絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百八十七話 破滅へのカウントダウンⅤ
「交渉成立、だね」
帽子屋は微笑む。それと同時に彼の身体に鈍い痛みが走った。
睨みつける崇人を見て、帽子屋の話は続く。
「何をした、と言いたげだがそんな大層なものではないよ。今君は彼女と一つになろうとしているんだよ。名誉なことだろう?」
「名誉だか何だか知らねえが……、ほんとうに会わせてくれるんだろうな?」
「当たり前だ。僕は嘘が大嫌いなんだよ」
「嘘が大嫌い。その言葉、絶対に忘れるなよ」
睨み付けながら、崇人は帽子屋に言った。
「いやはや、恐ろしいね。そこまで睨み付ける必要も無いよ? 僕は約束を必ず守るから……但しエスティ・パロングが人間の姿であるかどうか、保証はしないけれどね」
後半の言葉はあまりにも小さく、崇人に聞こえることは無かった。
寧ろ、聞こえない方が彼にとって良かったのかもしれない。
彼は救いを求めていた。そしてそれ以上にエスティを求めていた。
だから彼と彼女が共通で乗った、あの黄色の機体を見た時に、そしてその機体が近付いて来るのを見た時に、彼はエスティが帰ってきたのではないかと思った。彼への救いが来たのではないかと思った。
「……が……は……!」
少女――アリスの姿は最早何処にも無い。だが崇人は未だ彼女を身体の中で感じていた。
少女の凡てが彼に流れ込んでいくのを感じる。脈打つ心臓の鼓動が徐々に落ち着いていく。否、さらに低下していく。
最終的にはこのペースでは心臓が停止してしまうのではないか――そんなことすら疑ってしまう程だった。
「……どうやら成功したようだね、ジャバウォック」
帽子屋の言葉を聞いて俯いていた崇人は、ゆっくりとその顔を上げた。
そして、口角を緩ませた。
「いやはや、まさかこんな強引にやってしまうとは思わなかったよ、帽子屋」
その声は崇人によるものではなかった。
落ち着いた、深みのある声だった。
「僕だって段階を踏んでゆっくりと進めたかったけれどね。時間の問題もあったから、仕方無いよね。強引に……とは言うものの言うほど強引なやり方でも無いし」
「まぁ……いい。それにしてもこの身体……いい身体だ」
掌を握ったり広げたりを繰り返す。身体に自分の魂が定着したのを、この身体の使いやすさを確かめているのかもしれない。
「はじめて僕が君を産み出した時のことを思い出したよ。……確かあの時もこれくらいの少年の身体を使ったな」
「……ところで、何故今更私を? 何か意味でもあるのか?」
「意味が無かったら君を呼び出したりしないよ。魂の摩耗を防ぐため、魂を『アリス』に封じ込めた時にも僕はそう言ったじゃないか」
ジャバウォックはシリーズの中でも異色の存在だった。シリーズでは古参とされるハンプティ・ダンプティですら知らない情報だからだ。
況してやアリスがジャバウォックの『魂の器』など知る由も無い。知るはずが無いのだ。
「魂をアリスに……。あぁ、そうだったな。確かにそうだった。僕が封印される時君はそう言っていたね? その方が僕にとってもいいことばかりなる……君はそう言ったはずだった」
どうせ隠すのならば、同じ種類の存在の中に隠した方がいい。そう考えたのもまた、帽子屋だった。帽子屋の考えはいつも同じだった。同じとは言っても細かいところは適宜変更されるしパターンによって構成されていた。緻密な計算によって生み出された計画だということを、ここで改めて思い知ることとなるのだった。
「そうだ。確かにそうだ。僕は君の魂をアリスの中に隠した。正確に言えばアリスだったもの……になるがね」
「アリスだった……もの?」
「君の知るアリスと今までいたアリスとは違う……というわけだ。正確には改造した……と言えばいいかな。改造したアリスはもはやアリスの型を為してはいないよ」
ジャバウォックは首肯する。
帽子屋は笑みを浮かべた。
二人はただ、それだけだった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃。
ベスパに乗り込むファルバートはインフィニティに攻撃を仕掛けていた。
いや、正確には何度もインフィニティに砲撃を与えている。ダメージを与えている、はずだった。
しかし攻撃が当たったようには見えなかった。まったくもって無傷だったのだ。
「さすがはインフィニティ……硬い……! おい、インフィニティのプログラムにはハッキング出来たのか!?」
「未だ……ね。忙しいから、あまり話しかけないで!」
それを聞いてファルバートは舌打ちする。別に精霊のことを信じていないわけではないが、……だからといって少々怪しさを覚えてくる。
彼は現在催眠状態にかかっている。だからそんな疑念など抱くはずもないのだが、今はそれが薄れてきてしまっているのか、その疑念を抱きつつあるのだ。
「……まあ、そんなことよりもやるしかない。インフィニティを奪えばあの父さんも納得するはずだから……!」
殆ど独り言のように呟くファルバート。
それを聞いていた精霊は北叟笑んでいた。はっきり言って精霊――ハンプティ・ダンプティはインフィニティのプログラムへハッキングなどしていなかった。否、出来るはずが無かった。
そもそもインフィニティのプログラムの重要な構成部分を知っているのは帽子屋であり、ハンプティ・ダンプティはその中でも一部の情報しか帽子屋から聞いていない。そのため、ハッキングはおろかどこがインフィニティのプログラムが書かれているのかも解らない状況だった。
にもかかわらず、ハンプティ・ダンプティはどうしてそのような嘘を吐いたのか?
