絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百八十三話 破滅へのカウントダウンⅠ
「……おや、どうした。ファルバート・ザイデル?」
声が聞こえた。
ファルバートは立ち止まり、辺りを見渡す。辺りは破壊の絶叫で覆い尽くされていたが、しかし一点だけ、正確に言えば彼の直ぐ左隣だけが、違った。破壊の絶叫ばかりが立ち込める空間は、はっきり言って生の感覚が無い。しかし彼の直ぐ左隣に居た『彼女』だけは生の感覚をありありと見せつけている。
そこに居たのは、ファルバートと契約を交わした精霊だった。
それを見て彼は一条の光を見出だしたようにも思えた。何処までも行き止まりばかりだった彼の考えに一つのスパイスを与えてくれる存在だと――少なくともファルバートは――思えた。
精霊の話は続く。
「ごめんなさいね。あなたの精神が不安定だからかもしれないのだけれど、私は常にあなたの傍に居るのに見えなくなってしまう……そんな不可思議なことが起きるのよ」
無論、それは嘘だ。何故なら精霊の正体はハンプティ・ダンプティだからだ。ハンプティ・ダンプティが常にその場に居たわけではないのは明らかだった。
だが今の彼には、そういう『普通』を判別する力が劣っていた。彼にとって一番の実力を示す場であった『大会』がこのような形で潰されてしまったからだ。
彼の心を支配するのは圧倒的な怒りだった。それはこの大会を、この会場を潰したインフィニティ……ひいてはその起動従士である崇人に対してだった。
理不尽な怒りと言われればそれまでかもしれない。しかし彼にとって『大会』というイベントは人生の中でも大きなウェイトを持ったものだった。
父親を見返したいと思ったのが、彼が起動従士を目指した理由だった。父親は有名な起動従士だ。だから何をしても『あのザイデルの息子』だと揶揄され、正当に評価などされなかった。
「何があのザイデルの息子、だ! 俺だってザイデルだ。そんな固有名詞じゃない、ファルバート・ザイデルという立派な名前が、俺にはあるんだよ!」
気が付けばファルバートは精霊に向かって叫んでいた。
精霊には何の関係も無いのだと思いながらも、矛盾した行動を取ってしまった。
「あなたは悪くない」
精霊はそれでもファルバートの傍に寄り添う。
「あなたは悪くない。あなたは悪くないのですよ」
精霊はファルバートに寄り添い、抱きしめる。ファルバートはただその精霊にされるがまま、抱き寄せられる。
ファルバートは微睡みの中で、精霊の声を聞く。
「あなたは悪くない。あなたは悪くない。……悪いのはだあれ? 悪いのは、世界を滅ぼそうとしているのは、あなたの邪魔をしているのは、いったい誰?」
ファルバートは虚ろな目である一点を見つめる。
そこにあったのはインフィニティだ。
「そう……」
微笑んで、精霊は頷く。
「あそこにあるのはインフィニティ。インフィニティがあなたの邪魔をしている。でもインフィニティをあなたは欲している。これはかなり大変なことになっているということね? インフィニティを使っている起動従士が、邪魔をしていると考えればいいのかな?」
再びファルバートは頷く。
インフィニティに乗り込んでいる起動従士などたったひとりしかいない。
「タカト・オーノ……!」
ファルバートはその名前を呼んだ。
「そう。タカト・オーノ。彼が悪いのよね。彼さえいなければ今頃インフィニティに乗れたのはあなたかもしれない。……いや、解らない。今からでも遅くないかもしれないわよ?」
「今からでも……遅くない?」
「そう。だって考えてみたらどう? インフィニティに乗っている起動従士はこれ程の災害を引き起こした。ならば『罰』を受けてもいいはずよね? インフィニティを没収されても、何ら問題はないはずよね?」
若干精霊の言葉にも熱が入り始めるが、それにファルバートは気付かない。
「さあ、やるのよ。ファルバート。あなたなら出来る。あなたならあのインフィニティを、タカト・オーノから奪い返すことが出来る。あの最強を、あなたのものにすることが出来る。それってとても楽しいことだと思わない。嬉しいことだと思わない?」
