンピューティングにより実現したシステムはその時代では解析不可能な部分が非常に多く、解析も進まないというわけだ。科学者曰く、その解析には人類の科学技術があと数世代上にシフトしないと厳しいくらいだった。
「この時代にフロネシスを解析出来る人間が居ないことは確認済みだし、フロネシス自体さらに進化を続けている。そう簡単には解析などさせないよ」
「……解った。帽子屋がそこまで言うのなら、そのプログラムを、インストールしてくれ」
「言われなくてもするつもりさ」
そう言って帽子屋は持っていた携帯端末を起動させた。
それだけだった。
インフィニティ・シュルトに移行させるにはそれだけで充分だった。
『インフィニティ、モードチェンジ――ヴァージョン・シュルト――スタート』
フロネシスが抑揚の無い声で言った。その声はとても不気味なものだったが、ジャバウォックと帽子屋はそれを気にしなかった。
寧ろこの瞬間を楽しんでいたのだろう。その笑顔はまるで新しい玩具を与えられた子供のようにも見えた。
これからの様子を楽しんでいたのだ。楽しみにしていたのだ。
「ほんとうに……楽しそうに笑うな」
ジャバウォックは呆れ顔でそう言った。
それを聞いた帽子屋は首を傾げると、再び微笑んだ。
「だって、ほんとうに楽しみにしていたからね。今の気分は次の日に遠足があるのに眠れない子供くらいかな?」
「……君の例えは相変わらずよく解らない。それさえ理解出来れば完璧なんだろうが」
「今の世界に完璧という概念は無いよ。人間も動物も皆不完全だ。何処か必ず欠けている。聞いたことはあるかい? 人は人と人が支え合って出来ているのだ……と」
「それはどこかの国の、言葉の話かい?」
頷く帽子屋。
ジャバウォックと帽子屋はこうして話に集中しているが、実際にはインフィニティ・シュルトが自動実行されているから会話することが出来るのであって、外では破壊の限りをしつくしている。
外部から見れば悪者は紛れも無くインフィニティの起動従士である崇人である。だからこの責任が問われるとするならば、崇人に凡てが振りかかる。
狡猾で最悪な作戦だということが一目で解るものだ。
「くくく……」
帽子屋の口から笑みが溢れ出す。抑えきれなくなった笑い声は、徐々に、徐々に大きくなっていく。
世界では破壊の絶叫が鳴り響いているというのに。
ここだけは別の世界が構成されているようにも見えた。
「タカト・オーノは目を覚ましたら覚えのない犯罪について、その処遇を問われることだろう。たとえどんなに厳しいことがやって来ようとも、君は諦めてはならない。いや、諦めてもらっては困るんだ。僕の計画を実現するためには、君が重要なパーツだからね……」
「相変わらず性格の悪いことだな。いつか背中から刺されても知らないぜ?」
「そういう可能性のある存在は全員排除した。そしてこれからもその可能性が僅かでも見られるならば排除していく。それだけは何も変わらないよ」
その言葉にジャバウォックは頷く。
「まぁ、僕としても君が居なくなると厄介だからね。君が居なくなってもそのメリットが維持される……なんて事態に陥るまでは君と共に死んでやるよ」
その言葉に帽子屋は頷かなかった。
世界では未だに破壊の絶叫が続いていた。
――この事件は後に『破壊の春風』と呼ばれるようになり、その歴史に深い深い傷を刻んだ。
――この事件による死者は二万人以上、行方不明者も同等或いはそれ以上の規模があると言われている。
――ハリー騎士団は今回の事件をきっかけにティパモール周辺を首都とした『ハリー=ティパモール共和国』を樹立、及びヴァリエイブルからの独立を果たした。
――インフィニティはそのままセレス・コロシアムに置かれることとなった。暴走が未だ続く可能性があったからだ。実際に暴走の危険性が無いことが確認されたのは、それから十年後のことだった。
そして時は流れ――皇暦七三一年十一月。
新たな物語、その火種が、ゆっくりとその規模を広げつつあった。
《インフィニティ》
第一部 完
第二百八十八話『みんなの願いは同時には叶わない』
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