答えは単純明快。
「インフィニティにアリスの魂を寄生させ……『ジャバウォック』を構成する。それまでは……、未だバレるわけにはいかない。いや、未だ気付いてもらっては困る」
ファルバート・ザイデルは重要なパーツだった。
インフィニティの起動従士であるタカト・オーノが現世に区切りをつけるために必要な存在だった。正確には、エスティ・パロングのいない世界に見切りをつけるため……といえばいいかもしれない。
エスティがいない世界等必要無いと彼は幾度となく思ったことがあった。しかしそれは徐々に薄れつつあった。
理由はマーズ・リッペンバーだった。彼女の献身あってか彼は普通に戻った。
だが、そんな甘くは無かった。
フラッシュバック、という言葉を知っているだろうか。あるタイミングでそれが再燃してしまうことだ。それまでは完全に断ち切ったように見えたのに、急に復活してしまうのだ。
そう。
崇人を催眠によりフラッシュバックさせ、そして世界に見切りをつける。
それが帽子屋の計画だった。絶望が心に植えつけられた存在である崇人はジャバウォックの受け皿にはうってつけだった。
そもそもジャバウォックとは何か。
ジャバウォックはシリーズ最後の存在であったがその存在を知るシリーズは少ない。強いて言うなら帽子屋とハンプティ・ダンプティしか知り得なかった。
さらに言うとジャバウォックの正式な意味を知っているのは帽子屋だけだった。
「……それにしても、あんたも今や僕と同じ存在か。感慨深いね。どうだい? 同じシリーズになってみて」
ジャバウォックは帽子屋に訊ねる。
帽子屋は鼻で笑うと、首を横に振った。
「寿命の概念が完全に取り払うことが出来るから便利かと思っていたが、失敗だよ。残念だと言ってもいい。こんなんだったら普通に早く実行していればよかったかもしれないね」
「そりゃあいい」
ジャバウォックはどこか擽られたように堪えながら笑った。
帽子屋はそれを見て幸せそうに笑みを浮かべた。
当然だった。帽子屋はジャバウォックを再生させたくてずっとここまでやってきたのだ。ジャバウォックが帽子屋の計画の最終パーツと言っても過言では無かった。
帽子屋は微笑む。それと同時に彼の身体に鈍い痛みが走った。
睨みつける崇人を見て、帽子屋の話は続く。
「何をした、と言いたげだがそんな大層なものではないよ。今君は彼女と一つになろうとしているんだよ。名誉なことだろう?」
「名誉だか何だか知らねえが……、ほんとうに会わせてくれるんだろうな?」
「当たり前だ。僕は嘘が大嫌いなんだよ」
「嘘が大嫌い。その言葉、絶対に忘れるなよ」
睨み付けながら、崇人は帽子屋に言った。
「いやはや、恐ろしいね。そこまで睨み付ける必要も無いよ? 僕は約束を必ず守るから……但しエスティ・パロングが人間の姿であるかどうか、保証はしないけれどね」
後半の言葉はあまりにも小さく、崇人に聞こえることは無かった。
寧ろ、聞こえない方が彼にとって良かったのかもしれない。
彼は救いを求めていた。そしてそれ以上にエスティを求めていた。
だから彼と彼女が共通で乗った、あの黄色の機体を見た時に、そしてその機体が近付いて来るのを見た時に、彼はエスティが帰ってきたのではないかと思った。彼への救いが来たのではないかと思った。
「……が……は……!」
少女――アリスの姿は最早何処にも無い。だが崇人は未だ彼女を身体の中で感じていた。
少女の凡てが彼に流れ込んでいくのを感じる。脈打つ心臓の鼓動が徐々に落ち着いていく。否、さらに低下していく。
最終的にはこのペースでは心臓が停止してしまうのではないか――そんなことすら疑ってしまう程だった。
「……どうやら成功したようだね、ジャバウォック」
帽子屋の言葉を聞いて俯いていた崇人は、ゆっくりとその顔を上げた。
そして、口角を緩ませた。
「いやはや、まさかこんな強引にやってしまうとは思わなかったよ、帽子屋」
その声は崇人によるものではなかった。
落ち着いた、深みのある声だった。
「僕だって段階を踏んでゆっくりと進めたかったけれどね。時間の問題もあったから、仕方無いよね。強引に……とは言うものの言うほど強引なやり方でも無いし」
「まぁ……いい。それにしてもこの身体……いい身体だ」
掌を握ったり広げたりを繰り返す。身体に自分の魂が定着したのを、この身体の使いやすさを確かめているのかもしれない。
「はじめて僕が君を産み出した時のことを思い出したよ。……確かあの時もこれくらいの少年の身体を使ったな」
「……ところで、何故今更私を? 何か意味でもあるのか?」
「意味が無かったら君を呼び出したりしないよ。魂の摩耗を防ぐため、魂を『アリス』に封じ込めた時にも僕はそう言ったじゃないか」
ジャバウォックはシリーズの中でも異色の存在だった。シリーズでは古参とされるハンプティ・ダンプティですら知らない情報だからだ。
況してやアリスがジャバウォックの『魂の器』など知る由も無い。知るはずが無いのだ。