ファルバートの頭にはあるヴィジョンが浮かんでいた。それは彼が操縦するインフィニティが戦場を闊歩する姿だった。
彼は父親を超えたかった。そしてその代表格とも言えるインフィニティの適格者となることは、彼にとっても最高の目標であった。
それを狙えるチャンスが今、回ってきた。タカト・オーノからインフィニティを奪い、起動従士の座から引きずり落とせば、インフィニティの起動従士に自分が就任できるかもしれない――彼はそう考えていた。
笑みを溢し、呟く。
「インフィニティを奪うインフィニティを奪うインフィニティを奪う……」
インフィニティを奪う。
彼の頭の中はそれでいっぱいだった。それしか無かった。それに占有されていたのだ。
インフィニティを奪う。
そのためなら彼は、どんな手段も厭わない。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
残されたハリー騎士団の一行は作戦会議を立てることにした。とはいえそんな時間も無いため、リリーファーに乗ってから会議をすることとなった。
即ち先ずはリリーファーが保管されている保管庫へと向かわないといけないわけであって……。
「ここからリリーファーの保管庫までどれくらいだ?」
ヴィエンスの言葉にマーズはスマートフォンを操作する。電波は繋がらないがローカルフォルダに保存されているデータを参照しているのだろう。
「ええと、ここから五分ね」
地下通路。
コロシアムは整備などの関係もあり、関係者を通す通路を地下に張り巡らせている。それはその一つである。
「あまりにもたくさんあり過ぎますから関係者でも迷子になることが多いのですよ」
先頭を歩くのはグランドだった。グランドは関係者ということもありこの地下通路の地理には詳しい。だからというわけでもないが、彼が先陣を切って進んでいるのである。
グランドは立ち止まる。それを見てマーズたちも立ち止まった。
「どうしたのですか、グランドさん?」
マーズは訊ねる。
グランドは首を傾げ、目を細める。
「遠くで何かが壊れたような音がしましたものでね。もし水路が決壊したのであれば遠からずここにやってきます。鉄砲水なんて人間が喰らえばひとたまりもありません。だからそういうのには注意する必要があるわけです」
いつもはそんなことが無いように厳重にチェックとメンテナンスを繰り返しているのだが、事態が事態である。メンテナンスをしていしたって『絶対』は有り得ない。
「まあ……何かあったら私がなんとかいたしましょう。これでも守護魔法くらいは使えますからな」
魔法も使えるのにここまでの地位というのは何か理由でもあるのだろうか?
マーズたちはそう思ったが、流石にそれは個人のプライベートに関わることであるから訊ねないでおいた。何かいざこざがあっても困るからだ。
グランドの言葉に従ってマーズたちは今、地下通路を進んでいる。地下通路は関係者が通るから地下を縦横無尽に動くことが出来る。だからある場所からある場所までというのをどんな場所からでもどんなパターンでも実行することが出来るのだ。ただし、あくまでもそこまでのルートを知っているのが条件になるわけだが。
「この地下通路というのは……いったいどれくらいの本数があるんだ?」
訊ねたのはヴィエンスだった。歩くばかりの単純行動は彼にとってあまり面白くないことで、なおかつ耐え切れなかったらしい。一番そういう説明をしてくれそうなグランドに質問をしたというわけだ。
グランドは軽く笑うと、答えた。
「面白いご冗談をはなされますな。……とまあ、私の方からの冗談もさておき、本数の話ですか……。本数はあまり把握していないのですよ。縦横無尽に通ることができますから、一本の通路の始点終点の組み合わせすら解らず仕舞ですよ。あまりにもたくさんの通路と組み合わせすぎたせいで通路が個々に数えることが難しくなった……とでも言えばいいでしょうか」
「じゃあ実際の数字も解らない……ってことか。でもそうなると管理とか面倒になるんじゃないか?」
「そりゃあもう。私は管轄が違いますから、生憎それになることはありませんがね」
それ、というのは通路の管理の役職のことを指すのだろう。確かにそれをやるのは骨が折れそうだ、とマーズは思うと心の中で小さく頷いた。
声が聞こえた。
ファルバートは立ち止まり、辺りを見渡す。辺りは破壊の絶叫で覆い尽くされていたが、しかし一点だけ、正確に言えば彼の直ぐ左隣だけが、違った。破壊の絶叫ばかりが立ち込める空間は、はっきり言って生の感覚が無い。しかし彼の直ぐ左隣に居た『彼女』だけは生の感覚をありありと見せつけている。
そこに居たのは、ファルバートと契約を交わした精霊だった。
それを見て彼は一条の光を見出だしたようにも思えた。何処までも行き止まりばかりだった彼の考えに一つのスパイスを与えてくれる存在だと――少なくともファルバートは――思えた。
精霊の話は続く。
「ごめんなさいね。あなたの精神が不安定だからかもしれないのだけれど、私は常にあなたの傍に居るのに見えなくなってしまう……そんな不可思議なことが起きるのよ」
無論、それは嘘だ。何故なら精霊の正体はハンプティ・ダンプティだからだ。ハンプティ・ダンプティが常にその場に居たわけではないのは明らかだった。
だが今の彼には、そういう『普通』を判別する力が劣っていた。彼にとって一番の実力を示す場であった『大会』がこのような形で潰されてしまったからだ。
彼の心を支配するのは圧倒的な怒りだった。それはこの大会を、この会場を潰したインフィニティ……ひいてはその起動従士である崇人に対してだった。
理不尽な怒りと言われればそれまでかもしれない。しかし彼にとって『大会』というイベントは人生の中でも大きなウェイトを持ったものだった。
父親を見返したいと思ったのが、彼が起動従士を目指した理由だった。父親は有名な起動従士だ。だから何をしても『あのザイデルの息子』だと揶揄され、正当に評価などされなかった。
「何があのザイデルの息子、だ! 俺だってザイデルだ。そんな固有名詞じゃない、ファルバート・ザイデルという立派な名前が、俺にはあるんだよ!」
気が付けばファルバートは精霊に向かって叫んでいた。
精霊には何の関係も無いのだと思いながらも、矛盾した行動を取ってしまった。
「あなたは悪くない」
精霊はそれでもファルバートの傍に寄り添う。
「あなたは悪くない。あなたは悪くないのですよ」
精霊はファルバートに寄り添い、抱きしめる。ファルバートはただその精霊にされるがまま、抱き寄せられる。
ファルバートは微睡みの中で、精霊の声を聞く。
「あなたは悪くない。あなたは悪くない。……悪いのはだあれ? 悪いのは、世界を滅ぼそうとしているのは、あなたの邪魔をしているのは、いったい誰?」
ファルバートは虚ろな目である一点を見つめる。
そこにあったのはインフィニティだ。
「そう……」
微笑んで、精霊は頷く。
「あそこにあるのはインフィニティ。インフィニティがあなたの邪魔をしている。でもインフィニティをあなたは欲している。これはかなり大変なことになっているということね? インフィニティを使っている起動従士が、邪魔をしていると考えればいいのかな?」
再びファルバートは頷く。
インフィニティに乗り込んでいる起動従士などたったひとりしかいない。
「タカト・オーノ……!」
ファルバートはその名前を呼んだ。
「そう。タカト・オーノ。彼が悪いのよね。彼さえいなければ今頃インフィニティに乗れたのはあなたかもしれない。……いや、解らない。今からでも遅くないかもしれないわよ?」
「今からでも……遅くない?」
「そう。だって考えてみたらどう? インフィニティに乗っている起動従士はこれ程の災害を引き起こした。ならば『罰』を受けてもいいはずよね? インフィニティを没収されても、何ら問題はないはずよね?」
若干精霊の言葉にも熱が入り始めるが、それにファルバートは気付かない。