「魂をアリスに……。あぁ、そうだったな。確かにそうだった。僕が封印される時君はそう言っていたね? その方が僕にとってもいいことばかりなる……君はそう言ったはずだった」
どうせ隠すのならば、同じ種類の存在の中に隠した方がいい。そう考えたのもまた、帽子屋だった。帽子屋の考えはいつも同じだった。同じとは言っても細かいところは適宜変更されるしパターンによって構成されていた。緻密な計算によって生み出された計画だということを、ここで改めて思い知ることとなるのだった。
「そうだ。確かにそうだ。僕は君の魂をアリスの中に隠した。正確に言えばアリスだったもの……になるがね」
「アリスだった……もの?」
「君の知るアリスと今までいたアリスとは違う……というわけだ。正確には改造した……と言えばいいかな。改造したアリスはもはやアリスの型を為してはいないよ」
ジャバウォックは首肯する。
帽子屋は笑みを浮かべた。
二人はただ、それだけだった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃。
ベスパに乗り込むファルバートはインフィニティに攻撃を仕掛けていた。
いや、正確には何度もインフィニティに砲撃を与えている。ダメージを与えている、はずだった。
しかし攻撃が当たったようには見えなかった。まったくもって無傷だったのだ。
「さすがはインフィニティ……硬い……! おい、インフィニティのプログラムにはハッキング出来たのか!?」
「未だ……ね。忙しいから、あまり話しかけないで!」
それを聞いてファルバートは舌打ちする。別に精霊のことを信じていないわけではないが、……だからといって少々怪しさを覚えてくる。
彼は現在催眠状態にかかっている。だからそんな疑念など抱くはずもないのだが、今はそれが薄れてきてしまっているのか、その疑念を抱きつつあるのだ。
「……まあ、そんなことよりもやるしかない。インフィニティを奪えばあの父さんも納得するはずだから……!」
殆ど独り言のように呟くファルバート。
それを聞いていた精霊は北叟笑んでいた。はっきり言って精霊――ハンプティ・ダンプティはインフィニティのプログラムへハッキングなどしていなかった。否、出来るはずが無かった。
そもそもインフィニティのプログラムの重要な構成部分を知っているのは帽子屋であり、ハンプティ・ダンプティはその中でも一部の情報しか帽子屋から聞いていない。そのため、ハッキングはおろかどこがインフィニティのプログラムが書かれているのかも解らない状況だった。
にもかかわらず、ハンプティ・ダンプティはどうしてそのような嘘を吐いたのか?
答えは単純明快。
「インフィニティにアリスの魂を寄生させ……『ジャバウォック』を構成する。それまでは……、未だバレるわけにはいかない。いや、未だ気付いてもらっては困る」
ファルバート・ザイデルは重要なパーツだった。
インフィニティの起動従士であるタカト・オーノが現世に区切りをつけるために必要な存在だった。正確には、エスティ・パロングのいない世界に見切りをつけるため……といえばいいかもしれない。
エスティがいない世界等必要無いと彼は幾度となく思ったことがあった。しかしそれは徐々に薄れつつあった。
理由はマーズ・リッペンバーだった。彼女の献身あってか彼は普通に戻った。
だが、そんな甘くは無かった。
フラッシュバック、という言葉を知っているだろうか。あるタイミングでそれが再燃してしまうことだ。それまでは完全に断ち切ったように見えたのに、急に復活してしまうのだ。
そう。
崇人を催眠によりフラッシュバックさせ、そして世界に見切りをつける。
それが帽子屋の計画だった。絶望が心に植えつけられた存在である崇人はジャバウォックの受け皿にはうってつけだった。
そもそもジャバウォックとは何か。
ジャバウォックはシリーズ最後の存在であったがその存在を知るシリーズは少ない。強いて言うなら帽子屋とハンプティ・ダンプティしか知り得なかった。
さらに言うとジャバウォックの正式な意味を知っているのは帽子屋だけだった。
「……それにしても、あんたも今や僕と同じ存在か。感慨深いね。どうだい? 同じシリーズになってみて」
ジャバウォックは帽子屋に訊ねる。
帽子屋は鼻で笑うと、首を横に振った。
「寿命の概念が完全に取り払うことが出来るから便利かと思っていたが、失敗だよ。残念だと言ってもいい。こんなんだったら普通に早く実行していればよかったかもしれないね」
「そりゃあいい」
ジャバウォックはどこか擽られたように堪えながら笑った。
帽子屋はそれを見て幸せそうに笑みを浮かべた。
当然だった。帽子屋はジャバウォックを再生させたくてずっとここまでやってきたのだ。ジャバウォックが帽子屋の計画の最終パーツと言っても過言では無かった。
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