「さあ、やるのよ。ファルバート。あなたなら出来る。あなたならあのインフィニティを、タカト・オーノから奪い返すことが出来る。あの最強を、あなたのものにすることが出来る。それってとても楽しいことだと思わない。嬉しいことだと思わない?」
ファルバートの頭にはあるヴィジョンが浮かんでいた。それは彼が操縦するインフィニティが戦場を闊歩する姿だった。
彼は父親を超えたかった。そしてその代表格とも言えるインフィニティの適格者となることは、彼にとっても最高の目標であった。
それを狙えるチャンスが今、回ってきた。タカト・オーノからインフィニティを奪い、起動従士の座から引きずり落とせば、インフィニティの起動従士に自分が就任できるかもしれない――彼はそう考えていた。
笑みを溢し、呟く。
「インフィニティを奪うインフィニティを奪うインフィニティを奪う……」
インフィニティを奪う。
彼の頭の中はそれでいっぱいだった。それしか無かった。それに占有されていたのだ。
インフィニティを奪う。
そのためなら彼は、どんな手段も厭わない。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
残されたハリー騎士団の一行は作戦会議を立てることにした。とはいえそんな時間も無いため、リリーファーに乗ってから会議をすることとなった。
即ち先ずはリリーファーが保管されている保管庫へと向かわないといけないわけであって……。
「ここからリリーファーの保管庫までどれくらいだ?」
ヴィエンスの言葉にマーズはスマートフォンを操作する。電波は繋がらないがローカルフォルダに保存されているデータを参照しているのだろう。
「ええと、ここから五分ね」
地下通路。
コロシアムは整備などの関係もあり、関係者を通す通路を地下に張り巡らせている。それはその一つである。
「あまりにもたくさんあり過ぎますから関係者でも迷子になることが多いのですよ」
先頭を歩くのはグランドだった。グランドは関係者ということもありこの地下通路の地理には詳しい。だからというわけでもないが、彼が先陣を切って進んでいるのである。
グランドは立ち止まる。それを見てマーズたちも立ち止まった。
「どうしたのですか、グランドさん?」
マーズは訊ねる。
グランドは首を傾げ、目を細める。
「遠くで何かが壊れたような音がしましたものでね。もし水路が決壊したのであれば遠からずここにやってきます。鉄砲水なんて人間が喰らえばひとたまりもありません。だからそういうのには注意する必要があるわけです」
いつもはそんなことが無いように厳重にチェックとメンテナンスを繰り返しているのだが、事態が事態である。メンテナンスをしていしたって『絶対』は有り得ない。
「まあ……何かあったら私がなんとかいたしましょう。これでも守護魔法くらいは使えますからな」
魔法も使えるのにここまでの地位というのは何か理由でもあるのだろうか?
マーズたちはそう思ったが、流石にそれは個人のプライベートに関わることであるから訊ねないでおいた。何かいざこざがあっても困るからだ。
グランドの言葉に従ってマーズたちは今、地下通路を進んでいる。地下通路は関係者が通るから地下を縦横無尽に動くことが出来る。だからある場所からある場所までというのをどんな場所からでもどんなパターンでも実行することが出来るのだ。ただし、あくまでもそこまでのルートを知っているのが条件になるわけだが。
「この地下通路というのは……いったいどれくらいの本数があるんだ?」
訊ねたのはヴィエンスだった。歩くばかりの単純行動は彼にとってあまり面白くないことで、なおかつ耐え切れなかったらしい。一番そういう説明をしてくれそうなグランドに質問をしたというわけだ。
グランドは軽く笑うと、答えた。
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「じゃあ実際の数字も解らない……ってことか。でもそうなると管理とか面倒になるんじゃないか?」
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